第14話 「マント」
「ヒロト、今日は午後に国王に会うぞ。お主は午前中にマントを新調して来い。ギルド通りに行けば、吊るしの良いやつがあるじゃろ。出来れば、ソランにも同じようなマントを買ってやりなさい」
ソランと一緒のベッドで寝たからだろうか。エンゾの機嫌が朝から良いようだ。ソランも宿の朝食をたっぷり食べて、表情も明るい。
ヒロトの判断では、ソランの身体は既に全快しているはずだが、一応、あと2~3日様子を見ることにした。食事のたびにポーションを飲ませていれば、問題ないだろうと。
ヒロト自作ポーションの効き目が、あまりに劇的であった為、逆に信じられないのだ。
「ソランもですか?」
「当たり前じゃ。わしとヒロトだけ魔術師のマントで、ソランだけ仲間外れでは、格好がつかんわい」
「いえ、そうではなくて、ソランも国王に会うのですか?」
出来ることなら、ヒロト自身も国王への謁見など、遠慮したいところだが、シュバイツ大森林の件もある為、そういうわけにも行かない。ヒロトは謁見の間、ソランをどうするか考えていたが、特に良い案も浮かばなかったので、後で、エンゾに相談しようと思っていたのだ。
「ソランはもう家族も同然じゃぞ。何を寝ぼけておるか。のぅ、ソラン」
エンゾはソランに向かって、ニッコリ笑う。
百歩譲って家族の一員だとしても、家族で国王に会う意味が、ヒロトには理解できない。エンゾが無茶を言っているのか、そういう習慣でもあるのか、判断が難しいところであった。食事の席などの場合、あり得そうな気もしたからだ。
「ヒロトさまに買ってもらった服が、いっぱいあります」
「ならんっ! ならんぞソラン! 魔術師は格好が命じゃ!」
「は、はい、エンゾさま」
ヒロトが買った服は格好悪いわけではないのだが、エンゾは何としても、三人揃って、魔術師のマントを羽織りたいらしい。
「あぁ、分かりました。ソランの分も買っておきます」
別にマントの一着くらい、買うも買わないも、どちらでも良いことなので、ヒロトは適当に返事をする。ソランがネタのコントを、いつまでも続ける気力もない。
「出来れば色も、わしらとお揃いが良いのぅ」
「そうですね」
そう応えたヒロトの目からはハイライトが失われていた。
「ではヒロト、わしは鍛冶師ギルドに行って来る。格好良いやつを頼んだぞ」
エンゾは地竜に関する情報を得る為に、鍛冶師ギルドに向かった。依頼の内容を詳しく聞く必要があるからだ。午後は国王に会って、シュバイツ大森林の件と、バッソ盗賊団の件の確認である。
なかなか忙しいスケジュールとなっている。
「そんなにつぎつぎに服を買ってもいいのですか?」
「師匠が買えって言ってんだから、しょうがない。子供がそんなこと、気にすんな」
「はい」
エンゾが出掛けた後、ヒロトとソランもすぐに、魔術師御用達の装備を揃えている店に向かった。
魔術師ギルド公認、魔術師御用達の店『グランウィザード』は、確かに店構えも、格式も、品揃えも、全てが壮観であった。
魔術に関する百貨店と言ったところか。例えば、魔術師が使う「杖」に限っても、ワンド、ロッド、ステッキ、タクト、スタッフ…、ヒロトには、何が何やら区別がつかない。
ヒロトは、もしエンゾ邸が森ではなく、王都にあったなら、また違った魔術師街道を歩んでいたのではないか、と思ったほどであった。
ただし、ヒロト用のマントはともかく、ソランに合うものがない。
ようは、サイズがないのだ。
魔術学院の生徒を対象にしたのであろうマントは、あるにはあるのだが、着丈は切るにしても、柄もデザインも、いかにも魔術学院生用のマントである。
これではエンゾは納得しないだろう。
エンゾは人柄に似合わず、スタンダードなタイプのマントが好みである。色は黒。赤い裏地くらいなら許されるかも知れないが、派手な色や、チェックやギンガム柄は裏地でさえエンゾを激怒させるだけだろう。
エンゾのマントを見るに、襟は高く、フード付きタイプが好みと思われた。ソラン用なら、フードの換わりにツバの広い先折れ三角帽子も許されるかも知れない。
「(三角帽子はアリだな)」
まるで、コスプレ感覚である。
ソランの年齢は本人曰く、4歳か5歳らしいのだが、昨晩エンゾとヒロトは相談の結果、教会で見てもらうことにした。ソランが正確なところを知らなかったからだ。年齢と誕生日は『鑑定』で見てもらうしかない。幼稚園年長組というところか。
ヒロトの『鑑定』では、年齢までは分からない為、使えない。
ソランの身長は90cmほど。
1m未満というのが、ヒロトとしては、ちょっとした衝撃で、隠れてブレピーで女の子の平均身長を確認したほどであった。自分が小さい頃は覚えてないし、子供の平均身長など、一々知るわけがない。我が子はもちろん、親戚との付き合いもないので、感覚的に分からなかったのだ。
結果、小さいには小さいが、あり得ない数字でも無かった。
とりあえず、ヒロトのマントは後回しにして、昨日、ソランの服を一式揃えた店に行くことにした。サイズがないのだから、仕方がない。
「いらっしゃいませ! おや、昨日のおチビちゃんね。ベスト、とっても似合ってるわよ~! それに可愛い髪!」
「ありがとうございます。本人も気に入っているようです。実は、今日来たのは、この子のマントが欲しくて」
ヒロトは来店した目的を伝える。
昨日の経験からの印象だと、この女主人は、センスも悪くないし、仕事も速い。金さえ渡して、全てを任せておけば、問題はない、というものであった。
「マントですか? 魔術学院の入学は8歳からだと思いますが…」
「いえ、学院に入学するわけではないのです。私の師匠も魔術師なのですが、一緒に旅をすることになりまして」
「それで、この子も魔術師用のマントを?」
「そういうわけです」
「弱ったわねぇ。ウチでは魔術師用のマントは扱っていませんし、そもそも8歳以下の子がマントを着ることは、あまりないと思いますよ」
確かに、ヒロトもそんな子供は見たことがない。マントは雨具の側面もあるので、マント自体は子供用もあるが、魔術師用となると話は別である。魔術師用のマントと一般のマントは一線を画すのだ。
「ウチの旦那は魔術師用のマントも作れますけど、仕立てるにしても、素材がありません」
「やはり、特殊な素材なのですか?(実際に、子供服を作っているのは、旦那の方か)」
「そうですね。『付与』は後からどうにでもなるにしても、魔術師用のマントは素材がただの布じゃないのですよ。格好だけなら、黒っぽい布で、作れないこともないですけど」
それでは、コスプレ衣装か、雨具である。
一般のマントとは、まず素材が違うのだ。魔術使用のマントとは、魔術師にとって、戦闘服でもある。戦士にとっての、鎧のようなものだ。雨風をしのぐのが目的ではない。
しかし、素材に関しては、ヒロトにはアテがあった。
「素材があれば、どれくらいで出来ますか?」
「仕立てだけなら、ウチの旦那の腕なら、明後日には引渡しできるはずですが――」
「今日の午後――」
「え?」
女主人が、驚いて聞き返す。
吊るしのマントの丈直しではなく、仕立てである。
一からマントを一着作れ、という話だ。
常識的に考えて、数時間で出来るわけがない。『ブラント子供服店』は、大手の工房ではない。店の規模から考えて、職人を何人も抱えているようには見えない。恐らく、家族経営の個人商店であろう。
「今日の午後、国王に謁見しなくてはならないのです」
「こ、国王って、ユリジアの、コパン・ユリジア国王様ですか?!」
「はい」
「今更聞きにくいのですが、お客様は有名な魔術師様でございますか? 学院の生徒ではなく」
庶民が国王に謁見など、あり得ないことであった。だとするなら、宮廷魔導師か? と女主人は考えたわけだ。しかし、宮廷魔導師が、どうして子供用のマントを欲しているのか、女主人も意味が分からなかった。しかも、宮廷魔導師にしては、ヒロトは若すぎた。
「学院の生徒ではありません。私はまだ駆け出しの魔術師です。師匠は割りと有名なようですが」
「失礼ですが、お師匠様のお名前は?」
「『大魔導師』エンゾ・シュバイツです」
「あっ、あんた! ちょっと来てちょうだいっ!」
女主人の顔色が変わった。
それだけ、衝撃だったのだろう。
「(やっぱ、師匠の名前は絶大だわ)」
「何だよ、うるせぇな。メリダ家の坊っちゃんの服を、明日までに仕上げなきゃなんねぇんだ。こっちは急いでんだよ!」
無骨な雰囲気の男が、首筋を叩きながら、奥から出てきた。一目で寝不足と眼精疲労だと判断できた。呼ばれてすぐに出てきたところを見ると、奥が工房になっているのだろう。
最初に、ヒロトが「女主人」と思った女性と夫婦なのだろう。それなら、先ほどの気安い対応にも頷ける。表の看板には、『ブラント子供服店』とあった。ヒロトは最初、女主人の店だと思っていたが、主はこの男だろう。
ヒロトは頼み込む相手を、この男と断定した。明らかに、服を作っているのは、旦那の方だったからだ。
目の前の、無骨で気の荒そうな男が、ちまちまと子供服を作っている姿を想像すると、何やら込み上げるものがあったが、ヒロトはぐっと抑える。
「あなたがブラントさんでしょうか? ここに私の魔術師用のマントがあります。割と良い素材だと思いますが、背中に鉤裂きを繕った痕があります。これをこの子用のマントに仕立て直して欲しいんです」
「確かに、俺がブラントだが…、ほう、ブラックシルキスの単作物か。確かにマントの素材としちゃ最高だが、さっきも言った通りだよ。急ぎの仕事があって、明日以降でないと無理だ」
ブラントは一瞬見ただけで、素材を看破した。
ブラックシルキスは芋虫型の魔物である。
グリーンシルキスの最上位種だ。成長しても、蛾になったりはしない。変態するためではなく、冬眠する為に、繭を作るのだ。
当たり前だが、本来は年に一度しか冬眠しないのだが、魔道具で人工的に寒い環境を作ることで、年に二回まで繭を作ることが出来るのだ。それ以上は、ブラックシルキスの体力的に不可能とされる。
「単作物」とは、年に一回だけしか繭を作らせない、昔ながらの育て方を言う。収量は減るが、その分、糸の質は高くなる。
特徴としては、丈夫で汚れず、臭いもつかない。軽く、シワにもならない。しかも、ブラックシルキスの繭には表と裏があり、表糸は雨を通さず、裏糸は汗を発散する特徴がある。表糸が染色に向かない点を除けば、およそ衣類の素材としては、ほとんど最高である。
値段の安さと染色のし易さから、始祖大陸産のシルクスパイダーの糸に市場を奪われつつあるが、質の良い魔術師用のマントに使われるのは、今でもブラックシルキスである。
ちなみに、魔道具を使った二期作も、低価格のシルクスパイダー製に対抗する為に、開発された技術である。
「今日の午後、二つ鐘(15時頃)にユリジア城に登城しなくてはなりません」
「さっき、午前の二つ鐘(9時頃)が鳴ったよな。午後の二つ鐘まで約6時間だ。二つ鐘に登城ってんなら、製作に費やせるのは、実質5時間。あんた、俺に5時間で何をさせようとしているのか、分かってんのかい?」
淡々と状況を説明するブラント。
抑制の効いた声のトーンとは裏腹に、握られた拳がぷるぷる震えている。いろいろと溜まっているのだろう。
「無理を承知で頼んでいます。この子の晴れ舞台なんです。(主に、師匠の強い要望で)」
「!?」
ヒロトがグイとソランの背中を押す。急に自分の話が出たと思い、ソランは驚いてヒロトを見上げるも、特に説明はない。
「確かに、昔は大手の工房で作っていたことはある。魔術師用のマントに流行り廃りはあまり無ぇが、それでも、子供用に一から型紙を作り直さなきゃならない。時間的に無理だ」
ブラントは、気分の問題ではなく、物理的に不可能だと言っているのだ。さすがに、ヒロトもこれ以上は押せない。
「魔術師様のお師匠様の名前は何て言いましたっけ?」
諦めかけていたヒロトだが、横から強力な援護射撃があった。
もう一度だけ、頑張ってみる。
「我が師は『大魔導師』エンゾ・シュバイツ。この子は、その孫弟子になります。名前はソラン。いずれ、『大魔導師』の名を継ぐ者です」
ヒロトは彼女の意図を理解すると、二つ名付きで、エンゾとソランを紹介する。エンゾの名前は効果が期待出来るが、ソランについてはどう転ぶか分からない。ようは、「この子の未来に投資しろ」と強要しているのだ。
「くそっ! 『大賢者』じゃねーか! ふざけんな! こんなちっぽけな店で、『英雄』の名前なんざ出すんじゃねーよ! お前ら、俺を殺す気か? 本当に忙しいんだよ!」
ブラントは今にも泣き出しそうな声で叫ぶ。
なぜか、ソランはそわそわしている。
声を荒げるブラントが怖いのだろうか。ヒロトのシャツの裾を握り、ヒロトに身体を寄せてくる。
「何だよ、その目はよぉ…。そんな不安そうな目をすんなよ、この野郎っ」
「あんた! こんな可愛い子に向かって、『この野郎』とはどういう了見だいっ! ことと次第によっちゃぁ、許さないよっ!」
「ちっ! こっちは、のんびり仕事がしたくて、子供服屋に鞍替えしたってのに、一向にのんびり出来る気配がねぇ…」
(1)RaC:HUM
(2)LvP:59
(3)SkL:23
(4)MgP:201/828
ステータスは高い。
ブラントは引き受けるつもりなのだろう。だからこそ、愚痴の一つも吐いているのだ。がっくりと肩を落としているのが、その証拠だ。絶対に引き受けないつもりなら、二人を店から追い出せば済む話だ。
作業工程を計算しているのだろうか。ブラントは虚空を見つめて、考え込んでいる。
ヒロトはそれを依頼の了承と見て、金貨を10枚出す。それとポーションを5本。ポーションを追加したのは、ブラントの顔色とステータスの魔力量を見た結果の判断である。体内魔力がかなり減っていた。
「これでお願いします」
「ポーションを出したってことは、『鑑定』したのかい? だったら、分かるだろ、俺が疲れてんのがさ」
特別な『付与』が無ければ、素材込みでも、金貨10枚はしない。飾り模様や素材に凝りまくれば、天井はないが、通常の魔術師用のマントは金貨5~6枚である。
それが、素材は持ち込み、仕立て料だけで、金貨10枚+中級以上のポーション5本。金貨10枚は、日本円でおよそ100万円に相当することを考えれば、破格である。
無理をゴリ押しする為の、ヒロトに用意出来る、せめてもの誠意であった。
『ブラント子供服店』の主人、ブラントはもう一度、ソランの顔を見る。
ソランの顔は、まだ不安そうであった。
もちろん、ブラントは「マントを作ってもらえないかも知れない」と、ソランが不安がっていると思っているのだが、実際は違う。
ソランは、生まれて初めて金貨を見て、衝撃を受けていたのだ。
それも10枚も。
ソランは銀貨すら、冒険者が支払いに出しているのを遠目に見たことがある程度で、手にしたことはなかった。
それが、目の前に、金貨10枚+おいしい飲み物5本。
全て、自分のマントを作る為の代金である。
昨日、餓死寸前のところを拾ってもらった上に、傷や皮膚病を治してもらい、服やブーツまで買ってもらった。そして、また次の日には、こんな大金を使わせてしまっている。不安よりも、ある種の恐怖を感じていたのだ。
昨日のこの時間、ソランは夜に目ぼしい食べ物を見つけることが出来ず、フラフラと商業区を彷徨った挙句、もう一歩も歩けないと、廃材置き場で途方に暮れていたのだ。あまりに幼すぎて、泣いて助けを呼ぶことすら――もう助けを求めても、助けは来ないということは、随分と前から思い知っていた。過去、何度も何度も何度も、誰に助けを求めても、無駄であったから。
それが、ヒロトに拾われて、わずか一日で今の状況であった。
喜びや幸せよりも、不安――否、恐怖を感じたとしても、不思議はなかったのかも知れない。
「くっ、わかったよ! 仕方ねぇ、実質5時間で作ろう。だが、その前にあんたが『英雄』の弟子だという証拠を見せて欲しい」
言うが早いか、瞬間、ヒロトの周りに、空気が揺らぐ程の膨大な魔力が集まる。まるで魔力の渦が、今か今かと待ち構えていたかのようであった。
それは、もはや物理的な圧力さえ伴って――
「わ、わかった。もう良い。注文を受けるよ。それ以上、魔力を放出したら、その子が気絶するぞ」
「俺は魔術師用マントのデザイン帳を探してくる。リタ、その間にその子の採寸を頼む。子供用に型紙を作り直す必要がある。今日はもう店仕舞いだ。お前にも手伝ってもらうぞ」
「任せておきな! さすが私の選んだ旦那だよ!」
こういうところなのだ。
ヒロトがエンゾに頭が上がらないのは。
単に、居候をさせてもらっているからではない。ブラントが仕事を請けてくれたのは、「英雄」エンゾの名前があったからこそであった。
「あの、ソランの採寸ですが、今はガリガリですけど、すぐに太ると思いますので、その予定でお願いします」
「わかってますよ、魔術師様。身長だって、そうだね、10歳くらいまでは着られるように、旦那に工夫させるよ」
女の子の10歳なら、130cmくらいだろうか。現在90cmくらいだから、40cmも差がある。
着丈を予め折り返しておくのだろうが、5年も未来のサイズに合わせて、今、ブカブカの服を着させるというのも、おかしな話だ。着丈や袖丈は折り返しでどうにかなっても、肩幅や身幅(胸囲)はどうやるのだろうか。
「(まぁ、プロの職人だし、上手いことやるんだろう)」
「ったく、英雄様と来たら、弟子まで化物ときやがる」
ブラントはブツブツと独り言を呟きつつ、工房へ向かって行った。代金のおまけに付けたポーションを、ラッパ飲みしながら。
現在、エンゾは252歳だが、その間に積み重ねたものが桁違いである。S級だからとか、男爵格だからとか、そういう問題ではない。
市井の子供服屋の主人が、何とか一肌脱いでやろう、という気にさせる実績があるのだ。
魔術師としての格。
現在のヒロトになく、これから先、ヒロトが手に入れなくてはならないものだ。しかも、エンゾの教えでは、それを目的にしてはならないと言うのだから、大変である。
実際、エンゾは誰かに認めて欲しくて、魔術を極めようとしているのではない。全ては、魔道を極める上での、いわば、副産物に過ぎないのだ。
しかし、その副産物は「信用」と言い換えることも出来た。ここ「ブラント子供服店」の主人がそうだし、「ザック武具店」の主人も同じ思いであったろう。『大魔導師』エンゾ・シュバイツの名前を出せば、多少の無理は通るのだ。
「(本当に凄いな、師匠は)」
その後、素材になるヒロトのマントを渡し、女がソランの身体を採寸、引渡し票を受け取って、店を出た。
ヒロトとしては、なかなか得がたい体験であった。
店主には悪いことをしたと思うが、エンゾの偉大さを垣間見た気がして、少なくとも、悪い気分ではない。無理をゴリ押しした件についても、申し訳なさよりも、満足感の方が大きい。
「……あの、ヒロトさま、ほんとうに良いのでしょうか」
「金もポーションも奮発したし、大丈夫だろ」
「おじさんではなく、お金のことです」
やはり、気になるのだろう。
ソランはもう、寝ている間にネズミにて手足を齧られるのも、ブツブツが出来て、痒かったり、痛かったりするのも嫌だった。
最近は随分と暖かくなって来たが、ほんの一ヶ月ほど前は雪が降る季節だったのだ。ソランは雪のチラつく夜の街を、裸足で歩いたことを思い出すと、今も、足先の冷たい感覚が蘇ってくるのだった。
ソランは、お金を使わせ過ぎて、また捨てられやしないか心配なのだ。
「何だ、まだ、金のことを気にしてんのか? 気にしなくて良いって言ったろ。どうしても気になるなら、早く魔術の腕を磨いて、一流の魔術師になって、返せば良い」
「『だいまどうし』ですね」
「そうさ。目指すは魔道の極み、『大魔導師』よ」
「が、がんばりますっ!」
「ほぅ~ら、行くぞ! 今日はいろいろ用事があるんだ!」
ヒロトが走りだすと、ソランの後方から、ブワッと強い風が巻き起こった。
もちろん、ヒロトの風魔術である。
痩せているので、ソランの体重は10kgと少しくらいだろうか。ヒロトの強力な風魔術――というよりも、人工の竜巻のような風と風圧によって、ソランの身体が、フワリと浮き上がった。
「きゃっ!」
宙に浮いた状態で手足をばたばたさせる様子が可愛らしい。
ヒロトは振り向いて、空中でソランをキャッチすると、そのまま抱きかかえて、走り出した。
「『風魔術』と『強化』だ!」
一分一秒を争うような全力ではないが、全身を強化しているので、速度は速い。怖いのか、ソランはヒロトの首に手を回し、しがみついている。
ヒロトの耳元で、「キャー」だの、「こわいですっ!」だの、「おろしてください!」だの、何とも騒々しい。
ヒロトはヒロトで、怖がるソランが面白いのか、大笑いしている。
道行く人は何事かと振り返る。
王都の通りを結構な速度で走る傍迷惑な二人であったが、ソランの表情と声音は、今が楽しくて、愉しくて、仕方がないといった様子であった。