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 第15話 「エドラ正教会ユリジア王国王都支部」

 二人の目的地は教会。

 ソランの年齢と誕生日を調べるためである。

 時間があるようなら、スキル一覧を見てもらうのも悪くないと、ヒロトは考えていた。また、『鑑定』のレベルアップ方法を知っている人もいるかも知れない。



 「あれが教会か」


 ヒロトは抱えていたソランを地面に下ろす。

 ソランは目が回っているわけではないだろうが、フラフラと足元がおぼつかない。

 

 「こわかった、です……」


 「そうかぁ? それにしては、随分ときゃーきゃー楽しそうだったじゃないか。はははは」


 ソランの顔が赤くなる。

 ヒロトの言う通り、楽しかったからだ。


 貴族街がある東地区と庶民の住宅が密集している北地区の、ちょうど境あたりに教会はあった。一応、分教会のようなものは、あちこちにあるのだが、『鑑定』スキルの持ち主がいない場合も考えられるので、最初から直接、王都支部に来たのだ。

 ヒロト用のマントは後回しだ。マントはどうにでもなるが、『鑑定』はここでしか出来ない可能性があるからだ。吊るしのマントは、店に行って、サイズの合うものを選ぶだけだが、『鑑定』は、時間の予約などが必要になるかも知れない。



 教会は恐ろしく立派な建物であった。

 建物のデザインは、ヒロトのイメージ通りだったが、ところどころに施されたレリーフや彫像の類の細やかさが尋常ではなかった。相当な金が掛かっていると思われた。5%も教会税を取るのだから、当然だろうか。


 『エドラ正教会』


 エドラ教皇国をエドラ正教会の本部とするなら、アラト中にある教会は、全て支部と言える。驚くべきは、ほとんどの国で、『教会税』が認められていることだろう。国によって違うが、その税率、実に2~5%である。

 ユリジア王国の場合、5%である。



 ヒロトが抱いた、率直な感想は――



 「実質、世界征服してんじゃん」



 ――であった。


 外国人が他国の国民から、「税」を徴収することは、ある種の国家主権の侵害である。仮に、その国がエドラ正教会を信仰している国であっても、せめて、その国で使うべきであろう。

 日本では、冠婚葬祭で坊主に金が渡るので、それを税金の一種と考えることも可能だが、どうしても嫌なら、金の掛からない方法はいくらでもある。


 地球に、他国の国民から税金を徴収する国があるだろうか。

 国債の金利支払いなど、近いものはあるのだろうが、庶民から直接(・・)徴収するようなものはないだろう。欧州には教会税や十分の一税がある国が今もあるが、教会員に強制されるだけで、他宗教を信仰することは認められている。信者への、「お布施の強制」的なものだろうか。

 どうしても、払いたくなければ、教会員登録をしなければ良いのだ。ミサやイベントへの参加や、礼拝所への入場が制限されるだけである。本来、お布施の多寡と信仰は無関係であるはずだ。


 アラトにおける、複数の国で結ばれた、最古の国際条約とも呼べる、1578年の「トルージャ条約」。

 その条約に加盟する主要国、すなわち、レミントラ帝国、大バロウ帝国、ルーフェン王国、アストニア王国、エドラ教皇国の五カ国では、教会税は2%だという。つまり、税率5%のユリジア王国は、エドラ正教においては、外様ということらしい。


 建国年も関係あるのかも知れない。

 ユリジア王国の建国はコーカ暦1480年。エルフ族といった、長寿種族がいる世界においては、建国300年程度だと新興国家に分類される。


 いずれにしても、始祖大陸の発見以降、世界(アラト)はそういうシステムが出来上がっていた。始祖大陸産の魔鉱石が幅を利かせている格好だ。五大国連合はその安定供給を条件に、各国に様々な要求を飲ませてきた。ようは、一方的な通商条約である。もちろん、エドラ教皇国も五大国連合のメンバーである。



 エドラ正教とは、唯一神エドラの信仰と復活を教義としている宗教である。

 『聖書エダー』は12章70篇から成り、「使途」と呼ばれる者たちが、各地に派遣され、教義の実践と布教を行なっている。


 『エドラ教皇国』は『エドラ教国』ではなく、あくまでも『教皇国』であることからも分かる通り、かつて、一人の「教皇」が創った国である。


 「預言者」アーイル・コーカ


 あるいは、「聖使徒」と言われる。

 人族であったアーイル・コーカは、現在の中央大陸の南に張り出したカトラス半島の出身であったという。元は羊飼いの子だったというが、定かではない。


 15歳の時に村を出て、以来、各地で奇跡を起こしたとされる。

 魔人説、流人説、全種族混血説など、様々な説があり、伝説も多い。

 アーイル・コーカが作った、「コーカ暦」はいわゆる、太陽暦である。暦としても誤差が少なく、簡便であった為、現在はほとんどの国で正式に使われている。アーイル・コーカが高度な天文知識を、いつ身に付けたのかは伝わっていない。


 アーイル・コーカは、信者や協力者を増やしながら、各地を転々とした後、コーカ暦前3年、最終的に中央大陸南西部、現在のバロウ亜大陸の隣にエドラ教皇国を創った。その4年後、コーカ暦を制定している。


 余談だが、コーカ暦1年1月1日の前日、つまり、13月11日は何年か。何と、コーカ暦0年である。地球の西暦とは違って、コーカ暦には0年があるのだ。コーカ暦0年はうるう年で、371日ある。つまり、コーカ暦制定時に、すでに「ゼロの概念」が一般に浸透していたことを意味している。


 ヒロトがエドラ正教を簡単に調べたところでは、地球で良くある受難の歴史などはなかった。ヒロトは「受難」は宗教成立の必須条件だと思っていたので、少し驚いたほどである。


 もっとも、「受難」と言うのなら、布教される側こそ受難である。未来永劫、5%も税金を取られるなど、「受難」以外に表現できる言葉が見当たらない。

 いずれにしても、アーイル・コーカは、宗教家や預言者というよりは、英雄信仰の一種として受け止められているように感じられた。


 布教も、高度な知識や魔術を修めた使途(司教)たちが各国に派遣されるので、その国にとってはいろいろと便利な面もあったのだろう。特に、トルージャ条約以降は、魔鉱石の関係もあり、メリットもそれなりにあると思われる。


 歴史上、「宗教改革」は各国で起きているようだが、大規模な変革がないところを見ると、原理主義的な闘争とは無縁のようである。



 ヒロトにはエドラ教が広まった速度や、布教に関する手馴れた印象から、創始者か、初期の取り巻きに『流人』がいた可能性を感じたが、だからと言って、今のところ興味もない。敵になるようなら戦う覚悟はあるが、面倒臭いという感覚の方が強い。



 「今日は定期礼拝の日ではありませんが、お祈りですか?」


 先ほどから近付いてきている青年には気付いていた。

 ヒロトの周囲の魔力が反応したからだ。ソランが気付いていなかったので、ヒロトも同じように、気付かない振りをしていたのだ。ヒロトの魔力が反応したのは、青年の肉体に対してであって、青年が放出する魔力ではなかった。

 それは青年が魔力の放出を意識して抑制していることを意味している。


 警戒すべきである。


 「いえ、この子を我が家で育てることになったので、誕生日と年齢を『鑑定』して欲しくて参りました。本人は年齢も誕生日も知らないとのことでしたので」


 「それではこちらへ。司教さまが来られるまで、あちらの席でお待ち下さい。今日は洗礼は宜しいでしょうか?」


 ヒロトたちは、聖堂のような場所に案内された。


 「ええ、洗礼は別の機会にお願いします。今日は用事が立て込んでおりまして、少々、急いでおります」


 「そうですか。でも、司教さまに今のような真似は、およし下さいね」


 「はっ、はぃ…、失礼しました。つい、癖になっているようです」


 ヒロトが『鑑定』を試みたところ、即座にバレた。

 比較的魔術に精通しているのなら、違和感でスキルがバレることはあるが、ヒロトは慎重に慎重を重ねた。青年が話しているタイミングで、地面を通して、青年の足の裏から体内魔力に「触れた」程度である。


 これでバレるようなら、今のところ、ヒロトにバレない『鑑定』は使えない。他に試す価値があるとすれば、髪の毛の先か、風に濃い目の魔力を混ぜて、身体の表面を撫でるように通過させるか。

 

 対象が触ったものや、残留物に対して残る、魔力残滓から情報を読み取ることは、今のところ成功していない。


 「でも、不思議ですねぇ。『鑑定』が出来るのであれば、ご自身で確認なさってはいかがでしょうか」


 「お恥ずかしい話ですが、私の『鑑定』では、誕生日はおろか、年齢も確認できません」


 「スキルレベルが低いということですね」


 「そのようです。スキルレベルを上げる方法も知りませんし」


 さり気なくスキルレベルが低い為、大した情報は読み取っていませんよ、とアピールする。同時に、レベルアップの方法を知っていれば、教えて欲しい、といったところか。


 「え? 魔術師なのに、ご存知ないのですか?」


 「はい――(ッ!)」


 「素晴らしい反応速度ですね。今のは、私のスキルを体外魔力で相殺したのでしょうか? 体外魔力なら、あなたの情報は読めませんね。さぞや有名な魔術師さまとお見受けします」


 いきなり青年が『鑑定』を試してきたので、反射的にブロックしてしまった。敵と決まったわけでもない相手に、魔術を多用することは避けるべきであった。青年は『鑑定』が失敗に終わったので、即座に、ヒロトが行使した魔術を『解析』したのだろう。


 「(どっちが素晴らしい反応速度なんだか。『鑑定』はともかく、『解析』が速すぎる)」


 ちなみに、対人の『鑑定』は基本的に対象の体内魔力をスキャンする魔術なので、ヒロトのように体外魔力を直接操作して、ブロックされると効かない。正確には、ブロックというよりも、体外魔力を無理矢理『鑑定』させて、体内魔力の『鑑定』をさせないイメージだ。体外魔力には、ヒロトの情報は含んでいないからだ。

 この仕組みを利用した、『鑑定』されない為の結界魔道具も存在する。全身を体外魔力で覆うのだ。国同士の要人会議などで用いられることが多い。


 「今のは『鑑定』だと思いますが、あなたも『鑑定』出来るのなら、司教さまではなく、あなたがやれば良いのでは?」


 「さっきの仕返しですよ。私もスキルレベルが足りないのです。魔力容量が足りません」


 青年はクスクスと笑いながら、ヒロトが気になることを言った。


 「(何を言っているのか、さっぱり分からん。『鑑定』のスキルレベルと魔力容量が、何の関係があるんだ?)」


 「私ももうすぐ18歳になります。急がないと、魔力容量の大幅なアップは望めなくなります。やはり、魔力容量は小さい頃から訓練を積んでこないと、なかなか増やすのは難しいようです」


 「『鑑定』のレベルアップと、魔力容量に、何か関係があるのでしょうか?」


 ヒロトは、ここは素直に聞くことにした。周り全てが敵であるわけではないし、「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」という言葉もある。調べる手段は他にもあるだろうが、時間も掛かる。今知れることは、今知るべきだ。初心者アピールにもなる。


 「ご存知ないのですか?! 『鑑定』は、魔力容量に余裕が必要になります。容量に余裕がないと、『鑑定』で知れる情報は制限されます。つまり、スキルレベルは低いままということになるのです。『鑑定』スキルのレベルアップには、魔力容量の増大が不可欠なのですよ」


 「なっ、何と! そんな条件があったのですか!?」


 スキルは、体内魔力を使う――というより、アラトにいる限り、自然に使ってしまうものだが、スキル自体は、それほど魔力を必要としない。スキルとは、技術だからだ。

 例えば、長年、米を作っている、腰の曲がった老人が60kgの米俵を楽々と肩に担ぐようなものだろうか。つまり、筋肉は使うが、それよりも、「コツ」のようなものが大事なのだ。ヒロトは、「スキル=コツ」と理解している。


 その為、ヒロトは勘違いしていたのだ。


 スキルに魔力容量は関係がないと。


 「ええ。基本的に、『鑑定』は対象の体内魔力を『鑑定』しているわけですよね。だから使う側は体内魔力の余裕が必要になるのです」


 青年の説明は説明になっていない。

 どうして体内魔力に余裕が必要なのか、ヒロトには全く理解できない。 スキルとは、(多くの)魔力を必要としないから、技術(=コツ)であるはずだ。


 極端な話、『鑑定』で消費される魔力が「1」だとするなら、魔力容量は「2」あれば済むはずだ。さすがに残量「0」はマズい気がするので、容量「1」は避けるにしても。

 それが、魔力を「1」消費する『鑑定』の為に、魔力容量は100必要だと青年は言っているようなものだ。

 到底、ヒロトが納得出来る説明ではない。しかし、確実に言えることは、アラトの『鑑定』はそういう条件だ、と。


 

 「あわ、あわ、あわ……」



 ヒロトにとっては、捨て置ける情報ではない。ヒロトは魔術を使用する際に、ほとんど体内魔力を必要としない。発動の触媒(?)にわずかに使う程度だろうか。それでも、基本的には体外魔力を集めた側から操作しているので、『強化』以外で、体内魔力を使うことは、ほとんどないのだ。

 だから、魔力容量は、10ヶ月前とほとんど変わっていない。

 一般人の平均よりは多いが、魔術師としては少ないだろう。ヒロト以上の魔力容量を持つ者は、そこら中にいる。魔力容量を増やす鍛錬を積んでいないのだから、当たり前と言えば、当たり前である。


 「気分でも害されましたか?」


 ヒロトは両肘両膝を地面についてうなだれる。

 ショックが大きすぎて、立ちあがれないのだ。変形土下座スタイル。その姿は丁度、唯一神エドラに信仰を捧げる、敬虔な信者のようであった。


 「ヒロトさま、わたしもお祈りすべきでしょうか…?」


 今のヒロトには、ソランの声も聞こえない。


 「(……『鑑定』がレベルアップしないことを、もっと重要視すべきだった。理由があるに決まってるじゃないか! くそっ!)」


 体外魔力を直接操作して、大規模魔術を展開する。

 そのことに得意になって、足元のスキルを疎かにしていたことを痛感する。『鑑定』はゲームにおいては基本スキルだが、「リアル異世界は違う」という、逆の意味での、先入観があったのだ。その結果、「こんなもんだろう」と『鑑定』については、ほとんど諦めていた。

 スキルレベルが上がる保証などどこにもないのだから、易きに流れた、といったところだ。


 「(スキルレベルを上げる為の情報収集を怠ったのも原因か。スキルを獲得する条件は不明だけど、少なくとも、スキルレベルを上げる条件はある!)」


 その時、ヒロトの中で、体内魔力がわずかに揺らいだ。

 「ステータス更新のお知らせ」である。


 (1)RaC:HUM

 (2)LvP:49

 (3)SkL:7

 (4)MgP:621/684


 「(新しい知識を得て、レベルが上がったか。それと、スキルが一つ増えているな。俺の異常なスキルの少なさも、体内魔力を使わないことが原因だったというわけか。ふざけやがって……)」


 ヒロトほどの魔術の錬度があって、スキル数が7というのは、本来おかしいのだ。エンゾさえ再現できない、いくつもの大規模魔術を使いながら、それで、スキル数7だと言えば、全ての魔術師が驚くだろう。


 全く体内魔力を使わないわけではないので、ごくわずかに魔力容量は増えている。しかし、一般的な成長期の魔術師の増大速度から言えば、その増えた量は少なすぎた。

 今回、レベルが上がったのは、スキルについての知識が増えた為だろう。新しいスキルについては、ヒロトは『解析』あたりを予想した。



 「ヒロトさま、だいじょうぶ……?」


 ソランが不安そうに、ヒロトの背中をさする。


 ヒロトが考えた仮説はこうだ。

 アラトにおける魔術は、体内魔力を使うことを前提に成立している。ヒロトがやるように、体外魔力を直接操作して、魔術に変換するやり方は、少なくとも、ステータスアップの面からは邪道なのだ。それならば、ヒロトが様々な大規模魔術の展開を可能としながらも、少ないスキルの数にも矛盾がない。


 ヒロトは巨大な火柱や雷、土石流や竜巻などを起こせるが、火系統スキルも、風系統スキルも、土も水も雷も、ほとんど全ての属性系スキルを持っていないのではないか。


 ヒロトは、いずれスキルは増えるだろうと、のんびり構えていたが、人族の寿命を考えれば、そんなのんびり構えている時間などないはずであった。

 レベルは順調に上がっていたし、使える魔術もどんどん増えていた。その速度は、一般的には考えられない速度だろう。


 「(レベルアップが順調だったのも、スキルが少ないからだろうな。出来ることを出来る範囲でしかやっていないのだから、その範囲でのLvPは増えるだろう。だが、こんなんで、例えLv80や90になっても、魔道を極めたとは、口が裂けても言えまい)」


 安心していた。


 正直なところ、ヒロトは安心していたのだ。

 

 順調に魔道を極めつつあると。


 何のことはない。出来ることを、今まで通り、ルーチンで繰り返していただけである。土石流を起こそうが、溶岩プールを作ろうが、大規模魔術を複数扱えることは、傍目には大したものだが、ヒロトの中では、初めて石弾を作った時と、大した違いはないのだ。


 すなわち、スキル的には、全く成長していない。

 ならば、スキルが増えないことも、スキルのレベルアップがないことも、どちらも説明がつく。


 「(だが、気付けた。今なら手遅れになる前に取り返せる)」


 過ぎたことは仕方がない。失ったものは、取り返すのだ。

 不幸中の幸いは、ヒロトがアラトに来て、まだ一年も経っていないことだろうか。世界(アラト)にとって、ヒロトはまだデビュー前といったところである。


 「失礼しました。ちょっと取り乱してしまったようです」


 エンゾにも見えていなかったことである。

 正確には気にしていなかった、というところだろうか。

 エンゾからすれば、ヒロトの魔術の腕は、もはや自身を超えるほどであり、ヒロトが展開する魔術の中には、エンゾには再現不可能な魔術も多い。ヒロトの魔術の基本である、体外魔力の操作に関してなど、エンゾはヒロトに隠れて、こっそり練習しているほどなのだ。

 それで、「お主のやり方は間違っている」などとは、気付けないし、気付いても、言えるわけがない。

 魔道の極みは、同じ高みであっても、そこへ至るルートは人それぞれだろう。エンゾは魔術を極める為に生きているのであって、ヒロトのスキルを増やす為に生きているのではない。

 幸か不幸か、エンゾは自身が歩んだ道以外は全て間違っている、などと考えるほど、狭量でも、世間知らずでもなかったのだ。


 ヒロトは膝についた埃を軽く払うと、ソランが不安そうに見つめていることに気が付いた。


 「すまん、ちょっとショックを受けることがあってな。心配かけたな」


 ヒロトはソランの肩を引き寄せて頭を軽く撫でた。するとソランは安心したように、笑顔になった。


 「やっぱ、この髪型似合ってんな。さすが俺。『理髪師』のスキルでも付いているかもな」


 力なく笑っていると、突然、後ろから声が掛かった。


 「なかなか見事なお祈りでしたよ」


 「司教さまっ! 申し訳ありません。こちらの方が、『鑑定』を希望されておりまして、今、お時間は大丈夫でしょうか?」


 「もちろん、大丈夫ですとも。ハンス、いつも言っているように、全ては信者の方々が第一ですよ。お二人は唯一神エドラに導かれて、教会に来られたのですから、断れば、我々こそ信者失格になってしまいます」


 「失礼しました。司教様」


 柔らかい表情をした、「司教」と呼ばれる男が、ハンスを優しく叱る。人族で、年齢は60歳くらいか。その落ち着いた(たたず)まいから、王都支部で一番偉い者だろうとヒロトは予想した。


 「それで、『鑑定』はお二人分ですか?」


 「いえ、こちらのソランだけです。誕生日などの情報が知りたいのです」


 最初は自身も『鑑定』してもらう予定だったが、ヒロトは思うところがあり、急遽取りやめた。どうしても、自身でのレベルアップが不可能なら、その時に、また別の方法を考えれば良いと考えたのだ。


 「お布施の強要はしておりませんが、一応、『鑑定』は金貨一枚となっています。お布施ではなく、『鑑定料』というわけです。大丈夫ですか?」


 ハンスが料金の説明をする。

 そういう役割なのだろうか。


 「はい、お願いします。こちらが『鑑定料』で、こちらがお布施とさせてもらいます。出来れば『鑑定』に出た情報は、全て書面でお願い出来ますでしょうか」


 ヒロトは金貨二枚を、司教ではなく、青年の方に渡した。司教に直接金貨を渡すのは、失礼だと思われたからだ。


 「構いませんよ。では、こちらへどうぞ」


 司教が、自ら二人を案内する。

 『鑑定』は祭壇の前で行なうようだ。


 司教はソランを跪かせると、頭に手を乗せた。


 祭壇の奥には、アーイル・コーカの像があった。

 ポーズは十字架に磔の格好ではなく、日本のキャラメルメーカーのポーズのようであった。一粒で300mくらいは走れそうな、元気な印象を受けた。唯一神エドラの偶像は存在せず、預言者である笑顔の(・・・)アーイル・コーカが偶像となっていた。

 

 「(どう考えても、歴史のどこかで『流人』が関わってるな。それも、下手したら日本人じゃねーかな……)」


 思わず噴出しそうになるヒロトであったが、それを我慢する程度には大人であった。


 司教の『鑑定』は5分も掛かっていない。当然だろう。スキル『鑑定』を使うだけなのだから。調べた情報をテキストに起こすことの方が時間が掛かっていたようだ。司教がやっている方法は、ヒロトが『鑑定』する時とほぼ同じだ。

 一応、厳粛な雰囲気を出すために、頭に手を乗せ、対象であるソランには目を瞑らせているが、基本的には魔力波を対象に通して、スキャンしているだけである。


 「(司教の魔力容量を確認したいが、青年にはすぐにバレた。司教にもバレるだろう。今はソランを人質に取られているようなもんだし、無理することはないか)」


 今知りたい情報を、今得ようとする欲求に、ヒロトは何とか耐えた。


 「ソランさんの『鑑定』が終わりましたよ。こちらが結果になります。どうぞ御収め下さい」


 「ありがとうございます! これで、今後はこの子の誕生日を祝ってやることが出来ます!(やはり、魔力容量を聞くのは止めておこう)」


 「それは良かったですね」


 司教はそう言って、柔らかい表情で笑った。

 ヒロトは少々大袈裟に喜んでみせ、さっさとこの場を退散しようと考えていた。上手く言葉に出来ないが、どこか薄気味悪いものを感じたからだ。司教にも、青年にも。


 「また、何かありましたら、寄らせて頂きます。では、我々はこれで失礼します」


 「はい、気をつけて」



 聖堂の出入り口で、手を繋いだヒロトとソランの後姿を、何とも言えない表情で見つめる、司教とハンス。


 「彼は何者なのでしょうか。私の『鑑定』は通りませんでした。魔術学院の生徒ではなさそうです」


 「ええ。偶然、ハンスと彼の会話を聞いていて、良かったですよ。もし、聞いてなかったら、私も『鑑定』を試みて、恥をかいていた可能性がありましたから」


 司教は無表情であった。


 「彼の『鑑定』は私の『マジックハンド』よりも射程が長いようです。恐らく、3~4mはあったかと。正確には分かりませんが、そもそも『マジックハンド』ではなかったように感じました」


 「多分、魔力波を飛ばしたのでしょう。問題は、飛ばした魔力波から、どうやって、情報を読み取るのかという点です。ちょっと意味がわかりません。もしかすると、『鑑定』ですらなかったのかも知れませんよ」

 


 青年と司教が話題にしている『鑑定』は、実は正確な意味においては、『鑑定』ではない。



 『鑑定』と一言にいうが、『鑑定』スキルには以下の三種類がある。


 (1)『鑑定』:体外魔力を使って情報を得る鑑定

 (2)『鑑定(生物)』:体内魔力を使って「生物」の情報を得る鑑定

 (3)『鑑定(非生物)』:体内魔力を使って「非生物」の情報を得る鑑定


 体外魔力を使う『鑑定』が最も取得難度が高い――というよりも、ほとんど知られていない。

 なぜなら、まず『鑑定』以前に、体外魔力を操る必要がある上に、通常は体内魔力を使って『鑑定』が成功した時点で、『鑑定(生物)』あるいは、『鑑定(非生物)』を取得する為、他に無印(・・)の『鑑定』があるとは誰も思わないからである。


 ヒロトは体外魔力で『鑑定』する方法しか知らない為、偶然、レアな無印『鑑定』を取得していた。先ほどヒロトが絶望の淵で立てた仮説、つまり――


 『アラトにおける魔術は、体内魔力を使うことを前提に成立している』


 ――という説が早くも崩れた形だ。なぜなら、無印『鑑定』の取得条件は体外魔力を使って発動させることなのだから。ヒロトの場合、どうにも『鑑定』と相性が悪いようだ。


 

 いずれにしても、ヒロトの背景など知る由もない司教は、ヒロトはまともな師匠について魔術を勉強したわけではないのだろうと予想した。ヒロトの魔術に対する知識も、スキルも、我流のような印象を受けたからだ。当たらずも遠からずといったところか。


 普通、『鑑定』を使うことを目的にして、魔力を飛ばしたりはしない。仮に魔力の操作が可能だったとしても、それはただの魔力の塊だからだ。飛ばした魔力波は、すぐに周囲に霧散するだけだろう。『鑑定』をしたい者は、まず、握手など、相手の身体に触れようとするのだ。それが一番簡単で、確実だからだ。


 『鑑定』の使用可能距離は短いので、少しでも距離を伸ばしたいなら、ハンスが試みたように『マジックハンド』、すなわち体内魔力を放出してリーチを伸ばす方法を使うべきである、というのが司教の考えである。少なくとも、魔力波を飛ばしたりはしない。


 「司教様、それで、あの子の鑑定結果はどうだったのでしょうか?」


 「ああ、あれは人とエルフの間に生まれた穢れ子の血を引いています。もし、後からケチをつけられては堪りませんから、一応、全部見ましたがね。魔術師絡みの『鑑定』は、いつも気を使います。それも、洗礼も受けていない子とは、まったく……」


 「穢らわしい」とは、さすがに言葉にしなかった。

 司教は『鑑定』――正確には、『鑑定(生物)』だが――の際に、ソランの頭の上に乗せた方の手を、懐から出したハンカチで、丁寧に拭いた。


 「ですが、彼は鑑定料の他にお布施を金貨一枚出しましたよ。若いのに、なかなか持っているようです」


 「金貨も、魔力も、魂さえも、全ては最後に唯一神エドラに還るものですよ、ハンス」


 司教は、「洗濯しておいてください」と言って、たった今使ったハンカチをハンスに渡すと、執務室に帰って行った。

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