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 第9話 「魔物蹂躙」

その日、ユリジア王国タレス伯爵領内、エンゾ・シュバイツの領地である、別名「シュバイツ大森林」において、師匠から弟子へ、王位の禅譲が行なわれた。



 タレス伯爵領の東、シュバイツ大森林の奥深くに、ヒロトとエンゾの二人がいた。


 ヒロトがアラトに転移してから、既に8ヶ月が過ぎていた。


 その間、ヒロトはエンゾより魔術の概論を学び、文字を学び、常識を学び、魔術師としての生き方を学んだ。

 個別の魔術については、既にヒロト自身で、勝手にやっている。


 魔力について、ヒロトの脳内イメージでは、2の50乗、正確には1125兆8999億0684万2624(ペタ)、16桁まで、ほぼ無意識で集中と霧散が可能となっていた。

 ただ、この数値は、あくまでもヒロト個人の単位である。


 ヘソの奥に、一個の(想像上の)魔細胞があり、それが倍々で無限級数的に増えるイメージで、体外魔力を取り込んでいるのだ。だから、ヒロトの魔力容量がアラト単位で1125兆ある、という意味ではない。


 場所にもよるが、シュバイツ大森林のような、魔力に満ちた深い森の中ならば、体外魔力の吸収を始めてから、ペタに達するまで、数秒といったところか。これだけの量の魔力の集中と霧散を繰り返せば、多少、魔術に詳しいものが見れば、魔力が奔流となって、視認できるほどである。


 これは、魔法陣を使わない「7.62×39mm弾」の石弾換算で、約100万発の弾丸が、数秒で発射可能になる計算だ。

 ちなみに、展開も、狙いも、発射のことも考えず、ただ弾丸を生成するだけなら、6500万発になる。

 8ヶ月前に2000発を展開した時と比べると、実に500倍である。「魔力吸収」が効率化された結果である。


 使用される土砂の量は、1発10gとして、約10tに達する。10tという重量は、直径2mほどの岩石に相当する。10t分の土や砂が舞い上がり、規則的に100万発の弾丸に生成されていく有り様は、異様を通り越して、シュールである。


 もっとも、そこまでの魔力量となると、ヒロトの中に器がないので、一瞬たりとも、留め置くことは出来ない。即座に超高速霧散させるか、集めたそばから、魔術で消費しなければならないのだ。


 「相変わらず、凄まじいのぅ」


 二人の目の前に散らばる、かつてオークだった肉片たち。周囲には、血と肉と糞尿を合わせた、恐るべき臭いが立ち込めていた。


 30匹規模のオークの集落は一瞬で地獄と化していた。

 魔核も肉もあったものではない。

 まさに、蹂躙であった。


 この間、ヒロトは体内魔力をほとんど使っていない。これが、エンゾがヒロトの魔術の中で、最も賞賛する部分である。つまり、ヒロトの場合、大規模魔術を使用しても、魔力枯渇が一切起きないのだ。

 「せめて、100年前に、ヒロトに会っていれば」というのは『大魔導師』エンゾ・シュバイツの言。


 事実、この8ヶ月の間、ヒロトが魔力枯渇に陥ったのは、強化魔術の訓練中に、意図的に魔力枯渇を起こした時のみである。「魔力枯渇の感覚を知っておきたい」というヒロトの希望で、試してみたのだ。


 ヒロトにとって、「魔力枯渇」とは、ヒロトの体内魔力が枯渇することではなく、周囲の魔力が枯渇し、魔力が集まらない為に、術が発動しない、という意味になる。


 「ルーチンワークですけどね」


 100万発の石弾を展開した場合、防御のことはあまり考えなくて良いのも、利点の一つである。10t分の石弾は、壁にもなるからだ。


 「もう、大森林では、レベルは上がりそうにありません」


 ヒロトは右腕の腕輪を撫でる。すると、腕輪の表面に、レベルとスキルが表示された。


 (1)RaC:HUM

 (2)LvP:45

 (3)SkL:6

 (4)MgP:629/681


 種族は人族で、レベルは45。スキル数が6で、体内魔力容量が681で、現在の体内魔力量が629という意味になる。


 レベルを理解した時点で、ヒロトの腕輪にステータス表示が可能になった。ヒロトが残念だったのは、表示項目がたった四種類で、スキルについては、習得した数しか表示されない点であった。


 少し憧れていた、GUIをいじくって、チートすることは出来ないわけだ。表示方法も、表示内容も、いずれレベルが上がれば、より詳しくなると思っていたが、以降、全く変化なし。今ではヒロトも諦めている。


 ちなみに、体内魔力容量は、8ヶ月前に比べて、大して増えていない。

 MgP:681という数字は、一般人(平均300)よりは多いが、例えば、20000を超えるエンゾなどと比べれば、遥かに劣る。

 ちなみに、宮廷魔導師が1500~2000と言われており、宮廷魔導師の魔力容量は、ヒロトの約三倍ということになる。もっとも、ヒロトは強化魔術にさえ、体外魔力を使っているから、体内魔力容量はあまり関係ないが。


 『鑑定』スキルも習得したが、ヒロトの『鑑定』も、腕輪のステータス表示と同じく、残念スキルであった。つまり、ヒロトの『鑑定』では、ステータスの表示と同じ情報しか知りえないのだ。

 例えば、エンゾを『鑑定』した場合、以下のようになる。


 (1)RaC:ELF

 (2)LvP:84

 (3)SkL:33

 (4)MgP:21010/21076


 8ヶ月前と比べると、レベルがさらに一つ上がり、スキルは33。


 ヒロトが知りたいのは、その33の内容であって、数を知ったところで、「大したもんだなぁ」という感想しか抱けないのだ。ヒロトの『鑑定』は、戦闘に役に立つスキルとは到底思えなかった。スキルにもレベル(=スキルレベル)があり、それは相対的なものらしいのだ。


 例えば、スキル『剣技』で、「剣技:8」の者と、「剣技:4」の者が剣で戦えば、確実に前者の方が強い。「剣技:8」と「剣技:7」なら、勝負の行方は状況によって不明な部分があるが、それでも、純粋に剣技のみを比べれば、「剣技:8」の方が上である。

 個人的で絶対的なレベルと違って、スキルレベルは相対的と言えるのだ。

 こと、戦闘に限るなら、敵のスキルレベルを知ることは、勝敗を左右する、重要なキーとなるだろう。


 そのスキル名とスキルレベルが知れないのだから、ヒロトの『鑑定』がどれだけ使えないか分かるだろう。もっと言えば、スキル名が知れない以上、ヒロトの『鑑定』が、一般的な『鑑定』かどうかすら不明なのだ。


 エンゾ所蔵の「スキル辞典」によると、そもそも『鑑定』は、『鑑定(生物』と『鑑定(非生物)』の二つがあり、『鑑定(生物』だと、スキル一覧だけでなく、体力(生命力)も確認できるとのこと。戦闘に関しては、ほとんど丸裸である。

 レベルが上がると、スキル一覧も、パッシブスキル、アクティブスキル、固有スキル(個人、種族特性スキル)の分類さえ可能らしい。


 「(俺の『鑑定』とは別物じゃないか)」


 『鑑定』のレベルが上がれば、表示される内容も変わるかもしれないが、現状、『鑑定』のスキルレベルが分からないのだから、どうしようもない。スキルは絶対的なものである。表示や確認方法は人それぞれだが、スキルレベルが同じならば、、知り得る内容は同じなのだ。


 ちなみに、スキルレベルは、最高10までである。つまり、『鑑定』も、スキルレベル1~10まで。スキルレベルごとの、確認出来る情報については、エンゾの『スキル辞典』にも記載がなかった。


 ヒロトとしては、スキル数が増えすぎて、目立たないうちに、他の『鑑定』持ちの人に、現状のステータスを『鑑定』してもらいたいと思っているくらいである。


 唯一、ヒロトの『鑑定』が優っている点と言えば、一般的な『鑑定』が半径2m以内が発動条件とされるのに比べて、ヒロトの『鑑定』は半径5m以内で発動する点くらいか。

 結果、ヒロトが『鑑定』を使用するのは、種族の確認と、頑張っている人を見つけて、レベルを覗き見する時くらいである。レベルはプライベートなものだから、その人が、どれくらい真剣に生きているかの目安になるのだ。


 「――ちょっと待て。ヒロト、ここから南東の方に足を伸ばしてみんか」


 エンゾは結界魔術を利用したスキル、『探査』が使える。

 結界魔術はドーム状に広がる無属性魔術だが、魔力のドームを広げる時に、周囲の環境情報も術者にフィードバックされる。その時、魔力的な違和感があれば、問題あり、というわけだ。


 「どうかしましたか?」


 「直線で1kmほど先じゃが、数が多い」


 森で1km先というのは、かなり離れているが、行かない理由にはならない。魔道を極める為に必要なイベントが起きるかも知れないのだ。



 ◇◆◆◆◇



 「何でしょうか、あれは」


 「結構大きい集落じゃな。ゴブリンが中心のようじゃが、オーガもおる。オーガの上位種がリーダーかも知れん」


 複数の種類の魔物が群れを作ることは珍しい。だが、起きる時は起きるレベルの出来事でもある。複数種の魔物が群れを作る時は、間違いなく上位種のリーダーがいるのだ。


 「オーガキングはまだ狩ったことがありませんので、期待しちゃいますね」


 「ん? あれは、オーガジェネラルかの。二匹おるぞ。ジェネラルが二匹おるということは……」


 「奥にいますね。」


 「……グレイピテクスじゃの。エルフ族やドワーフ族は、猿王種(さるおうしゅ)とも呼んどる。グレイは結構珍しいぞ。これは確実に狩らにゃならん」


 ゴブリンとオーガの二種類の群れだったら、それほど問題にはならなかったろう。上位種のリーダーはいるが、それほど巨大な群れに成長することはないからだ。群れに食糧を供給出来ないリーダーはリーダー足り得ないのだ。


 ゴブリンもオーガも危険な魔物だし、村が襲われれば、ただでは澄まない。ゴブリン一匹なら大した敵ではないが、二匹いれば、戦闘を日常にしている者でなければ、絶対に勝てないのだ。


 ただ、エンゾもヒロトも、自分達に関係のない村がどうなろうと、大して気にはならない性質であった。その村で、どんな阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられようと、旨い食事が不味くなるようなことはなかった。

 英雄でも、騎士でもない。良くも悪くも、魔術師であった。


 だが、グレイピテクスがいる。

 グレイピテクスは本来、山岳地帯にいる魔物である。マレ大陸では、北の山岳地帯に生息している程度だ。身体が大きく、毛の長い、二本足の猿である。通常は白色ホワイトピテクスだが、上位種になると、体毛が灰色グレイピテクスになる。


「他の大陸から流れて来たやつかも知れん」


「それは興味深いですね」


 ヒロトが異世界に転移して8ヶ月が経ったが、その間、森以外の外出と言えば、定期的にホラントの町に出掛けるくらいである。冒険者ギルドの依頼も、除名や降級されない、最低限しか受けていない。他には、一度、王都にエンゾの用事で着いて行ったくらいである。

 日々の生活は充実しているし、別に苦になる生活でもない。しかし、そろそろ、他の町や、他の大陸も旅してみたいという気持ちも、正直なところ、湧いて来ているのも事実であった。


 「他の大陸」という言葉に、ヒロトの好奇心が刺激される。

 アラトの世界地図は既に手に入れている。隣のウスト大陸にあるアキバ帝国には行ってみたいし、魔大陸にも興味がある。北上すれば、中央大陸の西、西欧平原がある。

 西欧平原は多数の国家が群雄割拠し、戦乱が絶えない地である。いつかヒロトが行ってみたい――ではなく、行く場所である。


 「グレイピテクスがもう一匹っ!? いや、黒い!」


 さすがに、ヒロトの目の色も変わった。

 魔導の養分にしてやる、という意識から、群れが爆発的に巨大化する前に狩らなくてはならない、という意識に変わった。


 「ブラックピテクスじゃな。わしも初めて見た」


 ブラックピテクスは、グレイピテクスのさらに上位種である。群れの規模は500匹ほどだろうか。既に、放っておけない規模である。

ゴブリンとオーガがいて、猿王種がリーダーなら、時間と共に、村どころか、町が落とされかねない。


 距離は二人がいる位置から、100mほど先。


 「ここから狙撃できる数は何匹じゃ?」


 一度の狙撃では、5発が良いところである。目を強化すれば、見えない距離ではない。ただし、狙撃で500匹以上を相手にするのは、効率が悪い。狙撃はマギバッグの中にある、スチールコア弾を使うので、100mの距離は、間違いなく射程だが、衝撃で肉が飛び散るので、周りに気付かれる。気付いた群れはパニックになって、散開するだろう。


 「いえ、狙撃では、逃げられる恐れがあります。二手に分かれて、一気に殲滅しましょう。用意が出来たら、私が音響弾を撃ち上げますので、それを合図に、お願いします」


 ヒロトは狙撃でリーダー格を狩るよりも、大規模魔術での一網打尽の方が、効率が良いと考えた。


 「良かろう」


 「およそ5分後あたりに合図します」


 ヒロトが半時計回りに、エンゾといた場所から飛び出した。


 エンゾから150mほど離れた場所。エンゾがいる場所は、集落とほぼ同じ高さの位置だったが、ヒロトがいる場所は、集落よりは、わずかに高い位置である。


 ヒロトは、目を強化し、ブラックピテクスを見下ろす。グレイよりも身体は小さいのに、存在感は圧倒的である。

 ヒロトはマギバッグから音響弾を取り出すと、空に向けて撃つ。地球の銃器と違って、ヒロトの音響弾は特別だ。発射の際の音はない。スゥーっとゆっくりと上がって行くのだ。耳の良い者なら、わずかに空気を裂く音がするかも知れないが、火薬が炸裂する音ではないので、自然の風の音と変わらない。


 200mほど上空で、「パンッ」という乾いた音が鳴る。


 次の瞬間、圧倒的な魔力の奔流が、ヒロトの周囲に展開する。

 周囲の空気中に漂っていた魔力の素が、うねりのようにヒロトに殺到した。

その時、ヒロトとブラックピテクスの目が合った。ブラックピテクスが振り向いたのだ。魔力の動きを察知したに違いなかった。


 エンゾのいる方向から、放物線を描いて、石の矢が集落に降り注ぐ。石の矢は、その重量もあり、通常の矢よりも威力が高い。矢は位置エネルギーを利用した、強力な兵器なのだ。しかも、石の矢を放ちながら、前面に土魔術で、2m×2m×20cmほどの壁をあちこちに作っている。それを基点に、少しずつ距離を詰めているのだ。壁は魔物から隠れる為と、ヒロトが撃つであろう、石弾を避ける為である。

 さすがは『大魔導師』といったところか。


 ブラックピテクスはヒロトから目を離さない。


 「(『闘気術』か!)」


 闘気術は、体内魔力を身体の周囲に纏う強化魔術の一種である。纏う魔力が体内魔力である為、周囲の魔力環境の変化に敏感である。ヒロトが魔力を集める際に、ブラックピテクスが纏う魔力が反応したのだろう。


 瞬時に、100万発の石弾が周囲を埋め尽くす。わずかにブラックピテクスの目が驚きの色に染まっただろうか。

 狙撃ではなく、殲滅が目的なので、音を気にする必要はない。火と風の混合魔術で、100万発の石弾が集落に撃ち込まれた。ヒロトにとって、絶好の位置からの面制圧。逃れる術はない。


 それでも、ヒロトは次の魔術を展開する。直径20mはあるであろう、巨大な魔法陣が二つ。集落の中心と、その真上に出現した。


 火と土の混合魔術。その魔法陣発動バージョン。


 「溶岩流ッ!」


 赤く溶けた地面が、周囲の魔物も、粗末な建物も、全てを飲み込んでゆく。尚も、吸収した体外魔力を高速展開し続けるヒロト。直径20mの池程度だった赤く溶けた大地は、それ自体が魔力を吸収しながら、規模をどんどん広げ、わずか数十秒後には、直径50mに達そうとしていた。


 「くそっ! 見失ったッ!」


 殲滅が目的なら、たった一匹の魔物に気を取られるべきではない。予定通りの魔術を、最速で展開することが、最大の戦果を上げるコツである。しかし、ブラックピテクスからは、目を離してはならなかった。


 なぜなら、一個の質は万の量を凌駕するからだ。


 魔法陣に魔力を注ぐのを止め、もう一度、石弾を展開する。

 数秒で、100万発の弾丸が、集落の方向へ撃ち込まれた。ゴブリンやオーガたちの、凄まじい叫び声が上がる。


 その時、ヒロトが集めていた魔力が「質」に反応した。

 魔力を集めることと、索敵を同時に行なう、ヒロトの技術である。周囲30mほどなら、ヒロトが集める魔力が、ある程度の生物の存在を知らせるのだ。魔力吸収の副産物のようなものだが、ヒロトは「簡易索敵」として使っている。


 ヒロトの左斜め後ろ。


 すでに、ブラックピテクスが攻撃態勢に入っていた。

 1m以上はあるロングソードも、2m以上の体格があっては、特に大きすぎるとも感じられない。古びてはいるが、ヒロト一人斬るくらい、何の支障もなさそうだ。


 「うわぁあああっ!!」


 ブラックピテクスの魔力に反応したヒロトは、背後を向く暇すら惜しいと言わんばかりに、前に転がるようにして、剣を避けた――かどうかは、確認する間もなく、次の攻撃が横薙ぎにヒロトのマントを裂いた。

 転がりながら、ヒロトはマギバッグの中にある石弾をばら撒く。そして、一セット2000発の石弾を、瞬時に撃つ。


 「ぐギャっ!!」


 2000発程度の数なら、ヒロトは、一瞬で展開できるのだが、命のやり取りの場では、その一瞬が惜しい時もある。速度を上げる為、石弾作成の時間を短縮したのだ。ただし、狙っている余裕はなかった。二セット目発射。


 「(どうして狙いが分かるんだ!?)」


 一セット目の石弾は何発か当たったようだが、二セット目の2000発が当たらない――というより、撃つ時には、すでにブラックピテクスは移動していた。


 魔術師は、距離を詰められたらダメなのだ。少しでも、ブラックピテクスから距離を取る。距離を取りながら、三セット目の石弾を撃つ。三セット目は、放射状に撃つ。狙いはつけない。

 この間、ヒロトは一度もブラックピテクスの方を向いていない。


 「ぐっ!」


 ブラックピテクスが小さな唸りを上げたポイントに、四セット目の2000発が撃たれた。一点ではなく、5m×2mの範囲を面掃射。

 ヒロトがブラックピテクスの方向を見ることはない。ヒロトに集まる魔力が位置を教えてくれるからだ。振り向くことなく距離を取る。五セット目発射。


 「くそッ! こんなっ、ところで……」


 ブラックピテクスが、普通にしゃべったので、ヒロトは驚いた。


 「(高位の魔物はしゃべるらしい。これもテンプレだな。誰に言葉を教わるんだか)」


 声のした方向を向くと、血だらけのブラックピテクスが倒れていた。スチールコア弾が二発、倒れているブラックピテクスに、ドスッ、ドスッと突き刺さるように、撃ちこまれた。


 「名前はあるのかい?」


 (1)RaC:BPC

 (2)LvP:69

 (3)SkL:14

 (4)MgP:61/547


 レベルが69ということは、目の前のブラックピテクスが真剣に生きてきた証拠である。ヒロトは魔物や人を殺すことに、特に感慨を抱くことはないが、高レベルの者に対しては、ある種の敬意を払うようにしている。


 黒い猿王種は、ヒロトを見上げ、その姿を焼き付けるように――


 「リ…ウ………」


 最後は言葉にならなかったようだ。


 「(ん? 今、何かスキルつかったか?)」


 一瞬、魔力的な違和感を感じたが、もはや黒い猿王種(ブラックピテクス)に息はない。

 ヒロトは六セット目の石弾を近距離から撃ち、蜂の巣とすることで、トドメとした。


 このブラックピテクスが何をしようとして、シュバイツ大森林にいたのかは分からない。しかし、真剣に生きてきたことは間違いない。何かを目指して、真剣に生きなければ、レベル69に達するなど、不可能だからだ。

 ヒロトは、ブラックピテクスの死体を、マギバッグに仕舞おうとするも、失敗する。


 「重過ぎるのか……。首と手足、内臓を落としていけば大丈夫か。面倒だが仕方ないな」


 ブラックピテクスはホワイトピテクスに比べると体重は軽いが、それでも300kg以上は優にある。

 マギバッグの容量を考えれば、殺したままの死体では入らない。


 「お、レベルが上がったか? 相変わらず分かりにくい」


 まだ、集落の殲滅は終わっていない。


 集落を見下ろすと、エンゾが一匹の逃亡も許さぬ勢いで、ゴブリンやオーガを炎弾の的にしていた。

 ヒロトは音響弾を一発撃った後、再度、100万発の石弾を展開した。音響弾にエンゾが反応する。さすがに、エンゾに知らせることなく、100万発の石弾を掃射するのは、マズいと思ったからだ。


 石弾発射。


 ヒロトは集落の方向へ、石弾をがんがん撃ち込みながら、近づいて行く。恐怖と混乱で跪いているゴブリンやオーガもいたが、構わず、蹂躙してゆく。

 そして、上半身が黒コゲになった、グレイピテクスの死体を発見した。さすがはエンゾだと、ヒロトは師匠の卒の無さに、感心する。

 グレイピテクスの死体もブラックピテクスの時と同じように、手足を落とし、内蔵も捨てる。

 死体の回収が終わると、周囲を見渡す。


 あらかた、殲滅は済んだようであった。


 

 「これは、直径50m以上あるのぅ」


 巨大な溶岩プールを見て、エンゾが呟く。


 「壁を作って、土石流を流し込む作戦の方が良かったですね」


 集落の奥には、洞窟があった。中からゴブリンが数匹飛び出してくるが、全く問題はない。エンゾが「風斬り」でスパスパ斬ってゆく。凄まじい臭気だが、この為の洞窟が何かは分かっている。


 一番奥に着くと、ゴブリンの子たちが「ギャッ、ギャッ」と鳴いている。20匹以上はいるだろうか。


 「人族がおるの」


 どこからか、さらって来たのだろう。ゴブリンの子に紛れて、人族の女が二人いた。


 オーガは人族の女を捕まえても、犯して食うだけだが、ゴブリンは、人族の女に、子を産ませることが出来るのだ。ゴブリン固有の種族特性スキルがあるらしい。人とゴブリンの遺伝子が混じることはなく、人族の女の腹で育つのは、犯したゴブリンのクローンということになる。

 ゴブリンが蛇蝎のごとく嫌われる理由でもある。


 「殺しておきましょう」


 ヒロトは5000発ほどの石弾を展開し、全てを肉片に変えた。

 ゴブリンも女も一緒くたである。

 

 ゴブリンの子が、生ける屍と化した女の乳房にしゃぶりついている絵は、なかなかに衝撃的であったが、ヒロトにとっては、それ以上でも以下でもなかった。


 ようは、見ていて気分の良いものではないので、殺すことにしただけである。多少気が滅入ることではあるが、魔物の皮を剥ぎ、肉を加工し、食っているのは人族も同じである。殊更に義憤のようなものを感じることはなかった。


 生まれた時の才能や、種族、環境は本人に選べることではない。その種族として、真剣に生きたのなら、人族の女に子を産ませることもまた宿命であろう。それはきっと、人族であろうと、ゴブリンであろうと、同じはずである。


 「一応、ブラックピテクスと、グレイピテクスはバッグに入っています。後で魔核を抜きましょう」


 「うむ。しかし、ここは臭くて堪らん。出よう」



 洞窟を出ると、新鮮な空気を――吸い込むことはできなかった。洞窟の外も、ゴブリンとオーガの死体だらけである。

 集落の端の方では、既に、死体を漁るクモのような魔物や、野犬などが集まってきていた。ひとまず、集落があった場所から離れる。



 森が開けたところで、ヒロトはマギバッグからブラックピテクスと、グレイピテクスを出す。


 「これは……凄いのぅ」


 ブラックピテクスの死体は、撃ち込まれた石弾の数が半端ではないので、蜂の巣にこそなっているが、ほぼ原型を留めていた。ゴブリンや他の魔物が肉片になったのと比べると、桁違いの硬さである。


 「確かに。貫通したのも、至近距離のスチールコア弾のみのようです」


 エンゾが風魔法で、腹を割いてゆく。食べるわけではないので、内臓や性器が傷ついても気にしない。土魔術で自身に水が掛からないように壁を作って、ブラックピテクスの腹の中に水を噴射する。肛門と性器の間に手を突っ込み、魔核を取り出した。


 「直径、4cmといったところかの」


 「大きいですし、形も綺麗です」


 同じように、グレイピテクスの方は、ヒロトが取り出す。こちらは直径3cmといったところ。同じく、綺麗な球形である。


 お互いに、水を出し合い、手を洗う。


 「ブラックピテクスは何をしておったのかのぅ。こいつはおそらく、西欧平原のさらに西にある、ピレト山脈あたりに生息しておる個体じゃ」


 「理由は?」


 「ユウラ山脈の猿王種は、元々はピレト山脈におった種と同祖じゃが、ピレト山脈の方が、遥かに険しくての。ユウラ山脈の猿王種は、グレイにすら変異する例はめったにない」


 ユウラ山脈はマレ大陸の北にある山脈である。ユウラ山脈伝いにユリジア王国に入ったのだろう。ユウラ山脈は一番高い山でも、3000m級である。5000m以上の山々が連なっているピレト山脈と比べれば、温い環境と言えなくもない。人族が住めた場所ではないことは、どちらも同じだが。


 「ユウラ山脈出身なら、たまたま二匹いた猿王種が、グレイとブラックである可能性は低いと」


 「そういうことじゃ」


 倒した猿王種が、ピレト山脈産だったからと言って、二人に何か出来るわけではない。ブラックピテクスには何か理由があって、マレ大陸に渡って来たのだろうが、エンゾやヒロトたちに関係があるとも思えなかった。


 「そろそろ、ユリジア王国を出んか? わしの残された命も、それほど長くはない。最後に、もう一つくらいレベルを上げるのも、悪くないと思うんじゃが」


 「ついに、迷宮。ふふふ。悪くないですね」


 今日のブラックピテクスとの戦闘はともかく、ヒロトとしても、そろそろシュバイツ大森林は温いと思い始めていた。エンゾの年齢は252歳。長命のエルフ族としても、長生きな方である。実際、残された時間は少ないだろう。


 ヒロトと出会って8ヶ月。

 その間にエンゾは、二つもレベルが上がっている。250歳を超える年齢としては、異例である。厳しい環境に飛び込めば、まだ上がるかも知れないというわけだ。


 ヒロトは、生涯の全てを魔術に捧げるエンゾが、誇らしくて堪らない。

 死ぬ瞬間まで、レベルを上げることを諦めていないのだ。まさしく、ヒロトの理想とする生き方であった。


 「西欧平原で、適当に戦争に参加するのも悪くない」


 思わず、「適当に参加するのかよ!」と突っ込みたい衝動に駆られたが、エンゾにとっては、戦争すら魔導を極める為の養分なのだろう。


 「いよいよ、私も迷宮デビューと、戦争デビューですか。胸が熱くなりますね」


 ならば、ヒロトとしても、「俺だって、迷宮だろうと、戦争だろうと、養分にしてやるさ」といった心境である。


 「まずは、王都に行って、それからじゃな。あと、もしわしが死ぬ前にお主がS級になれたら、この森はヒロトに譲るぞ」


 8ヶ月前にB級で冒険者デビューしたヒロトだったが、その後は、降級しない為の、最低限の依頼しかこなしていない。転移したばかりの頃は、冒険者として成り上がることも考えたが、エンゾと生活しているうちに、考えが染まったらしい。

 

 今では報酬やランクを上げる為の依頼は、ただの時間の無駄としか思えなくなっていた。ヒロトは、「レベルを上げる為の依頼だったら、受けても良い」程度にしか考えていない。


 「この森をですか? 良いのですか?」


 ヒロトも、戦闘の実力的にはA級はあると自覚している。しかし、S級となると微妙であった。エンゾと一対一の戦いで負けるとも思えないが、決め手に欠けるのも事実であった。


 今日、ヒロトはブラックピテクスにマントを裂かれたが、エンゾなら、そんな状況にはなっていないだろう。


 魔術師同士――に限らず、戦闘というのは、1秒間に何発の石弾を作れるとか、どれ程の規模の雷撃を落とせるかとか、そういったベンチマーク的、スペック的な比較では分からないのだ。魔術の実力は同じでも、片や接近戦も得意という魔術師がいれば、戦闘はそちらの方が有利に進むだろう。知識や経験が勝負を左右する場面もあるかも知れない。


 「構わん。ただ広いだけの森じゃ。お主に森を譲る件、タレス伯爵と、王都に行ったら、国王にも伝えておくとしよう」


 当たり前の話ではあるが、ヒロトには、エンゾのように、国や各機関へのコネもなかった。その意味でも、ヒロト自身、まだA級の域は出ないだろうと自覚している。S級になる為には、もう一歩、飛び抜けないと駄目だろうと。


 だが――


 「『ヒロト大森林』、謹んでお受け致します」


 エンゾがそれを認めたのだ。

 冒険者ランクなどという、誰とも知れない他人の作った物差しではなく、他ならぬエンゾの物差しにおいて、少なくとも、戦闘に関しては自身を上回ると。


 「大魔導師」エンゾ・シュバイツ自らが、ヒロトをその後継者と認めたということだ。

 


 コーカ暦1815年、まだ雪の残る、2月のことであった。

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