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黄金の荊棘 〜下町の絵画修復家、ナチスの遺産と巨大組織の陰謀に挑む〜  作者: 秋澄しえる


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第30話「最後の肉親」

 午後2時半。


 桐嶋は相変わらず、祖父の日記と格闘していた。


 翻訳したことが間違っていたとは思わないが、やはり原文を読むのとはニュアンスが違う。


 結局、日記帳に穴が開くくらい読み込んでいた。


 同室にいるキャリーはといえば書類の山と戦っている。


 どうやら、ミラーによって、キャリーが隠していた財団に提出する未決済書類や報告書が大量に見つけられたらしい。


 最初、勢いのまったくない言い訳をしていたキャリーだったが、おとなしく処理することにしたようだ。


 今の二人を見ていると、ミラーが家庭教師のようだなと桐嶋は思った。


 そういえば二人の関係性がよくわからない。


 エドガーとデイビスは完全に護衛として職務に徹しているのがわかるが、ミラーだけはキャリーへの距離感が近い。


 ただの護衛兼秘書とは思えないのだ。


 疑問に思った桐嶋は、この際だからと聞いてみることにした。


「ミラーは、キャリーと以前からの知り合いなのか?」


 ふいの問いだったが、あわてもせずミラーは応える。


「母が、家政婦として長年ウインストン家にお世話になっている関係で、私も幼少の頃からお嬢様のことはようく存じあげております」


「道理で。理解したよ」


『ソフィア様のことも存じあげております』


 そう言いそうになったが、寸前でミラーは自制した。言う必要はない言葉だ。


 桐嶋の電話が鳴った。藤堂だ。


 キャリーの邪魔にならないよう、寝室に向かいながら受話のボタンを押した。


「お疲れ。どうだった?」


 周りに聞こえる音からすると、藤堂は車の中のようだ。


「消防関係の対処も駒込署への根回しも隣近所の挨拶も全部終わったぞ。とにかくだ!おっちゃんおばちゃんの話は長いな!おかげでいろんな話が聞けたけどな!」


「話?」


「おまえさ、学生時代の友人で、アラン・ドロンに似た人っていたか?」


「アラン・ドロン?あー、フランス人の俳優だったか?」


「それだ」


 桐嶋は学生時代の交友関係を思い出してみたが、該当しそうな人物はいない。


 友人、知人は少ないながらも数人いたが、フランス人はいなかったはずだ。


「いない。いないと思う」


「じゃあ、間違いないな。念のため、工藤にも確認したが、言われれば似てたかもしれないと言っていた」


「工藤警部補?ということは」


「やつらだよ。アウラ・ノクティスだ。午前中、あの辺りでおまえのことを聞き回っていたらしいぞ。よほど切羽詰まってきたようだな」


「ホントか!?」


「ああ、隣の房恵おばちゃんが言ってたからな」


「あの、ばあさんが?」


「ばあさんなんて言うと殴られるぞ?」


 子供の頃を思い出すと、二人とも何度ゲンコツをくらったかわからない。


「内緒な」


「まぁ、それはいいとして、おかげでおまえの個人情報は駄々洩れだ!妻とは死別しただの、子供はいないだの、親戚もいないし、ずっと一人だのと、おばちゃんが全部話したらしい。よく店に出入りしていた、おれとか倉橋のことまで話したようだ。アラン・ドロン似がずいぶん効いたらしいな」


「あのババァ…」


「おまえさ、房恵さんに、親父さんのことも聞いていないんだろ?いろいろ教えてくれたぞ」


「なにをだよ」


「親父さんな、おまえがウィーンに行ってから、1年の内ほとんどは岩手に行っていたみたいだぞ」


「なに!?」


「おばちゃんが言うにはな、あっちでの仕事があるからと言っていたらしい。あとな、仙台までは新幹線で行っていたが、そこからは知人が送ってくれていたとのことだ」


「仙台の知人…顔料屋か…なぁ、藤堂、日記読んだか?」


「ああ、読んだ」


「日記の日付から考えると、鷺沼親子が仕事を持ってきていたのは毎年8月のことだ。それで思い出したが、親父は、昔から8月近辺には必ず別荘に行っていた。つまり、親父の代になってからはアウラ・ノクティスの仕事はすべて別荘で請け負っていたということになる。そして、おれがいなくなってからはそれに拍車がかかった」


「そうだな。おそらくそうだ」


 藤堂は慎重に応えた。桐嶋の声色には苦しさが滲んでいる。


「…アウラ・ノクティスは、親父が作業途中の修復絵画か、贋作を持っているな」


「は!?なぜそうなる!?」


 藤堂は驚きのあまり、クラクションを鳴らしそうになったがぎりぎりでこらえた。あまり目立つわけにいかない。


「親父が亡くなったのは6月だ。前の年に持ち込まれた分が別荘にはなかった。少なくともおれは確認していない」


「地下室から回収されたとか?」


「いや、その絵はリビングあたりにでもあったのだろうさ。地下室は、殺したやつらに見つかっていないよ。もし、見つかっていたら、こんな危ない日記帳が残っているはずがない」


「それもそうか」


「地下室を知っていたのは鷺沼だよ。地下室には、例のクリムトの絵と日記帳があった。そして鷺沼はクリムトの絵だけを持ち去り、おれに修復依頼してきた。日記帳を持ってこなかったのは、あの時点でおれに渡しても逆効果だと思ったからじゃないかな」


「ありうるな」


「考えてみればおかしいことだらけだ。親父は車をもっていなかったはずなのに、別荘には、整備された2~3台分の駐車スペースがあった。つまり、それだけ頻繁に誰かが訪れていたということさ。一人は鷺沼、もう一人は仙台の顔料屋か関係者だろうな。もしかしたら別のアウラ・ノクティス関係者も来ていたかもしれない。とにかくキーは仙台の顔料屋だ。日記からすれば、おれのもう一人の爺様なんだろうけどな。倉橋が顔料の流通から探してみると言っていたが見つかるかどうか……あ!そうか!藤堂!まだ店の近くか!?店に行けるか!?」


「ああ、行けるぞ。まだ消防と駒込署が現場検証中だが、おれなら入れる」


「居間にある茶箪笥の引き出しに親父が使っていた携帯が入っている。まだ、捨ててなかったはずだ。それを持ってきてくれ!あと、隣の電話台に電話帳が載ってるからそれも頼む!」


「そうか。そうだな。その中に顔料屋の情報があるかもしれん。わかった」


「夕方に鳴海がくることになっているから渡してくれると助かる」


「ああ、そうしよう」


「…これからは近所づきあいを大切にするよ」


「そうだな、そうしてくれ」


 藤堂は苦笑しながら電話を切ったようだ。


 桐嶋はスマホを握りしめたままベッドに仰向けになって考えた。


 自分で言っておいでなんだが…そうか、仙台の顔料屋とやらが、おれの最後の肉親になるのか、と。


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