第18話 「腕輪の魔術師」
コパン国王との会談からあけて、3月13日、14時を過ぎたところ。予めエンゾが手配していた通り、昼のラッシュも終わった高級喫茶店『ルイージ・ベル』に、元『烈風砦』リーダー・アインと、その前衛、ヒューズが現れた。
頭に「元」とつくのは、『烈風砦』は既に解散しているからだ。
コトリバチの討伐依頼の失敗――というよりも、パーティー唯一の魔術師、カイトを失ったことが直接の原因である。
「すみません。ちょっと遅れました。エンゾ・シュバイツ様、初めまして。私が元『烈風砦』のリーダー、アインです。こちらは同じくヒューズ」
カイトは討伐中にコトリバチにマーカーを付けられた為、アインが自ら介錯した。パーティー内に『解呪』が出来る者がいなかったのだから、仕方のない措置であろう。カイトを生かした場合、カイトに打たれたマーカーを目指して、森中のコトリバチが殺到するからだ。
「いや、わしらもさっき来たところじゃ。構わんよ」
解散したのは、B級を維持出来ないとの判断からである。すぐにフリーの魔術師が、都合よく現れるわけがない。ただでさえ、魔術師は貴重なのだ。仮に都合良く現れても、戦術面などでの見直しは必至であろう。今まで通りの活動は期待するべくもない。
カイトは大規模魔術こそ展開できなかったが、十分に優秀な魔術師であった。『烈風砦』がB級パーティーでいられたのも、カイトのお陰が大きい。
挨拶もそこそこに、エンゾが切り出す。
「魔術師を失った件は残念じゃったな」
「はい、カイトには本当に申し訳ないことをしました。パーティーのメンバーは全員覚悟はしていましたが、やはり、現実にメンバーを失うのは……」
アインは奥歯を噛み締め、それ以上は言葉に出来ない、と言った様子。
あまり湿っぽい空気が続いても、現実問題、話が進まないので、ヒロトは更新された依頼の受付票を出す。
具体的には、四点変更があった。
◆「コトリバチの巣の討伐」
・依頼主:カチヤーク村村長
・場所:カチヤーク村(別紙略地図)
・指定ランク:B
・ギルド貢献ポイント:あり
・報酬:84万セラ
・期限あり:受付票発行から10日間
※1、B級Pt『烈風砦』が討伐失敗
※2、巣の規模は約15階層×2、推定約6千~8千匹
※3、討伐失敗により、巣の出入り口が広範囲化
※4、蜂蜜や素材は全て達成者のものとする
一点目は、「ギルド貢献ポイント」。
前に受けた者が失敗したからと言って、即座にポイントが付くわけではないが、今回の場合は、ギルド貢献ポイントが追加された。
簡単に言うと、「Bプラス」の依頼となる。つまり、ヒロトたち『腕輪の魔術師』はB級パーティーなので、ポイントを使って、C級の依頼をB級として受けられるようになる。
二点目は、「報酬」。
4万セラが追加されている。これは、供託金(報酬の5%)没収の後、依頼主がそのまま報酬に上乗せした為である。供託金は、本来なら依頼主が違約金として受け取るのが普通だが、依頼主が辞退した場合、報酬に上乗せされる。依頼人にとっては、依頼を完遂して欲しいのが第一なので、失敗で冒険者が受付に二の足を踏むことの方が困るのだ。
その分、「期限」が12日間から10日間に短縮されているのが、三点目。
とにかく早くコトリバチを掃討して欲しい、ということだろう。
そして四点目が「※3」。
ヒロトが詳しく聞きたいのは、※3についてである。
「お二人には傷口に塩を塗るようで申し訳ありませんが、お聞きしなくてはなりません。失礼ですが、どうして失敗したのですか?」
単刀直入にそうたずねる。
神妙な顔をしていたアインが、ピクリと反応する。
アインは依頼失敗を重く受けとめていた上に、引継ぎが「英雄」エンゾのパーティーとあっては、全力で答えるしかないと腹をくくっている。命を失ったカイトへの償いにもなるだろう、との想いもある。
「『烈風砦』の実力を上回る依頼だった――と言いたいところだが、実際は、討伐を開始した時に、すでに巣の出入り口が広がっていた」
「実際の依頼内容よりも、巣の規模が大きかったということですか?」
「いや、巣の規模はおそらく依頼書通りだ。巣の規模じゃなくて、ハチの出入り口が増えていたんだ。普通、コトリバチは巣の中心から20m近くも離れたポイントに出入り口なんて作らない。だから、多分、俺たちが到着する前に、誰かが巣を攻撃したんだと思う」
依頼書には「討伐失敗により」、出入り口が広範囲化したとあるが、実際は『烈風砦』が到着する前に、既に広がっていたとのこと。
コトリバチには、巣が攻撃を受けると、出入り口を増やして、反撃を仕掛けてくる習性がある。
通常出入り口は多くはない。3~4箇所といったところか。出入り口が増えて、反撃の準備が整うと、兵蜂だけではなく、近衛蜂までが出てくる。
近衛蜂は兵蜂よりも強力な毒を持っているが、マーカーは打てない。打つ必要がないからだ。敵は巣の前まで来ているのだから、泳がせる意味がないということだろう。体重100kg以下の者なら、近衛蜂に刺されると、一撃で昏倒すると言われる。
近衛蜂は兵蜂に比べれば数は少ないが、スズメサイズの兵蜂に比べると、二周りは大きく、尻から出し入れ自由の毒針は、針と言うより釘である。
また、巣の中で興奮したハチたちの熱を逃がす為や、女王蜂の逃げ道の確保などの理由もあると言われている。
「思うとは?」
「証明のしようがないからさ。巣の中心から離れた出入り口が、いつ作られたのかなんて、調べようがない。実際、攻撃を受けるまで、そんな離れた場所に出入り口があるとは気付かなかった。まぁ、言い訳だがな」
「村人に確認はしたのかの」
「はい、失敗の後ですけどね。悲しいのと、悔しいので、頭ぐちゃぐちゃだったんですが、この一点だけは、納得行かなかったんで。しかし、村人は、そんな危険な真似はしないとのことでした」
「村人は、皆、コトリバチの危険性を知っていました。マーカーを打たれたキャリアが、村に逃げ帰った為に、村が全滅する危険性すらありますから」
ヒューズが、アインの言葉を補足する。
「つまり、何者かの攻撃で、巣の出入り口が広範囲化し、ハチたちの反撃の準備が整っているところに、皆さんが到着したと」
「あくまでも推測だ。依頼を出した後は、巣の近くは進入禁止になっていた。巣本体は傷ついていなかったから、魔物の仕業でもねぇと思う。村人ではない誰かが、意図的にやったと見てる」
間違えて、村人が入らないように、進入禁止の看板が立てられていたという。
なるほど、看板があるのに、無理して巣に近付く村人がいるわけがない。ハチミツや蝋は魅力的だが、命の方が大事である。しかも、マーカーを打たれた後、村に逃げ帰ろうものなら、村が全滅する可能性すらあっては尚更である。
また、巣の周囲が荒らされていないことから、獣や魔物の線も薄い。三色ベアなどがが、幼虫食べたさに巣を攻撃したのなら、掘り返した痕跡があるはずである。それがないと言うことは、何者かが、魔術的な攻撃を加えた可能性が高いと。
「ハチミツが欲しいならともかく、何の意味もなく、巣を攻撃する馬鹿がおるかのぅ」
「まぁ、今更何を言っても、言い訳ですけどね。ただ――」
「出入り口の数がもう少し少なければ、カイトの命も失われずに済んだのかと思うと……」
その時、ちょうど、午後の二つ鐘がなった。15時である。
わずか一時間に満たない質疑応答であったが、ヒロトにとっては、なかなか濃い時間であった。コトリバチの危険性も感じられたし、習性も聞けた。
しかし、一番の収穫は、エンゾ以外の冒険者の生の声を聞けたことだ。それも、依頼を失敗した者の。
「お忙しいところ、ありがとうございました。これは、今回の情報の報酬です。受け取ってください」
「4万セラ……」
アインの前に、四枚の金貨が差し出された。日本円にすると40万円といったところか。
「いくら何でも、こんなに貰うわけにはいかねぇ」
確かに、一時間の仕事料と考えると、少々高額に過ぎた。
しかも、その額にはアインとヒューズは思うところがあった。没収された供託金の額と同じだったからだ。
「良いんですよ。ありがたい情報も頂けましたし」
「大した情報でもないと思いますが、エンゾ様たちは、こんな依頼でもわざわざ下準備をするのですか?」
「いや、今回は特別じゃ。別件を追っていての。どうも、関連がありそうな気がするんじゃ。コトリバチの依頼だけなら、弟子が10分もあれば、処理するじゃろ」
「10分……」
「……」
二人は絶句する。
アインは、エンゾが「討伐」ではなく、「処理」という言葉を使ったことにも、ある種の凄みを感じた。
「英雄」エンゾが弟子を取った。
一時期、王都でそんな噂が流れた。二人もその噂は聞いていた。目の前の青年が、その弟子だと予想はついていたが、噂では魔術の腕は大したことはないと聞いていたのだ。
おまけに、もう一人、何とも場違いな少女までいる。話を理解できているのか、いないのか、時々頷いたり、首を捻ったりしている。
終始、真剣な表情で話を聞いているのは良いが、どう見ても、アインとヒューズの目には、ただの子供であった。
その姿を、微笑ましいと思うか、ふざけていると思うかは、意見が分かれるところだろう。
突っ込んだら負けだと思い、スルーしていただけである。
「(メンバーが一人死んでるってのに、10分とか、どうしてこの場で弟子自慢なんてするかなぁ、師匠は……)」
しかし、アインもヒューズも、エンゾの言葉を、場違いな弟子自慢などとは思っていなかった。巣の殲滅が10分というのは驚きだとしても、「英雄」の弟子なら、それくらいやっても不思議はないと思っているのだ。
つまり、アラトにおいては、ヒロトが考えるよりも、一流と二流の差は大きいのだ。そしてその差を皆が理解している。
ヒロトは「実質」38歳だが、個人の能力差の小さい世界、すなわち地球で、37年生きてきた。
地球は、少なくとも表向きは平等な権利が約束された世界である。知力も、腕力も、地球人が思うほど、地球人同士に差はない。ヒロトはその感覚が抜け切れていない。ヒロトの感覚では、「下品な自慢話」に聞こえるようなことでも、アラトにおいては、単なる事実にすぎないのだ。
「一個の質が、万の量を凌駕する世界」とは、そういう世界である。それは、「表向き」でさえ、平等が成り立たない世界とも言える。強者が弱者に対して、遠慮する義理などないのだ。
言い換えれば、弱者同士の団結や連帯が強者にとっての脅威になる場面が、地球に比べて、遥かに少ないということである。
地球では、「平等」は素晴らしい価値観として教わるし、「格差」は悪であると教わる。いわゆる人権は、人類普遍の価値観として扱われる。階級闘争的な発想は、左翼的な者たちだけの専売特許ではなく、広く意識されていた。
しかし、そもそも、そのような価値観が成立するのは、個人の能力差が小さいからである。裏側には、「大して能力は違わないのに、あいつだけ特別扱いはズルい!」という意識があるのだ。そういう社会では、本音と建前があるにしても、建前上は、強者側が遠慮するのが常識的なこととされた。
例えば、年収10億円の大会社の社長と、年収500万のサラリーマンがいるとする。
年収差は200倍。しかし、年収500万のサラリーマンは、200倍も能力差があるとは思わないだろう。社長も、自分は他人より優れているし、努力もしたし、運も良かったと思っているだろうが、それでも、200倍も能力が優れているとは思わないはずである。日本の社会風土の中では、そこまでの肥大した自意識はなかなか持てないのだ。
年収による能力差を認めない者でも、筋力なら、素直に認めるかもしれない。
ベンチプレスは、一般の成人男性が50kgくらい。100kg上げる者は、かなりの力自慢と言える。記録を上げる為に、それなりの努力をしないと、100kgはなかなか上がらない。
鍛えている者と鍛えていない者の能力差は、わずかに2倍。
ベンチプレスの世界記録が450kgくらいだから、世界一と比較しても、10倍にも満たない。才能のある者が、ベンチプレスだけを専門に、長期間鍛え上げた結果が、ただの一般人の10倍以下という現実。
年収については、領主や国王がいる時点で、比べる意味はあまりないだろう。
では筋力はどうか。魔術や強化がある世界では、10倍どころの差では済まない。ドワーフ族や、獣人族もいる。巨人族さえいる世界においては、能力差はもはや果てしないと言える。
つまり、アラトは「格差」があることが、ごく当たり前の世界なのだ。その中では、「平等」といった価値観が生まれる余地はない。まして、それが素晴らしい、人類普遍の価値観などとは思いもよらないはずだ。
殺伐としてるとも言えるし、公正で、自然だとも言える。
コトリバチの巣を10分で殲滅する者と、大事なメンバーを失う者。両者が平等で、同じ権利があると思う者がいたら、少しおかしい。
スキルやレベルの存在が、その価値観を強くしているのかも知れない。能力が数値として、はっきり分かるからだ。主観の入る余地がない。
ヒロトは、アラトに来てまだ一年にも満たない。知識として、アラトの常識は身につけたつもりでも、考え方や、発想の起点までは、その理解は及んでいないのだろう。
アランとヒューズは、丁寧に礼を言った後、店を出て行った。
「さて、明日の為に、御者を探さにゃならんのぅ」
紅茶の残りを飲み干して、エンゾが言った。
ヒロトは乗馬の経験がないし、今ではソランもいる。15日にカチヤーク村でセレナと合流する為には、明日中に出発しなくてはならない。
「歩きでは無理ですか?」
「結構、距離もあるし、ソランもおるしの。主街道が整備されとる途中までは馬車が良かろう」
「わたしは歩きでも、かまいません」
「ソランはそんなことは心配せんでも良いんじゃ。そうじゃな、近いうちに、御者の訓練をしてもらおうかの。可愛い御者だと、わしらも旅が楽しかろう」
確かに、ソランが御者として、馬車を操っていたら、可愛いかも知れないとヒロトは考えていた。
しかし、考え方としては、エンゾもヒロトもズレている。
ソランの年齢は5歳。幼稚園の年長組である。そんな子供が、御者をしていたら、盗賊に襲ってくださいと言っているようなものだ。
しかし、二人は、そんなことは丸っきり心配していないのだ。盗賊が現れたら、一人残らず殲滅すれば良いと考えている。
ヒロトのマギバッグにはまだまだ余裕があるので、この日は、生活用品や、旅に必要な小物を買い集めて終了した。
◇◆◆◆◇
翌14日早朝、エンゾ、ヒロト、ソランの三人は、カチヤーク村に向けて、馬車で出発した。
カチヤーク村から5kmほどの地点まで、エルモ街道が延びており、そこまでは馬車で進む。それから先は、道が悪くなるので、馬車に慣れていない者には辛いだろうと、歩いて向かうことになった。
エルモ街道と村への一本道が交差するところで、御者に金を渡し、別れた。
今はカチヤーク村に向けて、のんびり三人で歩いている。ソランの足に合わせることになるが、エンゾもヒロトも特に不満はない。
「はじめて馬しゃにのりました」
「俺も初めて乗ったよ。あまり乗り心地は良くなかったな」
「わしは気にならんが、初めてじゃと、揺れるからのぅ。ぶれぴーには、馬車の改善方法などは記録されておらんのか?」
「すぐに思いつくのは、ゴムタイヤと板バネですかね。タイヤは自動車のタイヤと同じもので、馬車用に細くしたような物が思いつきます。これで、小石を踏んで生じる、ガタゴトとした振動を減らすことができるはずです。あとは、荷台と車軸の間に板バネをつけて、縦揺れを軽減させるくらいでしょうか。板バネはこんな感じです」
「なるほど、タイヤは無理にしても、板バネというのは、凄いのぅ。言われてみれば、その通りじゃな。どうして誰も思いつかなんだのか……」
ヒロトはベアリングや荷台の軽装化などは挙げなかった。タイヤは以前、自動車の説明をした時に伝えたことがあったから挙げたまでである。
エンゾは板バネ(サスペンション)にいたく感動した様子であった。
「そ、それは何でしょうか……?」
ソランがヒロトの腕を指差して、驚いている。
ヒロトの腕には、ブレピーが照射した、ワドスの『リーフ式サスペンション』の項目が表示されていた。
太陽光の下では、多少は見にくいが、読むことは可能だ。
「ああ、ソランは初めてか。こいつはブレピーという。言ってみれば、この腕輪に本がいっぱい詰まっているようなものだな」
「ぶれぴーですか…。魔じゅつ師になる人は、皆もっているものなのでしょうか」
ヒロトの右腕やエンゾの両腕にある腕輪と、ブレピーは違う。しかし、ソランには同じものだと映ったのだろう。
「いや、これを持っているのは、世界で俺だけだ。(文明の利器を、ただ持っている、というだけで子供相手に俺TUEEEする俺って……)」
「ソラン、ヒロトに頼んで、時々使わせてもらうと良い。わしは今更日本語を覚えるのは厳しいが、ソランならまだ子供。スキルを習得出来る可能性がある」
実は、エンゾは随分と日本語習得に力を注いでいたが、スキルが付かないので、無理なようであった。
ひらがなとカタカナを覚えて、次に漢字。後は単語を覚えるだけのはずだが、ひらがなですら、覚えられなかったのだ。確かに日本語は難しい言語だと言われているが、それでも、たった50文字のひらがなを覚えられないのは異常であった。
かつてギフトであった『古代語』が解明され、スキルに関係なく習得出来るようになっている為、エンゾは日本語も同じように習得出来ないかと様々試したが、どうにも無理なようであった。
ヒロトはその様子を見ていて、衝撃よりも、薄気味悪さを感じたものである。
もちろん、エンゾの記憶力が悪いわけではない。エンゾの頭脳は、アラトにおいて、トップクラスである。それが、言語に関してだけ、半日もすれば忘れてしまっているのだ。何か、宇宙的な強制力のようなものが働いているとしか思えなかった。
以来、エンゾが知りたい情報を、ヒロトが調べて、口で説明するようにしている。
現在のアラトは始祖大陸から始まった為、言語は一応統一されている。地球のように、言語が成立する以前の原人期に、他大陸に移住していったわけではない。すでに、ある程度の文明が発達した後に、他大陸に広がったのだ。
つまり、地域によって細かい違いはあるが、日本で言えば、方言の違いのようなレベルである。意思疎通が完全に不可能なほどの違いはない。
その為、言語スキルは一般的ではなく、特殊な『固有スキル』のようであった。
ただし、生来的なギフトか、後天的なものかはヒロトには分からない。ヒロト自身が取得しているであろうことから、後天的なものだと予想している。
ヒロトがしゃべっている言葉は、いわゆる『アラト語』であるが、スキル名は『鑑定』を受けていないので不明。ある種の「言語スキル」のお陰で理解していると考えられる。ヒロトは、日本語をしゃべるつもりで、アラト語をしゃべっているからだ。
「航海王子」エトゥは『古代語』を持っていたお陰で、始祖大陸にあった石碑や遺物の古代語を読めたとされる。
「よし、暇な時を見つけて、俺が日本語を教えてやる。そうすりゃ、ソランもこれが使えるようになる。あ、そうだ、ソラン。歩きながら、綺麗な石を見つけたら教えろ。腕輪を作ってやる。ブレピーではなく、ただの腕輪だけどな」
「ほんとうですか!?」
ソランの顔がぱぁっと明るくなった。
「(うむ、良い笑顔だ)」
ヒロトは両腕(左はブレピー)に二つ、エンゾは両腕で四つも付けている。ソランも、随分と気になっている様子であった。口にこそ出さなかったが、欲しかったのだろう。
しばらく下ばかり見て歩いていたソランが、子供の拳大の大きさの石を拾って来た。
「これで良いか?」
「はい、おねがいします」
「うむ、なかなか良い色の石じゃな。この部分の斑具合を生かしたものにすると良いかも知れん」
ヒロトには未だにその感覚が分からない。
細かい泥や埃を、高圧の水で吹き飛ばす。ヒロトは、現れてきた石の模様を見ながら、アラトの美的感覚について考えていた。
「腕を貸してみろ」
ヒロトはソランの腕を取ると、極小に砕いた石で、腕輪のフレームを作っていく。フレームに細かい石が集まり、腕輪の形になっていく。
「綺麗……」
「ゆっくり動かすから、気に入ったところで『ストップ』と言うんだ」
腕輪の形が出来ると、その形の中で小さな石の集合が、液体のようにゆっくりと動いていく。気に入った模様が出来たところで、固定するのだ。一応、エンゾの指示通り、斑模様が出るように動かす。
「すとっぷ!」
ここから風魔術を使って、更に細かい石で表面を磨いていく。研磨する石をどんどん小さくして、最後は粉のような石と水を混ぜたもので磨く。風魔術と水魔術を使った、極小の竜巻である。
「こんなところか」
と言いつつ、満足のいく出来のようだ。
表面は完全なツルツルで、鏡面加工のようになっている。鋭敏と言われる指の先でも、わずかな凹凸すら感じられないだろう。
「今、腕との間に、少しだけ隙間が開いているだろ。この隙間が埋まって、腕輪が動かなくなったら教えろ。サイズを変える。右腕用は何か魔術を使えるようになったら、ご褒美に作ってやる」
「さすがじゃな。ヒロトの作る腕輪は、作るたびに美しくなっておる」
素材を吟味し、もっと時間をかければ、さらに綺麗に作れるだろうが、そこまでやる意味もないので、ヒロトはこれで十分だと考えている。
ちなみに、水と極小の粉を混ぜて研磨するのは、メンテナンスをするようになって、思いついた工夫である。
いくら綺麗に磨いても、長く腕に付けていると、汗や皮脂などで、汚れてくる。それを時々磨き直してやるのだ。すると、作成時の輝きが蘇るというわけだ。
「すごいです! ヒロトさまは本当にすごいです!」
ソランは嬉しくて飛び回っている。
ヒロトには理解できないが、ヒロトが作った腕輪は、アラトでは美術品レベルである。宝石でこそないが、均一で極小の石を、高圧で固めて作った腕輪を、さらに小さな石で磨き上げているのだ。工業用工作機械のない世界では、十分に宝飾品足りうる。
しかも、つなぎ目のない、手首よりもわずかに広い円周の腕輪である。構造上、作ってから装着することは出来ない一点物。高位の魔術師にしか作れない装飾品だ。見る人が見れば、相当な値段を付けるだろう。
「そうか。それだけ喜んでくれるなら、俺も嬉しいよ。別に汚れたり、壊れたりしても、気にするなよ。ただの石だし、すぐに作り直してやるから」
「ヒロトにばかり良い格好はさせんぞ。わしが何か『付与』を付けてやろう」
「あはは。そう言えば、いつの間にか、ソランのロングベストとブーツに『付与』を付けてましたね」
「可愛い孫弟子を思えばこそじゃ。普通はこっそり師匠が『付与』を付けるんじゃがな。後々、魔術師のレベルが上がった弟子が、『付与』に気付いて、師匠の優しさに感動する、というのが、師匠やっとる者の楽しみの一つでもあるんじゃ」
それなら、ここで種明かしするのは、好手とは言えないだろう。現に、ソランは、「ありがとうございます」と言いながら、くすくすと笑っている。
「なるほど。しかし、私は何も『付与』を付けてもらった覚えがないのですが?」
「お主は特別じゃ。そもそも、何を『付与』して良いのかすら分からんわい」
ヒロトの場合、魔力は集めた体外魔力を取り込むだけでOKだし、Hpも強化で、実質、回復可能だ。Mp回復もHp回復もあまり意味が無いのだ。
ならば、精神耐性系や、毒耐性系はどうだろうか。
「スキルは『付与』出来んしの。毒からの回復は、結局、内臓強化でどうにかするしかないの。スキルを『付与』するスキルもあるとは思うが、わしは持っとらん」
どんな能力でも『付与』出来るわけではない。『付与』出来るのは、本来身体に備わっている能力を、上昇する方向でしか使えない。例えば、脚力10%上昇、のように。
MpやHpは、時間さえ掛ければ、誰でも回復する。それを強化するイメージだ。
スキルが『付与』出来ないので、一見、使い勝手が悪そうに感じるが、そうではない。
『付与』の特殊な点は、重複が可能な点だ。
例えば、「Hp回復10%上昇」を、下着と上着と指輪の三つに施すと、条件はあるが、計30%上昇するのだ。
『付与』と重複の条件は大きく三つ。
(1)『付与』出来る対象は鉱石系か魔物系の素材に限り、『付与』出来る能力は、一つの素材に一種類のみ。
(2)同じ能力の『付与』は同一人物が『付与』しなければ、重複できない。(別人物が同じ能力を『付与』したアイテムは、どちらか一方しか機能しない)
(3)『付与』スキルは、スキルレベルに応じて1%刻みで、最大で10%までしか付与できない。
エンゾは『付与』のスキルレベルが最大のLv10なので、10%の『付与』が可能なのだ。『付与』Lv5の者は、Hp回復なら、「Hp回復5%」しか『付与』できない。
この事実を知った時、ヒロトが感じたのは理不尽さであった。
自分か、あるいは身近な者が『付与』スキルを持っている場合、それだけで、圧倒的なアドバンテージがあるからだ。
もちろん、地球でも金持ちは高度な医療を受けることが出来るし、金の力で、日常生活をスムーズに送ることが可能だ。しかし、アラトの場合、いかにも直接的だ。ヒロトが理不尽だと感じるほどに。
何しろ、貧しい者に比べると、金持ちは体力さえも、持っているのだから。
ただし、『付与』の重複には限度があり、『付与』自体はいくらでも可能だが、効果があるのは、最大で「100%上昇」までである。どうして100%までなのかは不明。いずれにしても、無限に上昇出来るわけではない。
それでも、金持ちや貴族たちは100%以上の『付与』された物を身に付けるのが普通だ。他人への『譲渡』はいつでも可能だし、紛失や破損による効果喪失の場合に備えているのだ。
ヒロトは、金持ちや貴族が、指輪や貴金属を多く身につけている理由を理解した。それらは飾りであると同時に――いや、それ以上に、能力を上げる為に身につけているのだ。
地球では、富の蓄積はそのまま金や債権など資本の蓄積を意味するが、魔力の存在するアラトでは、資本の蓄積以外にも、魔力や魔術の蓄積が存在するのだ。
ヒロトには、魔力の存在が資本の力を抑制しているように感じられた。
地球で産業革命が興った理由は様々あるが、大きな理由は、科学技術の問題ではなく、銀行の存在が一番大きい。銀行が巨大資本を有していたからこそ、革命と呼べるほどの産業の勃興が可能だったのだ。
アラトには、地球には存在した銀行や保険といった概念が存在しない。
例えば、冒険者ギルドは冒険者の金を預かるが、利子は生まない。ギルド側のサービスとして預かっているだけで、その金をどこかに投資する訳ではないから、当然、運用益なども出ない。ゆえに、利子が付かないのだ。
商人や金貸しは貧しい者に金を貸し、利子も取るが、それは相対取引の一種であり、そこで完結している。債券市場がないので、誰かの借金が次々と持ち主を変えて、拡大していくようなことがない。
巨大産業がないので、適当な投資先がないというのも理由だが、そもそもの、不換紙幣=銀行券=マネーが存在しない事実とも関わってくる。
「金」には、「きん」と「カネ」の二つの読み方があり、漢字は同じ「金」である為、日本人は勘違いしやすいのだが、ゴールドとマネーは明確に別物である。
例えば、ある日本人Aが、300万円の自動車をローンで買うとする。この時、さっきまでこの世に存在しなかった300万円(プラス利子)というマネーが、忽然とこの世に誕生するのだ。
Aは、少なくとも、現時点では、現金を一円も拠出していないのにも関わらず、である。
すなわち、マネーは債務者の将来の収入を担保に、銀行が作るのだ。
銀行が作ったマネーは、その後、Aのローンは債券市場に流れ、利子が利子を生み、当初の300万円を遥かに越える金額のGDPとなって、社会に還元される。
つまり、アラトには、金はあっても、マネーは存在しないのだ。
マネーとは、つまるところ、「誰かの借金」のことだから、そのマネー分がないアラトでは、地球に比べて、市場に流通する通貨が圧倒的に少ない。
無借金というのは、借金の余地=GDPの成長余地だから、地球の銀行家や政治家が見たら、涎を垂らすかも知れない。先進国の政治家が移民を引き入れたがるのも、これが理由だ。彼らが本当に欲しいのは、移民の労働力ではなく、借金枠なのだ。
「社会全体の借金が少ないのは、良いことだ」、という見方も出来るが、これでは、大きな産業は興せない。国が国民から借金することが出来ないので、巨大公共事業なども不可能である。
アラトにおいては、公共事業の財源は、国の金蔵に保管されている金貨が全てである。ようは、札を刷って、国債により公共事業を行なうことが出来ないのだ。
一応、金貨に含まれる金の含有量を減らすという鬼手は可能だが、もっと深刻な問題を引き起こすことになるだろう。
では、資本の力が抑制されると、どういう社会になるのか。
文明や産業が停滞するのだ。
しかし、それはあくまでも地球の話。
不思議なことに、ヒロトが知る範囲では、アラトには停滞感や閉塞感のようなものは感じられない。文明や産業が停滞しているのに、停滞感がないという、奇妙な雰囲気であった。
ヒロトが調べたところ、ユウキがアキバ帝国を建国した1000年前から、文明レベルや、産業レベルが、ほとんど進歩していない。それ以前とも、大して変化はないだろう。
だからと言って、地球で言う、中世の暗黒時代というわけでもない。それは資本の蓄積以外に、魔力や魔術の蓄積があるからとヒロトは推測した。
富や魔力の差により、格差は厳然と存在するので、餓死する子供はいるし、奴隷も存在するが、文明の発達による社会圧は少ない。
事細かな法律や倫理、道徳、マナー、ルール、過度の人権等々、常識的な公序良俗を遥かに超えた膨大な社会圧が、ヒロトの生きた2031年の地球には存在した。
言葉のあやではなく、電車の中など公共の場では、息をするのも気を使うのだ。酒を飲んだ翌日や、風邪を引いている間は、マスクをするのは常識であろう。
息をするのも周囲に気を使う社会が正常だとは、ヒロトには到底思えなかった。
現に、ヒロトはここアラトで、地球では味わったことのなかった「開放感」を感じている。それは生活費の心配がないことや、魔術を好き勝手に使えているからではないだろう。
また、魔物の存在もある。
魔物は、金持ちだろうが、貧乏人だろうが、どちらにとっても脅威であるから、金持ちだからと言って安全というわけでもない。
領民は着の身着のままで逃げれば良いが、まさか、貴族が自分の領地を捨てて逃げるわけにもいかない。魔物に対する、命の危険度で言えば、高い身分の者の方が危険であるとさえ言える。
地球でも、天災の多い地域では、格差が少ないと言われている。そういう意味では、魔物の存在が格差に対する貧民のストレスをガス抜きしている側面もあるのかも知れない。
魔物の存在が、ストレスの元となるのと同時に、発散の機会でもあるという、何とも不思議な構図があった。
「(まぁ、始祖大陸の『始祖極星』や、大バロウ帝国が海洋技術に目を付けていることを考えたら、『銀行』はいつ生まれても不思議じゃないな。システム自体は、利に聡いやつなら、誰でも気付くだろうしな。地球では、大航海時代に一般化された『保険』だって、もうあるのかも知れんし)」
エンゾがソランの右手を掴み、ゆっくりと魔術を発動させる。
ぼうっとエンゾの手とソランの腕輪が光に包まれ、エンゾの体内魔力が腕輪に注がれる。
「『Mp回復10%上昇』じゃ」
「ありがとうございます!」
あっけない程に簡単な『付与』であった。
もちろん、『付与』Lv10のエンゾだから簡単に見えただけであるが。これでソランは、革のロングベストと合わせて、Mp回復は計20%上昇である。
「ヒロト、ソランの鑑定結果を見せてくれ。ソランには、カチヤーク村に着くまでに、一つくらい、魔術を覚えてもらおうかの」
いくら何でも、それは無理である。
ヒロトは魔力をすぐに認識できたが、アラトで生まれ育ったソランには、それは無理であろう。血液の流れを感じろ、というのと同じだからだ。ヒロトは魔力の存在しない地球で長く生きていたから、魔力を「違和感」としてすぐに認識できただけである。
「はい、これになります」
【鑑定日:1815年3月12日】
【鑑定者:ルイス・フェイダーク司教】
名前:ソラン・クローラ
年齢:5歳と1日
種族:人族(エルフ族1/4)
Lv:6
Hp:79/91
Mp:103/108
スキル数:6
▼スキル一覧
・身体耐性Lv:2
・精神耐性Lv:3
・鉄骨胃袋Lv:2
・浄化Lv:1
・強化Lv:1
・信仰(だいまどうし)Lv:2
▼加護
・英雄Lv:6
・異人Lv:5
▼装備
・革のベスト(付与:Mp回復10%上昇)
・革のブーツ(付与:Hp回復10%上昇)
「母親に捨てられて、一年くらいと言うておったの。随分と、苦労したんじゃなぁ……」
『身体耐性』と『精神耐性』のスキルを見れば、ある程度の生活の様子は、エンゾにも想像できた。5歳にも満たない子供には、苦労という言葉の意味さえ理解出来なかったかも知れない。
「(『鉄骨胃袋』に至っては、一体、何を食べれば、そんなスキルが付くのか、想像も付かんわい)」
ちなみに、ヒロトと出会う前にあったスキルは『身体耐性』と『精神耐性』の二つだけである。つまり、『鉄骨胃袋』を取得したのはヒロトと出会った後だ。
ポーションをガブ飲みして、大量の食料をドカ食いしたことで取得したようである。ネズミの死骸や、得体の知れない残飯を食べた為に取得した訳ではない。
「でも、ヒロトさまに拾ってもらいました」
ソランはニコニコ笑っている。
確かに、いつ死んでもおかしくない生活だったし、ヒロトに拾われる直前は、ほとんど死んでいたようなものであった。仮に誰かに拾われたとしても、ヒロト以外であったなら死んでいただろう。
しかし、ソランは、だからこそ、拾ってもらったと思っている。もし、元気で走り回れる力があったなら、あの場で行き倒れてはいなかったはずだからだ。数日どころか、数時間ズレただけでも、拾われなかったに違いない。
拾われたのは、あの日、あの時、あの場所で行き倒れていたからだ。
それは運命としか言い様がないと、ソランは感じている。
「健気な子だのぅ…」
エンゾのシワだらけの目尻に涙がたまる。
ヒロトに拾われてから、わずか3日しか経っていないが、ソランは、幼いながらも、自身が「特別な」存在だと確信している。
当初のように、ヒロトを神様だと思っているわけではない。それでも、特別な存在でなければ、「大まどうし」エンゾと、「大まどうし」よりも強いヒロトと、一緒にいられるわけがないと思っているのだ。
右腕の美しい光沢のある腕輪を見ていると、ソランは身体の中から生きる力が湧いてくるようであった。
「しかし、魔力が高いのぅ。エルフの血が1/4入っておるからじゃろうのぅ」
「108というのは高いのですか? 拾った直後は77だったのですが」
「ソランは5歳になったばかりじゃぞ。十分高いわい。というか、どうして、そんな簡単に増えたんじゃ?」
ヒロトはソランが低スペックだと思っていたので驚いた。
どうして増えたのかなんて、ヒロトに分かるわけがなかった。
ちなみに、才能がある者は12~18歳くらいで魔力容量が一気に増えるが、それ以下の年齢の場合、ソランの年齢なら、年齢×10、すなわち、魔力容量は50くらいが平均である。
「ガリガリでしたし、身体のあちこちに傷や痣、皮膚病もありました。治す為に、何本もポーションを飲ませたからでしょうか」
「ポーションを飲ませたからと言って、魔力の容量が増えるわけがないじゃろ。ヒロト手製のポーションのお陰か、あとは考えられるのは、『信仰』スキルと、加護くらいか」
『信仰』と、英雄と異人からの加護は、言ってみれば、神を信仰する者が、神の加護がある状況と同じである。
確かに、スペックの急上昇と関係がありそうである。
「魔力操作については、ヒロトが教えるが良かろう。血の才能だけなら、真エルフのわしを超えられん。しかし、ヒロトのアプローチなら、エルフの血を継いでいる分、わしやヒロトを超えるかも知れん」
なるほど、理屈であった。
エンゾは真エルフ。混じりっ気無しのエルフ族である。
超一流の魔術師は、全てエルフ族と言われるほど、魔術に長けた種族である。ソランの場合、その血を引いているとは言えクオーター。エンゾには劣る。エンゾと同じ訓練を経ても、超えられない可能性が高い。
しかし、ヒロトの方法なら、エンゾを超える可能性が出てくるし、エルフの血を引いている分、ヒロトをも超える可能性があるというわけである。
エンゾも、ヒロトも、自分を超える可能性がある者に対して、何のコンプレックスもないようである。それはすなわち、魔導の道は人それぞれであり、結局は自分の道をひたすら進むしかないと知っているからだ。
誰かが自分を超えようと、超えまいと、魔道の極みを目指すことに、何の障害もないからだ。
「よし、ソラン、俺が教えてやる。まずは、数を数えることからだな。1から1024まで数えられるようになろうか」
「ひ、ヒロト、それはどういう訓練なんじゃ?」
エンゾはヒロトの言葉の意味が分からない。
どうして、数を数えることと、魔力解放が関係あるのか。
エンゾも、実は陰でこっそりと、ヒロトの体外魔力操作を練習しているのだ。なかなか上手く行かないが、それでも、最近わずかではあるが扱えるようになってきていた。
一部の回復魔術は、体外魔力も扱う。
体外魔力と体内魔力を混合させるからだ。それを応用して、体外魔力だけを直接操作することに、最近成功していた。
そこへ来て、「数を数える」である。
どういう方法なのか、見当も付かないが、ヒロトが無駄なことをさせるわけがないと思っているエンゾは、何か秘密があると確信したのだ。
「師匠、それは企業秘密ですよ」
ヒロトがニヤリと笑うと、ソランも真似して、にやりと笑った。