始まりは突然に。
私の中で時が止まった。
目の前には笑い合う男女。
そして、呆然と立ち尽くす私。
女の方と目があった。
私は慌てて下を向いて歩き出す。
平然を保たなくては…。
コツコツと足音が近付きあうたびに
私の鼓動は加速する。
すれ違い様に舌打ちの様な音が聞こえた気がした…。
それが私の被害妄想なのか現実なのかもう区別などつくはずがない。
何故ならこのときの私の精神状態は異常であった。
正確な判断などできるわけがない。
『はぁ…』
思わずため息をこぼす。
自分の胸に手を当てて動機を落ち着かせた。
アイツ…なんなの本当に…。
勢いよく上を向くと眩しくて少し立ちくらみがした。
非常に頭が重い…。
『大丈夫…??』
隣を歩いていた親友が私の顔をのぞき込む。
『えぇ…少し、気分が悪くなっただけよ』
『なら…いいけど…』
心配そうな目で私を見つめる。
私は真美にぎこちなく笑ってみせた。
これ以上、親友は何も言わない。
私が何を言っても答えないのが目に見えているからだ。
親友に迷惑だけはかけたくない…。
私はよたよたと歩きながら
再びため息をついた。
アイツの近くを通ることが怖くなったのはいつごろからだろうか??
あぁ、そうだ。
ビビッと頭になにかが走った。
思い出したくない記憶を思い出した。
これは、おそらく2ヶ月前のこと…。
『俺、彼女できたわ』
私はスマホをいじる手を止めた。
電車の中が少し揺れた。
『えっ…??』
『だーかーら、彼女できた』
私は彼から目をそらした。
行き場のない黒目をうろうろさせ、彼に背を向け外の景色を眺めた。
少なからず私は彼に好意を持っていた。
知っていた。私がただの友達であることくらい。
でも…ショックだった。
『ホモじゃなかったの??』
私はこの動揺を悟られないようにおもしろおかしく言葉を返した。
『真剣な顔で言うなよ』
『結構、真剣よ』
真面目な顔をして彼の目を見た。
彼の言葉を嘘と信じたくて…。
でも、彼の顔つきでわかった。
これが、本当なんだと。
『はい、真剣なのね。わかったわよ。』
私はわざと明るく振舞った。
そうでもしないと、この想いに気づかれそうで怖かった。
電車は、止まらない。
でも、私の中の時間はここで停止した。
そう思うと〝友達〟として彼と過ごした日々が脳裏に走った。
きっと、彼は覚えてないだろう。
あの、大雨の日の出来事を。
でも、私には忘れられなかった。
どうしても…。
不意に涙がこぼれそうになった。
しかし、彼の前で泣くわけにはいかない。
下唇を噛み締めて涙をこらえた。
隣で彼女と連絡を取り合う彼を見て
私の胸はさらにしめつけられた。
大丈夫…学校に行くまでのしんぼうだ。
必死に自分に言い聞かせつり革をさらに強く握った。
学校についてからの記憶はほとんどない。
親友にこのことを話して少しだけ、本当に少しだけ泣いた。
やっぱり、好きだったのか…と。
改めて実感した。
しかし、たかが失恋ごときでへこむ私ではない。
『新しい恋に向けてがんばりますか』
ぽつりと呟いた。
そして、放課後。
誰もいない渡り廊下へ行った。
梅雨特有のじめじめとした空気が肌にくっつく。
非常に蒸し暑い。
ネクタイを少し緩めて、第二ボタンを開けた。
そして、長い髪を束ねる。
『あっつい…』
夏はきっともうすぐそこまで来ている。
私は大きく伸びをした。
その時ハッと気がついた。
『今日、図書委員の当番じゃん…』
私は慌てて制服を整えた。
そして、私は駆け出した。
廊下を走っているとき
見覚えのある人影が見えた。
アイツは…
彼の彼女だ。
私は思わず顔をふせた。
彼女の目の前を通り過ぎようとしたその時
何か音が聞こえた。
私は確信した。
これは、舌打ちだと。
私は怖くなった。
そのまま転げ落ちそうになりながら
慌てて階段をかけおりた。
今のはなんだったのだろう…
司書さんの手伝いで本の整理をしている時も
あのことが頭から離れなかった。
ひんやりとしたクーラーの風で少し頭を冷やしてみた。
しかし、結論は変わらなかった。
あれは絶対に舌打ちだ…。
やっぱり、彼女からすると小学校から同じで彼とかなり親しい私のことが腹立たしいだろう。
だからって…。
考えれば考えるほどわからなくなる。
思わず、大切な本を落としそうになった。
図書室から出て荷物を取りに帰ろうと教室に戻ろうとすると彼がいた。
『珍しいな、お前がこんな時間まで学校にいるなんて』
『図書委員の仕事があったのよ。それより、あなたこそ。部活じゃなかったの??』
『生徒会の仕事があったんだ』
普通に話をしていた。
本当に普通の会話だ。
やましいことなど何一つない。
『…』
知らなかった。このときは。
彼女に見られていた…なんて。
彼と他愛ない会話ができなくなる…なんて。
『じゃあ、帰るわ。生徒会の仕事がんばって』 『おう』
私たちは逆方向にそれぞれ歩き出した。
互の足音が遠ざかっていく。
私はスクールバックを持って
足早に学校を去った。
今日の出来事がただの考えすぎだったと信じて…