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エピローグ

 

 今日はやけに空が澄んでいて、風が気持ちいい。王都の城壁から眺める景色も、かつての戦いの名残なんて感じさせないほど穏やかだ。

 あたしが処刑場で死刑を言い渡されてから、ずいぶん遠くまで来たものね――なんて、しみじみ思う。

 いや、ホントに遠くまで来すぎでしょ。悪役令嬢どころか魔王だもの。


「アイリス様、そろそろ戻りましょう。風が冷えると体に障りますよ」


 城壁の上にちょこんと腰かけているあたしに、レオンハルトが声をかける。相変わらず騎士団長として無駄に張り切っているけど、最近は少し柔らかい顔つきになった気がする。隣ではカイルが「そうだよ、アイリス様~早くお茶会しようよ」と軽口を叩き、ユリウスとルークも黙って頷いている。


「いいじゃない、もうちょっとだけ。今日くらいはのんびりさせてよ」


 あたしはふと笑ってしまう。前なら護るものなんてなかったし、国を滅ぼすなんて言っていたあたしが、いまはこうして騎士団の誰かが気遣ってくれるのを心地よく感じている。まったく、人生わからないものだわ。


「あれからずいぶん落ち着きましたね。魔族も表立った動きはなくなったし、セシリアはあれっきり大人しくなっちゃいました。やっぱりアイリス様が本気でぶっ飛ばしたのが効いたんですかね」


 カイルが楽しそうに口を開く。確かに大きな脅威が去ったあと、王都は思いのほか迅速に復興した。それでもまだ傷や不安が残っているのは事実だけど、人々は日常を取り戻しつつある。

 あたしの姿を見かけたら「魔王様、お疲れさまです」なんて挨拶してくれるのが、未だにちょっと笑える。


「セシリアの奴、結局“始まりの魔王”の封印がどうとか言ってたけど、今のところ気配なしよね。ま、もし本当に現れても、そのときはまたやるだけ」


 小さく肩をすくめると、ルークが「絶対守ります!」と拳を握りしめる。いざってときはあたしと騎士団がいる――その安心感は意外と悪くない。

 周囲を見渡すと、青い空の下に広がる街が、ようやく平和をまとった輝きを取り戻しているのがわかる。あたしは魔王だけど、その平和を守る立場にいるっていうのが今でもどこか不思議だ。


「さて、そろそろ城に戻ろうか。風にあたるのも好きだけど、あんまり長居すると夜風が冷えるし」


 立ち上がろうとした瞬間、レオンハルトがさっと手を差し出してくる。いつもなら「いいから放っといて」って言うところだけど、今日は素直にその手を借りることにする。

 正直、魔王として覚醒したとはいえ、ここ最近は事務仕事や対外交渉で体力をけっこう使ってるから。支えてもらえるなら、支えてもらうほうが楽だわ。


「手を失礼します、アイリス様」

「まったく、騎士団長なのにエスコートまでしてくれるなんてね。ほんと過保護なんだから」

「あはは、それがレオンの取り柄ってやつですからね。僕らで言うのもなんだけど、ウザいくらいアイリス様に尽くしますよ~」


 後ろでカイルが茶化すように笑う。ルークは「でもレオン様ってカッコいいッスよね?」と盛り上がり、ユリウスは無言のまま「フッ」と息を漏らしている。

 あたしは苦笑しつつ城壁の階段を降り、レオンに支えられながら振り返って王都を見渡す。


「ああ、もうだいぶ片付いてる。あと少しで普段通りの暮らしに戻りそうね。兵士も民衆も、結構がんばってくれたし」

「はい。皆、アイリス様の存在に救われたんですよ。『魔王様がいるから大丈夫!』って言葉を合言葉に、負けずに立ち上がったそうです」

「へえ、そうなんだ。なんか変な気分ね。悪役令嬢なんて言われてた頃は、嘲笑しかされなかったのに」


 そう言うと、レオンやカイルが顔を見合わせて笑う。ユリウスやルークも「変じゃありません。あれだけ圧倒的な力を見せつけられたら、普通は尊敬するんッスよ」と肯定してくれる。みんな素直になったもんだわ。


「ま、せっかくこうなったんだから、あたしも魔王としてもう少しがんばってやるわ。世界がどうとか言われても、こっちはただ守るだけ。護りたいものを護くために、力を振るうだけよ」

「その意気ですよ、アイリス様。僕らもずっとついて行きますから」


 城の正門をくぐると、衛兵たちが一斉に「お帰りなさい、アイリス様!」と頭を下げる。

 今ではすっかりあたしを“魔王様”扱いするのが当たり前になってる。でも、その眼差しは畏怖だけじゃない。どこか親しみも混じっているんだから、笑ってしまう。


「アイリス様! 報告よろしいでしょうか?」


 門の近くで書類を抱えた兵が駆け寄る。どうやら王都の復興状況をまとめたものらしい。外壁の修復がほぼ完了し、各区画への物資の搬送も順調に進んでいるとのことだ。さらに、魔族の侵攻や裂け目の出現で被害を受けた地域も大方再建が目途が立ちそうという。


「そう、よかったわ。みんながんばってるのね」

「あ、はい! アイリス様の力と騎士団のご尽力が大きいです。ありがとうございます!」


 兵士が深々と頭を下げる姿に、やや気恥ずかしい気持ちになる。もともとこの国を滅ぼすつもりだったあたしが、いつの間にか人から「ありがとう」なんて言われる立場になっているのだから。

 視線を巡らせれば、そこかしこで忙しそうに働く人たちが笑顔を浮かべている。彼らにとっては、魔王の力が脅威であると同時に安心の拠り所なのかもしれない。


「あたしは別に大したことしてないわ。騎士団のおかげって言ってよ。それに自分で勝手に盛り上がってるだけだし」


 そう返すと、兵士は「いえいえ!」と首を振る。どうも慣れないわね、こういう感謝の言葉は。

 周囲に目を配りながら、城内の廊下を進む。カイルやルークが無邪気にふざけ合う声が聞こえ、ユリウスは静かに笑みを浮かべている。レオンはあたしの歩調に合わせて一歩後ろをついてくる。


「ところでアイリス様、今夜はどうされます? 一応、復興状況の報告会と、今後の王都運営に関する会議が予定されています。あと、民衆から感謝の宴を開きたいという申し出もありまして……」

「はあ……忙しいわね。ま、承諾しておいて。せっかくみんなが元気になってきたんだから、パーッと祝うくらいはいいわよ」


 こうして考えると、本当にあたしも立派に“女王”や“魔王”の務めをこなしてるんだな、としみじみ思う。書類を片づけたり、会議で指示を出したり、もう処刑場で死刑囚扱いされてたころとは天と地の差。

 ちょっと前の自分に「将来は魔王として崇められるよ」って言ったら、絶対信じなかっただろう。


「そうと決まれば、僕らも準備してきますね~。アイリス様も身体を休めておいてくださいよ? 最近、また徹夜ばかりしてるでしょう?」


 カイルがきっちり突っ込んでくる。あたしは反論しようとするけど、言葉が出てこない。事務仕事が嫌いじゃないってわけじゃないけど、どうしても深夜まで書類を読んでしまうのよね……。


「……わかったわよ。じゃあちょっとだけ昼寝でもしようかしら」


 それくらいの余裕がなきゃ、また騎士団に心配されそうだ。ルークも「寝込まれたら大変ッスよ! 僕らがかいがいしくお世話します!」と嬉しそうに笑う。ユリウスは何も言わないが、視線があたしに優しい気遣いを投げかけているのがわかる。


「ほんと、お世話好きなんだから。ま、あたしも最近は少し甘えることを覚えたから、ありがたく受けとるわ」


 そう言いながら、廊下の先にある大きな窓へ目を向ける。差し込む日の光がどこまでも柔らかい。まるで新しい時代を祝福しているかのように感じてしまうのは、あたしが変わったからなのかもしれない。


「ねえ、あたしが魔王でいる限り、あんたたちはずっとあたしの騎士なのよね?」


 不意にそう呟くと、レオンが驚いたように目を丸くする。それから頬をほんの少し赤らめて、深く一礼する。


「もちろんです。私たちの命はアイリス様のものであり、アイリス様こそが唯一の主です」

「よくそんな台詞をスラスラ言えるわね……ふふ、でも悪い気はしないわ」


 すぐそばでカイルが「ドM騎士だから仕方ないんですよ」とちゃちゃを入れる。ルークも「でもレオン様ってマジで強いッスからね、頼もしいッス!」と笑う。ユリウスは相変わらず黙って頷き、みんながそれぞれ自然に一つの輪を作っている。


 ――あたしは魔王で、彼らは狂信的なほど忠誠心が強い騎士団。でも、それが今の“あたしたちの形”なのだから誰にも文句は言わせない。国を裏切られて憎しみだけを抱いていたあの頃からは想像もできないけれど、いまは護りたいものがいっぱいあるから。


「……じゃあ、ちょっとだけ休んだら、復興の状況を確認して宴会の準備ね。忙しいけど、嫌じゃないわ」

「ああ、アイリス様、そんな予定がぎっしりのスケジュールを笑顔でこなすなんて、さすがです♪」


 カイルがひやかすように言って、ルークが「俺も徹夜で訓練するッスよ!」と張り切る。ユリウスはそこで小さく首を振り、「無理はさせない」とルークの襟首を引っ張る。一方のレオンは愛しそうにあたしを見つめ、「どうぞご自由に」と静かに微笑む。


 あたしはその光景を眺めながら、小さく笑みをこぼす。ここには確かに危うい空気もあるけれど、それ以上に温かなつながりがある。そして、あたしが魔王になってこの国を支配しているという事実に、誰もが自然に順応している。不思議だけど、これでいいのだろう。


「じゃあ、行きましょうか。あたしの“領土”を回らなくちゃね。大切な人たちの顔を、一人残らず見ておきたいの」


 そう言って歩き始めれば、騎士たちが一斉に「はい!」と答える。

 足並みを揃えて城の大廊下を進むあたしたちの姿は、もしかしたら滑稽なのかもしれない。でも、笑いたいなら笑えばいい。だって、誰がどう言おうと、この関係は崩れない。あたしが護ると決めたものを、もう二度と手放す気なんてない。


 外へ出ると、光がきらりと差し込んで、騎士たちの鎧が反射してまぶしい。むっとする暑さもあるけれど、それよりも騎士団が左右に控えてくれる安心感のほうがずっと大きい。

 いや、ほんと、自分でも性格変わったなって思う。


「さ、今日も魔王業をしっかりこなしてやるわよ」


 あたしが宣言すると、みんなが笑顔で返事をする。その声が城門へと反響して、王都へと広がっていく。

 人々のざわめきが遠くから聞こえて、子どもたちの笑い声も混じる。うん、これでいい。魔王としての力も、騎士団の忠誠も、そしてこの国の笑顔も、ぜんぶ胸を張って受け止めてやる。


 ――悪役令嬢? いいえ、魔王です。国を滅ぼすんじゃない。あたしが手に入れた最強の騎士団とともに、この国を征服し、愛して、護り抜く。そんな新しい物語が、今ここから始まっていくのだ。

 お望みなら、世界の果てまで征服してやるわ。だって、魔王であるあたしがどこまで行けるのか、誰よりも一番知りたいから。だからこそ――


「覚悟してなさい。あたしの護りたいものに手を出すやつがいたら、容赦しないんだから」


 意気揚々と歩き出すあたしの周りで、騎士たちの鎧がキラキラと光を反射する。城下では市民たちがこちらを見て「魔王様だ!」と声を上げる。

 誰もが先の未来に何が待つかなんてわからないけれど、あたしの胸には次々にわきあがる挑戦心とともに、優しい高揚感が宿っている。この先、どんな闇が襲いかかろうと、あたしはもう怖くないのだ。


 ――こうして今日も、魔王となったあたしの征服と愛の日々は続いていく。護るべきものがある限り、あたしはその力を惜しまない。世界で一番自由で強大な“魔王”として、そして騎士団に甘やかされながらも、あたしが決めた道を進むのみ。

 見届けていればいい。この国も、騎士団も、そしてあたしも、もっともっと先へ進んでみせるんだから。



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