コーヒーと夕方
あんみつかええやん。率直にそうおもう。
「すみませんお姉さん、パンケーキ追加で。」便乗しておく。
ピリ眼鏡はめずらしく眼鏡の奥の瞳をまんまるにしているが、何事もなかったように話をする。
「先方、いい人でよかったですね」
「……ああそうだな」
やばい話のネタがない。既に天気ネタは来る時の車内で散々しゃべりつくした。こいつ相手に何をはなせばええんや。個人情報に関することは絶対に言いたくないし、こいつに海外ドラマ(刑事もの)のブロマンスの尊さなんて話しても欠片も伝わらないだろう。語っていいなら語るけどええんか。軽く半日かかる。ドラマの放送時間の何倍もしゃべり倒す自信がある。そうでないと!このパッションは!!おさまりませんので!!!
脳内会議がヒートアップしてきたころにピリメガが勝手に話し出した。
「…普通、2人きりになると…」
「…?」
「いままでプライベートでも仕事でも女性と2人きりになるとアプローチを掛けられたのだが、安藤はそういったものは欠片も感じさせないな」
お祭り状態だった脳内会議が一気に凍てついたのを感じる。表情が早朝に家の前に落ちていた吐瀉物を見るような顔になっているかもしれない。口からも吐瀉物を出さないためにお冷を口に含んで落ち着ける。
「…それは竹中さんがモテていることの自慢でしょうか」
女性にモテるならきっと男性にもモテるはずだ。お金なら言値でだすので男性との絡みを見せてほしい。大奥の抱き合えの場面を再現したい。
「…そうではない。いままでこんな状況で誘われなかったことがないからだ」
「女性側にも選ぶ権利はありますよ」
おっとうっかり。ついうっかり。でてしまったものは仕方ない。何とかごまかすしかない。がんばるんだ私の語彙力。
「近年、ダイバーシティ等多様化を求められる社会となってきました。またそれを掲げる企業も多く出てきています。しかし、いくら掲げようと個人の無意識の認識をぞれぞれが気づき学ぶことができなければ変化はあり得ません。例えば、コンビニの店員。入ったコンビニに店員が全員外国の方だと違和感を持つ人もいます。別に店員がすべて外国の方になればいいといっているわけではありません。ただ店員は日本人しかいないという認識を改めるべきです。」自分でも言っていてわけがわからなくなっ
てきた。ちなみにダイバーシティはdiversityでcityではないので注意。前間違えて恥かいた。
「性別と性的思考についても同様です。女性が全員男性のことが好きであるという認識は正しくはありません。同性を好む人もいれば、自分の性別を超える人もいます。」多少強引にでも終着させるしかない。
「…つまり安藤は同性が好きなのか」
「違います」
こいつはぽんこつなのかとおもいながら、この話の流れだとそう思われてもしかたないのかと考える。
「性的対象はどうであれ、認識が違うということです。いままでの方は竹中さんのことを対象に見ていらしゃったのかもしれませんが、私個人としては対象以前の問題で、上司と部下という立場がきますしその他は必要ではないと考えています。」…ま
とめられたのか?いささか疑問符が付くがもうしょうがない。
また沈黙が続くが、お姉さんが注文したものを持ってきてくれた。神の助けか。
出てきたパンケーキは最近のはやりのしゅわとろ系ではなく、昔ながらの喫茶店のパンケーキだったのでよかった。
しゅわとろ系もおいしいらしいが、昔の考えなのかもっと火を通したくなる。おなか壊さないか心配。
食べ物を注文していてよかった。食べている最中に会話は必要ない。女子高生のように食べ比べをするつもりもない。
おかげさまで完食まで会話をせずに済んだ。
完食後、有無を言わさず割り勘で会計する。そして車に乗り込み、会社に戻る。
ピリピリ眼鏡は考え込みながらあんみつをのろのろ食べ、コーヒーを啜っていたが、車に乗り込んで神妙そうに口を開いた。
「…俺はいままで恋人をきらしたことはなかったが」おっ。また自慢話がはじまった
ぞ。
なぜかここで息を切った。
「…いつも想像と違うという理由でふられる」へへっざまあみろ。
さらにぽつぽつと話す。
「…相手から強引にしてほしいといわれるが、できない」
「むしろ相手に強引にしてほしい」
おっとMだったか。