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第5章 セシリアの策略 〜裏切りの再来〜

 朝の薄い光が差し込む広間で、私はぼんやりと騎士団の朝稽古を眺めている。

 城の中庭の端に設けられた訓練スペースで、ルークが大声を張り上げながら長槍を振り回しているのが見える。槍先が空を切るたびに、周囲の空気が揺らぐようで少し圧巻だ。


「アイリス様、おはようございます。昨夜はよくお休みになれました?」


 声をかけてきたのはカイル。銀髪が朝の光を反射して眩しい。彼は相変わらず陽気な笑顔を浮かべていて、私の反応を待っているような顔だ。

 正直、まだ寝起きで頭が回らない。


「あんまり寝足りない気がするわ。あんたたち、夜通し城内を見回りでもしてたわけ?」


「まあ、騎士団としてはアイリス様を守るのが第一ですからね。色々と警戒するに越したことないですよ」


 少し冗談めかして答えるその声は軽いが、彼らが本気で私の安全を優先しているのはわかる。帝国軍を退け、いまや王都は魔王領としてまとまりつつある。民衆も慣れてきたようで、私を“魔王様”と呼びつつ日々を送っている。でも、それで全てが安泰になるわけではない。


「あんたたちの忠誠心がなかったら、私も今ごろどうなってたか……考えるだけで怖いわ」


 大げさじゃなく、処刑場で命を落としていた可能性も高い。それが今では最高級の寝台で眠って、朝に軽く散歩なんてしているんだから、人生わからないものだ。


「うれしいです、アイリス様にそう言ってもらえると。ところで、さっきレオンハルトが言ってましたよ。『最近、妙な動きがある』って」


 カイルが言う“妙な動き”という言葉に、私は胸騒ぎを覚える。王太子や貴族連中が力を失ったあと、表向きは落ち着きを取り戻しつつあるけど、裏ではまだ潜んでいる火種があるのかもしれない。


「何か具体的な話は聞いたの?」

「うーん、とりあえずは城下町で流れてる噂くらいかな。“セシリア・フォン・ローレライ”って姫様が、水面下で何か企んでるって」

「セシリア……ね」


 処刑場で王太子に近づいていたあの腹黒姫。見た目は可憐で王太子に媚びを売っていたけど、内面はかなり黒い。私にとっては面倒な存在だ。


「確か、彼女は王太子の失脚前から、いろんな貴族や他国の要人に取り入っていたって話よね」

「そうそう。今は表立って姿を見せないけど、どこかで暗躍してる可能性が高いって噂ですよ。こういうときにこそ何か仕掛けてくるのが腹黒姫の常套手段、ってね」


 カイルが首をすくめる。確かに、あの女は一筋縄ではいかない。王太子をそそのかしていたのも、裏で彼女が影から糸を引いていたからという説もある。あのときは騎士団が一気に動いてくれたおかげで阻止できたけど、また新たな策略を練っているなら嫌な予感しかない。


「……まあ、警戒しておくわ。それより今は訓練の邪魔になるだろうし、一旦部屋に戻りましょうか」


 


 そんなやりとりをしているうちに、騎士たちの朝稽古は終了し、レオンハルトやユリウス、ルークが一斉にこちらへ向かってくる。

 私は「ご苦労さま」と軽く声をかける。するとルークがやたら元気な声で返事をする。


「アイリス様、おはようございます! いつ見てもお美しいッスね!」

「槍を抱えたまま迫ってこないで、危ないわよ」

「す、すみません! でもアイリス様に早く近づきたくて!」


 まあ、このルークの筋肉全開な情熱はある意味で頼もしい。彼が敵に回ったら相当厄介だろうし、何よりものすごい力を発揮するから。彼とユリウスを正面に出しておけば、普通の敵は簡単に近づけない。そうやって私はいつも守られてるわけだけど……。


「……あれ、ユリウスの様子が変?」


 何気なくユリウスを見ると、いつもの無口な表情が少し硬いような気がする。金髪碧眼の彼は、視線を伏せ気味に私のほうをちらりと見ては、またすぐに目をそらす。

 その仕草に違和感を覚え、私は少し首をかしげる。


「ねえ、どうかしたの? 体調でも悪い?」

「……なんでもない」


 ぶっきらぼうにそう言うユリウスに、私はちょっとだけ引っかかる感覚を持つ。でも、人付き合いが得意じゃない彼にしては、これもいつもの無口の一環かもしれない。

 案外、一晩中起きていて眠いだけかも。そんな程度に考えて、一旦は深追いせずに部屋へ戻ることにした。


 


 ところが、その日の午後から事態は急変する。城の回廊を歩いていると、すれ違った騎士の一人が目を逸らすように私を避けて通ったり、廊下で掃除をしていたはずの兵が慌てて立ち去ったり。なんだかみんなの態度がぎこちないのだ。


「ちょっと……どういうこと?」


 不安が胸をもたげた瞬間、隣を歩いていたカイルも落ち着かない様子であたりを見回している。


「アイリス様、なんかおかしいですよね? さっきから皆、僕らを避けてる気がします。というか僕まで警戒されてるっぽい……」


 カイルがそっと耳打ちしてきた。さらに少し進むと、今度は待ち伏せしていたかのようにユリウスが現れた。あの無口な顔のまま、鋭い視線を私に向ける。


「……アイリス様、少し時間を」

「え、何? 顔が怖いんだけど」

「……来て」


 ユリウスが無言で腕を引いてくる。そのまま半ば強引に人気のない別室へ連れ込まれ、私は目を丸くしてしまう。いつも静かで控えめな彼が、ここまで露骨に強引な行動をとるのは珍しい。

 カイルが慌ててあとを追いかけてくる。


「こら、ユリウス! いきなり何を……」

「黙って」


 ユリウスがチラリとにらむと、カイルがびくっと肩を震わせる。何だか妙な緊張感に呑まれて、私も声が出ない。

 部屋の中には私とユリウス、そして割り込んできたカイルだけ。ユリウスはドアをぴしゃりと閉めると、そのまま私を睨むように向き合う。


「……あなたは、セシリアと通じてる?」

「は?」


 唐突すぎる問いかけに、頭が真っ白になる。セシリア? 通じてるって、どういうこと?


「……アイリス様、セシリアに味方してるんじゃないかと、皆が疑ってる」

「ちょ、まってよ。そんなのあり得ない」

「じゃあ、どうして城下町にセシリアの手の者が入り込んでるの?」


 ユリウスの目が冷たい光を宿している。いつもの無口さとは違う、はっきりとした敵意のようなものが混じっていて、胸がドキリとする。

 そんな彼が私を疑うなんて、どういう状況?


「いや、本当に意味がわからない。私、セシリアとはむしろ敵対してるのよ。あんたたちだって知ってるでしょ?」

「……でも、聞いてる話と違う」

「え、なにそれ。誰からどんな話を聞いたの?」


 そこへカイルが何かに気づいたように声を上げる。


「ユリウス、まさかだけど……君、変な魔力の波を受けてない? いつもと雰囲気違うよ」


 確かに、ユリウスの瞳はうっすら紫がかって見える。ゾクリとするような色味で、まるで別人のような印象を受ける。

 私がその瞳を凝視していると、彼は気まずそうに目を伏せる。


「……セシリアが放った何かが、城の中に混じってるかもしれないって聞いた。あれは……魅了の魔法、かもしれない」

「魅了の魔法? セシリアの得意技って噂があったけど、それがもう城内に浸透してるわけ?」


 背筋がひやりとする。もしそれが事実なら、騎士団はおろか王都の兵士まで掌握される危険がある。

 ユリウスが今こうして私を疑うのも、セシリアの魔法によって思考を操作されているのかもしれない。

 ……まずい。騎士団が彼女に奪われるなんて、最悪の事態だ。


「わかったわ。ユリウス、あんた少し落ち着いて。私を疑うっていうなら、どの情報が根拠なのか教えて」

「……レオンハルトが言ってた。アイリス様がセシリアと取引して、騎士団を陥れる計画を立ててるって」

「はあ? レオンがそんなこと言うわけないでしょ」


 絶句する私をよそに、ユリウスがやや苦しげに眉をひそめる。見ると、薄紫色の光が彼の瞳の中を揺らめいている。どうやら本人も完全に操られてるわけではなさそうだが、セシリアの魔法が影響しているのは間違いない。


「カイル、どこかでセシリアが魅了魔法を放ったってこと?」

「たぶんそうですね。しかも騎士団や城の中を中心に広がっている可能性がある。彼女の魔力が届けば届くほど、人々を操ることができる。ユリウスだけじゃなくて、ほかの連中にも広がってるんじゃないかと……」


 カイルの口調が珍しく深刻だ。するとドアの外からドタドタと複数の足音が響いてきて、私は思わず身構える。嫌な予感がする。ここまできたら、間違いなくセシリアの策略だ。魅了魔法で騎士団を操るなんて、どう考えても危険すぎる。

 ドアが勢いよく開き、予想どおりの展開が待っていた。


「アイリス様っ! あなたを拘束します!」


 先頭に立っているのは、まさかのレオンハルトだ。鋭い灰色の瞳が、不自然なほど妖しげな色を帯びている。紫が混ざったような濁った輝きだ。後ろには数名の騎士団員がいて、みんな苦しそうな表情を浮かべている。


「レオン、あんたまで……!」


 叫びかけると、彼は冷ややかに私を指さす。


「悪いが、あなたのせいで王国は混乱に陥っている。セシリア殿が言っていた。あなたは魔王の力を利用して騎士団を滅ぼす気だ、と」

「はあ? それ、真逆なんだけど。セシリアの嘘にまんまと騙されてるじゃない!」

「黙れ。アイリス様など、魔王にすぎない。セシリア殿が真にこの国を救うお方だ」


 そんなこと言うなんて、レオンが普段の自分なら口が裂けても言わないはず。絶対に魅了魔法のせいよ。

 彼の声には明確な違和感があって、私の背中に冷たい汗が流れる。どうにかしなくちゃ。こんな形で彼らに刃を向けられたら、王国どころか私の心まで折れてしまいそうだ。


「レオン、思い出してよ。あんたはいつも『私が守る』って言ってたじゃない。セシリアなんかと組むわけないでしょ!」

「うるさい。あなたを拘束し、セシリア殿に引き渡す。騎士団、構えろ!」


 レオンの命令一下、騎士たちが一斉に剣を抜く。私の脳裏にゾッとするほど嫌な光景がよぎる。まさか、私がこの騎士団と戦うなんて。

 絶望に胸が痛むけれど、やるしかない。

 魅了された騎士がどれだけいるのか把握できない以上、甘い顔をしている場合じゃない。


「カイル、どうする?」


 私が小声で問うと、カイルは苦々しい表情をする。


「どうしようもないですよ、アイリス様。解除するには、アイリス様の魔王パワーで魅了を壊すしか……」

「……だよね」


 ユリウスも呆然と立ち尽くしている。もしかして彼も完全には魅了されていないけど、半分支配されている状態かもしれない。味方につけるのは厳しそうだ。

 私は奥歯を噛みしめながら、闇の魔力を呼び起こす。


「私がやらないと、こいつらはセシリアの思うがままにされてしまう。……悪いけど、ちょっと寝てもらうわよ」


 私は躊躇しながらも手のひらを突き出す。すると、床から黒い棘のような魔力が伸び上がり、レオンと騎士たちを囲む。彼らが一斉に剣を振り下ろしてきても、私はなんとか防御の魔法を展開して耐える。だけど、さすがに全員同時はきつい。

 騎士団は私の支配下にあったはずなのに、今や敵として牙を剥いてくる。


「くそ……!」


 私はレオンの剣をかろうじてかわす。彼の剣技はすさまじい。たとえ魅了下にあっても、その強さは変わらないらしい。

 チラリと彼の瞳を覗くと、明らかに普段の冷静さは失われ、まるで凶獣みたいに殺気を放っている。息が詰まるほどの圧力だ。


「あなたを排除します……セシリア殿のために!」

「レオン、目を覚まして!」


 私は闇の魔力をさらに増幅させる。レオンの剣を弾き返し、そのまま黒い波動で彼を包み込むように押さえつけようと試みる。


「やめろおおお……!」


 レオンの声が苦しげに歪む。闇の魔法の衝撃をまともに受ければ彼もただでは済まない。できるだけ痛みを軽減したいけど、こちらも余裕がない。騎士たちが一斉に突進してくるのを、カイルの風魔法や私の闇魔法で防ぐのがやっとだ。


「ルークまで……!」


 槍を振り上げて突っ込んでくるルークを、私は床をうねらせて躱させるしかない。ユリウスも剣を抜いて私に向かってくるが、目が泳いでいる。意識が混乱しているのだろう。彼らを傷つけたくはない。

 でも、ここで手を抜けば私がやられてしまうし、王国がセシリアに乗っ取られる。胃が痛くなるような葛藤を抱えつつも、私は闇魔法の結界を展開する。


「……すぐに解いてあげる。こんなまがい物の魔法、私の力で破壊できるはず」


 紫色に曇った騎士たちの瞳から、セシリアの魔力をそぎ落とすイメージを強く描く。すると、私の魔王の紋章がうっすら発光し、空気がビリビリと震え始める。

 今まで何度か使ったことのある“支配の魔力”を逆転させ、彼らを覆う魅了を打ち砕きにかかる。


「ぐあああっ……!」


 レオンが苦痛のうめきを漏らし、ユリウスやルーク、他の騎士たちもその場に膝をつく。

 目に帯びていた紫色の光が、きしむように微かに砕け散る。ここが勝負どころ。私は祈るような気持ちで集中力を高め、胸の奥に宿るヴァルガスの力をさらに引きずり出す。


 ――力が欲しいか? ならば受け入れろ。


 頭の中でヴァルガスの囁きがする。でも、今は正直、考えている余裕がない。私は自分の意思でこの力を行使している。

 ヴァルガスに操られてるわけじゃない。

 誰にも邪魔させない。


「……さあ、砕けろ! セシリアのくだらない魔力なんて、全部!」


 私は声にならない怒りを込めて叫ぶ。闇の魔力が一気に放出され、部屋の空気を歪ませるような衝撃が走る。

 パリン、と硝子が割れたような音が耳に届き、レオンたちを縛っていた紫のオーラが粉々に砕け散るのが見える。次いで、ぐったりと騎士たちが床に沈み込んだ。


「……なんとか、解けた……?」


 私は胸を押さえて大きく息を吐く。身体中が痛むし、頭がぐらぐらする。相当なエネルギーを使ったんだと思う。目をこらすと、レオンとルーク、ユリウスたちがゆっくりと顔を上げている。

 瞳の濁りが消え、いつもの色に戻っているのがわかって、ほっとする。


「アイリス様……申し訳ありません。私は、いったい……」


 レオンハルトが苦悶の表情を浮かべながら呟く。その横でルークが「え、俺、何してたんスか?」と首をかしげ、ユリウスは無言のまま唇を震わせている。カイルは力が抜けたように座り込んでいるけど、なんとか一同無事っぽい。


「やめてよ、もう……あんたたちが私を襲うとか、心臓に悪いんだから」


 私は力なく笑うと、レオンが悔しげに拳を握る。


「本当に、申し訳ありません……セシリアに操られたなんて。不覚です」

「私も何が何だかわからないうちに、アイリス様を敵視していたような……」


 ユリウスが顔を歪める。その様子を見るだけで痛々しい。皆が自分を責めそうだし、こんなところで落ち込まれても困る。

 とりあえずセシリアを何とかしないと同じことが起きるかもしれないから。


「いいのよ、責めてない。あんたたちが戻ってくれて助かった。……で、セシリアはどこ?」


 その問いに、騎士の一人が震える声で答える。


「そこに……います」


 指さされた先は、廊下に通じる扉の奥。

 どうやら向こうで私たちを監視していたのか、いきなり妖艶な笑みを浮かべたセシリアが姿を現した。栗色の髪をふわりと揺らし、紫の瞳が嫌な光を放っている。


「おやおや、思ったより早く解けちゃったのね。せっかく私の魅了魔法で“騎士団”を奪い取ろうと思ったのに」

「セシリア……!」


 彼女は楽しそうにからからと笑う。


「私から王太子も地位も奪っておいて、よくもまあのんきに構えてられたわね。でも、みんな勘違いしてる。私が欲しいのは王国の玉座なんかじゃないのよ」


 セシリアが軽く手を振ると、怪しい紫色の霧が辺りに立ちこめる。私は即座に闇魔法で払うけれど、部屋の温度が一気に下がったような不気味さにぞくりとする。


「あなた、あんな王太子と組んでどうしたいわけ?」

「ふふ、王太子なんてただの駒よ。私が狙ってるのは、あなたの中に眠る“真の魔王の力”。それさえ奪えれば、世界は私のもの……なんて、素敵だと思わない?」

「……なるほど、黒幕ってわけか」


 苛立ちを抑えきれず、私の声が低く唸る。セシリアは大げさに肩をすくめてみせる。


「黒幕? いいえ、私なんてまだ小者よ。でも、この国を支配するには充分な魔力を手に入れたわ。ほら、騎士団の連中が私の魅了にかかったように、あなたの大事な仲間なんて簡単に寝返る」

「残念だけど、もう解けたわよ」

「そうみたいね。でも、私の目的は達成したわ。あんたがそこまでの力を持っているなら、“本当の敵”が動き出すわよ。ふふ……そのとき、どうする?」


 にやりと笑ったセシリアが、後ずさりしながら闇の魔法陣を展開し始める。空気がゆがみ、まるで遠くへ転移するような兆候がある。

 私は思わず前に踏み出して捕まえようとする。


「逃がさないわよ!」

「悪いけど、私もそうヒマじゃないの。あなたが真の魔王になれるかどうか、楽しみにしてる。もしなれないなら……世界は滅びるだけだけど?」


 底知れない嘲笑を残して、セシリアの姿がかき消える。唖然とする私の横で、ルークが「消えたッス……!」と地団駄を踏む。


「今のセシリア……完全に魔王の力を研究し尽くしてるような口ぶりだったわね。奴らしく、まだ裏があるんでしょう」


 私は追いかけようにも痕跡が見えないことを確認して、歯噛みする。誰かが大きく息を吐き、重苦しい静寂が部屋を満たす。

 ふと見ると、レオンが頭を垂れて謝罪の言葉を呟いている。みんな疲労感がすごい。私だって限界に近いわけで。


「アイリス様、本当に申し訳ありません……私たちが、よりによってあなたに刃を向けるなんて」

「だから気にしないでってば。セシリアが巧妙だっただけ」


 嘆くレオンに手を差し伸べ、立ち上がるのを手伝う。彼は私の手を握り、改めて頭を下げた。悔しさと情けなさが滲んだ瞳だけど、ちゃんと元の灰色に戻っているからホッとする。


「でも、セシリアが言ってた“本当の敵”って何? まさか、帝国でも魔族でもない、別の何かが……?」


 カイルが不安げに口を開く。私もその言葉が頭をぐるぐる回る。セシリアは単に王太子や帝国を操ろうとしているだけじゃなく、もっと根本的な“何か”と関わっている可能性が高い。

 ヴァルガスがずっと私の内側でささやいているあの感触――きっと、まだ大きな秘密があるはず。


「わからないけど、私たちも甘く見られたもんだわ。あんな魅了魔法で騎士団を奪われるとか、笑い事じゃない。もっと警戒を強化しないと」

「はい。二度とセシリアに好き勝手されないよう、我々が徹底します」


 レオンハルトが息を整え、騎士団員たちも「はい!」と力強くうなずく。一時的に操られたショックは大きいだろうが、その分、彼らの士気は高まっているように見える。

 私の中にも、ふつふつと決意の炎が燃え上がってくる。セシリアを含めた“黒幕”がどんな策を弄し、どんな大敵を連れてこようと、今度は絶対に負けたくない。


 守るだけじゃ足りない。もっと、はっきり支配したうえで、守りきらなきゃ。そうしなきゃ私も騎士団も、王国も全部飲み込まれるかもしれない。

 いつの間にか、そんな思いが私の胸に根を張り始めている。もともと国を滅ぼそうと思っていたはずなのに、今じゃ守るものがありすぎるなんて皮肉な話だ。


「魔王が真の意味で覚醒したら、セシリアを止められるだろうか?」


 ぼそりと呟くと、頭の中からヴァルガスの声がくすくす笑うように響いてくる。

 私はそれを黙殺して、騎士たちに背を向ける。体は疲れ切っているのに、心だけは変に冴え渡っていて、眠れそうもない。


「とりあえず、今日は休息優先ね。体を癒やしてから、セシリアの追跡と再対策を考えるわ。あんたたちにも休んでもらわないと、今度また操られたらたまらないし」


 そう言うと、レオンハルトやユリウスたちは一瞬困ったように顔を見合わせるが、すぐにそれぞれ納得したようにうなずく。ルークが槍を置きながら「絶対にアイリス様を苦しませるわけにはいかないッス!」と意気込み、カイルも「そうそう、まず寝ましょ」と妙に無邪気な口調で賛同する。


「……変なところで素直なんだから」


 苦笑いしながら廊下を歩き出す。

 ここからが本当の勝負だろう。セシリアの策略は序曲にすぎない。彼女が匂わせた“真の敵”なる存在が動き出せば、きっとこの国はさらなる波乱に包まれる。

 ふん、やってやろうじゃないの。次こそ思い切りぶちかましてやる。


 ――裏切りはもう沢山。大切なものを失うくらいなら、私は魔王でも何でもなってやるわ。

 セシリアが何を企もうと、必ず打ち破る。

 それが私の、“守る者”としての決意だ。


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