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 第27話 「宴」

 『腕輪の魔術師』の三人とセレナ、リンダの五人は洞窟前の開けた場所で、バーベキューをしていた。


 「エンゾさま、もう、お腹いっぱいです」


 「これはソランに相応しい、完璧な焼き具合になった。ヒロト、ポーションでソランの腹を軽くしてやれ。ソランはまだ小さい。腹いっぱい食べんと、大きくなれんぞ」


 既に、ソランは大人の二人分以上は食べていた。

 ヒロトはソランのスキル『鉄骨胃袋』の存在を知っているが、それでもソランの小さい身体のどこに入っていくのか、不思議で仕方がない。


 「師匠、ソランが小さいのは、5歳児だからです。それに、ここ数日で、特にこの辺り、目に見えて肉付きが良くなっていますよ」


 ヒロトがソランの横っ腹あたりをぷにぷにすると、ソランはぎょっとして、顔を真っ赤にする。

 5歳児とは言え、ソランも女の子。

 いくら薦められるからと、言われるまま毎食大食いするのは止めようと誓った。


 「エンゾ殿、そもそも、地竜の肉は高級食材です。このように焼肉にして、バクバク食べるものではないと存じます」


 そう言いながらも、リンダはまだ食べるのを止めない。

 確かに旨い肉であった。

 焼肉にしているのは、熟成が必要な枝肉ではなく、レバーや心臓などだが、新鮮な竜脂をひいて焼くと、エンゾが振る質の良い塩や香辛料も手伝って、香ばしい香りと滋味が口いっぱいに広がる。

 

 リンダにとっては、ソランが太ろうが痩せようが、どうでも良いことである。リンダの目下の心配事は、コトリバチのハチミツや地竜の焼肉など、高級食材を続けて食べたことで、今後の食生活に影響を与えるのではないか、ということであった。


 「確かに、私にもソランさんの身体のどこに入ったのか分からないくらい、食べているように見えました」


 「ぬぐぅ……」


 セレナまでもが反対に回っては、エンゾとしても、これ以上、ソランの小さな腹に肉を詰め込むのは諦めるしかない。


 「焼肉用に捌いた肉の残りは、馬車を牽いて来た者へのお土産にしましょう。もうすぐ来るはずです」


 ヒロトが残った肉の提供先を決めて、昼食はお開き。


 リンダが昼食の終了を聞いて呆然としたのは一瞬。

 焼いていた途中の肉を、一気にかき込んだ。その様子を、ヒロトは見なかった振りをした。


 「(リンダさんも『鉄骨胃袋』持っているのかな…)」


 「そうじゃな。わしもソランの食べっぷりが気持ちが良くて、ついつい調子に乗ってしまったようじゃ。反省しよう」


 「いつもありがとうございます、エンゾさま」


 エンゾは「にへら」と笑って、ソランの頭をなでる。


 「(あざとい! あざといが、師匠には効果絶大だ! ソラン恐ろしい子ッ!)」


 昼食の後片付けをした後、再び、解体に取り掛かる。


 14時ちょうどに馬車が到着。

 目の前に積まれた大量の肉を見て、村人の顔が引き攣っている。

 量もさることながら、その綺麗な肉に、圧倒されたようであった。


 血抜きは殺した直後にヒロトが済ませている。解体は血抜きと皮剥ぎが一番大変なので、血抜きが既に済んでいることで、作業は早かった。


 大まかに解体した地竜を無属性魔術で空中に吊り上げ、風魔術で捌いて行く。刃物に掛かる摩擦がないので、作業は恐ろしい速度で進んで行った。

 地竜の脂も貴重な素材である。無駄にはしない。捨てるようなクズ肉からも、大鍋で茹でれば脂は取れる。

 ただし、この場では流石に面倒なので、後回し。


 地面は土魔術で平らに固め、時々水を流している為、砂利や泥が肉に付着することもほとんどない。


 二時間もする頃には、6頭分ほどの作業は終わっていた。一頭あたり、約20から30分といったところか。皮剥ぎこそ時間を食うが、骨も肉もスパスパ斬っていくのだから、速いはずである。


 セレナとリンダの二人は、汗だくになって作業を手伝いながら、その速度と正確性、エンゾとヒロトの底なしの魔力に戦慄していた。

 ソランも、内臓を凍らせたりして、作業を手伝った。


 残りの6頭は運搬と平行して行なう。つまり、馬方が中継地点まで運んでいる間に、次に馬車に積む分を解体するのだ。

 そのことを馬方に説明する。


 馬車は6台用意したが、到底、一度で運びきれる量ではない。

 肉とは別に、内臓は氷漬けにされているので、氷の分の重さもある。


 「運ぶのは、街道までの中継地点まで。まずはそこまで運んでもらいます。その後は、皆さんのうちの一台、そうですね、あなたにしましょうか」


 「ビルドだ。宜しく頼む」


 「ビルドさんですか。まずは、ビルドさんの馬車で、村の氷室まで五台分の積荷を運んでもらいます」


 村人は五台分の積荷を馬一頭で牽けるとは思っていない。ただ、途中まで運び、そこまでを何度も往復するということは理解した。麓の街道から村までは、大して起伏がない。別の輸送方法を使うのだろうと。


 ヒロトは朝一番で、村の一角に土魔術で氷室を作っている。

 その氷室で肉を保存しようと言うのだ。

 氷室と言っても、土製の巨大な「かまくら」であるが。


 12頭ともなると、100t近い。その内、内臓を除いた可食部は約40%としても40t。40tの肉を一度に出荷すれば、王都と言えども、値が落ちるし、値が落ちれば、儲けが減る。

 また、肉を熟成する時間も必要だ。氷室で低温熟成をさせつつ、順次、卸して行こうと考えているのだ。

 一方、すぐに食用になる分の内臓は、完全凍結が必要だ。

 エンゾが洗った後、一定量ごとに凍結させていく


 今夜の宴用に、子供の地竜を一頭進呈することを伝えると、12人の村人から喝采が上がった。


 「では、最初は6台全てに肉を積んで下さい。一台につき、25kgブロック30個、750kgを目安にお願いします」


 ヒロトが馬車の荷台を、薄い石の膜で覆う。滑りを良くする為と、衛生上の理由だ。荷台が血脂だらけになるのは、持ち主としても、避けたいところだろう。作業が済んだら、石の膜を土魔術で取り除けば、元のままというわけだ。


 エンゾが持ち運びやすいよう、25kgブロックを作って行く。それを土魔術で作ったコロの上を滑らせ、荷台まで運ぶ。運送会社の倉庫内作業のようなものだ。


 荷台に積むのも、ヒロトの仕事。

無属性魔術を使っているのだが、凄まじい速度で作業は進む。ヒロト以外も手伝ってはいるが、位置の修正や細かいゴミを取り除く程度だ。


 「では、出発します。村へは私が着いて行きます。師匠たちは、25kgブロックの製造と洗浄を続けていて下さい」


 出発した馬車6台は20分後、街道の入り口まで到着した。ここからは、トロッコを作り、馬一頭で村まで運ぶのだ。ヒロトはレールを作りながら進むことになる。


 ヒロトが予め用意していた魔法陣を展開すると、5mほどのレールと、簡単な構造のトロッコが完成した。


 「では、積荷をこちらのトロッコに移します。私が移しますが、その間に、空いた荷台の簡単な掃除をお願いします」


 強化と風魔術を使うと、大した重さはない。トロッコは馬車の荷台よりも低いので、荷台を近づけて滑らせ、トロッコに落とすだけだ。25kgの肉のブロックも、感覚的には2~3kgにしか感じない。

 それでも、30個×6台、180個のブロックを移動させるのは、なかなかの労力だ。見兼ねた村人も手伝う。


 「ありがとうございました。では、私は村までこのまま着いて行きます。皆さんは戻って、また、ここまで運んで来て下さい。もし、私がまだここに戻っていなかったら、待っていて下さい」


 「おう、分かった。しかし、あんた、凄い魔術師だな。俺たちゃ、ほとんど黙って見ていただけだが、準備と良い、手際と良い、歳に似合わず大したもんだ」


 ビルドがヒロトの魔術を称賛する。


 「ははは。昨晩、師匠と考えた作戦ですよ。でも、ありがとうございます。では、出発してください。私が先頭でレールを作りながら進みます。馬の牽引速度は私の速度に合わせてください」


 「おぉっ! こりゃ、すげぇ。本当に6台分の荷が牽けるぞ。」


 村人はスーッと動き始めたトロッコに驚愕する。軌道上を牽くので、一旦動き始めると、その後は滑らかだ。


 「ベアリングには気を使いましたからね」


 もちろん、村人にベアリングの知識はない。しかし、ヒロトの謎魔術が原因であろうことは、容易に想像できた。4500kgにもなる荷を馬一頭で牽けるわけがないからだ。レールとベアリングの工夫で、可能としているのだ。


 ヒロトがトロッコ作戦を思いついたのは、いくつか原因があった。

 村が提供できる馬車が6台しかないこと。

 さらに、麓から村までの街道が、放置はされているが、かつて整備されていた為、比較的保存状態が良かったこと。

 また、鉱山が廃坑になって以来、ほとんど使われていないというのも大きかった。他の馬車が頻繁に通る道なら、レールを敷くことは出来ないからだ。


 村まで約3.5km。

 最初はレールを敷く必要があり、時間が掛かる。トロッコとレールを噛ませる部分には、多少の遊びはあるが、基本は平行に組まなくてはならない。一応、脱輪しないように構造的な工夫はされているが、それでも、段差があって、片輪に重量が掛かりすぎると、レールやトロッコの軸が壊れてしまう可能性がある。

 ここでも予め容易した水準器を使いながら、高さを合わせた枕木とレールを敷いて行く。


 地面を水平に舗装する魔法陣と、枕木を作成する魔法陣、レールを敷く魔法陣、この三つを投入している。


 「……あんちゃん、本当に凄ぇぜ」


 馬方の村人が思わず呟いた。

 村人が感じる馬の反応は、「もっと重くても問題ない」というものであったからだ。ヒロトの足に合わせているが、馬の速度はまだまだ上げられそうだった。


 速く。


 正確に。


 また、予定では、10往復。余裕を持たせるなら、11往復しなくてはならない為、ある程度の強度も必要だ。トロッコを作る手間はほとんどないが、レールを作り直すのは大変だ。


 トロッコ馬車は一時間以上掛けて、村の一角、氷室の前に到着した。ここから積荷を下ろし、氷室に積み込まなくてはならない。

 氷室の奥までコロレールを敷いて、その上をヒロトが簡易荷台を滑らせると、手の空いている村人が集まり、ヒロトがやったのを真似して、どんどん運び入れていく。

その間、ヒロトは氷室の氷を作って、一休み。


 「ほとんどは売り物ですが、皆さんには、日当と、今夜の宴の為に、子供の地竜の肉を一頭分進呈します。枝肉だけでも500kg以上はあるはずです」


 ここでも村人たちは大喝采だ。


 村長からコトリバチの巣討伐の件が知らされていて、皆、感謝の気持ちから手伝っていたのだ。肉のお裾分けどころか、日当までくれると言うのだから、むしろ、喝采を上げない理由がない。


 「ブロックの積み替え作業がありますから、私は先に戻ります。ビルドさんは、ゆっくり戻ってきてください」


 ヒロトはビルドの馬車が牽いてきたトロッコを土に戻す。

 中継地に戻る際には、馬は何も牽いていない状態にする。ポーションも飲ませる予定だが、これで、馬の疲労も減らすことが出来る。


 帰りは早かった。

 一応、枕木とレールのチェックをしながらだが、特に枕木が沈んでいたり、レールが破損している箇所はなかった。

 ヒロトは足を強化し、先に中継地に戻る。

 行きは一時間以上掛かったが、戻るのは10分も掛からなかった。

 既に、中継地点には5台の馬車が待機していた。ヒロトはトロッコを作成し、積荷を移す作業に取り掛かる。


 コツを掴んだヒロトと馬方たちは、最初よりも速い速度で積荷の移動を完了した。


 「では、ガードナーさんの馬に牽いてもらいます。では、行きましょう」


 途中、1kmほど過ぎたところで、ビルドと馬にすれ違った。


 「中継地点に荷台がありますので、ビルドさんは、荷台を牽いて廃坑跡に戻ってください。その後、ブロックを積み、また中継地点まで運んでもらいます」


 「了解だ」


 既に、ヒロトは村人の信頼を得ていた。もともと、日当を受け取っての仕事なので、言われた通りにするのが当然だが、ヒロトの作業の手際や、進捗から判断するに、ヒロトの言う通りにすれば、一番速く、楽に仕事を済ませることが出来ると確信しているのだ。


 「おい、ビルド。このトロッコってやつは大したもんだぜ。4t以上積んでいるのに、俺の馬はまだまだ余裕がある」


 「二往復目からはそうだろうな。あんちゃんがレールを敷きながら進んだ、俺の時ですら軽かった」


 「でも、皆さんの馬も大したものですよ。私は農耕馬というのを少し見くびっていました。肉だけで10往復を予定していましたが、8往復くらいで可能かも知れません」


 これは事実であった。ヒロトは馬と言えば、ロバかサラブレットくらいしか思いつかなかったが、サラブレットよりも遥かに大きい馬だったのだ。足も太い。1t以上あるのではないか。「ばんばレース」で使われる馬を、さらに太くしたイメージだろうか。


 全体で15往復を予定していたが、ヒロトは12往復に変更した。トロッコが思いのほか、役に立ったからだ。

 一部の骨や氷漬けの内臓、竜脂や素材の角や皮など、合計で70t以上になると思われる。


 一応、ヒロトとエンゾのマギバッグも合わせて使っている。必需品なども入っている為、輸送に回せる分はマギバッグ二つで300kgほどだが、無いよりはマシだろう。


 二往復目からは、レールを敷く必要はなく、ヒロトは強化した目で、枕木やレールの破損を見つけることだけに注意した。

 その為、二往復目は往復で30分ほどであった。ヒロトは20分まで短縮できると判断した。


 二往復目が終了した時点で、ヒロトは村へ運ぶトロッコとは別に、もう一台、中継地点にトロッコを作ることにした。

 廃坑跡から中継地まで運ぶ組は、ヒロトが戻るまで、中継地点で時間を潰さなくてはならないからだ。もし、中継地にもう一台トロッコがあれば、ヒロトが戻るまでの間、積荷の移動が可能になると言うわけだ。

 

 村人たちは、ほとんどの者が『強化』を使える。もちろん、戦闘に使えるタイプの『強化』ではないが、日常の農作業の中で必要とされる、重いものを上げたり、下げたりは可能なのだ。コロのレールもある。問題はなかった。


 村から戻る際に、トロッコを土に戻していたのも止めた。積荷を積んだトロッコを村に残して、ヒロトはとんぼ返りすることにしたのだ。こうすれば、村人がトロッコの積荷を氷室に運んでいる間に、ヒロトは中継地点まで戻ることが出来る。


 ヒロトは馬を牽くこと以外の村人の労働力は期待していなかったが、馬方は12人もいる。トロッコを牽くのは一人で十分なので、手の空いた者が結構いるのだ。エンゾの指揮の元、彼らは廃坑内でも手伝ったし、中継地での荷下ろしも手伝った。彼らの予想外の労働力が、最終的には、作業時間をかなり縮める結果になった。


 氷室へ運び込む労働力もありがたいものであった。

 ヒロト一人で出来ないことはないが、150~180個もある25kgブロックを運び込むのは時間も掛かる。もし、とんぼ返り出来れば、一回につき5分以上短縮できる。


 日も暮れた18時を廻った頃、最後の荷と、エンゾたちが乗った馬車が中継地まで下りてきた。


 「皆さん、ご苦労様でした。馬たちに、これを飲ませてあげてください。ポーションが入っていますので、多少は元気になると思います」


 「これがトロッコか。馬方からは聞いていたが、確かに凄いもんじゃな。商人たちが知れば、涎を垂らすんじゃないかのぅ」


 馬方は2人×6台で12人。一人当たり平均二往復。廃坑に戻った際に、村を往復した者が作業の合間に語ったのだろう。


 「確かにこれは……」


 「馬車5台分の荷を、どうやって一頭の馬で牽いているのか不思議でしたが、このような仕掛けを作っていたのですか」


 リンダは感心しきり。

 セレナも謎が解けて、満足したようだ。しかし、同時に、ヒロトに対する畏れのような感情が湧くのを止めることは出来なかった。

 エンゾの言葉ではないが、商人に限らず、物資の大量輸送に革命が起きるのではないかとさえ感じられたからだ。


 ちなみに、エンゾがセレナほど深刻な様子ではないのは、トロッコの有用性が理解出来ないからではない。もし、ヒロトがその気なら、革命程度(・・・・)いくらでも興せると思っているからだ。トロッコ程度で驚いていてどうする、と言ったところか。

 ただし、ヒロトがそういったことに興味が無いことも、エンゾは理解している。


 「では、私はレールを土に戻しながら帰りますので、他の馬車は後ろに着いてきてください」


 ヒロトはレールを土に戻す魔法陣を展開し、トロッコの後ろに固定する。こうすれば、トロッコが通った後のレールは土に戻るというわけだ。

 結局、予定通り、12往復で全てを運びきった。

 最後は、一台につき、人も含めて300kgほど牽かせている。最終便を削る為に、中継地まで少し無理をさせたのだ。一台は空の荷台を二つ牽いている。トロッコを牽かせている馬の分だ。



 「村を出る時は、この石蔵はなかったと思うが」


 エンゾは村に着くと、氷室の隣に石製の蔵がもう一つ出来ていたことに気付いた。


 「ええ、肉以外の素材を入れておく倉庫を忘れていました。時間を無駄にしないよう、往復するたびに、少しずつ作りました。近く、商人を呼んで、査定させるつもりです」


 「角や骨はともかく、皮は早くした方が良いの。腐らせては元も子もない」


 「確かに。処理していない皮には、まだ肉や脂が付着していますからね。そうだ、皮も氷室で保存しましょう。そうすれば大丈夫かと思います」


 「念のためにもそうした方が良いじゃろ」


 石蔵は蔵と言うよりは、巨大な石の箱だ。

 ヒロトは何かを思い出したように、右手を石蔵の壁に付けて、ずぶずぶとめり込ませて行く。そして、水魔術を展開する。石蔵は密閉されているので、石蔵の中の湿気を取り除く必要があった。

 現在、右手の先には、壁で見えないが、水球が出来ている。これを同じく水魔術で左手に「召喚」させると、石蔵の中の湿気が取り除かれた。


 ソランはヒロトが何をやっているのか、正確なところは理解していない。理解するだけの知識がないからだ。しかし、何か凄いことをやっていることは分かった。


 「(とろっこに乗せて、って言えばよかった……)」


 全てが済むと、19時近い時間になっていた。村人たちは早い家では、20時頃には寝床に入るので、もうかなり遅い時間だ。

 しかし、宴の開始はまだかと、ほとんど村人総出で村長宅に集まっていた。子供たちも入れれば、200人以上いるのではないか。



 会場は村長宅の庭。

 日本の田舎の百姓家のように、かなり広い。実際、200人以上の村人が集まっても、すし詰めというわけではなく、十分にくつろげるスペースがある。


 ヒロトが朝、村長宅の庭に用意した10基の石製のカマドには、既に火がおこっていた。ヒロトは全てのカマドに、石製の板を載せていく。焼肉用の鉄板代わりである。

 ヒロトはこれほど大人数が集まるとは思っていなかった為、カマドと石板を10基追加する。


 奥さん連中には、三往復目の段階で既に肉を渡して、小腸も良く洗うように言いつけてあった。エンゾが大まかに洗ってはいるが、どうしても、洗い残しはある。

 どうやら、下ごしらえは済んでいるようだ。枝肉部分は鉄串に刺して、シュラスコ風。未熟成だが、野趣溢れる味が期待出来るだろう。レバーや心臓、小腸は、竜脂をひいた石板で焼肉である。


 ヒロトの作った巨大な大皿に、山のよう――ではなく、真実、ぶつ切りの肉の山があった。一本目の串肉を食べたら、後は勝手に、自分たちで刺して焼け、ということだ。

 さらに、骨から出汁をとって、スープにすることまで指示していた。五右衛門風呂のような巨大な石鍋まで用意しておいたヒロトに死角はなかった。


 ヒロトは食材の準備が整っていることを確認すると、立食用のテーブルやベンチをどんどん作って行く。


 「あんちゃん、ものは相談なんだが、うちに年頃の娘がいるんだ」


 「王都の魔術師は皆、こんななのか……?」


 「わたしもあと10年若ければ、こんな唐変木なんて放っといて、魔術師さんを逃がさないんだけどねぇ」


 「エッダ! こっちに来て、魔術師様に名前を覚えてもらいな!」


 「ハンナ、もたもたしてんじゃないよ! あんたも自己紹介しな!」


 ヒロトの周りに、本当にワラワラと村人が集まってきた。

 エンゾも廃坑内では大活躍――というより、どんどん時間を短縮していくヒロトの作業ペースに、エンゾが対応出来なければ、ここまで速く解体と輸送が完了するはずはなかっただろう。

 しかし、村人はエンゾの仕事を見ていない。基本的には、村を往復するヒロトを見ていたのだ。村人のヒロトに対する評価は、凄まじい高さになっていた。

 何かを感じ取ったソランが、慌てて、飛び出してきた。


 「ひ、ヒロトさまはしょうらい『大魔どうし』になるのです。ヒロトさま、ここはあぶないです。あっちに行きましょう」


 ソランがヒロトの手を引いて、その場を離れようとする。


 「(ヤキモチでも焼いてくれてんのかね。可愛いねぇ)」


 「ヒロト! そろそろ、雌雄を決する時が来たようじゃの!」


 ソランの様子を見ていたエンゾが、大きな声で叫ぶ。


 「師匠、目がマジですよ」


 ヒロトはエンゾから目を逸らし、魔法陣の基礎陣を出すと、そこに術式を書き込んでいく。魔力を注ぐと、ぼうっと青白く魔法陣が反応し、石の皿が出来た。それを確認すると、ヒロトは魔法陣に手を加える。それを三度繰り返したところで、ヒロトの満足のいく皿が出来たようだ。表面も焼成されて滑らかだ。


 「あ、すみません、そこの貴方、ちょっと手伝ってくれませんか?」


 近くの村人にヒロトが声を掛けると、ヒロトの後ろに控えていたリンダが反応した。


 「ヒロト殿、私が手伝いましょう。何なりと」


 「リンダさん、それでは、皿がどんどん出来ますので、魔法陣の上からどかしてください。行きますよ」


 ヒロトが魔力を注ぐと、周囲の砂から、一瞬で皿が出来上がった。3秒ほどだろうか。皿をどかさないと、次の皿が出来ない。リンダは皿が完成すると、素早く横にどかし、重ねていく。10枚重ねたところで、横の村人に渡す。


 「すみませんが、他の人も手伝ってください」


 「「「「「私が手伝います!」」」」」


 5人ほどの女性が手を挙げて、集まってきた。

 若い女性ばかりだったが、一人、40代くらいの女性が一人。


 「あの馬鹿、何考えてんだ……」


 女性の旦那と思しき男が、頭を抱えている。それを見て、村人たちの間に爆笑が起きた。

 ヒロトは先ほどと全く同じ魔法陣を五つ出すと、同じく、魔力を注ぐ。すると、五つの魔法陣から、五枚の皿が出現した。

 魔法陣もコピペ出来るらしい。


 「どんどん出しますよ」


 300枚ほど作ったところで、一時中断。ヒロトは魔法陣を書き換え、今度はスープ用のカップを作る。同じく、何度か試し、納得の行くカップが出来ると、6個の魔法陣で、どんどん作って行く。

とにかく恐ろしく速い。

 この正確性と速度は、エンゾから見ても驚嘆すべきレベルであった。速過ぎて、今、作成しているのか、どこか別の場所から完成品を召喚しているのか、見分けがつかない。

 まして、村人にとっては、ほとんど、神技であった。


 もちろん、作られる皿やカップは、最高級品というわけではないが、庶民が日常使う食器としては、むしろ、上等な部類である。十分に売り物になるレベルの食器が、恐ろしい速度で焼成されていく。

 酒用のカップはスープ用カップを流用してもらうことにした。酒用に関しては、なぜかマイカップを持参した者が多かったからだ。


 フォークとスプーンも同じように作って行く。スプーンとフォークは、もはや、石弾の生成と作成速度が変わらない。


 「あんちゃん、食器職人になれば、あっという間にユリジア一の大店になるぜ」


 この男の言葉は、間違いでもなければ、大袈裟でもない。

 実際、ヒロトが土魔術で作るものは、ベースが2031年の日本にあるせいか、アラトの平均的なクオリティに比べて、かなり高い。 

 それが、秒単位で生産可能なのだ。現に、皿なら5秒に6枚焼成される。大目に見ても、10秒足らずだ。

 しかも、これは単に魔法陣を6枚しか用意していないからに過ぎない。魔法陣を10個用意すれば、10秒に10枚生産できるのだ。

 ヒロトは体外魔力を使うので、アラトの一般の者からすると、無尽蔵のエネルギーを保有しているのと変わらない。


 一枚100円どころか、10円でも儲けが出るだろう。

 10秒で100円。300秒(5分)で3000円。1時間なら3万6000円。

 もちろん、流通に掛かる費用や人件費は必要だ。また、人口は急には増えないのだから、一通り行き渡れば、売れなくなるだろう。そしたら、次のものを作れば良いのだ。


 一体、どれほどの稼ぎになるのか。


 一体、どれほどの職人を路頭に迷わすことが出来るるのか。


 一体、どれほどの市場を食い散らかすことが出来るのか。


 一見、異常な魔術のようだが、2031年の地球では、実は大量生産大量消費は当たり前のことである。もちろん、魔術ではなく、工作機械がプログラムに従い、24時間自動生産している、という意味で。


 資本主義による大量生産を肯定しておいて、大量消費を問題にする愚か者が多いのは、先進国における大いなる謎の一つだろう。生産と消費は同義なのだから、大量消費のみを問題にするのは片手落ちだ。彼らが唱える「リサイクル」は、単に、「リサイクル」という名の大量消費である。

 燃やすか埋めるのが最も効率的だと思われる製品ですら、何故か、大量生産した時以上のエネルギーを大量消費して、「リサイクル」するのだ。何の冗談なのだろうか。


 ちなみに、輸送手段や移動手段が限られるアラトでは、世界規模の商売は難しいのだが、それでも尚、ヒロトの魔術には、十分、世界を変える力があった。

 幸か不幸か、ヒロトにそんな野心や商売っ気は皆無であったが。


 「今日は、トロッコと良い、宴の準備と良い、ヒロトの独壇場じゃの。これじゃ、ソランを盗られても文句は付けられんわい――」


 「(確かに、今日は張り切って俺TUEEEしてしまったな)」


 満足そうに弟子の姿を見ながら、優しい笑顔になるエンゾ。

 しかし、エンゾの視線が、ヒロトの右隣にいるソランに移動した。

 ソランもヒロトを褒めるエンゾのことを、にこにこと見ていた。


 左手でヒロトのマントの端を掴んだまま。


 「――いや、やはり、それとこれとは話が別じゃ。勝負じゃ、ヒロト! どちらがソランの師匠として相応しいか、決闘じゃ!」


 「師匠! そんなことより、宴の音頭をお願いします!」


 「うっ、うむ。宴の音頭はわししかおらんか……」


 「(いつまでも、下らんコントを続けてられるか)」


 ヒロトは内心吐き捨てる。


 「うぉっほん! 静粛に! え~、今回、わしら『腕輪の魔術師』は、『コトリバチの巣の討伐』と、『バッソ盗賊団の討伐』、さらには『地竜の巣の討伐』も加えれば、三つの依頼を同時に達成した。三面同時攻略である!」


 ガヤガヤとした村人の話し声が止み、皆、エンゾに注目する。


 「作戦立案はもちろんわしじゃが、実行に関しては、我が弟子ヒロトの功績も大きい。また、その弟子ソランも、度重なる困難な状況に直面し、挫けそうになる我らの精神的支柱として、大いに活躍してくれた」


 「(挫け……精神的支柱て……師匠は何を言ってるんだ?)」


 「諸君、アラト最強の魔術師集団『腕輪の魔術師』の名を覚えておいて貰いたい。やがて、世界中の魔術師が、憧れと羨望の眼差しをもって、我らの活躍に頭を垂れることになるじゃろう。本日は、その最初の一歩と記憶して貰いたい! まずは酒の用意を!」


 「「「「「おおお!!!」」」」」


 ヒロトがタイミングを見計らって、スープと酒兼用のカップを配って行く。女達がそのカップに酒を注ぐ。

 子供たちにはハチミツ入りのミルク。

 何と、ソランが率先して、直径3cmほどの氷を子供たちのカップに浮かべて行く。

 それを見た子供たちの間で、ソランは大人気になった。自分より小さな子が魔術を使ったのだから当然だろう。


 「酒は皆に行き渡ったか!? 前置きはこのくらいにして、我ら『腕輪の魔術師』と我らの第一歩に、大いに助力頂いたカチヤーク村。両者の出会いと今後の発展を祈願して、挨拶に替えさせて頂こう。栄光の未来へ、乾杯じゃ!」 


 「「「「「乾杯っ!!」」」」」


 酒に関しては、昨日、ヒロトがハチミツを一壺進呈した直後に、村長が急いで大量の酒を仕入れていた。村人たちが集まり、その際に酒の用意がなければ、大変な事になると考えたからだ。

 また、各々が自家製酒を持ち寄った分もあった。


 その日は、日にちが変わる時間を過ぎても、笑い声が止むことはなかった。

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