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 第19話 「討伐開始」

 「ソランはハチミツは好きか?」


 「……すみません。食べたことがないので、わかりません」


 なぜか、落ち込んだように答えるソラン。

 

 ハチミツは高価である。

 養蜂の方法は確立しているが、養蜂自体が珍しく、季節ものの為、庶民の口に入ることはほとんどない。契約農家のような形で、養蜂を生業としている者が、わずかにいる程度だろうか。ミツアリが作るアリミツの方が、庶民にとっては一般的である。


 契約している養蜂家からハチミツを仕入れた商人は、付き合いのある貴族に卸すのが通例であることも、庶民の口に入らない理由の一つだ。ただし、金を出せば、絶対に手に入らないということはない。野生のミツバチの巣を発見すれば、冒険者や、山仕事をしている者なら、喜んで採取しようとするだろう。ただし、それはあくまでも普通のハチミツの場合。


 「そか。結構旨いぞ。焼きたての白パンをマギバッグに用意してあるから、コトリバチの討伐が済んだら食べよう。俺もコトリバチのハチミツは初めてだからな」


 「はい、たのしみです」


 コトリバチのハチミツは、普通は、まず手に入らない。それは、貴族だろうが、王族だろうが同様である。

 採取が極めて難しい為、絶対量が少ないからだ。

 コトリバチは肉食のハチである。つまり、ハチミツを作ることがない。

 では、なぜ、「絶対量が少ない」ながらも、「コトリバチのハチミツ」が存在するのか。

 コトリバチは成虫ではなく、幼虫がハチミツを作るのだ。

 兵蜂が幼虫に餌である肉団子を与えると、そのお礼(?)に、幼虫は兵蜂の栄養源となる蜜を分泌する。これが、「コトリバチのハチミツ」と呼ばれるものである。

 コトリバチのハチミツの採取方法は、幼虫の分泌線を刺激して、幼虫一匹ずつから、わずかな蜜を採取するしかないのだ。

 気が遠くなる作業である。


 ハチミツを採取したいなら、討伐は、コトリバチの成虫を全滅させつつ、幼虫は殺さないように進めなくてはならない。大規模火魔術などで、一帯ごと焼き払ってしまっては、幼虫を全滅させることになってしまい元も子もない。

 しかも、ほとんどの成虫は炎に巻かれることなく、飛んで逃げるので、ヘイトを撒き散らすだけになってしまう。そうなれば、依頼達成どころか、損害賠償問題になりかねない。


 もし、数千匹のコトリバチのヘイトを集めて、マーカーを付けられたら最悪である。キャリアとなって、他の巣のコトリバチからさえも狙われ続けることになるだろう。そうなれば、逃げることも困難となる。

 コトリバチよりも速い速度で逃げれば、一旦は逃げることも可能だが、マーカーの効力は強力で、数km離れた距離でも嗅ぎつけてくる。そうなると、村だろうが、町だろうが、逃げ込んだ先にも被害が出る。その為、マーカーを付けられた場合に備えて、『解呪』スキルを持った者が同行するのが基本である。


 事ほど左様に、討伐系の依頼の中でも、難しい部類の案件なのだが、今、ヒロトとソランは、二人でコトリバチの巣に向かっている。二人ともピクニック気分である。ソランに至っては、日傘までさしている。

 

 もちろん、ヒロトはコトリバチの生態を、可能な限り事前に調べている。ソランも昨晩、エンゾとヒロトからコトリバチの危険性を聞かされた。

 それでも尚、である。

 ヒロトは脅威だとは思っていないし、ソランはヒロトと一緒なので、安心しきっているのだ。



 ボトッ


 「きゃっ」


 ヒロトが石弾で撃ち抜いたコトリバチが、ソランの足元に落ちた。サイズは12~13cmと、名前の通り、小鳥サイズ。その為、落ちた時の音も、「ぽとっ」ではなく、「ボトッ」である。

 常時、二人の周囲に浮かんでいる数万発の石弾のうち、10発ほどが掃射され、その内の一発が当たったのだ。


 周囲の体外魔力が反応した場所へ、自動掃射されるように、魔法陣が組まれている。体外魔力が反応してから掃射されるまでの、一瞬のタイムラグが危険になるほどには、コトリバチの速度は速くない。

 ぶっつけ本番であったが、ヒロトが組んだ石弾用の魔法陣は、コトリバチに対して、問題なく機能するようである。


 コトリバチのサイズは大きいので、一般的には脅威度は高いが、ヒロトにとっては、むしろ楽な相手だ。小さなミツバチサイズの方が、掃射される石弾の隙間を抜けられる可能性がある分、よっぽど脅威と言えるかも知れない。


 「そろそろ、圏内みたいだな」


 先ほど撃ち抜いたのが合図だったのか、次々に石弾が自動掃射され、ボトボトとコトリバチが落ちてくる。

 ヒロトたちの周囲に浮かんでいる数万発の石弾。

それが、発射される度に、新たに補充されてゆく。石弾が浮かんでいる空間は、ヒロトが集めた、膨大な魔力によって、歪んでいるようにも見えた

 コトリバチは、その魔力に反応して、一斉に――とまでは行かないが、異常を察知して、次々に攻撃してくる。


 昆虫系の魔物は身体が半分ほどになっても、動く場合が多いので、時々、ソランもブーツで半死のコトリバチを踏み潰している。

 ちなみに、ソランのブーツはヒロトが石でコーティングしている為、万が一にも針は通らない。真上から落ちてくるコトリバチは、ヒロト特製の日傘で防御している。

 

 「(7.62×39mm弾だけじゃなく、もっと小型の弾丸も用意しておくべきだったか)」

 

 ヒロトとしては、小型だろうが、大型だろうが、弾を作るだけならすぐにでも出来るが、運用上の錬度が足りていないので、わざわざ実戦で試そうとは思わない。

 この辺りが、ゲームとの差だろうか。

 新兵器投入は、慎重でありたいところである。

 慣れない兵器で、想定外の危機に陥るくらいなら、慣れた兵器と心中した方がマシである。


 現実はゲームと違い、あらゆる場面においてノーダメージが理想であり、基本である。

 ゲームなら、死ななければ(死んだとしても)問題ないが、現実はそうは行かない。回復魔術や強化、ポーションなどで即座に治る傷であっても、出来れば負いたくないのが人情だ。冒険者だって、依頼のたびに傷だらけになっていたのでは、冒険者稼業はやっていけない。


 ヒロトは半径2mほどの地面を固めながら、ずんずん、進んでゆく。地面を固めるのは、足元に出入り口を作られるのを防ぐ為と、落ちてきた半死のコトリバチを、踏み潰し易いようにである。


 「あれが巣だ」


 ヒロトの前方30mほどの地点。直径3~4mはあるだろう大木の根元辺りに、巨大なコブのように、地面に向かってコトリバチの巣は垂れ下がっていた。そのサイズもさることながら、巣の表面のウロコ模様が禍々しい。


 その間にも、ヒロトの石弾が発射され、次々にコトリバチが落ちてくる。


 ヒロトが体外魔力を操作して知りえた情報だと、なるほど、巣は半地下構造の一軒家サイズであった。地上に出ているのは、巣の一部で、ほとんどが地下に隠れている。

 

 ヒロトはすぐに巣の出入り口を確認する。

 近衛蜂や防衛組の兵蜂が出てくる可能性のある出入り口は7箇所。

 数万発の石弾が、既にロックオンしている。

 問題は、混戦になった場合に、新たな出入り口を作られる点である。ヒロトはどんな対策を講じるつもりだろうか。


 「さて、これでいつ開戦しても、我が軍の圧倒的火力の前に、コトリバチ軍は、為す術も無く沈黙するだろう」


 「さすがです」


 ヒロトとしては、ちょっとしたおフザケだったので、ソランの真っ直ぐな反応が痛い。

 地面が盛り上がり、小さな椅子が出来た。ヒロトが土魔術で作ったものだ。数万発の石弾の自動制御魔法陣を維持しながらである。


 「ソラン、それに座れ」


 言われた通り、ソランが椅子に座ると、次にソランを覆うように、小型冷蔵庫ほどのサイズのドームが出来た。

 視界を確保する為の5mm×10cmくらいの横長の穴があちこちに作られ、また、空調用の直径5mmほどの小さな穴も無数に開いている。

 ハエや蚊などの、小さな虫の侵入を阻止することは無理にしても、コトリバチが侵入してくる心配はなさそうである。ドームの厚さも、半死のコトリバチの激突程度ではビクともしないだろう。


 「呼吸は問題ないな。そこから見てろ。メインは一番上の出入り口だが、一点を凝視するんじゃなくて、周囲の魔力を感じるように、全体を観察するんだ」


 「はい!」


 ヒロトの命令は、ソランに対する、「魔じゅつ師としての」初めての命令であった。

 ソランは魔術師としての第一歩を踏み出したのだ。

 その道は、やがて、『大まどうし』へと続く道でもある――とソランは考えている。


 まだ、わずか5歳になったばかりの少女ではあったが、何やら込み上げる感情を抑えることが出来ない。

 それは、スキル『信仰(だいまどうし)』が、『信仰(大まどうし)』に更新されたことと無関係ではないだろう。



 ◇◆◆◆◇



 話は遡る。


 「何とか、日暮れ前に着きましたね」


 依頼を受付中ではあるが、急ぎの旅ではない。三人でのんびり道草を食いながら歩いていたら、この時間になったのだ。

 午後5時頃であろうか。


 「ソラン、疲れたじゃろぅ。村長をけしかけて、今晩は旨い飯を用意させよう」


 一応、セレナたちと合流する予定だが、元々、エンゾとヒロトの二人で完遂予定の依頼である。予定している二人の作業分担には余裕があり、変更点はない。


 「ありがとうございます。しかし、わたしは普通の食じで十ぶんです。飢え死にしないだけでも、ありがたいことです」


 「いや、遠慮すんなって。お前はまだ子供だから、もう少し太らんといかんぞ。とりあえずこいつを飲んでおけ。疲れが取れるし、食事も進む」


 ヒロトは手製のポーションをマギバッグから取り出す。


 「こ、これは、一本1000セラの……ッ」


 ソランは、ポーションの入った小さなボトルを、震える両手で受け取った。そして、神妙な面持ちで、ゴクリと喉を鳴らす。今にも、「ありがてぇ…、ありがてぇ…」などと言い出しそうな雰囲気であった。


 「(大袈裟な……)」


 決して大袈裟ではない。

 そもそも、ヒロトが卸値を教えて、俺TUEEEしたのが原因である。

 それに、いくら、エンゾとヒロトの庇護下に入ったと言っても、ソランは、数日前まで、飢え死寸前の境遇だったのだ。日本円にして卸値で一本一万円のポーションは、値段を聞いた後とあっては、躊躇するのが当然だろう。


 「エンゾ様、お着きになられましたか。随分と、お疲れになったのではありませんか?」


 村の入り口で声を掛けて来たのは、本日、カチヤーク村で落ち合う予定であった、セレナ・タレスであった。横に居るのは従者だろう。


 「タレスのお嬢さん、老いたりとは言え、これでも世界一の大魔導師エンゾ・シュバイツよ。年寄り扱いは無用じゃ」


 「いえ、決して、そのような……ん? こちらの可愛いらしい子は、どちら様でしょうか?」


 セレナの心に、嫌な予感が走る。

 黒い魔術師用のマントが、エンゾたちの連れだということを物語っていたからだ。


 「おお、良くぞ聞いてくれた。わしの孫弟子、ソランじゃ」


 「わたしは、魔じゅつ師ヒロト・コガが弟子にして、『大まどうし』エンゾ・シュバイツが孫弟子、ソラン・クローラともうします。目指すは、魔どうのきわみ、いずれ、『大まどうし』の名をつぐものです」


 ソランも慣れたもので、エンゾに肩を叩かれると、間髪を入れずに自己紹介。淀みもなく、見事なものである。


 「なっ! 孫っ……、弟子……?!」


 セレナの悪い予感は当たっていた。

 エンゾの直弟子ではないが、孫「弟子」である以上、エンゾより、大いに薫陶を受けるはずである。それを想像するだけで、羨ましさと妬ましさで、どうにかなりそうであった。


 「そうよ。わしが見つけたわけじゃないが、なかなかの逸材じゃろう。ヒロトが『大魔導師』にすると言うておるからの、いずれは、『大魔導師』になる子じゃ」


 「(何か、そういう設定になってるみたいだな)」


 「……」


 セレナは魂が抜けたようにフラフラと後ずさり、従者に支えられる。


 「(こりゃ、ショックでかいだろうなぁ)」


 セレナは元々、エンゾのことを心から尊敬しており、憧れも相まって、タレス伯爵を通して、一度、弟子になることを頼み込み、断られた過去がある。弟子が駄目なら、せめて家庭教師でもと要請した際にも断られ、一時は食事も喉を通らないほどに落ち込んだことがあったのだ。

 弟子であるヒロトに模擬戦をふっかけて、手も足も出なかったのは、ほんの数日前の出来事である。

 それが、わずかの間に孫弟子が出来ていたのだ。

 セレナのショックも当然だろう。


 「師匠、討伐は明日ですし、とりあえず、村長のところに顔を出して、寝る場所を確保しましょう」


 「そうじゃな。タレスの――」


 「セレナです。セレナ・タレスと申します。こちらは、リンダ。守備隊長カールの従兄妹(いとこ)で、本人も守備隊に属しています」


 「リンダ・フェイノールトと申します。今回はお嬢様の従者として参加させて頂きます。皆様の邪魔にならないよう立ち回るつもりですので、よろしくお願いします」


 「おお、セレナじゃったな。挨拶は後回しじゃ。セレナさんとそちらの従者も、早く、村長のところへ行くぞ」


 「「はい」」


 街道から外れたただの村に、宿などはない。一行は泊めてもらう為に、村長宅に向かった。

 

 村長宅は、他の村人たちの家よりは立派であったが、特に豪華というわけでもなかった。代々村長業をやっているらしく、小さな公民館のようなものが、村長宅に併設されていた。村人たちの寄り合いや、宴会などに利用されるのだろう。

 寝泊りや炊事も可能な設備が整っており、一行は、そこに泊まることになった。


 「ようこそおいで下さいました、『腕輪の魔術師』様。村長をやっております、イゴル・プラドと申します。こちらは家内のエフィでございます。何もありませんが、食事の用意くらいはさせて頂きとう存じます」


 「私はヒロト・コガ。お言葉に甘えまして、二晩厄介になります。こちらはエンゾ・シュバイツ、そしてソラン」


 「私はセレナ・タレスで、こちらがリンダ・フェイノールトです」


 「合わせて5人じゃな。二泊三日、こちらで世話になるぞい」


 「こちらの寄り合い所をご利用ください。今回のような場合や、貴族様たちが村に寄った時などにも利用して頂いております。寝泊りには問題ないかと。今晩の食事は出来ておりますので、村の女たちに用意させましょう」


 「ありがとうございます。」

 

 村長のイゴルが呼ぶと、村長宅に待機していたのだろう、エフィに合流するように、手伝いの女が二人やって来て、宿となる寄り合い所の中を一行たちに案内していった。

 

 食事は華美という意味での豪華さはなかったが、腕によりを掛けて作ったのだろう、村人たち自慢の田舎料理の数々が並んだ。味付けの指揮はエフィが執っているようで、なかなかの味であった。酒も出たが、エンゾがグラスに一杯、ワインを舐めた程度である。


 通常、冒険者一行に対して、ここまでの待遇が用意されることはないのだが、前任者(『烈風砦』)が犠牲を出した上に、討伐に失敗している為、村長としても、出来ることはしてやりたい気持ちなのだろう。


 依頼の受け手がいなくなれば、コトリバチの巣がある周囲の畑は放棄せざるを得ず、大きな損害が出るのだ。気候が暖かくなれば、餌を求めるコトリバチの動きも活発になり、手が付けられなくなる。

 かと言って、5~6匹のゴブリンの巣ならいざ知らず、8000匹クラスのコトリバチの巣など、村人たちだけで、どうにか出来るわけがない。そうなると、討伐はA級以上の依頼になり、報酬も跳ね上がる。

 そういった思惑は、没収された『烈風砦』の供託金を受け取らず、報酬に上乗せした件からも察せられる。とにかく、今回でケリをつけたいのだ。


 エンゾとヒロトは、上乗せ分の4万セラを、そのまま、元『烈風砦』のアランたちに情報提供の報酬として払ったが、本来、84万セラの依頼である。日本円にすると840万円になる。クランによっては躊躇することもある報酬設定だが、200人程度の村としては、出せる、ギリギリのラインだろう。

 


 「何と! コトリバチの巣はヒロト殿一人で?」


 セレナの従者、リンダ・フェイノールトが驚きの声を上げた。


 討伐は明日の朝6時より開始である。歓待の夕食も終え、今は作戦会議という名の暇つぶしを、のんびりと行なっている。

 

 満腹して、ヒロトの横で舟を漕いでいたソランであったが、リンダの声にビクッとして、目を覚ました。居眠りしていたことを悟られまいと、必死で居住まいを正し、「ずっと話を聞いていました」というポーズを取るソラン。

 睡魔と戦う様子が可愛かった為、誰も気にしていないのだが、ソラン的には失態の自覚があるのだろう。


 「大勢で行っても仕方あるまい。ハチの巣はヒロトに任せておけば問題ない。わしにはわしの仕事がある。セレナとリンダはわしと来るが良い」


 「わたしはどうしましょうか」


 「ソランは俺と来い。コトリバチ討伐を近くで見たいだろ?」


 「「なっ!」」


 セレナとリンダの声が重なる。

 コトリバチの討伐は、作戦的には、『烈風砦』がやった手で間違いはない。長い時間を掛けて、成虫の数を減らしていくのだ。

 ハチミツが必要ないなら、大規模魔術を展開して、一網打尽も悪くはないが、確実に全滅させないと、ヘイトを稼ぐだけになってしまう諸刃の剣だ。


 長い時間を掛けて、成虫を減らして行く作戦がコトリバチ討伐の基本だが、問題は、その間、一度もマーカーを付けられてはならない点だ。一度でも刺されて、マーカーを付けられたら、作戦は失敗である。『解呪』スキルを持つメンバーがいない場合、村への帰還すらままならない。


 つまり、自衛手段を持たない見学者を、数千匹規模の討伐に同行させるなど、正気の沙汰ではないのだ。


 「もう一度確認ですが、ハチミツや蝋は採取の予定ですか?」


 リンダが尋ねる。

 ハチミツや蝋の採取予定がないのであれば、大規模魔術で巣ごと焼き尽くす、といった作戦が可能だ。土魔術や水魔術で一網打尽にする手もある。時間を掛ければ、逃げる成虫が増えてヘイトを稼ぐことになってしまうが、リンダはセレナから、ヒロトの魔術師としての実力を聞いていた。

 セレナから聞いた話が真実なら、一瞬で大規模魔術を展開することも可能だろう。


 「こっちは、焼きたてのパンも用意してるんですよ。巣ごと焼き尽くしたりしたら、幼虫が死んでしまいます。ソラン、お前も、ハチミツ食いたいだろ?」


 実際に戦うのがヒロト一人なら、平均5秒に1匹殺したとしても、4万秒以上掛かる計算になる。4万秒とは、666分。実に、11時間以上である。8000匹という数は、本来そういう数字なのだ。


 「エンゾ様がヒロト殿一人で討伐出来るとおっしゃるのなら、可能なのでしょう。しかし、そちらのソランさんを連れて行くのは、さすがに危険では?」


 ヒロトとリンダの会話を、黙って聞いていたセレナが思わず質問した。

 孫弟子だというソランに対して、思うところが無いわけではないが、それとこれとは話が別である。その程度の分別はあった。

 11時間以上は大袈裟にしても、数時間に及ぶであろう戦闘中、ヒロトだけではなく、ソランへの攻撃も完封しなくてはならない。それが可能なのか? と聞いているのである。

 セレナ的には、ヒロトが何らかの、対コトリバチ用の作戦を用意していると仮定しても、数時間は掛かると踏んでいる。


 「わたし、ついて行っても、大丈夫でしょうか……」


 ヒロトに対して、再考を促すよう迫ったセレナであったが、ヒロトよりは、むしろ、ソランの方が不安になって来たようだ。

 ただし、ソランが不安になっているのは、ヒロトが下手を打つ可能性についてではない。ソランとしては、エンゾが可能だと言い、ヒロトが心配していなのであれば、そこには、何の問題もないのだ。 

 ソランが不安になっているのは、リンダやセレナが自分を連れて行くのはよせ、と言っている点についてである。

 単に、自分がヒロトとの同行を我慢すれば済むことだからだ。


 「大丈夫ですよ。小鳥を近付けさせなければ良いだけです」


 「ヒロト殿、小鳥ではなく、固有スキルを持った、コトリバチですよ! 失礼ですが、『解呪』スキルはあるのですか?」


 「『解呪』は多分、持ってません。しかし、そもそも近付けないんだから、同じことです」


 ヒロトが「多分」と言ったのは、自身のスキルを正確には把握していないからだ。実際のところ、ヒロトは『呪い』がどんなものかも、書物で読んで、知識として知っているだけである。『解呪』に至っては、存在すら、コトリバチの固有スキルを予習していて、初めて知ったほどであった。

 ただし、『解呪』スキルとは、おそらく「スキルキャンセル」の類であろうと、ヒロトは予想している。つまり、コトリバチの固有スキルは、いわゆる「毒」ではないと。だからこそ、『解毒』ではなく、『解呪』なのだと。


 「「しかし……」」


 「わしはもう眠くなって来たぞぃ。明日も早いんじゃから、お前たちも、そろそろ寝るぞ」



 ◇◆◆◆◇



 「(あいつら、たった二人で、何をやるつもりだ? しかも、一人は子供じゃねぇか)」


 スキル『遠見』でヒロトとソランの様子を見ているのは、バッソ盗賊団の斥候、ガルシア。獣人族犬種で、40歳くらいだろうか。若くはない。獣人族の寿命は人族のそれよりも短く、50歳程度である。


 『対象二人。5歳以下の子供と18歳くらいの男』

 

 ガルシアは木の下にいる直属の新入りに、手信号で合図を送る。

 新入りの名はウラル。狼種の23歳。

 ガルシアは見張り中は、決して声は出さない。近くに鳥などがいて、鳥が驚いて飛び立てば、観察対象に気付かれる可能性があるからだ。


 ガルシアが使う合図は、手信号と言うよりは、手話に近い。ある程度までなら、複雑な会話も可能である。

 ウラルがバッソ盗賊団に入って、まず覚えさせられたのが、ガルシアの手信号であった。狼種であるウラルは、最初こそ、犬種のガルシアに反抗したものだが、今では、飼い犬以上に従順である。ガルシアの膨大な知識と経験、ウラル程度の反抗など、軽く捻り潰す腕力に負けたのだ。

 二人には圧倒的な差があった。


 「(「英雄」エンゾ・シュバイツが討伐に名乗りを挙げたという話だったが、弟子の方だったか)」


 現在、ガルシアはコトリバチの巣から200m近く離れた、木の上にいる。木の枝と葉に隠れているので、めったなことではバレることはない。

 視界は良好、全身に施した迷彩は景色に溶け込んでいる。目で見て、相手を察知するタイプの者なら、ガルシアを発見することは、まず無理であろう。


 それでも魔力による索敵なら引っ掛かるが、200mも索敵範囲を広げる者は普通はいないし、相手はたったの二人。それも一人は子供ときている。一人が討伐にあたるなら、周囲を索敵しながらのはずがない。


 「(しかし、何つぅ速度だ……)」


 ヒロトが土魔術でソランを覆った様子を見ての感想である。

 職業柄、他の魔術師の魔術も見慣れているガルシアであったが、ヒロトの土魔術は、感覚的には、ほとんど一瞬であった。


 「(集中しているつもりだったが、魔法陣を見落としたか)」


 ガルシアはその速度から、ヒロトが魔法陣を使ったと判断した。

 しかし、ヒロトは魔法陣を使っていない。単に、ドームの作成速度が速すぎて、勘違いしているのだ。


 秘密はドームの作成方法にあった。

 通常、土魔術で壁やドームを作ろうとしたら、下から土を盛り上げて作っていく。それが土魔術の基本魔術でもある『ロックウォール』だ。言ってみれば、積み木やレンガを積み上げるイメージだろうか。


 しかし、ヒロトの場合、最初に砕いた砂で、フレームを作ることから始める。フレームは近くで見ても、細い糸のようにしか見えない。その後、膨大な魔力によって、全方向から一気に土が集まって、ドームが完成するわけだ。CGソフトで、3DCGを作るイメージが近いか。

 その為、フレーム完成からドーム完成までが、知らない者が見ると、一瞬で出来上がるように感じるのだ。まして、200mも距離があれば、フレーム部分は見えない。


 「(土の棺桶(かんおけ)に入れられたガキが討伐のポイントだろうな。奴隷のガキを囮にでもするつもりか?)」


 ガルシアの経験上、ソランがただの見学者だとは思いもよらない。

 それも当然であった。危険な場所に子供を連れて来るのだから、何らかの役割があるはずなのだ。


 「(ッ!!)」


 スキル『遠見』のレベルを上げた瞬間、ガルシアに衝撃が走った。

 ヒロトの周囲にあった、「幕のようなもの」が、石弾の集合だったからだ。ガルシアは、ヒロトがその幕を使って、巣を覆うのだろうと想像していたのだ。


 ハチミツ採取を希望する場合、コトリバチ討伐は長丁場になる。相手は、数千匹の大群だからだ。しかも、対するは、パーティーではなく、ヒロト一人である。ガルシアは数日掛かりになると予想していた。見張る方も、当然長丁場になると。

 そこで、『遠見』のレベルを落としていたのだ。

 スキルは魔力をあまり使わないが、それでも、数時間は見続けなくてはならない。それが何日も続くとなれば、大変である。

 元々魔力容量が少ない獣人族である。最初から全力で見張れば、いくらスキルとは言え、魔力枯渇に陥るだろう。ガルシアは仕事のことでは、絶対に妥協しないタイプである。言ってみれば、スキルレベルを落とし、魔力の節約をすることは、仕事を完遂する為の当然の選択なのだ。


 しかし、ソランを覆ったドームが気になり、詳しく見ようとレベルを上げた。

 ガルシアの『遠見』は最大でレベル8。


 ガルシアの視界には、数万はあろうかという石弾が映っていたのだ。


 『(ば、化物じゃねぇか……)』


 エンゾ・シュバイツの弟子が、そこらの魔術学院生レベルのわけはないと考えていたガルシアであったが、さすがにここまでは予想していなかった。


 かつて二百年以上前に活躍した、「礫平原(れきへいげん)」モリア・ベージュという傭兵が、戦場で数千発の石弾を自在に操り、敵軍を蹂躙したという伝説がある。

 モリアの石弾は金属鎧を撃ち抜くことはなかったとされるが、それでも革鎧は撃ち抜いたし、露出している部分に当たれば、敵は止まる。急所に当たれば、致命傷になった。軍馬は驚いて暴れるので、とても戦列を維持することは出来ない。その間に友軍が攻め込めば、敵の戦線は一気に崩れるだろう。


 魔術学院などでは、「『石弾』でも、規模と術者の技術によっては十分に脅威になり得る」と教わる際に引用される有名な逸話であるが、ガルシアの視界で展開される状況は、伝説を遥かに超えていた。


 「(モリアどころの話じゃないぞ、こりゃ)」


 数万発とすると、まさに、桁違い。

 同時に、二度目の衝撃が走る。


 「(じゃぁ、さっきは、数万発の石弾を展開したまま、ガキの棺桶を作ったってのか!?)」


 異なる魔術を同時展開することを、「ダブル」と呼ぶ。

 属性が同じなら、それほど難しくは無いが、数万発の石弾を展開したまま、というと話は変わってくる。

 しかし、ガルシアの『遠見』レベル8が、ダブルより、さらに驚くべき事態を映す。

 三度目の衝撃。

 

 「(い、今、あいつの見ていない方向に、石弾が飛んで、ハチが落ちなかったか?!)」


 「(ッ!! いや、せ、石弾が勝手に発射して――)」


 ヒロトの周囲では、ボトボトと雨霰(あめあられ)のごとくコトリバチが落ちたり、(はじ)けたりしているのだが、石弾を発射する為のアクションが全くない。

 もちろん、魔術の展開や発動にポーズも詠唱も掛け声も必要はない。

 発射のイメージを伝えれば、石弾は飛ぶ。アクションやポーズは、イメージをより鮮明にする為の術者の工夫である。イメージが明確なら不要だ。

 しかし、なればこそ、見てない方向に石弾が飛ぶというのは、どういうことか。見えない方向のコトリバチに、どうやってイメージをすり合わせているのか。

 

 ガルシアの『遠見』に映るのは、ヒロトが確信をもって石弾を発射している姿である。その証拠に、数万発の石弾を全方向に一斉掃射しているわけではない。せいぜい、コトリバチ一匹に対して10発程度だ。


 そして、遂に、ガルシアは決定的な場面を見てしまった。


 ヒロトが見てない方向のハチ二匹に対して、ほとんど同時としか思えないタイミングで石弾を発射し、正確に撃ち落したのだ。


 魔力を多く使う為、普段はほとんどやらない複数スキルの同時発動。

 ガルシアの『解析』はレベル5。低くはないが、決して高くはない。それでも、何度も見れば、分かることはある。


 ガルシアはすぐに木の下で待機しているウラルに伝える。


 『アジトに即帰還。頭に伝令。敵は魔術師一人。実力はS級。本日中に巣全滅の可能性大』


 『ガルさんは?』


 『残る。アジト変更の場合、追って合流する。行け!』


 ウラルは飛ぶように跳ねて、その場をあとにする。

 斥候としての腕は、まだガルシアの足元にも及ばないが、足だけは盗賊団の中で最も速い。

 ガルシアの慌てた様子から、一刻を争うと判断したウラルは全力でアジトを目指す。


 時に、伝令とは、隊の命運を左右する。


 良い意味でも、悪い意味でも。



 魔力的に、極限まで薄くした索敵用結界。

 ゆえに、敵に気付かれにくい。

 その有効範囲は半径1kmにも及び、方向を限定すれば、さらに伸びる。

 操るは、世界一の『大魔導師』エンゾ・シュバイツ。


 「もう敵が一匹、罠にかかったぞぃ。向かっておる方角は北東じゃな。さすがはヒロト、敵は度肝を抜かれたと見える。くふふふ」


 エンゾはヒロトの様子は見ていないが、ウラルが慌てて飛び出したのを察知して、おおよそを知る。


 「追うぞ! お前たちも遅れるな!」


 エンゾはそれだけ言うと、小高い丘を駆け下りる。

 エンゾたちとウラルの距離は、直線にして600~700m。しかし、途中に森があり、勾配もある為、実質距離はもっとある。しかも、敵の足が恐ろしく速い。

 ただし、ウラルの進む方向は、事前にエンゾが予想した通りであった。その為、エンゾたちがいる場所からは、ショートカットが使える。


 到底250歳を超えているとは思えない速度で森に分け入るエンゾを、セレナとリンダは、必死で追うのだった。

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