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黄金の荊棘 〜下町の絵画修復家、ナチスの遺産と巨大組織の陰謀に挑む〜  作者: 秋澄しえる


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第34話「消えた帰路」

 小声で鳴海が倉橋に聞いてくる。


「これからどうするっすか」


「どうしようなぁ。もっと時間かかると思ってたから、新幹線のチケットも16:29出発のだよ」


「ですよねぇ」


「お預かりさせていただければ、調整させていただくことは可能ですが」


 廊下で待機していたであろう、執事風の初老の男性から声がかかった。


 鳴海の感想は、銀縁の眼鏡が妙にかっこいい人らしい。


「お願いできますか?」


「はい。もし、このまま東京にお戻りになるのであれば、仙台駅発13:29のはやぶさに変更手続きをさせていただいたうえで、お送りさせいただく車内で昼食をとれるよう準備させていただくことが可能です。いかがいたしましょう」


「はい…それでお願いします」


「承りました。それでは準備が整うまで談話室でお待ちください。ご案内いたします」


「鳴海もそれでいいよな」


「いやいや、こんな至れり尽くせり、断る選択肢はないっしょ」


「だよな。おれも仙台駅で、お土産の『萩の月』買えればそれでいいや」


「あ、それいいっすね」


 気が楽になった二人は、帰りの車の中でサロンを2本も開けていた。


 昼食用と持たせてくれた弁当が、高級なつまみ兼用な内容だったため、想定以上に酒が進んだ。


 1959年と1988年のヴィンテージもこうなってしまえば形無しだ。


 二人ともアルコールに強いため、顏にでるようなことはない。


 多少酔いが入ったかなという程度だ。


「倉橋さん、その包み預かってもいいっすか?桐嶋さんが早めに組成成分を知りたいそうなので、東京についたらその足で本庁に戻ります」


「おまえ、完全に忘れてたな。酒入ってるし」


「このくらい東京に着くころには、ほぼほぼ抜けてるっすよ」


「水たくさん飲んでおけば大丈夫か。じゃあ、任せた」


「任されました。藤堂さんに電話するっすよ」


「ああ」


 予定よりも早い時間につきそうなので、倉橋も奏に連絡することにした。


「あ、奏か。4時頃には着きそうだ」


「ん?早くない?桐嶋クンのとこには行かなくていいの?」


「ああ、鳴海が行ってくれる」


「じゃあ、大丈夫だね!それなら今晩は僕が夕食を作るよ!なにか食べたいのない?」


「お!それはうれしいな!」


 倉橋は瞬時に冷蔵庫の中身を思い起こした。


 倉橋家では、夫、慎太郎がほぼ食事を作っているため在庫を一番把握しているのも倉橋慎太郎だ。


「…あ、あれがいい。肉じゃがと卵焼き」


「ベタだなぁ、本当にそれでいいの?」


「それが食べたいねぇ。特に卵焼き。奏の作る卵焼きが食べたい」


「わかったよ!じゃあ、腕によりをかけて作るよ!楽しみにしてて!」


「よろしくな」


 倉橋の電話が終わると鳴海が冷やかしてきた。


「車内の温度が急激に上がってないすか?熱すぎるんすけど」


 鳴海の言葉の意味に気が付いた倉橋が苦笑する。


「おまえも早く見つけろってことだ。藤堂さんも桐嶋さんもおれも、みんなここぞと思った人にアタックしまくって射止めている。おまえも頑張れ!」


「いつも頑張ってるつもりなんすけどねぇ…あ、それはいいとして、藤堂さんが迎えの車を用意してくれるらしいっすよ」


「ん?鳴海は仮にも仕事で警視庁に向かうわけだからわかるが、おれもか?」


「用心のためだそうですよ。合同捜査本部も必死に容疑者を探してるそうですが、なかなか見つからないみたいっすね、やつら」


「そうか」


「アジトらしきところも、まだ一つも特定できていないらしいっす…なにしてるんだか」


「まぁ、そういうな。それだけ敵さんも巧妙なんだろうさ。日記からすれば、かなり大きな組織だ。無理もないさ」


「そうかもしれないすねぇ」


 そうこうしている内に仙台駅に着いた。


 二人は礼を言い、新しいチケットをもらってから新幹線ホームへと歩いて行った。


◆◇◆


 倉橋家。


 四谷の駅からは奥まったところにあり、比較的静かな場所だ。


 マンションの中層に部屋をもつ倉橋夫婦にとっても住みやすい街だった。


「さて、そろそろ支度し始めますか!」


 エプロンをし、腕まくりした奏が気合いを入れている。


 今日作るのは、肉じゃがと卵焼き、オクラと山芋と梅干の和え物、ひじきの煮物とご飯とみそ汁。オクラは買っていたのを覚えているし、他の材料もあったはず。


 倉橋家では、おかずが洋風だろうと和風だろうと、ご飯とみそ汁は欠かせない。


 逆に二人ともご飯とみそ汁さえあればなんとかなると思っている人たちだ。


 ひじきを戻している間に、奏が手早く様々な下ごしらえをしていく。


 奏は料理がヘタなわけではない。むしろうまい方だ。しかし、旦那の方がはるかにうまいため、それを食べたくて普段はなにもしない。


 だから、今回の場合のような時は、奏が率先して腕をふるう。


「あ、慎ちゃん、冷蔵庫の中身わかってて言ったな」


 野菜庫の中を見て奏は確信した。あまり緑物が残っていなかった。


 倉橋家の肉じゃがは、牛肉とじゃがいもと季節の緑物だ。たまねぎも人参も入らない。野菜庫にある緑物は、ささぎとオクラと三つ葉とレタスだけだった。


 ささぎを肉じゃがの添え物にし、三つ葉の茎を細かく刻んで卵焼きに、みそ汁は三つ葉の葉と豆腐にすることにした。


 牛肉もあらかじめフライパンで火を入れておく。


 余分な脂を落とし、主役のじゃがいもを引き立たせるためだ。


 二人ともじゃがいも好きなだけに、そこはゆずれないポイントだった。


 あらかた準備が終わり、最後の仕上げを残すのみとなったのが午後4時。


 あとは旦那様が帰ってくるのを待つだけ。


 早いけど午後6時くらいに夕飯にしようと奏は考えていた。


 しかし、なかなか帰ってこない。


 電車なのかタクシーなのか聞いておけばよかったと奏は後悔していた。


「慎ちゃん、まだかなぁ…遅いなぁ…」


 その晩。


 倉橋慎太郎が愛妻の元にたどり着くことはなかった。


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