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 第12話 「三面同時攻略」

 「実はここに来たのは、大森林譲渡の件の他に、もう一つあっての」


 「聞こうじゃないか」


 コーヴェンは、セレナをチラリと見やって、居住まいを正した。

 エンゾの声音から、重要な話だと察知したのだろう。セレナに目配せをしたのは、これから仕事の話だから、娘だからと口を挟むなよ、ということだろう。

 同席させる時点で十分娘に甘い、というのはエンゾの弁。


 「これじゃ」


 エンゾがマギバッグから取り出したのは、冒険者ギルド発行の、依頼の受付票。


 「『狼王』バッソか…」


 すぐに、コーヴェンは依頼主を確認する。依頼主は「冒険者ギルド機構」となっている。ユリジア王国から、ギルドが依頼を受けたのだろう。


 「そんな二つ名があるのか」


 「まぁな。うちの守備隊もやられている。王国騎士団と王国警備隊の合同部隊を先導したんだが…。まさか、エンゾ殿が討伐に力を貸してくれるのか?」


 「そう()くな、コーヴェン。確か、三度逃げられたそうだの」


 「第二回と第三回の討伐がタレス領内で行なわれたので、実質、強制参加だ。うちの被害は比較的少なかったが、騎士団と警備隊の方は、かなりやられている。第三回は全部合わせて、250人体制で臨んだんだが…」


 「それはいつのことじゃ?」


 「第二回が13月、第三回が1月だ。吹雪と魔物にやられた」


 王国の騎士団と警備隊、それにタレス領の守備隊。タレスの守備隊が参加したのは第二回と第三回だとしても、普通に考えて、三度の追跡を逃れるなど、並みの盗賊団ではない。


 「どうして第二回討伐の後、盗賊団はユリジア王国を脱出しなかったのでしょうか」


 そもそも、逃げ回っているのは個人ではない。20人以上の集団である。ヒロトは盗賊団が逃げおおせている事実も不思議だったが、三度も追跡されるとは、逆に、本気で逃げる気があるのかと疑問が湧いた。


 「暖かくなるまで、拠点の移動は避けたのだろう というのが騎士団の大方の意見であったよ」


 「私なら、追っ手が少ない、冬の間に逃げますがね」


 理屈である。人が外出を避けたい冬の間に逃げる方が、上策であろう。それにしても、13月の年の瀬に、大変なことだったろう、と、ヒロトは追跡に参加した者たちに同情した。


 「実際のところ、理由は想像の域は出ないな。さすがに第三回の後、逃げたと思われているよ。第四回討伐が行なわれていないのは、その為だな」


 「思われている?」


 これも、確認したわけではないということだ。盗賊団に、目立った動きが無いということだろうか。


 「希望的観測ってやつなんだろう。しかし、私はまだ、彼らは王国内に潜伏していると睨んでいるがな」


 「根拠は何じゃ?」


 「拠点の移動もリスクがあるが、協力者の問題もある」


 エンゾが当初から睨んでいた可能性である。ヒロトには、騎士団や警護隊の実力は測りかねるが、エンゾからすると、何度も追跡をかわされているのは、「内通者」の存在が欠かせないと考えているのだ。


 「なるほど、別の国に拠点を移動すれば、また新たな内通者を用意しなくてはならないと」


 「内通――とは、直接的過ぎるが、まぁ、そういうことだ。それに、組織が洗練され過ぎているような気がする。少数精鋭の部隊とでも言おうか。もっとも、あくまでも私の推測だがね」


 「内通者の存在は確実なのですか?」


 「第二回でも怪しいと思われたが、第三回討伐を逃げられたのが大きい。第三回討伐は、事前に捜索ルートを知っていなければ、逃げるのは不可能だ」


 実際に追跡した側の人間が言っているのだから、そうなのだろう。内通者の存在は、組織にとっての失態である。大っぴらにできることではない。一刻も早く、『狼王』バッソを討伐したいところであろう。

 それでも、第三回の後、第四回討伐隊が組まれていないのは、案外、組織内の監査や、綱紀粛正の為かもしれないとヒロトは思った。組織の見直しなくしては、何度、討伐隊を組んでも、同じことだからだ。


 「話を聞いていると、拠点の場所はすでに判明しているようなのですが…」


 捜索ルートが内通者から漏れたとしても、そもそも、その捜索ルートが正しかったから、逃げられたと考えることも出来る。では、作戦立案の段階で、どうやって、その捜索ルートを決定したのか。


 「拠点らしき場所は、狭い範囲で転々としているようだ」


 コーヴェンはそう言った後、倒れているメイドに近づいて行った。ヒロトの膨大な魔力にあてられて、気絶したまま放置されていた子である。


 「ミランダ、これ、起きんか」


 「あ、うぅ…」


 コーヴェンは軽く頬を叩くと、すぐに反応があった。特にダメージを受けたわけではない。ミランダと呼ばれたメイドは、目の前の領主に気付き、慌てて立ち上がった。


 「すまんが、詰め所に行って、隊長のカールを呼んできて欲しい。バッソのことで聞きたいことがあると伝えてくれ」


 「は、はい」



 「お待たせしました。タレス領守備隊隊長カール・メンツと申します」


 40歳くらいであろうか。さすがは隊長というだけあって、表情は締まっているし、頭も切れそうである。185cmくらいと、アラトではそれほど大きな方ではないが、発達した上半身が、日々の訓練を想像させる。訓練の最中だったのか、薄手の訓練用防具を装着していた。


 「『狼王』バッソ盗賊団のことで、少し聞きたい。こちらの二人に聞かれたこ質問に、知っていることを答えてやって欲しい」


 「お願いします。私はこちらの『大魔導師』エンゾ・シュバイツが弟子、ヒロト・コガと申します。カール隊長の予想で構いません。盗賊団の拠点はどのあたりだと思われますか?」


 ヒロトは自前の地図を取り出すと、客室のテーブルに広げた。

 それほど詳しい地図ではないが、町や村、街道の大まかな位置は知れる為、ホラントの本屋で購入した。以来、随分と重宝している。

 三角測量の知識はアラトにもあるが、詳細な地図は、国家機密なのか、出回っていない。購入するのは、基本的に商人たちである為、必要以上の精度は要求されないのだろう。


 「拠点は転々としていると予想される為、確実なことは言えません。ただし、この圏内と思われます」


 隊長カールが地図の、ある範囲を指でなぞった。


 「すると、隊長も盗賊団はユリジア国内に潜伏していると考えているのですね。この圏内ですと、中心は…ケハダ高原ということでしょうか?」


 「そうなりますね。この一帯は、かつて鉱山があった為、廃坑も数多く点在しています。奴隷や人足たちの出入り口だけでなく、排水用の出口も多数。魔物の住処になっている場所も多く、隠れるに適しています」


 「山に木は生えているのでしょうか?」


 どうして木が生えているかを聞かれたのか、意味が分からないカールであったが、知っている情報は答えるように言われている。


 「山崩れを抑える為に、木は鍛冶師ギルドの協力もあって、植えております。ただ、全ての廃坑を埋めるのは、金が掛かりすぎて、出来ないのが現状です」


 ヒロトとしては、土の大規模魔術で、一つ一つ廃坑を埋めて行こうかと思ったのだが、良く考えれば、地形を変えてしまいかねない。廃坑の数や規模によっては、魔力は問題ないとしても、時間が掛かり過ぎるのは避けたいところだ。


 「雪解け水を利用して、廃坑に土石流を流し込むのも悪くないの。一つ一つ(シラミ)潰しに」


 「師匠、またむちゃくちゃ言ってる…」


 と言いつつ、もっとむちゃくちゃなことを考えていたヒロトであった。一つ一つ埋めるのが面倒なら、上から超重量で潰して行けば早いのではないかと考えていた。それゆえ、木が生えているかを聞いたのだ。


 「しかし、ケハダ高原か…」


 「何とも、我々に都合の良い展開ですね」


 ヒロトは思わず笑ってしまった。

 「バッソ・ピエル盗賊団の討伐」と「地竜の巣の討伐」、いずれも指定ランクA級の依頼だが、とんだ(・・・)偶然もあったものである。

 とすると、ヒロトが尋ねるべき質問は一つであった。


 「先ほど、領主様は吹雪と魔物にやられたと仰いましたが、具体的にはどんな魔物だったのでしょうか?」


 「地竜です。恐らく、敵に従魔師がいると思われます」


 ビンゴであった。


 盗賊団がケハダ高原周辺に潜伏しているのは、ケハダ高原の廃坑が地竜の補給地だからであろう。もし、追っ手が掛けられた場合でも、地竜を追っ手に差し向けることが出来る。


 地竜は竜種の中では低級だが、毛が生えており、比較的、低い外気温にも耐えるのだ。土属性のスキルしか持たないにも関わらず、冬山でも活動出来る。


 もっとも、高位の竜種は、様々な固有スキルで、毛が無くとも、冬山など苦にはしないが。


 ウスト大陸の西にある、「竜の巣」と呼ばれる火山地帯に生息する竜種は、体長は40mを超え、空を自在に飛び、空中から強力な魔術攻撃を繰り出すことで知られている。到底、人がどうにか出来るような魔物ではない。

 それに比べれば、地竜は竜種とは言っても、体長は最大でも15mほどで、空も飛べない。身体の大きさを考えると動きは速いが、数に頼めば、人でも倒すことは不可能ではない。

 ただし、山中で足止めに使われたら、追っ手側は相当な被害を覚悟しなければならないだろう。あくまでも、高位の竜種と比べたら劣るだけで、強力な魔物であることには変わりないのだから。


 「廃坑に住み着いた魔物に、偶然エンカウントした可能性は?」


 「王国騎士団の魔術師が確認しております。間違いなく、従魔師に操られた魔物だと」


 「(へぇ、『従魔師』なんてのもいるんだな)」


 従魔師とは、魔物、すなわち、魔核を持った生き物を使役する者たちの総称である。魔核に干渉して従わせるので、魔物以外を使役することは出来ない。


 「とすると、吹雪も魔術師の仕業だろうのぅ。天災が捕り方側だけに降りかかるとは考えにくい」


 「しかし、たった20人規模の盗賊団なのに、いろいろとバラエティに富んだ敵が揃ったものですね」


 「協力者も入れれば、それ以上の規模になるかと」


 隊長カールが付け加えた。確かに、協力者の存在は忘れてはならない。話を聞いている限り、ヒロトには、盗賊団というより、何か目的がある工作員のように思われた。


 「ちなみに、バッソ盗賊団は、ユリジア王国でどんな罪を働いたのですか?」


 「実は…、困ったことに、目立った犯罪は犯しておらんのだ」


 もちろん、村の食料庫を襲ったり、小さな犯罪行為は働いている。ただし、騎士団や警備隊の追跡をかわす盗賊団にしては、被害は小さいと言えた。


 「それは、どういうことでしょうか?」


 大した盗賊団でもないのなら、大規模な追跡など不要であろう。被害が目立てば、タレス領の守備隊が出動する程度で十分だ。


 「つまり、奴らはタレス領を含む王国ではなく、隣のレンブラート公国を主な縄張りにしているということです」


 「レンブラート公国からせっつかれて、仕方なくユリジアの騎士団や警備隊が出張ったというわけですか」


 ヒロトが話を聞く限り、これは既に外交問題になっている案件である。国際警察のような組織がない以上、国を跨いだ犯罪は厄介極まるものだと想像できた。


 「そうなるな。これ以上放置すれば、重大な外交問題になりかねん。しかも、潜伏の可能性が高いと思われる場所が、タレス領と来ては、私ものんびりしていられんのが、実情だ」


 つまり、レンブラート公国としても、バッソたちを追って、ユリジア王国に追いかけることが出来ないのだ。盗賊団はレンブラート公国で犯罪を犯して、すぐにタレス領に逃げ込めば、逃亡完了となる。

 

 ユリジア国内では、ほとんど犯罪を犯していないので、ユリジア王国側としては、捜索も緩くなる。まして、地竜をけしかけられるわ、内通者もいるわと来れば、これは盗賊団が一枚も二枚も上手手と言わざるを得ない。


 「師匠、どっちを先に狙いますか?」


 「どっち? 最初に狙うのは、こいつに決まっておる」


 エンゾが出した受付票は、「コトリバチの巣の討伐」であった。ヒロトはてっきり地竜か盗賊団のどちらかと思っていたので、面食らってしまった。ここはエンゾの真意を聞きたいところである。


 コトリバチの巣の討伐依頼を出しているカチヤーク村は、隊長カールが指摘した、盗賊団が潜伏している可能性が高い圏内からは、少し外れている。しかし、一旦街道に出てしまえば、移動時間は1~2時間もあれば十分だ。「強化」や馬、騎竜などを使えば、もっと速い。

 エンゾとヒロトにとっては、三案件とも同一圏内であった。


 「ハチの巣退治は期限ありだからのぅ。それに――」


 「臭いますか?」


 「プンプンじゃな」


 エンゾがニヤリと笑う。


 「それではまず、『烈風砦』に会いに行きましょうか。彼らに話を聞いておいて損はないでしょう」


 「ちょっと…、エンゾ様、お待ち、ください…」


 身体がダルいのだろう。無理矢理身体を起こしたセレナがエンゾに話があるらしい。


 「何じゃ、もう少し休んでおかんと、身体に毒じゃぞ」


 「私を…、お二人にご同行させてください」


 何とも必死な様子のセレナ嬢である。

 エンゾへの信仰心に加え、魔術師ヒロトに対抗心でも湧いたのだろうか。とは言え、14歳の学院生には荷が勝ちすぎないか。しかも、一応、外交問題に発展しかねない状況である。

 伯爵家の娘として、多少の責任を感ずることも理解は出来るが、実際のところ、14歳の魔術学院生に出来ることなど、ほとんどない。

 単純に、ヒロトたちが為そうとしていることに対する、好奇心と思われた。


 「さて、どうしたもんかのぅ」


 エンゾは言いながら、ヒロトの方を向いて、ニヤニヤしている。ヒロトはイラッとしたが、仕方がなかった。やり過ぎたのはヒロトの方であったし、無理に伯爵家と敵対する意味もない。


 「私たちはまず王都で国王に会う予定です。それが済んだら、『烈風砦』というパーティーに会います。情報収集ですね。それから鍛冶師ギルドに顔を出して、最後に村に向かう予定です。セレナさんは、しっかり休息を取って、カチヤーク村に直接向かって下さい」


 「先ほどの無礼を、許していただけるのでしょうか。」


 「あんなの、別に無礼でも何でもありませんよ。それに、魔術師にとって、礼など、どうでも良いことなのですよ。ただし、足手まといが多いのは困りますので、従者を連れて来るなら、一人だけにしてください」


 「足手――ッ、い、いえ、感謝します」


 ヒロトは妥協できるギリギリの提案を一つ。

 面倒事を背負い込むことになったのだ。これくらいの皮肉は言わせて貰う権利はあるだろう。ヒロトの言葉選びには、一切の手加減もなかった。


 「では、3月の15日にカチヤーク村で会いましょう」


 コーヴェンに口を挟む場面は、全くなかった。



 二人が帰った後、コーヴェンはグッタリと疲れてしまい、ソファから身体を起こすことが出来なかった。身体が思うようにならないはずのセレナは、喜び勇んで部屋に戻って行った。二人の捕り物に同行できることが余程嬉しかったらしい。


 親の心子知らずとは良く言ったもんだと、コーヴェンは苦笑した。それにしても――果たして、エンゾとヒロトに我が娘を同行させても大丈夫なのだろうかと、胃の辺りがキリキリと痛むのを感じた。


 普通なら、大船に乗った気持ちで構わない。何しろ、実力的にはS級クラスの魔術師二人に同行するのだ。これほど安全な旅もないだろう。しかし――と、コーヴェンは思う。


 S級のエンゾを超えるという、ヒロト・コガという青年。

 セレナから聞いた情報では、17歳とのことだったが、コーヴェンの『魔眼』に映った情報は、「17歳プラス」。


 「(『プラス』とは一体何だ?)」


 例えば、セレナの場合、年齢は14歳だが、正確には14歳と160日ほどである。だが、その場合でも、コーヴェンの魔眼には「14歳」としか表示されない。では、「プラス」とは何がプラスなのか。


 結局のところ、初めて見た表示なのだから、いくら考えても答えが出るわけが無かった。それでも何とか答えを捻り出すとすれば――


 ――伝説の存在が頭をよぎった。


 『流人』


 アキバ帝国初代皇帝ユウキ・オカ、勇者ジョージ・ハリスンの二人がコーヴェンの頭に思い浮かぶ。見たことの無い年齢表示は、今までに見たことの無い存在だからだろう。直感からの仮説だ。

 特に、アキバ帝国のユウキ・オカは名前の響きや母音の数など、共通点があるように思われた。


 「(もしかしたら、ヒロト殿は異世界の流人か? だとすれば、めったなことでは弟子を取らないエンゾ殿が、ヒロト殿を弟子にした理由も分かる)」


 とは言え、コーヴェンには講ずる手がないのも事実であった。娘を持つ親としては、娘に無事に帰って来て欲しいし、領主としては、ユリジア王国とレンブラート公国との外交問題に発展する前に、『狼王』バッソを捕縛して欲しい。

 S級冒険者のエンゾがその役を引き受けてくれると言うのなら、ありがたい話に違いない。


 「(考えても無駄か…)」


 それでも、『狼王』バッソについては、解決しなかった場合に備えて、いくらかは準備しておくべきだろうと、コーヴェンは気持ちを引き締めるのだった。



◇◆◆◆◇



 特に問題もなく、エンゾとヒロトの二人は、翌日には王都に入った。

 エンゾのギルド証の効果はてき面であった。S級はその身分において、男爵と同じ地位なのだから、それも当然だろう。国王への謁見も可能である――というより、その地位を保証しているのが、他ならぬ国王なのだから、問題があろうはずがない。


 「明日、ユリジア国王に謁見する前に、以前、ブラックピテクスに裂かれたマントを新調しようと思います。宿を取った後、一緒に買いに行きませんか?」


 「確かに、繕い痕のあるマントは、格好がつかんな。洒落たマントを選んで来ると良い。ただ、わしはこれから王城に顔を出さねばならん。外遊の予定はないらしいから、明日もコパンは城におると思うが、謁見の時間を、役人と調整せねばならんでの」


 安直が過ぎたとヒロトは反省した。

 国王には国王の日々の仕事があるのだ。いくらエンゾが男爵格と言っても、明日いきなり行って、国王が会ってくれるとは限らない。明日の国王のスケジュール内で、空いた時間で調整するのだろうが、確かに、一度顔を出さなくてはならないだろう。


 「相手はこの国の国王でしたね。少々浅慮が過ぎたようです。では、今回は一人でマントを買いに行くことにします」


 その後、王城と鍛冶師ギルドの中間あたり、王都内の南地区に二人は宿を取った。旅行者は南地区の宿を取るのが一般的なようであった。

 宿は一泊2000セラクラスの、王都では平均よりも上だが、上級宿ではない、といった宿であった。ヒロトとしても、別に高級宿に泊まりたい願望があるわけでもないので、ノミやシラミが湧かない宿なら、どこでも構わない。

 ※2000セラ=約2万円


 いくらでも例外はあるが、王都を東西南北に分けると、中心に王城があり、東地区は貴族街。西地区は商業区、南地区は旅行者や外国人が多い。北地区は庶民の住宅街になっている。あくまでも、そういう傾向がある、というだけではあるが。

 ただし、東地区の貴族街だけは、少し特別である。

 出入りの業者以外が立ち入ることは止めたほうが賢明だろう。厳密に禁止されているわけではないが、厄介ごとに巻き込まれたくなければ、普通は、用がないのなら庶民は立ち入らない。


 ヒロトは一路、商業区である西地区を目指す。王都のギルドに顔を出そうというのだ。明確な目的があるわけではないが、王都のギルドに張り出されている依頼を冷やかすのも一興だろうと。しかも、エンゾの話では、魔術師ギルドも同じ通りにあるとのことであった。魔術師ギルドの近くには、魔術師御用達のマントを売る店もあるのではないか、というのがヒロトの予想。


 「(冒険者ギルドと魔術師ギルドは仲が悪いってのがテンプレだけど、少なくとも表面上問題があるわけはないよな)」


 どちらも、国が認めた機関である。

 宮廷魔術師という存在がある以上、魔術師ギルドの方が、国の要職には近いとのことだが、傭兵の存在や、男爵格であるエンゾのことを考えれば、冒険者ギルドとも密接な関係にある。

 そんな重要な外部機関が、敵対するような関係にあるわけがない。日本の省庁間の綱の引き合い程度なら、むしろ、組織の関係としては自然だろう。


 「(ふふふ、悪くない雰囲気だ)」


 ギルドがある通りが近付いてきた。

 周囲の店からは、早上がりしたのであろう、冒険者たちが、すでに酒を飲んで騒いでいた。通りに面したところで、売り子が、串に刺した焼肉や、タコスのようなものを売っている。肉体労働者が多い為か、見た目もワイルドで、濃い味付けの食べ物が多そうであった。


 「一本ちょうだい」


 「あいよっ! 一本30セラだ」


 「はい、これで」


 ヒロトは銀貨を一枚出して、お釣りを貰う。

 ヒロトはその場で焼肉にかぶりつきながら、質問してみた。


 「この時間から、もう客が付いているんですね」


 ブツ切にされた肉が、四個、菜箸くらいの太さの串に刺さっている。一つ一つが大きいので、合計で200g以上はあるだろう。切り方は粗いが、サイコロステーキが串に刺さっているのに近い。香ばしい香辛料と、多目に振られた塩が、後を引く。ボア系の肉のようだ。


 「そうだね。早い連中は、公衆浴場でひとっ風呂浴びて、飲み始める時間さね」


 現在、15時くらいである。冒険者の朝は早い。その分、手早く仕事を済ませたら、午後はのんびり過ごすのだろう。そうでなくては、いくら魔力がある世界だろうと、身体が耐えられるはずがない。20時くらいには寝床に入るのだから、15時は十分、宵待ちの時間帯である。


 2031年の日本では、肉体労働は減ったが、その分、デスクワークが増え、労働時間は長くなった。肉体労働と違って、デスクワークなら、身体が長時間労働に耐えられるからだ。実際、ヒロトの一日の労働時間――拘束時間は、休憩も入れて、残業込み12時間であった。その分、一週間の労働時間で調整されており、週四日の労働であった。


 一日は24時間しかないのだから、仕事上がりに飲みに行ったり、遊びに行ったりなんてことは、日本においては、大昔の習慣になっていた。


 「(少子化の原因って、一日の労働時間が長いことが理由だよな)」


 というのが、ヒロトの持論。

 一日の労働時間が長くても、週休三日なのだから、いくらでも出会いはあるだろう、というのが一般的な意見であった。

 しかし、実際は、休日に遊びに行くのは、骨が折れるのだ。デートの予定は立てやすいが、そういう関係になるまでが問題である。学生時代から付き合っている相手がいるのなら、都合が良いシステムだが、いないと、同僚と親睦を深める機会すらないのだ。家にいても苦ではない娯楽が揃っていたのも、大きな理由に挙げられるだろう。


 つまり、休日が多く、一日の労働時間が長い、という環境は、中高年以上の世代にとっては都合が良く、若者にとっては、若者自身が思っているほど都合が良くはないのだ。週休三日だと、ダブルワークがしやすい状況なので、結局、週の労働時間が50時間を超える若者は多かった。

 休日が多くなって、プライベートの時間が増えることに、喜ぶ若者も多かったが、それが集団として正しいかどうかは別の問題である。少子化が進めば、税金は増えるし、結局、その若者もダブルワークをせざるを得なくなるのだ。あるいは、ヒロトのように、極限まで節約する生活をするかの選択になる。

 ヒロトの場合、全てを諦めていたが、もし、仮に気になる女性がいたとしても、金も時間もないのが正直なところであった。


 もっとも、VRMMOスーツまで買っておいて、贅沢を言うな、という意見もあるだろう。しかし、値段としては、車よりも安いのだ。何もかもを削って、結婚出産子育てだけは削るな、と言われても、土台無理な話だろう。

 それでも、世界的に見れば、日本は十分以上に恵まれていたのだから、もはやいろんな意味で詰んでいた。


 「おばさん、旨かったです。すみませんが、こういったマントなんかを売っている店を知りませんか?」


 「一つ向こうの通りに、赤い屋根の魔術師ギルドがあるから、そこに出入りしている連中に聞くと良いよ」


 「なるほど、ありがとうござい――え?」



 ヒロトは視線を感じて、思わず横を振り向いた。

 先ほどから視界に入っていたはずだが、気付かなかった。

 脳が、土嚢かゴミ袋の類だと判断していたのだろうか。


 「ああ、ちょっと前から、時々見るね。薄汚い乞食は商売の邪魔なんだけどねぇ。運が良ければ、食べ物を恵んでくれる人もいるんだろうけど、ああなっちゃ、気持ち悪くて、手を出す人もいないよ」



 「(……死んでる?)」



 ヒロトから15mほど離れた場所。

 廃材らしきものを背に、グッタリとしている、襤褸をまとった子供の乞食がいた。

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