オアフ島
お久しぶりです
今月から急に忙しくなってしまい一か月も空いてしまいすみませんでした
ただこれからもまだまだ忙しく、本編、外伝共にこれ以上の期間空いてしいます
のんびり、時々思い出したら読んでやってください
仄かな月明かりに照らされた灰色の艦隊は、紅く染まった空を認める。まるで夕闇の様である。
それは、昼間に襲来した何百にも及ぶ猛禽類の群れに襲われたために流れ出た血の様に赤々としていた。
恐らくあの下は今も燃え続けているのだろう。
自分の担当箇所で待機している中谷は身震いした。
それは初陣による武者震いでもあったし、これから戦場へ赴くという言い知れぬ恐怖によるものでもあった。
周りを見ると、それが自分だけでは無いのが分かる。
砲台長の本田や、旋回手の田井中吾郎二等兵曹、信管手の田沼三平、同じ砲手の藤田京太郎、沼田次郎、島田栄太、そして伝令の渡辺友蔵三等水兵、大小の差はあれど皆落ち着かないのが窺える。
そしてその緊張の糸は「大和」と「武蔵」によって切られたのであった。
一瞬、辺りが眩しい程明るくなったかと思えば雷が落ちたかの様な轟音が耳を突く。
一拍置いてそれが「大和」か「武蔵」の砲撃によるものだと気づいた時、また同じ様に閃光と轟音がする。
これもどちらかが砲撃をしたのであろう。
時間差がそこまでないのは、地上施設に攻撃を加えるため砲弾の着色料が役に立たないので砲撃のタイミングをずらして弾着観測時にどちらの弾であったかを判別できるように交互に撃っていたためであった。
「とうとう始まりましたね」
中谷が誰にとは言わず呟く。その声はわずかではあるが震えていた。
艦隊は左舷に目標を捉えながら単縦陣で進んでいく。
中谷の乗る「青葉」は露払いを兼ねた先頭に位置し、しかも当の中谷は右舷の第一高角砲に装填手として配置されているためオアフ島の様子を直接覗うことは出来なかった。もっとも、艦隊とオアフ島は30km以上は離れていたのでどの道見ることは叶わなかったであろうが。
しかし、時折聞こえてくる「大和」らの砲撃とは違う、間延びした爆発音や島の上空がより一層紅く染まっていっていることから「大和」らの砲撃は着実に戦果を挙げているのがわかる。
中谷はまるで夢でも見ている様な心地であった。その原因は未だ戦場というのに、敵の姿が見えないことにもあるだろうし、不気味に紅く染まった空が何処かこの世の物で無いような錯覚さえ感じさせているからでもあるだろう。
結局、港湾からは駆逐艦はおろか沿岸警備用の船すら出てこなかった。
しかしだ、角田艦隊に立ちはだかる試練はこれからであった。
倉庫から必要な物を取ってくるために楠田は走っていた。
艦内では景気良く聞こえる大砲の音だが、一度甲板に出るとその音は耳をつんざく狂気だ。
主砲である20、3㎝砲がチカチカ瞬く光に向かって火を吹き、12㎝高角砲の比較的軽く聞こえる音を辺りに響かせる。
敵方から飛んできたのであろう砲弾が、ある時は鈍い音を立てて弾かれ、水中へと吸い込まれる。
ある時は何処かに当たって炸裂し、爆発とそれに伴う熱風と衝撃が艦を襲う。
またある時は鈍い音を立てるだけでが突き刺さるも炸裂せずに不発弾となるものもあった。
その砲弾の雨の中においても楠田は不思議と、不気味なほど冷静でいられた。
しばし見とれてしまう事はあったが、すぐに自分のするべき事を思い出し走る。
「右舷前方に新たに二隻!駆逐艦と思われます!」
「次から次へと…!」
「青葉」に乗る後藤はひっきりなしに湧いてくる米駆逐艦にうんざりしていた。
一度に出てくる数は少ないが、撃破したと思ったら同じかそれ以上の数の駆逐艦が現れる。
旧式とはいえ重巡洋艦で構成されている。しかし、20、3cm砲弾は駆逐艦にとってはかなりの脅威であるし命中率も悪くない。
今のところは二隻あるいは一隻で米駆逐艦一隻を相手しているが、いつまでもそうだとは限らない。
数が増えると劣勢に立たされるのは明らかであり、そうでなくとも敵の巡洋艦が出てきた場合でも旧式である古鷹型、青葉型は力負けする可能性がある。
「これでは埒が開かない…」
艦長の久宗も焦っていた。
「現在の被害状況を知らせろ!」
大和が敵戦艦と砲火を交え始めてから幾らもしないうちに米軍の駆逐艦が現れ、突撃を始めてきた。
勇敢にもたった一隻で突撃してきたのを四隻で集中攻撃をし、あっという間に海の藻屑となったがそこからひっきりなしに駆逐艦が押し寄せている。
「目標、敵一番!」
伝令が射撃指揮所からの指示を枯れんばかり大声で伝える。
「目標、敵一番 ヨーソロー!」
射撃指揮所から指示された通りの角度に旋回手の田井中が砲を旋回させる。
照準が終わると、砲台長兼射手の本田が引き金を引く。
直後に目の前が真っ赤に染め上げられ、砲弾が発射された。まるで顔面を何かで叩かれたかのようだ。
後方の三番高角砲も射撃を開始し、遅れて照準を合わせ終わった主砲も射撃を始める。
主砲発射時の衝撃は例え20.3cm砲でも凄まじいものであり、特に今主砲は中谷のいる右舷に向いているため主砲発射と共に生じる衝撃波や爆音をモロに顔や身体で感じる。
目標の敵艦とは少し距離が離れている様に思えたが、先ほど襲撃した敵の基地が今もなお業火を上げて燃え盛っており、距離もそう離れていないためその炎に敵味方共々照らされているおかげか以前経験した夜戦訓練の時よりは視界は良い様に思えた。
中谷は装填手として他の砲手と共に次から次へと砲弾を装填していた。
訓練の時はその重さと6秒に一発という速さによる疲労や手の痺れによって演習用の弾を落としてしまい、こっ酷く叱られ食事を抜かれたこともあった。
演習用の弾だったため大事には至らなかったものの、実戦であったなら暴発し、最悪の場合は誘爆して轟沈するということもあり得る。
しかし、今の中谷は疲労など全く感じていなかった。いや、正確には感じている暇がなかった。
戦場にいる緊張感、ロボットの様にただがむしゃらに弾を持っては装填することの繰り返し、四方八方で起こる爆発や爆音、とても現実とは思えない様な、まるで夢でも見ている様な奇妙な感覚が中谷を支配していた。
いつしか高角砲の砲撃音も、主砲の砲撃音も、例えて言うならば街の雑踏の喧騒のような、聴こえているのに、聴こえない、しかし、脳からはアドレナリンが分泌されて、認識できるものに対しての感覚はどんどんカミソリの如く研ぎ澄まされていくのを感じる。
しかし、それは唐突に終わりを告げた。
突然、視界に入っていた敵艦が大爆発を起こした。
爆風が「青葉」にも到達し、中谷達一番高角砲に居た者たちは後ろに叩きつけられる。
最初は何が起こったのか分からなかったが、それが敵駆逐艦の弾薬庫が誘爆を起こしたものだと気付くのに時間は掛からなかった。
「大丈夫か!?」
本田が中谷を叩き起こす。
背中を強く打ったが、特に大事になっては無さそうだ。
「大丈夫です!」
「よし、持ち場に戻って戦闘を続行するぞ」
本田はそう言って手早く持ち場に戻る。他の者達もそれに倣って素早く位置についた。
伝令からの指示を待つ、その時、ふと、中谷は目の前の海面を見渡す。
「・・・!」
瞬時に顔から血の気が引くのが分かる。声にならない声を出す。
「ら・・・ら・・・!」
「どうした、中谷!」
その様子に気づいた が不審に思い、中谷に尋ねる。
「雷跡!右舷目の前に雷跡!」
瞬間、一番高角砲に居る者は海を凝視し、凍り付く。
彼らは気づいてしまった。
仄かに赤く照らされた海に、一本の白い筋が伸びていることを、それが自分たちの目の前に向かってきていることを、そしてそれが避けようの無い所まで来てしまっていることを。
一瞬の後に全員が動き出す。
「衝撃に備えろ!」
本田が叫ぶ。
「報告!右舷に雷跡!直撃します!」
「右舷雷跡!」
艦橋でも魚雷接近の報に凍り付く。
「面舵一杯!」
久宗が命令し舵輪が回される、が、それは最早遅きに失していた。
敵地のど真ん中で、しかも味方が少数の中被雷するということは艦隊から落伍し集中攻撃される恐れが多大にある。もしこの夜戦を乗り切ったとしても退避する際に速力が出ずに置いて行かれる。
その場合敵の残存艦艇や航空機に集中攻撃される。
最悪はもちろん、轟沈だ。
艦橋に居た者は覚悟を決める他なかった。
中谷はその白い筋を見つめる。
あと数秒でそれが足元に到達し、炸裂するその瞬間自分の生命は断たれる。
たった数秒で様々な事が頭の中に巡り、洪水を起こす。
それが走馬灯だということに気付いた時、それは「青葉」の右舷中央部に到達し、鈍器で物を叩いた様な鈍い音がした。
目を瞑り歯を喰いしばる、が
何も起こらない。
5秒、10秒経って目を開き、まず自分が五体満足なのを確認する。
次に何故自分に何もないのか考える。すぐに分かる事であった。
「不発弾?」
中谷の答えは間違いではなかった。
米軍の砲弾や魚雷は大戦中盤まで不良品が多く、今回の「青葉」の様に不発弾で助かった事例は幾つもあった。
「仏さんはまだ俺たちの事を見捨てちゃあいねえ!」
本田は恐怖を振り払うかのように叫んだ。
「先程の魚雷は不発!」
見張りからの報告に五藤以下の艦橋に居る者達は安堵する。
しかし、何時までも安心してはいられなかった。
「付近に敵艦はいるか」
五藤が見張りに尋ねる。
「本艦の近くにはいない模様です」
少し置いてから見張りが応える。
「他の艦の状況を伝えよ」
そう命令した時であった。
突如遠方からと思わしきくぐもった爆発音が聞こえた。
音の方を振り向くと、「青葉」の艦橋からでもハッキリと見える程の大きな火柱が立っている。
夜空に高く高く上る火は巨大なきのこ雲となって空へと消えていく。
呆気に取られるほどの光景であったが、次に五藤の頭には一つの懸念が浮かび上がる。
「大和」が撃沈されたという可能性だ。
「至急、各艦の状況を伝えろ!特に「大和」らが無事かをだ!」
五藤の元には次の様な情報がもたらされた。
まず第六戦隊は全艦健在であり、小破以上の損害は無く戦闘航海に支障のない事。
次に第七駆逐隊は「曙」が一隻の米駆逐艦の攻撃を受けるが、近くにいた「潮」と共に反撃しこれを追い払ったこと。
そして、「大和」と「武蔵」は健在であった。
先ほどのは敵戦艦の弾薬庫が誘爆し、轟沈したものによるということが分かり五藤は胸を撫で下ろした。
また現在、ついさっき「古鷹」と「加古」が駆逐艦一隻を撃破し、周りには「大和」らと交戦する戦艦しか確認されていないことだった。
ここまでの戦果は合わせて戦艦一隻撃沈、一隻撃破(後沈没)駆逐艦三隻撃沈、五隻を撃破していた。
ここまでの戦果を挙げられたのは、どうやら米駆逐艦隊は連携があまり取れておらずバラバラに突撃して来たために、各個撃破されたからであった。
これがタイミングを合わせて一斉に突撃をされていたら、第六戦隊から撃破、もしくは撃沈される艦が出たであろう。
「敵戦艦に突撃致しますか?」
久宗が五藤に尋ねる。
「いやこのまま待機だ。引き続き周囲を警戒せよ」
五藤は未だに敵の巡洋艦が出てきていないのが気掛かりだった。
重巡洋艦の中でも旧式で攻撃力、防御力でも他の重巡洋艦に劣る艦で構成される第六戦隊は、他の重巡洋艦が出てきたら撃ち負けるのは明らかだ。
だからこそ、その時の最後の切り札となる魚雷は残しておきたい。
また、戦艦同士の砲撃戦もほとんど決着はついた様なものであった。
敵戦艦が行っているのは最後の足掻きで、これ以上こちらが余計な事をせず被害を増やさないようにするのが先決だと五藤は判断した。
「周囲を警戒、特に敵巡洋艦には注意せよ」
敵戦艦はよく粘る。
まだ終わらないかまだ終わらないかと五藤はヤキモキする。
既に敵戦艦は火の手に覆われているが、生き残っている砲があるのか、砲声は絶えない
が、とうとう敵戦艦は力尽きた様だった。
みるみるうちに「大和」らの後方に流れていき、遂には火災で煌く炎が少し夜が明けてきた空に映えるのみである。
砲声も、喧噪も、何も聴こえない、静かな朝だった。
次回は日常パート的なもの
本編、外伝共にまだまだ序盤の序盤なのでいつ終わるやら・・・