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『そば地球スイッチ』【掌編・コメディ】

作者: 山田文公社

『そば地球スイッチ』作:山田文公社


 私は定食屋に入った。メニューには“そば”“うどん”の二つが壁に張り付いていた。表の看板は“めし”と書かれていたのに――少なくとも“めし”という表記である以上はご飯ものを提示するのが正しい、これならば“めん”と書くべき――である。こういう場合は店を出るべきである。しかし手近なテーブルの下から椅子を引っ張りだして、腰掛けてしまうのは、恐らく習性と呼んでも差し支えないだろう。

 少なくともこの時点では淡い期待をしていたのだ。だから店主がメニューを持たずに注文を聞きに来たので、私は慌てて“そば”と答えてしまった。店主が茫洋とした態度で厨房へ戻って行くのを見送ってから、自分の犯した錯誤に気づいた。そうなのだ――そばには2種類ある、それは“温かいそば”と“冷たいそば”である“温かいそば”は、どんぶりに並々と汁が注がれて、その中をそばが泳ぐような格好に対して“冷たいそば”は、ざるにそばが盛られていて、それをつゆにつけて食べる代物……つまり“ざるそば”だ――そばとはつまりは“温かいそば”なのだ。どうしてもそばと聞くと“ざるそば”を思い出し、すぐさま間違いに気づくのだ。だから今回も同様に間違えたのだった。気が弱い私はこういうとき何も言えないので、しかたなく間違えた品が出てくるのを待つのだ。このときの時間の長さと絶望感は筆舌に尽くし難い。とはいえもう店主は熱い汁をどんぶりに注ぎ、茹で上がったそばをどんぶり放り込んでいる。今更ながら“うどん”とも言えない。そして店主は案の定どんぶりを手に私のテーブルへとやって来きて言うのだ。

「そばお待ち」

 私は当然ながら待ってなどいないし、食べたくもない……無論口にはできないが……誰知らず恨めしい目になるのを堪えた。しかし置かれたどんぶりは、もうもうと湯気を立て鰹と昆布の香りを漂わせながら、テーブルの上に召し上がれと言わんばかりに鎮座して私を待っているのだ。告白すればわたしは熱い物はとんと駄目で、猫舌とも言えるほどに熱い物は苦手なのだ。泣く泣く箸を手に取り、どんぶりを手に持ちそばをすくいあげて、口をすぼめて息を吹きかける。おそらく少し息を拭く程度で食べるのが見栄えがとても良いのだろうが、見栄えなど気にするほどの余裕はない。みすぼらしく何度も息吹き付けて冷やす様子は滑稽だろう。私がのろのろと二口三口と食べるのを見て、堪りかねたのだろうか店主が小鉢を手にやって来てテーブルに置いた。

「良かったらどうぞ」

 このことを恥じるべきか感謝すべきか悩むところではあったが、私は素直に店主へと礼を述べた。言葉を受けた店主は後ろでに軽く手を振って再び厨房へと帰っていく。

 それを見送り私はさっそく小鉢にそばを移して冷やして食べる。こうして食べるとそばの香味が感じられる。熱すぎず冷えすぎず――熱すぎると香りが無い、冷えすぎていると味が無い、だから中間――がそばには一番良い。こうして私は店主の好意に助けられ200円のそばを堪能できたのであった。

 

 帰り道に私は南の空から光りの円盤が北へと飛び去って行くを見た。最初は錯覚だと思っていたのだが、どうやらそれは見間違えではなく実在しているらしい、近所の書店に“怪奇!! 未確認飛行物体”と背表紙に書かれた本を見つけた。手にとって中身を見てみると数多くの写真は確かに、私が見た物と同じなのだ。私はその本を手に取り会計を済ませて自宅で何度も読み返した。要約した内容は如何に抜粋してある心して閲覧して欲しい。


●地球から3光年ほど離れた惑星キュプロスが地球へ向かっている

●キュプロスの科学力は地球の遙かに進んだ文明で、文化も非常に発達している。

●地球の状態を確認したのちに、場合によっては侵略する事もある。


 恐ろしい……私はこんな恐ろしい事態が迫っているとは知らずに暮らしていたのだ。私はすぐさま防衛庁に電話して確認したが、説明するたびに待たされて、違う部署へと担当が変わる度に説明するのだ。業を煮やした私は怒鳴るようにして問いただすと『悪戯に付き合うほどひまではないのです』と言われて、電話を一方的に切られた。

 このような恐ろしいことがおきているのに、皆が我関せずを決め込んでいた。私はプラカードを掲げて街頭で叫んだ。何度警察に捕まろうとも、伝えなければならなかったのだ。そう恐ろしい未来を……21世紀には人類は滅亡しているかもしれない……止めなくてはならない。しかし誰も見向きはしなかった。やがてそれは“アンアイデンティファイド・フライング・オブジェクト”の頭文字と取って“UFO”と呼ばれるようになった。そう恐ろしい事に海外でも確認されはじめたのだ。時を同じくして書店では“ノストラダマス”という予言者が21世紀を迎えずに人類は滅びると予言したのだという、しかもその数多くの予言はどれも的中しているのだ。

 私は驚愕し戦慄した。世界は終わるのだ。夢も希望も崇高なる思想も積み上げてきた歴史も全て無に帰す。全てが無くなってしまうのだ。それは絶望だった。私はそらから宇宙人が降りてきて地球人と戦争を始めるとばかり想像していた。しかし全て間違っていた。

 

 ある日玄関のチャイムが鳴った。恐る恐るドアスコープを覗くと見知らぬ男が立っていた。ドアチェーンをかけてゆっくりと扉を開けた。

「あのー宅急便なんですが……」

 男は手に荷物を持ったまま謎の言葉を呟いた。私は男の名前と目的を聞き出した。

「配達員の嵯峨山と申します、今日はお客様のお荷物をお届けにあがりました」

 男は嵯峨山と名乗り、荷物を届けに来たと言っている。しかし荷物は郵便局の仕事のはず……恐る恐るとなぜ郵便局ではないのかを問うた。

「郵便局とは別の配送サービスを行っている会社でして……こういったサービスを行っております」

 そう言い嵯峨山は紙を差し出してきた。そこには色々と何かが書かれている。

「申し訳ありませんが、荷物の引き渡しを行いたいので、こちらにサインして頂いてよろしいでしょうか?」

 嵯峨山は紙とペンをさしだしてきた。私はペンと紙を受け取った。

「こちらの枠にお名前かご名字だけでも結構ですので、一筆頂けると引き取って頂いた証明になりますので、お願いいたします」

 私は嵯峨山の顔と紙を何度も注意深く見た。そして手早く名前を書いて渡した。

「ありがとうございます、ではこちらが荷物のほうとなります」

 そう言い嵯峨山は段ボール箱を見せた。私はドアチェーンを外して荷物を受け取った。

「ありがとうございました」

 頭を深々と下げて嵯峨山は帰っていった。


 荷物を手に持ち居間に戻りながら伝票を見ると差出人には確かに“キュプロス星人”と書かれていた。私は戦慄し、荷物を落とした。彼らの技術力をもってすれば私を見つける事は容易なはず、とうとう私は彼らに見つかってしまったのだ。落とした荷物を開けるとそこにはスイッチが入っていた。スイッチには“滅亡”と書かれ、透明なカバーに囲われて赤いスイッチを誤って押さない設計になっていた。

 とても強烈な誘惑だったけど、1999年7の月に私はスイッチを押す事は無かった。


 こうして私は地球を救った。誰にも知られてないが私は地球を救ったのである。スイッチは居間も押入に眠っている。

本当にお読み頂きありがとうございました。

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