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 第24話 「予見眼」

 「ちょっと早く出すぎたかな。疲れてないか?」


 「大じょうぶです。十分やすみました」



 ヒロトは村長宅の離れで昼食を取る予定であったが、残念ながら、食事の用意は無かった。ヒロトはどういうわけか、昼食が出るものと勘違いしていたらしい。

 村長側としても、まさかこんなに早く帰ってくるとは思っておらず、自分たちが普段食べているようなものしか用意出来ないとのこと。

 さらに、討伐打ち上げの用意はあるが、今はまだ準備が出来ていないと。

 確かにこの時間帯なら村長の言い分は妥当だろう。


 『ちなみに村の人たちは昼食にどんなものを食べているのですか?』


 『普段はカラス麦を使ったオートミールを出す家が多いと思いますよ。それで良ければ、お出ししますが。うちは「長ヒゲヤギ」の乳を掛けて食べます。結構、いけますよ』


 『あ、ちょっと待って下さい――。たった今、『通信』で師匠から連絡がありました。我々はもう一件やらなければならない依頼があるので、ちょっと早いですが、先を急ぐことにします』


 ヒロトはオートミールが嫌いであった。

 それを悟られぬよう、エンゾを出汁に使う如才のなさ。

 もちろん、『通信』など使えない。

 ヒロトは村長に軽く挨拶し、ニコやかに村を後にする。


 栄養満点な上に、味付け次第でさまざまなバリエーションがあるオートミールだが、そんなことは100も承知した上で、ヒロトはオートミールが嫌いであった。誰に何と言われようと。

 

 理由は、「栄養があって、腹が膨れれば良い」というスタンスに、何となく開き直ったような印象を受けるからだ。また、味付けに工夫を施し、そこそこ食べられるレシピだったとしても、「マズい食材を、何とか食えるように、無理している」感じが拭いきれないのだ。


 そもそも、味も、食感も、見た目も、その全てがヒロトが考える食事から懸け離れている。


 運動選手がオートミール、プロテイン、牛乳、卵をっミキサーしたものを毎食、本来の食事とは別に、お茶漬けのような感覚で胃袋の隙間に詰め込むらしいが、ヒロトとしては、到底信じられない。彼らの神経を疑うだけである。


 「(俺の乏しい経験上での判断だけど、オートミールは明らかに不味い。もちろん、俺が食ったオートミールが不味かっただけという可能性は高い。だけど、選択の自由があるのなら、無理して食ったり、わざわざ、旨いレシピを探したりする義理はない)」


 ただでさえ嫌いなオートミールに、「長ヒゲヤギ」の乳まで加わっては、これはもう、素直に退散するが吉である。


 ヒロトは長ヒゲヤギがどんなヤギかも知らないし、その乳を飲んだことも無い。ただ、ヤギの乳は小学生時代、修学旅行の時に飲んだことがあった。吐き出す子が続出する中、ヤギ乳を提供してくれたおじさんに悪い気がして、無理して飲んだが、何のことはない。生ゴミと雑草と糞尿をミックスしたような臭いと味であった。

 吐き出した子たちも、別にイタズラ心から、吐き出したわけではない。「飲んでは駄目だ」と身体が拒否反応を示したのだ。

 長ヒゲヤギの乳が地球のヤギ同様、臭いかどうかは不明だが、同じヤギの仲間なら――


 「(臭いに決まってる。何も、全てのイベントをクリアしなくてはならない法はあるまい。別に、『オートミールのヤギ乳ぶっかけ丼』を食わなくても、『大魔導師』にはなれる)」


 嫌いなものを無理して食べる必要はない。嫌なことや苦手なことを華麗にスルーするのも、立派な異世界の歩き方だ。むしろ、本来はそれが正しいテンプレ的異世界の歩き方であろう。


 白パンと干し肉がマギバッグの中に数食分入っている。

 飲み物も水は魔術で用意出来るし、ポーションもある。「それじゃぁ、食いながら行くか」となり、現在に至る。



 「結構、疲れてんじゃないのか? お前、さっき、村長さんとこの庭で魔術の訓練してたろ。くふふふ。なかなか熱心で良いと思うぞ」


 ヒロトがニヤニヤしながら褒めると、ソランもなぜか嬉し恥ずかしい気分になったらしく、顔を真っ赤にして照れている。

 

 地竜の討伐は午後ゆっくりしてからの予定だったが、結局、村に着いて30分ほどでケハダ高原に向かうことになった。

 地竜がいる廃坑跡まで、距離は2~3kmといったところか。


 「ヒロトさま、まだここから遠いようなら、『ごろくさんじゅう』の次を教えてください」


 「そうだな。これから地竜を狩りに行くところなんだけど――ほら、あの辺がケハダ高原だ。距離も結構あるし、丁度良い。では、行くぞ。数学の基礎にして秘奥(ひおう)。『九九』の暗誦、六の段からだ」


 「ひおう……ろくのだん……おぉ、おねがいします!」


 ソランは知る由もないが、アラトにも九九はある。ただし、九九に使われる数字の読みが統一されている為、語呂はなく、丸暗記に近い。例えば、「よんにー、はち」や、「きゅーきゅー、はちじゅういち」といった具合。助詞は使わないようだ。


 ヒロトとソランが、九九をネタに、「六の段は弱いが、八の段は結構強い」とか、「その原因は、九九に十の段がない所為だ」などと、下らないことできゃっきゃ言いながら遊んでいるうちに、岩が多く露出している廃坑跡に着いた。

 道が整備されている為、意外に早く着いたようだ。

 今では大して使われていない街道だが、かつて掘り出された鉱石を運ぶ馬車や人が多く通った道は、踏み固められ、歩きやすくなっていた。


 廃坑跡と言っても、単独の廃坑ではなく、複数の廃坑跡群といったところ。あちこちに出入り口だけでなく、水抜き用の穴や、通気孔など、多くの出入り可能な穴が開いている。基本的には板や岩で塞がれているが、中には魔物や獣が立ち入ったのか、板や岩が崩されている場所もあった。

 注意しなくてはならないのは、そういった跡には魔物が巣を作り、繁殖している場合があるのだ。

 廃坑跡や鍾乳洞などが、自然に迷宮になることはないが、それでも魔物が巣を作って繁殖するのは、近郊の村や街の住人からすると、歓迎されたものではない。


 「目についたところから、廃坑を潰して行くぞ。この穴には、地竜はいないようだ」


 「つぶす、とは?」


 「こんな感じだ――『爆轟』ッ!」


 ドッカーンッ


 ヒロトが直径50cmほどの『火炎弾』を撃ち込むと、凄まじいエネルギー放射により、廃坑の出入り口が漫画のように爆散した。

 通常の『火炎弾』は、50cmサイズでここまでのエネルギーは発生しない。

 ヒロトが施した工夫は、高圧で圧縮した魔力を高速で火属性変換させるというものだ。すると、圧縮されたエネルギーが急激に解放され、音速を超えた属性変換により、「爆轟」現象が起きるのだ。


 パラパラと小さな石が降ってくる。


 「な、何のためにこんなことを……」


 あまりの衝撃波に、ソランの原初的な恐怖が刺激されたようだ。ソランの足は、ガクガクと震えている。地竜の討伐とは、廃坑を全て埋めてしまうことだとでも言うのだろうか。


 「びっくりしたか? でも、凄いだろ、これ。衝撃波は通すんだけど、小石や爆風は来なかったろ」


 確かに小石は身体に当たらなかったような気がするが、ソランはヒロトが何を言っているのか分からない。しかし、どうやら、今の爆発のことを言っているわけではないのは、何とか理解できた。


 「『物理結界』だ」


 「ぶつりけっかい……?」


 「これくらいの石なら降ってきても大丈夫っぽい」


 ヒロトは足元に転がっている小石を両手一杯に拾い上げると、そソランの真上に巻き上げた。

 「きゃっ」とソランは頭を抱え、しゃがみこんだが、降ってきた小石は、しかし、ソランの身体に当たることはなかった。ソランの頭上1mほどを、見えない半球状の結界が覆っていたのだ。無色透明のドームの球面に沿って、小石が転がる。


 「す、すごいです、これは」


 「どうも、衝撃波は通すみたいだ。自分で作っておいて何だが、どうして衝撃波は通すのか良く分からん。波は空気を伝うわけだから、結界の内と外では、空気が連続しているということなんかな。ん? あれ? そういや、波に空気は関係なかったかな? 電波は宇宙空間でも伝わるからな」


 「よくわかりませんが、とにかくすごいです」


 「それと、小石程度の衝撃でも、結界の維持に魔術の「更新」が必要らしい。リソースを食うのが欠点であり、課題だな。土魔術の壁やドームと比べると、今のところ、使い勝手が良さそうで良くない」


 どうやら、ヒロトは「万能バリア」的な結界のイメージに失敗した模様。

 ヒロトの『物理結界』では、小さな小石であっても、一度結界に当たると、その時点で結界が途切れる(・・・・)ようだ。

 ちなみに今の実験の場合だと、20回ほど「更新」されている。つまり、20回結界を張り直したのと同じなのだ。


 「(これは今のままだと使えないな。自動で超高速更新されるのは悪くないアイデアだけど、これじゃぁ、虫が当たっても更新されてしまう。無意識に、常駐のセキュリティソフト的なものをイメージしてしまったらしい)」


 現状、結界が耐えうる最大圧力は不明だが、衝撃の度合いに関係なく結界を張り直していたのでは、面倒で仕方ない。


 「ぶつりけっかいも、土魔じゅつも、両方すごいです」


 

 また、単純に見た目の信頼度という点もある。自分の安全を預けるには、透明の壁は精神的なハードルが高い。



 ヒロトは「うむ」と頷くと、5歳児による手放しの賞賛に気を良くしたのか、あまり深く考えることなく、次の廃坑跡に向かった。

 その後をソランは、小走りについていく。



 ◇◆◆◆◇



 「お、お嬢様、今の凄まじい爆音は何でしょうか」


 「エンゾ様の向かった方向とは逆のようです。アジトとも違うようですし……」


 「お嬢様っ! アジトから盗賊団の連中が出てきました!」


 リンダの視線の先、小屋から10人ほどの盗賊が飛び出してきた。セレナたちと同じく、爆音の方向を確認しているのだろう。


 「ということは、盗賊団の想定外の爆発ということですね」


 「どうしましょうか。爆発現場に向かいますか?」

 

 「エンゾ様にアジトの見張りを仰せつかっているのですよ。行けるわけがないでしょう」


 エンゾからは何かあったら逃げろと言われている。つまり、選択肢は二つ。残るか、逃げるか。盗賊団を追ったり、爆発が起きたら確認に行け、などという指示は受けていない。


「た、確かに……」



 ◇◆◆◆◇



 「ぐわぁっ!! おい、ジョシュ! 何の音だ、こりゃ!」


 「わかりません。しかし、北の廃坑の方ですぜ。ドワーフの連中が、廃坑をまた掘っているんじゃねぇですか?」


 なぜか落ち着いているジョシュ。

 確かに、廃坑を掘り返すことは、ないわけではない。基本的には、コストの問題で掘るのを諦めた場合もあるからだ。鉱石の原価が上がれば、コストに見合う為、採掘を再開することはある。


 「んなわけあるか。掘っても何も出ねぇから廃坑なんだろーが!」


 ドッカーンッ


 ドッカーンッ


 「おい! こいつはマズいぞ! 間違いなく廃坑の方だ。このままじゃ、頭の地竜が爆音に驚いて暴れちまう」


 「冒険者でしょうか?」


 「あり得るが、コロンからの情報だと、『地竜の巣の討伐』は、まだどこのクランも受けてねぇはずだ。第一、依頼を受けねぇで地竜を狩るなんて、勿体無ぇよ。素材は金になるが、依頼を受けて狩れば、討伐報酬も入るんだ」


 バッソは、ギルドの受付嬢コロンからの情報で、地竜の巣の討伐は一頭につき30万セラと聞いていた。

 討伐報酬30万セラ(約300万円)は高くもなく安くも無い、適性価格だ。素材の卸し値も入れれば、さらに儲けは増える。今回の場合、「巣」ということで、火力に自信のあるクランなら、一度に複数の地竜を狩れるチャンスなので、効率は良い。


 「確かに。コトリバチの巣はエンゾ・シュバイツが受けているんですよね」


 「それも分からん。エンゾ・シュバイツが受けているはずだが、ガルシアからの伝言によれば、18くらいのガキだって話だ。一応、さっき頭がウラルを連れて見に行った」


 「じゃぁ、地竜の方がエンゾ・シュバイツってことは?」


 ジョシュはあくまでも冷静だった。

 ガルシアの斥候としての腕は団の皆が知るところだ。

 ガルシアが必要な情報を伝え忘れるわけはないと。

 もし、コトリバチの討伐現場にエンゾがいたのなら、ガルシアは伝えただろう。しかも、「18のガキ」と断言している。

 ならば、爆発の原因はエンゾか、もしくは他の者になるが――


 「……ジョシュ、団員を全員集めろ!」


 エンゾが地竜討伐に向かったのなら、地竜が全滅するかも知れない。

 地竜は頭、すなわち、カミュ・ギルバート最大の武器。失うわけには行かなかった。


 「へい!」


 「15人か。よし、俺とボーマン以下5人は北の廃坑跡に地竜の様子を見に行く。頭の地竜に何かあったら大変だ」


 「俺らは?」


 「残りは、新アジトに向かえ!  ただし、もし、新アジトの様子がちょっとでもおかしいと思ったら、迷わずガッシュ峠を越えて、レンブラート公国に入れ。良いな! 俺たちは傭兵団として復活するんだ。こんなところで下手打って堪るか!」


 「「「「「おぅ!!」」」」」


 「そして、ジョシュ、お前はここで留守番だ。頭が帰ってきたら、頭と新しいアジトに向かえ。お前ぇら、分かったな!」


 「「「「「おぅ!!」」」」」



 全員の拳が突き上げられた。

 

 これだ。


 これこそ、バッソ盗賊団であった。

 ジョシュはなぜか楽しい気分になっていた。

 皆も興奮し、楽しそうに――とは行かないまでも、その表情は充実している。

 こんな気分はいつ以来だろうか。


 『今日から、俺たち「バッソ盗賊団」の頭は、こちらのカミュ・ギルバートさんが勤める。カミュさんのたっての希望で、盗賊団の名はそのまま残すが、頭はカミュさんだ。もし、異論があるやつは、残念だが、去って貰って構わねぇ。俺はカミュさんに着いていく』


 カミュ・ギルバートが新しい頭になって、バッソ盗賊団は変わってしまった。


 『どうしたんだい、この肉と酒は?』


 確かに、カミュはどこからか金を持って来たし、戦にも長けていた。元A級冒険者の肩書きは伊達ではなかった。腕は立つし、何度も王都からの討伐隊を退けたことなど、カミュ以外には不可能だったろう。


 『私が知ってるルートで、安く仕入れてきたんですよ。今夜は団の皆で楽しんでください』


 『盗賊の頭が金を出して買ったのかよ……』


 空きっ腹がうずいて、眠れないということも無くなった。

 新しい頭カミュは、団の皆と食べることも、飲むこともなかった。

 全然楽しくなかった。


 ジョシュは「バッソ盗賊団」が、かつて「バッソ傭兵団」と呼ばれていた最初期からのメンバーであった。

 いつも笑いが絶えず、いつも腹を空かせていた。

 それは、傭兵団から盗賊団になっても変わらなかった。

 でも、楽しかった。


 村を襲い、金や食料を奪う。

 泣き叫ぶ女子供たち。

 阿鼻叫喚の中、殺し、犯し、奪った。

 本当に楽しかった。


 警備隊に追い詰められて、殿を務めた仲間が何人も死んでいった。

 皆、悲しんだが、同時に、生きていることを喜んだ。

 どうしてあんなに楽しかったのだろうか。


 それは、この人がいたからだ。

 バッソが頭だったから、楽しかったのだ。

 現に今、ただアジトを移転し、地竜の様子を見に行くだけなのに、こんなにも皆の心が一つになっているではないか。

 バッソ・ピエルだけが、バッソ盗賊団の頭だ。


 酒を奪い、肉を食らう。

 男は殺し、女は犯す。

 実に分かりやすかった。

 それらが好きな者が、盗賊団のメンバーであった。

 皆が同じものを好きで、皆が同じものを憎み、皆が同じものを悲しんだ。


 しかし、新しい頭は違った。

 優しい笑顔の奥で、何を考えているのか分からなかった。


 『今回は、レンブラート公国の国境警備隊の厩舎が目標です。私がこのコトリバチを使って、軍馬にマーカーを付けますので、皆さんは厩舎に火を放って、すぐに撤収して下さい』


 何だ、それは。


 『いえ、殺す必要はありません。下手に反撃を食らえば、こちらが無駄に死ぬだけですからね。誰かが捕縛されて、情報が漏れたら取り返しが付きません。燃やすだけで良いのです。上手く行けば、殺す以上の被害を与えられますから。ははは』


 酒を奪わず、肉を食らわず、男を殺さず、女を犯さない。

 狐種の血が入った新しい頭は、細い糸目だったが、全然笑っているようには見えなかった。


 どうして村を襲わないのに、金があるのか。

 一体誰が、何の目的で新しい頭に金を流しているのか。

 どこの誰とも分からない者と、手紙のやり取りをしているだけなのに、どうして、自分たちにまで金が廻ってくるのか。

 レンブラート公国とユリジア王国の国境を行ったり来たりして、村や街の目立つ建物にチョロッと火を点ける。

 大して金も積んでなさそうな商隊を襲う。

 ジョシュには意味が分からなかったし、他のメンバーも同様だろう。


 『彼はユリジア王国の商人で、彼の自慢の息子は王国の財務官の秘書です。しかも、財務官の娘と婚姻関係にあります。彼をここレンブラート公国で襲うことに意味があるのですよ』


 カミュがユリジア王国とレンブラート公国を仲違いさせたいらしいと知ったのはいつ頃だったか。

 全然楽しくなかった。


 バッソは酒を飲むと、また傭兵団を作って、戦場に戻りたいと、いつも言っていた。

 それには金がいると。


 『素敵な夢ですね。ええ、もちろん、可能ですよ。今は資金の問題などがあるでしょうが、このまま2年、2年私の言う通りの工作をやっていれば、いずれ大きく稼げます。「バッソ傭兵団」の活躍の場も私が用意しましょう』


 確かに、今のバッソ盗賊団の装備では傭兵稼業なんて不可能だ。

 敵は(すき)(くわ)を持った百姓ではない。武装した職業軍人や傭兵たちだ。到底、まともに相対出来るわけがない。今のままの状態なら、無抵抗の村人を襲うくらいが精々だろう。


 装備を揃えるには金がいる。


 酒を飲んだバッソが語る夢は、皆の心を熱くした。古い者は過去を懐かしんだし、新しい者は希望に胸を膨らませた。


 だが、それが叶わない夢であることを、ジョシュは知っていた。



 ジョシュには誰にも言っていない秘密があった。


 『予見眼』


 魔眼の一つで、未来を映すことが出来る、種族特性無しの固有スキルである。


 ジョシュが「バッソ傭兵団」に入ったのも、「メンバー達と一緒に、楽しく笑っている姿」を、その予見眼で見たからだ。

 その時の様子が、ジョシュにとっては、何というか、とても素敵な雰囲気に思えたのだ。

 気付いた時には、吸い寄せられるように、傭兵団に入っていた。


 ジョシュはどうして、その予見眼を使って、成り上がらなかったのか。

 未来視は誰もが憧れる能力である。

 未来が見えれば、金も女も好きなだけ手に入っただろう。

 ジョシュの予見眼には、条件があったのだ。


 『不幸な出来事しか予見できない』


 つまり、金を儲けたり、美しい女を手に入れたり、そういう「良い出来事」は予見できないのだ。

 ジョシュの予見眼を成り上がる為に使おうと思えば、それは消去法しかない。 すなわち、徹底的に不幸な分岐を避け、「予見眼が発動しないルート」を選択し、生きていくこと。


 だが、それは楽しいのか?


 生きていると言えるのか?


 一度、ジョシュは丁半博打で『予見眼』を使おうとしたことがある。

 何と、どちらに賭けても、『予見眼』が発動したのだ。

 『予見眼』が発動出来たということは、つまり、どちらも不幸になる。

 手持ちの金が全て摺られる小さな不幸が待つ未来と、丁半博打で勝ち続け、大金を得た後、僅か一週間で不幸になる未来。

 丁半博打で不幸になる未来は、1/2ではなかったのだ。


 ジョシュの予見眼は、常に、不幸しか映さなかった。

 人の不幸を見る魔眼。

 自分の不幸を見る魔眼。

 そういうスキルなのだ。


 一つ疑問がある。

 何故、ジョシュは、バッソ傭兵団に入ったきっかけ、つまり、「メンバー達と一緒に、楽しく笑っている姿」を予見出来たのか。

 それは幸せなことではないか。

 何故、予見眼が発動したのか。

 不幸な出来事しか予見できないのではなかったのか。



 「メンバー達と一緒に楽しく笑っている姿」とは、今であった。



 あの日見た未来に、10数年を費やし、今日この時追いついた。

 今、この時は不幸な出来事なのだ。

 バッソ・ピエルが拳を突き上げて、皆が応える。

 不幸がすぐ側まで迫っているというのに、誰も気付いていない。

 皆、楽しそうに笑っている。


 奪い、犯すのは楽しかったが、それだけではない。

 皆、頭のことが好きだったから、ついてきたのだ。


 ジョシュはガルシアの死を予見していた。

 カミュ・ギルバートやウラルの死も。

 バッソ盗賊団は今、追い詰められているのだ。

 それを盗賊団の中で、ジョシュだけが知っていた。

 10数年前、バッソ傭兵団に入った時から知っていたことだ。

 

 ここにいる者は、ジョシュ自身も含めて、全員これから死ぬ。


 気付くと、ジョシュの目から涙が流れていた。


 敵は、正真正銘の化物三人。

 まるで長い間に貯められたジャックポットが、一度に払い出されたかのような不幸である。

 若い人族の男と、壮年の混血エルフ、年寄りのエルフの三人。

 三人とも、バッソ盗賊団が、例え1000人いても敵わない。

 

 「どうしたジョシュ? おいおい、留守番が寂しいのか?」


 「目にゴミが入っただけでさぁ」


 バッソがジョシュをからかうと、皆が笑う。

 心の底から温かく、楽しい気分になる。


 「そうか。じゃぁ、頭が戻ったら、頼んだぞジョシュ!」


 「へい!」


 バッソ盗賊団の頭、バッソ・ピエルが5人を率いて、廃坑跡に向かった。

 

 永遠のお別れだ。


 残りも、新しいアジトに向かった。

 小さな小屋に、ポツンとジョシュは残された。

 自分だけ逃げるつもりはない。

 今以上に楽しい未来などないのだから、生き延びる意味がない。


 「こいつの所為で、別れもろくに出来やしねぇ」


 ジョシュは左目の魔眼を握り潰したい衝動に駆られた。


 不幸などというものは、誰にでも訪れるのだ。

 避けることなんて、本来は出来ない。もし、徹底的に不幸な分岐を避けていれば、いつか進む道は無くなってしまうだろう。

 生きていれば、良いことも悪いことも起きるのだ。


 ジョシュは、不幸な出来事が、長い幸福な時間の後、最後の最後に起きるという、唯一のルートを選んだつもりだ。

 もしかしたら、他の分岐もあったかも知れないが、出来るだけ長く、日々を楽しく生きていく為には、バッソ傭兵団に入ることが、唯一のルートだったのだ。

 あの日見た予見も、さっき見た現実も、やはり、皆楽しそうだった。

 自分も心から楽しかった。

 未来を知っているジョシュでさえ、未来が幸福に満ちているように感じられるほどに。


 不幸な出来事しか予見できない魔眼が、楽しそうに笑う自分の姿を見たのだから、選んだ道は間違っていなかったはずだ。

 ジョシュはそう自分に言い聞かせた。

 ジョシュは、不幸な出来事を、楽しい出来事に変えることに成功したのだ。

 お陰で毎日が楽しかった。

 予見眼は正しかったのだ。

 そして、これから起きることも、正しいのだろう。


 「(さて、そろそろか。俺は『年寄りのエルフ』だったな。頭も、『英雄』様相手じゃなきゃ、もしかしたら――ってのはあり得ねぇのが『予見眼』か)」


 不満は無い。

 奪い、犯し、殺し、楽しく生きた。

 バッソを北の廃坑跡に向かわせたのは、エンゾが相手じゃなければ、死ぬのは確定事項だとしても、多少は善戦するのではないかと思ったからだ。

 傭兵としてのバッソの実力は確かだ。


 ジョシュは何も無い小屋の中を一通り見回した後、扉を開けて、外に出た。



 扉の外には、「英雄」エンゾ・シュバイツが立っていた。



 あの日、予見した「年寄りのエルフ」が「英雄」エンゾ・シュバイツだと知ったのは、いつだったか。

 予見眼で見た光景と、今が重なる。

 皺くちゃの顔に、黒い魔術師用のマント。

 パッと見は老人のそれだが、鋭い眼光を見れば、ただの老人でないことは一目瞭然だ。

 右手に持った杖の先には碧い魔石がはまっている。

 背丈も幅も普通なのに、巨大な壁が押し迫ってくるようであった。


 後ろには女が二人いた。

 女二人は、かつてジョシュが予見した時にはいなかったような気がしたが、もっとも、今となってはどうでも良いことであった。


 「あんたがエンゾ・シュバイツさんかい?」


 「そうじゃ」


 エンゾが答えたのと、ジョシュの首が飛んだのは、ほぼ同時であった。


 種族特性無しの固有スキル、『予見眼』を持って生まれたジョシュ・レイナードが死んだ。

 彼がギフトである『予見眼』を持っていたことは、今後、誰にも知られることはないだろう。死んだ時点で、彼の体内魔力は霧散し、魔眼は「ただの目」になるからだ。

 よって、彼の死体を『鑑定』しても、『予見眼』が検知されることはない。



 「エンゾ殿、小屋の中には他に誰もいません。地下から廃坑に繋がる階段があるようですが、一応、探してみますか?」


 リンダが死体を確認するも、懸賞首ではなかった。

 一応、首は麻袋に入れ回収、エンゾに渡す。


 「廃坑跡に向かうぞ」


 エンゾは盗賊団には興味がないのか、家捜しをするわけでもなく、すぐに廃坑跡に向かう為、小屋を出た。

 しつこく家捜しすれば、当座の活動資金くらいは出てくるかも知れないが、その程度の金、エンゾにとってはどうでも良いことであった。


 「ダグラスさんの方が人数が多いのではないでしょうか。峠方面に向かったのは、10人はいたと思います」


 「ダグに任せておけば問題ないわい。それより、ヒロトの方が問題じゃ。地竜の素材がめちゃくちゃになっているような気がする。急ぐべきじゃ」


 魔眼はその持ち主が死に、体内魔力が霧散し消えてしまっても、この世から消滅するわけではない。

 ただ、持ち主を変えるだけである。

 持ち主を変え、ギフトとして再びアラトに出現するのだ。


 今、世界(アラト)のどこか、母の腹の中で誕生を待つ者の眼に、種族特性なしの固有スキル、『予見眼』が宿った。

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