幕間(1) 「だいまどうし」
目のまえに、大きな肉の串が三つと、大きな白パンと、さっき飲んだ、おいしい飲み物が何本もならんでいる。
これぜんぶ、食べて良いのかしら。
冬に、お腹を痛くして、あまり食べものが食べられなくなった。
たぶん、死んだねずみを食べたのがいけなかった。
でも、さっき、おいしい飲み物を飲ませてもらってから、お腹が元気になったみたい。
お腹がきゅーきゅーなっている。
「お前はそこで、静かに食ってろ」
やった!
ぜんぶ食べて良いみたいっ!
ヒロト・コガ。
それがわたしを拾ってくれた人の名まえ。
ぶっきらぼうだけど、たぶん、世界一やさしい人。
ヒロトは『だいまどうし』の弟子といってた。
しらない言葉だけど、たぶん、『だいまどうし』とは、神様のことだとおもう。
わたしの名はソラン。
4さいか、5さい。
去年、おかあさんに捨てられた。
朝、おきたら、おかあさんはいなくなってた。
おかあさんの顔はおぼえていない。
たった一年まえのことなのに。
ちょっとまえまでは覚えていたような気がするのに、今はヒロトの顔しか浮かばない。
ヒロトはとてもやさしい顔をしているの。
ああ、このパンおいしい!
カビがはえていないパンなんて、どれくらいぶりかしら。
こんなに柔らかくておいしいパンを、こんなにたくさん食べていいなんて!
それにこの白いパン、わたしの顔よりもおおきいの!
おかあさんに捨てられて、はじめのころは、店の人とか、ぼうけんしゃの人が、食べ物をくれたけど、だんだんくれなくなって行った。
ねずみがかじりに来るから、夜、ねられなくなった。
店の人が、「しっしっ」って、わたしを追っぱらうのはきらい。
あの声をきくと、かなしいきもちになるの。
え? 何、この肉!
からくて塩っぱいのに、おいしい!
いくらでもお腹に入っていく!
夜になったら、ゴミ箱をあさって、食べられるものをさがした。
酔っぱらったぼうけんしゃのテーブルから、たべものを盗んだこともある。
でも、つかまって、大きな足でけられた。
とっても痛かった。
痛くて、こわくて、泣きながら地下すいろの隠れがまでにげた。
その時から、ちゃんと歩けなくなった。
でも、何といっても、この飲み物ね。
飲めば飲むほど、からだが元気になっていくみたい。
これ、大人のひとが、いつもおいしそうに飲んでいる、「おさけ」かしら。
それならなっとくかも。
こんなにおいしいんだもん。
あれ? そういえば、さっき、普通に歩けたような気がする。
ほら、やっぱりそうだ。
ちゃんと歩ける!
まっすぐ歩こうとすると、ひざが痛くて、歩けなかったのに!
全ぜん痛くない!
ヒロトが治してくれたんだ……。
たぶん、『だいまどうし』とは神様のことだ。
ヒロトはその弟子なんだから、しょうらい、神様になるのね。
もしかしたら、今でも神様かもしれない。
だって、グワーって、土がもり上がって、手から水とかお湯がどんどん出てきたもん。
温かい風もブオーって。
そんなの、神様以外にできるわけがないよ。
そういえば、このパンや肉やおいしい飲み物はどこから出てきたのかしら。
ヒロトはわたしを抱っこしている時、何ももってなかったとおもう。
両手で抱えてたはずだから。
それとも、神様なら出来るのかしら?
――ヒロトは神様以上かも。
――だって、神様はわたしを拾ってくれなかったから。
おかあさんに捨てられたあと、ずっと神様におねがいしたけど、ぜんぜん聞いてくれなかったもん。
でも、ヒロトはちがう。
わたしはヒロトが食べていたお肉を、うらやましくて、見ていただけ。
それだけで、ヒロトは拾ってくれた。
何も言わないのにヒロトは拾ってくれた。
だからヒロトはきっともう神様か、それ以上なの。
ヒロトがしょうらいなる『だいまどうし』は神様以上の神様なんだわ。
今、ヒゲのおじさんと難しい話をしているのも、きっと『だいまどうし』になるためにひつようなこと。
からだに変なブツブツができて、かゆくて、かゆくて、でもかくと、血と白い汁が出て、痛くて、またかゆくなった。
そのころからかしら、食べても、吐くようになった。
足も痛いし、もう一歩も歩けないから、ゴミ捨てばでじっとしていたの。
とっても悲しかったな……。
だんだん体に力が入らなくなっていって……。
あぁ、この飲み物おいしい……。
おいしすぎて、なみだがでてきちゃった。
汚くてぼろっちい服をぬがされて、黒い布をかぶせられた時は、ほんとうに恥ずかしかった。
だって、ヒロトに気もちわるいブツブツを見られたから。
ヒロトは気もちわるいって思わなかったかしら。
神様だから、ブツブツは気にしないでくれると良いな。
それからヒロトはやさしく抱っこして、ここにはこんでくれた。
ヒロトの黒い布と、ヒロトは、良い匂いがした。
わたしはおとうさんを知らないけど、きっと、おとうさんの匂いね。
このシャツも良い匂い。
神様のお湯に入ってからは、からだがかゆくなくなった。
今もぜんぜんかゆくない。
あちこち痛かったところも、ぜんぜん痛くない。
あれがきっと神様につかえるための「洗れい」だと思う。
ヒロトがわたしの名まえを聞いて、ソランって呼んでくれた。
そして、きれいになった、って言ってくれたの。
肩をポンって叩いてくれた。
やっぱり、神様はわたしのからだのブツブツは気にしてないみたい。
良かった。
肩をポンって。
うふふ。
思いだしただけでも、とってもうれしい。
うわっ!
きづいたら、ぜんぶ食べちゃってる!
しんじらんないっ!
あんな大きなパンが、わたしのお腹のどこに入ったのかしら!
大きな肉も三ぼんもあったのよ?!
あの大きな白パンがあれば、10日くらい食べていけそうだったのに!
この飲みもの?
この飲みものがげんいんなの?
食べても、食べても、お腹が元気になっていくみたいよ!
四ほんも飲んじゃってる!
「ソラン、話は終わったぞ。お? 全部食べたのか? 良くその小さな身体に入ったな」
やだ、神様がわらってる。
ヒゲの人まで。
なんだか恥ずかしい。
かおがあつい。
これが酔っぱらうってことかしら。
「それじゃぁな。近くに来たら、また『ザック武具店』に寄ってくれ。魔術師だから鍛冶師に用はねぇ、なんて言わずによ」
「ええ、私の場合、鍛冶師と知り合う機会も、そうそうないと思いますので、ツテは大事にしたいと思います」
「まぁ、エンゾ・シュバイツなら問題ないと思うが、鍛冶師ギルドで何かあったら、俺の名前を出してくれて構わねぇ。一応、顔はそれなりに広い方だ」
「ありがとうございます。では――ヨイショっと。やっぱ、お前軽いなぁ」
「達者でな」
うわっ、神様が、またわたしを抱っこしてくれた!
くっ、とっても良い匂い!
それにかおがあつくて、あたまがくらくらする。
どんどん酔っぱらってきてるみたい!
でも、がまんだ。
神様がなおしてくれたから、わたしはもうちゃんと歩ける。
「神様、ソランはひとりで歩けます」
「神っ、俺の名前はヒロトだぞ。お前、靴がないだろ。足が汚れるから、靴屋までは運んでやるよ」
ほんとうに靴をかってくれるのかしら。
神様は、神様とよばれるのが、あまり好きじゃないみたい。
それなら、名前でよぶことにする。
おなじことよね。
ヒロトが神様であることには変わりないんだから。
「ありがとうございます、ヒロト」
「お、ぉう」
わたしは今日、神様の子になったんだわ。
神様がわたしを抱っこしてくれる。
これは神せいな儀しきなのよ。
そして、いずれヒロトと同じように、わたしもなるんだ。
神様以上の神様――『だいまどうし』に。