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藍色の空

藍色の空 ~第5章~

作者: ジョンジ
掲載日:2025/10/17

人は、誰にも見せたくない夜を抱えて生きている。

 それは弱さではなく、誰かを想うからこそ隠してしまう痛みなのかもしれない。

 藍が抱える秘密、空汰が感じた違和感――

 すれ違う心の裏には、それぞれの“生きる理由”があった。


 この章では、藍の苦しみと、空汰の優しさが交わる瞬間を描いています。

 光が届かない夜の中で、確かに生まれた“救い”の形を、どうか最後まで見届けてください。

挿絵(By みてみん)


放課後のチャイムが鳴る。

 夕焼けに染まる教室の中、藍はいつもより早く荷物をまとめていた。

 空汰が声をかける。

 「今日も、バイト?」

 「うん、ちょっとね」

 笑顔はある。だけどその笑顔には、どこか透明な薄膜がかかっていた。


 空汰は何か言いたげに口を開いたが、結局言葉が出なかった。

 藍の背中が遠ざかる。夕日が彼女を包み、その輪郭を金色に染めていく。

 ――それが、どこか儚く見えた。



 最近、藍は明らかに変わっていた。

 以前のように明るく笑うことが減り、時折ぼんやりと遠くを見つめる。

 帰り道で偶然出会っても、「ごめん、急いでるの」と短く言い残して去ってしまう。

 その後ろ姿には、疲れと、何かを隠すような影があった。


 「……本当に、どうしたんだよ」

 空汰の胸の中に、不安と苛立ちが混ざる。

 優しくしたいのに、届かない。

 問い詰めることもできず、ただ胸の奥に黒いもやが溜まっていった。



 そんなある夜、空汰は塾の帰り道、普段は通らない路地を歩いていた。

 少し先に、灯りが見える。

 見覚えのある家――藍の家だった。


 そのとき、ドアが乱暴に開かれる音が響いた。

 「出てけ! あんたなんか娘でも何でもない!」

 母親の怒声とともに、藍が外に突き飛ばされた。

 転がるように地面に倒れ、両手で必死に受け身を取る藍。


 空汰は咄嗟に駆け寄った。

 「藍っ!」


 その直後――

 ガンッ! という金属音とともに、ドアの隙間からフライパンが飛んできた。

 藍のすぐ横に、激しく叩きつけられる。

 火花が散るような音が夜の静寂を切り裂いた。


 「やめてください!」

 空汰は思わず叫んだ。

 だがドアの向こうから返ってきたのは、嘲るような声だった。

 「夜遊びして金なんか持って帰ってきて、母親に逆らうな!」


 その言葉で、空汰は理解した。

 藍が“夜の仕事”をしていたことを――。



 藍はうずくまり、肩を震わせていた。

 頬に泥と涙が混ざって光る。

 「……違うの。仕方なかったの」

 か細い声が漏れる。

 「お母さんが仕事辞めて、家にお金がなくなって……。私が何とかしないとって。最初は居酒屋で働いてたの。でも、バイト代が全然足りなくて……」


 言葉が詰まる。喉の奥で嗚咽が混じる。


 「それで……夜の店、紹介されて。怖かったけど、もう他に方法がなかったの」

 「……バカだな」

 空汰の声は震えていた。

 怒りでも、呆れでもなく――悲しかった。

 「そんなの、藍ひとりで抱え込むことじゃないだろ」


 藍の視線が揺れる。

 「でも……空汰くんにだけは、知られたくなかった」

 「どうして」

 「だって……嫌われたくなかったから」


 その瞬間、空汰は藍を強く抱き寄せた。

 「嫌うわけ、ないだろ……」

 言葉が胸の奥から絞り出される。

 「何してたって、藍が苦しんでるのを見てる方がよっぽど嫌だ」



 冷たい夜風が二人を包む。

 藍の涙が空汰の胸に染みていく。

 街灯の光が滲み、ふたりの影がゆっくりと重なった。


 「空汰くん……」

 「もう、無理するな」

 「……ごめんね」

 「謝るな。俺が何とかするから」


 空汰の声は静かだったが、その中に確かな強さがあった。

 藍はその胸の中で、ようやく嗚咽を抑えることができた。



 夜の街に雪がちらつき始める。

 遠くで車の音が響き、世界がゆっくりと動き出す。


 藍はぽつりと呟いた。

 「空汰くん、優しいね」

 「……そんなことないよ。ただ、放っておけないだけ」

 「ふふ……それが一番、優しいんだよ」


 その笑顔は涙に濡れていたけれど、確かに“生きる強さ”を取り戻していた。

第5章「夜の光と影のあいだで」では、藍という少女の“現実”に焦点を当てました。

 彼女の行動は決して正しいものではないかもしれません。

 それでも、その裏にある“守りたい想い”を感じ取ってもらえたなら嬉しいです。


 空汰の抱擁は、言葉よりも深い「受け入れ」の象徴でした。

 人は誰かに否定されて崩れていくこともあるけれど、

 同じように“たった一人に肯定されることで、救われる”こともある。


 藍が見つけたのは、そんな温もりの灯でした。

 次章では、その灯がどんな夜明けを照らすのか――。

 ぜひ、続きを楽しみにしていてください。

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