第86話 お泊まりしたいクールさん
「それでね、それでね。その時れーくんって――」
「ああ、そう言えばそんなこともあったなあ」
「だよな。あの時はさすがに驚いたぜ」
お茶を飲みながら四人で雑談する。
話の内容は自然とこれまでの怜についてのことになる。
「むぅ……」
時折不満げな呟きが桜彩の口から漏れるが他の三人は気が付かない。
三人の過去の思い出ということで、当然聞き手に回ることになる桜彩は、三人の会話に少し寂しさを感じる。
もちろん自分の知らなかった怜のことを知ることが出来るのはそれはそれで楽しいのだが。
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「でねー、その時の仕草が普段のれーくんと違ってもう可愛くって可愛くって」
「おいこら蕾華。そこまで話すことはないだろ」
自分の恥ずかしい過去を話されそうになって慌てる怜。
昔から仲の良い相手というだけあって、黒歴史を含めて良く知られている。
これ以上余計なことを言うなと蕾華を軽く睨む。
すると蕾華は良いことを思いついたというような笑みを浮かべた。
「きゃー、れーくんが怒ったーっ。助けてりっくーん」
怜から逃げるように蕾華が陸翔に抱き着く。
顔は笑っているし仕草はわざとらしい。
どさくさで顔を陸翔の胸にこすりつけている。
「おー、よしよし、怖かったなあ。安心しろ、オレが付いてるぞ。……おい怜、蕾華を怖がらせるなよな」
胸に飛び込んできた蕾華を抱きしめて頭を撫でる陸翔。
腕の中では蕾華が猫のようにゴロゴロと甘えている。
「別に怖がらせてねえよ」
「何言ってんだ。こんなに怯えてるじゃねえか」
「お前の目は節穴か」
こんなにと言われても顔がニヤついているので全然怯えているようには見えない。
陸翔もそれを分かっているので言葉と違って顔は嬉しそうだ。
「……抱き着かれて嬉しいとか思ってるだろ、内心」
「まあな。怜、ナイスアシスト」
親指を立ててニッと笑顔を浮かべる陸翔。
あいかわらず蕾華は陸翔の胸に顔をこすりつけるようにして甘えている。
「……何度も言うけど、過度ないちゃつきは目に毒だからな。俺だからこそ微笑ましく思ってるだけであって」
横にいる桜彩の方を指差しながらそう指摘する。
陸翔と蕾華のスキンシップに桜彩は顔を赤くして黙り込んでしまっていた。
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蓮の言葉に陸翔と蕾華ははぁ、とため息を吐く。
よくもぬけぬけとそのようなセリフを吐けるものだ。
「……いや、怜とさやっちもそんな感じだよな」
「……れーくんとサーヤも自然にいちゃついてるんだけどね」
先ほどのキッチンやリビングでのやり取り思い出しながら二人は小さく呟いた。
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「……もうこんな時間だな」
「ホントだ。それじゃあアタシ達は帰るね」
時計を見るともう二十時を回りそうだ。
楽しい時間は進むのが早く感じるとでも言おうか、結構長く話していたことに少し驚いてしまう。
「でもさ、本当はアタシとりっくん、れーくんの所に泊まろうと思ってたんだよね」
「そうそう。ヤバそうなら側にいた方が良いと思ってよ」
「そうなのか?」
「えっ!?」
二人の言葉に怜と桜彩は驚きの声を上げる。
この二人が怜の所に泊まることは何度かあったのだが、連絡なしということは一度もなかった。
「うん。れーくんの体調が良くなってなかったら一緒にいた方が良いかなって思って」
「そうそう。だけどもう調子良さそうだしさやっちが側にいるんなら大丈夫だろ?」
「まあもう問題ないけど」
もう熱も下がったし頭痛もなくなったのでいつも通りだ。
念の為に夜のトレーニングは休むつもりだが。
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(……そっか。二人共泊まるつもりだったんだ)
自分とは違い、当たり前のように怜の部屋に泊まることが出来る二人を少し羨ましく思ってしまう桜彩。
(私も怜の部屋にお泊まりしたいんだけどな……って私、何考えてるの!)
さすがに年頃の異性の部屋に泊まり込むのが非常識なのは理解している。
まあすでにお互い相手の部屋で一晩過ごした仲なのだが。
もっともそのシチュエーションとしては、不審者騒動と看病というイレギュラーな事態によるものだ。
「ですが二人共、泊まるにしては荷物がないのでは?」
気を取り直して二人の持って来た荷物を眺めながら桜彩が聞く。
陸翔と蕾華が持って来たのは怜を看病する為の物や夕食の食材、それにおそらく財布等の小物が入っていると思われるポーチのみだ。
見たところ着替え等は見当たらない。
「ああ、そーいうのは全部こっちにあるから」
「うん。アタシもりっくんも泊まるのに必要な物は全部れーくんの所に置いてるから」
「え!?」
「そっちの部屋にアタシとりっくんの荷物が色々と置いてあるからね」
寝室ではない方のドアを指差す蕾華。
2LDKの怜の部屋を桜彩は何度も訪れているが、まだそちらの部屋には入ったことがない。
当たり前のようにそう説明する二人に桜彩は再び驚いて声を上げる。
泊まるのに必要な物、というのは当然着替えも含まれるだろう。
もちろん、女性である蕾華の下着も。
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「そ、そうなの……?」
「ん、まあ。あ、陸翔と蕾華の私物の箱にちゃんと鍵は掛けてるぞ」
おそるおそる問いかけてくる桜彩に、怜はそうだと頷く。
「うん。まあれーくんなら信用してるしアタシやりっくんは気にしないんだけどね」
「そうだな。まあそこは怜としても礼儀として譲れない所だって言ってたな」
怜としては蕾華が女性として魅力的であるとは思っているが、それ以上に陸翔の彼女であり自分にとって大切な親友である為に全く劣情などを催したりはしない。
性差を感じない大切な親友であり、女性としてのカテゴリーに蕾華は入っていない。
「ふーん……」
桜彩としてもそれはもう分かっているのだろうが、それでも少し不満そうな目で怜の方を向く。
「ま、まあとにかくもう大丈夫だから。二人共本当にありがとな」
これ以上この話題を掘り下げられたくない怜が話題の修正を試みる。
とはいえ二人に感謝しているのは本当だ。
「構わないって。なあ蕾華?」
「うんうん。それじゃあサーヤ、れーくんのこと、よろしくね。無茶しそうならちゃんと止めてね」
さっさと荷物をまとめて玄関の方へと向かいながら桜彩へと後のことを頼む二人。
桜彩になら後を任せても大丈夫だろうという信頼か。
「はい! 任せて下さい!」
頼られた桜彩が任せろ、という風に力強く頷く。
やはり普段とは違うその姿に陸翔と蕾華も笑ってしまう。
「あ、そうだ。サーヤ、今日はこの後どうするの?」
「はい。今日は怜が寝てから自室へと戻るつもりです」
「いや、別にそこまでいなくていいぞ。桜彩も疲れるだろうし」
「ううん、怜が無理しないようにちゃんと寝るまで横にいるからね」
桜彩としてはそこは譲れないらしい。
それを聞いた蕾華は『良いこと閃いた』とばかりに目を輝かせる。
そしてとんでもない提案をしてきた。
「うんうん。確かにれーくん無理する時は無理するからね。あ、そうだ。ならさ、念の為にもう一晩泊まったら?」
「あ、それ良いな。もし風邪がぶり返してもそれなら何とかなりそうだし」
「えっ!? そ、そう……ですか……?」
「ちょっ、二人共……!」
余計なことを言った二人に抗議しようとする怜。
しかしそれより早く、今日何度目か分からないほどに顔を赤くした二人が狼狽えたのを見て、陸翔と蕾華はさっさと玄関の扉を開く。
「それじゃーなー」
「またねー。れーくん、サーヤ」
それだけ言って返事も聞かずにとっとと玄関の扉を閉めてしまった。
「…………」
「…………」
残された怜と桜彩に出来るのは、閉まった扉を呆然と眺めるだけだった。




