第2章 王国占領 〜騎士団が狂っている件〜
城門を突破してから、あたしはほとんど休む暇もなく宮殿の内部へと踏み込む。
さっきまで処刑場で死刑囚扱いされていたはずなのに、いまや王都の衛兵たちが逃げ惑うのを横目に、まるで逆に追い立てる側になっているのが笑える。いや、笑えないけど。
これが現実なのかと思うと、いまだに信じられない気分だ。
「アイリス様! 最上階の玉座の間まではあと少しです!」
レオンハルトが血を滴らせた剣を手に、振り返りながら報告してくる。彼の鎧には敵兵の武器の痕が残っているけれど、本人はまるで無傷。ほんの数分前、門前で王国の守衛隊と激突したばかりなのに、騎士団はほとんど疲労を見せていない。
「ほんとに最強騎士団ってわけね……」
自分の足元に転がっている兵士の姿を眺めながら、少し嫌な気分になる。いや、今さら何を言ったって始まらない。どうせ向こうだって、あたしを殺そうとしたんだから。だけど、あまりにもあっけない。あの王太子が誇っていた王国軍の精鋭部隊が、こんなにも簡単に壊滅するなんて。
「アイリス様、どんどん進みましょう! 早くこの国をアイリス様色に染めちゃいたいです!」
銀髪のカイルが明るい声を張り上げる。彼は敵兵から掠め取ったらしい短剣を手にしていて、その刃をくるくる回しながら足早に廊下を駆けている。どうやら王宮内に仕掛けられた結界や防衛魔法陣は、もうほとんど機能していないらしい。
「──ねえ、そもそもどうしてこんなに簡単に落ちるわけ? 王国の中枢って、もっと手強い防衛があるものじゃないの?」
あたしは飾り気の強い回廊を進みながら、思わず口を開く。薄紫の絨毯が敷かれ、左右の壁には高価そうなタペストリーが飾られている。散乱した壺や倒れた甲冑が混じり合って、何とも不思議な光景だ。
「おそらく、王太子殿下が混乱状態だったせいでしょうね。そもそも、統率するべき立場の人間がアイリス様に叩きのめされたので、指示系統がズタズタです」
カイルが肩をすくめる。確かに、アルベルトは処刑場であたしに完全に敗北した。あんな姿を部下たちが見たら、士気なんて底辺まで落ちるに決まってる。苦笑してしまうけれど、これが現実というのがなんとも皮肉だ。
「ま、このまま進むしかないわね。トップを押さえたら、あとは下っ端が勝手に降伏するでしょ」
「あ、アイリス様……よろしければ、城の間取りを地図にしてあります。そちらを参考に……」
後ろから控えめに声をかけてきたのは、赤髪のルークだ。彼が差し出すのは、かなり精密に描かれた城内の見取り図。どうやら事前に情報を集めていたのか、ところどころに手書きのメモまで書き込んである。
「へえ、意外とマメなのね。筋肉バカっぽいのに」
「あ、ありがとうございます! 褒めてもらえてうれしいです!」
「……褒めたわけじゃないけど」
言いながら、あたしは地図をざっと確認する。大広間を抜ければ、階段を上がった先に王族専用の居住エリアと玉座の間があるらしい。そこが“中枢”というわけね。
「はい、王太子……いえ、あの男がここで権勢を振るっていました」
無口なユリウスが、地図上の一角を指先で示す。そこには王族用の私室が並んでいるらしいけれど、あたしは玉座の間に目を留める。自分がどこまでやるのか、正直まだ迷いはある。けれど、ここまで来た以上は中途半端にはなれない。
「わかった。じゃあ一気に玉座の間に乗り込むわよ。兵士が残っているなら蹴散らして」
あたしが短く指示すると、騎士団員たちは「承知しました!」と即答する。……本当に遠慮がないというか、よくこんな危険な任務を喜々として引き受けるものだと思う。自分たちが仕えてきた王宮を荒らすことに躊躇がないのか、ちょっと気になる。
「すでに『王の名』っていう看板なんか、私たちの中では無意味なんですよ。アイリス様の命令のほうが、百倍も大事です」
レオンハルトが静かに言う。彼の声はどこまでも落ち着いていて、あたしに不安を抱かせない。騎士長としての信頼を得てきた男だとは聞いていたけれど、ここまで振り切れるなんて尋常じゃない。……まあ、今あたしが頼れるのは、こんな“狂った”騎士団だけだから、助かるけど。
そんなふうに考えていると、突然、廊下の先から数名の兵士が飛び出してきた。緋色のマントをつけているところを見るに、王族直轄の近衛兵だろうか。
「そこまでだ! これ以上進ませるわけにはいかん!」
「お前こそ、よくそんな弱そうな剣を振り回す気になるわね」
あたしが低く言い放つと、相手は明らかにうろたえた顔になる。たぶん、ここまで門や守衛を突破してきた段階で、正気を保てる兵などほぼ残っていないのだろう。それでも、こうして刃を向けてくるあたり、まだ忠誠心があるのか、ただの無謀か……。
「どけ。死にたくなかったら道を空けろ」
あたしが睨みつけると、横でカイルがニヤリとする。たぶんこの場を面白がっているんだろう。相手の兵たちはわずかに怯えた様子を見せるが、それでも構えを解かない。心底お人好しというか、勇敢なつもりなのか知らないけれど、まあ容赦はしない。
「くっ、魔王の力などに屈するものか……!」
「そう。なら、潰れるだけよ」
軽く手を振るだけで、濃密な闇の魔力が渦を巻く。廊下の奥から吹き上げる風圧に、兵士たちが驚いたように声を上げる。すぐさま床にひびが入り、彼らの足元を大きく砕き始めた。
「ぐあああっ!」
叫び声を上げる兵士たち。あたしは自分の力がどの程度なのか、まだ手探りの状態だけれど、彼らを押さえつけるには充分すぎる。追い風を受けたカイルが軽やかに跳躍し、ひとりの兵士の頭を鷲掴みにする。
「アイリス様に逆らうなんて、いい度胸だね!」
そのまま地面に叩きつけられた男の甲冑が派手に砕け、呻き声が響く。別の兵士がカイルを狙って剣を振るうが、その背後からルークが突っ込んで力任せに槍を振り回す。
「おらああああっ!」
大きな衝撃音とともに、兵士の身体が壁まで吹っ飛んだ。石材が割れ、豪華な壁画がズルズルと崩れ落ちる。そちらに目をやっている隙に、ユリウスがすっと兵士の背後を取って、無言のまま雷の魔法を手刀に込めて一撃を加える。
「……排除」
バリバリという音とともに兵士が意識を失う。あたしはあまりの鮮やかさに、ほとんど見惚れかける。正直、この騎士団全員がどうしてあたしみたいな“元・処刑対象”に服従しているのか、ますます不可解だ。それほどの実力を持つ連中が、なぜ?
「アイリス様、片付きました」
レオンハルトが剣を収める。彼だけは一度も敵に斬りかかることなく、ただあたしのそばで護衛するように立ち回っていた。今の戦闘も一瞬だった。倒れた兵士たちは床の上で動かない。血臭がさらに濃くなった気がするけれど、あたしの鼻はもう慣れてしまった。
「……進むわよ」
喉が少し渇いているのを感じつつ、あたしは歩を進める。レオンハルトをはじめとした騎士団がしんがりを務めるように周囲を警戒し、まるで王族の護衛みたいにあたしを守っているのが何とも皮肉だ。
廊下の角を曲がり、重厚な扉が見えてくる。そこには王家の紋章が刻まれていて――ここが玉座の間。もう迷いはない。
扉の前に陣取る騎士が、あたしの姿を見て表情を凍らせる。明らかに戦意喪失している顔だ。こうなると、もはや無駄な抵抗をやめればいいのに、彼は震える手で剣を構えている。ちょっと同情するけれど、今は譲歩する気はない。
「……やっぱり抵抗するの?」
「ひっ……」
弱々しい悲鳴を残して、その男は逃げるように扉を開ける。と同時に、玉座の間の奥から金切り声が飛び出してきた。
「き、貴様……何をやっている! 入れるな!」
どうやら、その声の主は王太子アルベルト……ではない。白髪混じりの貴族風な男が、椅子から転げ落ちそうな勢いで立ち上がっている。おそらく、この場の指揮を一時的に執っているのだろう。
「……あら、お出迎え?」
皮肉混じりに声を掛けながら、あたしは堂々と玉座の間に足を踏み入れる。騎士団が一気に散開して、まるであたしの背後を守るように配置についている。
「ば、ばかな……なんで女一人に、これほどの兵が……っ!」
男は目を見開きながら後ずさり、周囲に助けを求めるように視線を走らせる。が、そこにいる王宮の兵士たちはすでに顔が青ざめ、武器を握る手すら震えている。
「どうやら、もう誰もあんたを守ってくれないみたいだけど?」
「くっ……! だが、我々にはまだ誇りが――」
「そう。誇りがあるなら守れば?」
あたしが軽く手を上げると、黒い魔力の波紋が男の足元を這い回る。
見る間に石床がきしむ音を立てて歪む。男は絶望の色を浮かべながら、一歩も動けなくなる。
「あ……ああ……助けて……」
玉座の間にいた他の貴族たちも混乱の声を上げる。いい気味だ。この国の上層部は、今まであたしを“危険因子”としか見ていなかった。
ならば、自分たちが危険にさらされる立場になった時、同じ恐怖を噛み締めればいい。
「それで、王太子はどこ? あたしがここまで来たなら、出迎えるのが筋じゃない?」
問いかけながら、あたしは玉座の周りを見渡す。豪華な柱と天井が眩しいほど飾り立てられていて、玉座は金色の装飾に覆われている。……なんだかバカみたいに派手すぎる。こんなもので威厳を保っていたの?
「王太子殿下は……まだ意識が戻っていないようです」
部屋の隅に放置された担架を見ながら、レオンハルトがそう告げる。そこに横たわっているのは、血のついた布を巻かれたアルベルトの姿。処刑場でほぼ再起不能になったようで、かろうじて呼吸しているだけらしい。
「殿下! しっかりなさってください!」
白髪の貴族が悲鳴じみた声をあげる。だが、その声にアルベルトが反応を示すことはない。別に助ける気もないし、放っておけばいい。わざわざ止めは刺さないけれど、処刑されたのと同じようなものだろう。
「あの王太子がもうダメなら、この国のトップはいったい誰になるのかしらね?」
「そ、それは……もちろん、陛下がご存命なら……」
「その陛下とやらはどこ? 王宮のどこにも見当たらないんだけど」
黙り込んだ男を見下ろす。何も言えないのは、やはり王すらこの混乱を逃げ出したか、あるいは死んだか。どっちでも構わないが、とりあえず目の前にいる連中があたしに従うかどうかで未来が変わる。
「じゃあ、あたしがここを納めるってことでいい?」
そう言って、あたしは玉座をちらりと睨む。あの金ピカの椅子に座ってみようか、なんて考えが浮かぶ。もちろん冗談半分のつもりだけど、まったくその気がないわけじゃない。
「ば、ばかな……魔王などが、ここに座るというのか……!」
白髪の貴族が額に汗を浮かべながら息を呑む。彼の目には恐怖と憎悪が宿っている。
思えば、あたしはもともとこの国に仕えて、いずれは王太子の后になる立場だったはずだ。それが今では“魔王”として、王国を押さえ込んでいる。
「魔王だろうと悪役令嬢だろうと、どうでもいい。あんたたちが裏切ったんだから、これくらいの仕返しは当然でしょ」
淡々と答えるあたしを、貴族たちが絶望の表情で見つめる。騎士団は逆に、ものすごく幸せそうな顔をしている。少しは自重してほしいのだけど、まあ仕方ない。
「何なら、ここを完全に焼き尽くして跡形もなくすることもできるわ」
脅し半分の口調でそう言うと、男はわなわなと首を振る。そりゃそうよね、何もかも失いたくないなら、あたしに従うしかない。そうやって絶望に染まった顔を見ると、胸がほんの少しだけスッとする。あたしだって復讐心がある。やられっぱなしで終わるなんてまっぴらごめん。
「で、どうする? 選択肢は二つ。あたしに跪くか、ここで消し飛ぶか」
にこりと笑うあたしに、男は押しつぶされるような声で「ぐ……降伏……」と呟く。
すると、その周囲にいた貴族や兵士たちも次々とひれ伏す。
「アイリス様、やりましたね! これで“我らの国”が完成しつつありますよ!」
カイルが無邪気に手を叩く。あたしは、まばゆい玉座をじっと見つめながら深いため息をつく。たしかに、今の時点で王族も貴族も、戦意を失っている。この国の中枢はほぼ掌握したと言っていいだろう。すべてが上手くいきすぎるくらいだ。
「……そもそも、あたしが魔王として支配する必要があるのか、ちょっと考えるわ」
本音を言えば、王都なんて燃やし尽くしたくなるほど憎い気持ちはある。でも、復讐というのは案外むなしい。さらに、この騎士団が全力であたしを“推戴”してくるのが戸惑いの元だ。
滅ぼすより支配したほうがいい――そんな理屈を自分で納得するには、もう少し時間がかかりそう。
レオンハルトが静かに頭を下げる。
「我々は、どのような道でもお供します。アイリス様のためなら何でもやりましょう」
その言葉にあたしは少し苦笑する。どこまでが本気なのか、見分けがつかない。けれど彼の瞳は決して揺らいでいないように見える。背後のカイルやユリウス、ルークも同じ眼差しだ。
「……わかった。一旦は、この国を手中に収める。そのうえで、あたしが好きなように決めるわ」
そう言い切ったとき、玉座の間にいた誰もが息を飲む。あたしはちらりとアルベルトの担架を見下ろす。王太子が今後どうなるのか、知らない。あたしの決定ひとつで運命なんてどうとでもなる。その事実に、背筋がひんやりするくらいの威圧感を覚える。
でも、選んだのはあたし自身だ。処刑場で命を落とすはずだったあたしが、この国を制圧する側になった。この逆転劇に酔ってもいいのかもしれない。どうせ、もう引き返せない。やるしかないんだから。
「アイリス様、次のご命令はいかがなさいます?」
レオンハルトが恭しく膝をついて聞いてくる。玉座の周囲では、貴族たちが必死に頭を下げている。兵士もおびえた目でこちらを見ているし、城下の民衆だって大混乱だろう。
けれど、嘲笑う余裕はない。今あたしの胸に湧き上がっているのは、変な達成感よりも“戸惑い”に近い感情だから。
「……あたしがここを支配したってこと、まずは外に知らせる必要があるわね。これで国民がどう出るのか。嫌でも“魔王”ってやつを受け入れるしかなくなるでしょ」
「素晴らしいお考えです、アイリス様!」
カイルがぱちぱちと手を叩き、ルークやユリウスも無言で頷く。どうやら反対意見はなさそうだ。あたしは唇を引き結び、玉座の前に立つ。
「じゃあ、一度だけ座ってみようか。こんなの興味なかったけど」
小さく息を吐き、豪華絢爛な椅子に腰を下ろす。クッションの感触がやたらと柔らかく、なんだか気持ち悪い。ああ、こんな椅子で王太子はふんぞり返っていたのか。いや、くだらないわね。
「似合います、アイリス様」
レオンハルトが心底うっとりした顔であたしを見ている。その視線が妙にこそばゆくて、思わず逸らしたくなる。
「……やめてよ、そんな恥ずかしい顔するの」
「申し訳ありません。あまりにも美しく、そして威厳に満ちたお姿なので」
もう、なんなのこの騎士は。あたしは呆れつつも、少しだけ頬が熱い。
ここで照れてる場合じゃないんだけど、騎士団の全員から一斉に敬礼されると、さすがに破壊力がある。
「はあ……まったく、こっちが正気を疑うわ。あんたたち、狂ってるんじゃないの?」
そう言ってしまうが、返ってきたのは一切の迷いがない真顔と「はい、狂っております」という答えだった。冗談でも何でもなく、彼らは本気だろう。
王太子が失脚し、王宮を制圧したこの瞬間。あたしは国を滅ぼすか支配するかの岐路にいる。自分がいったいどちらを選ぶのか、まだはっきりしない。けれど、たぶんこの騎士団があたしを甘やかす勢いはどんどん加速していきそうだ。今だって彼らの忠誠心は相当なものなのに、これ以上どうなるというのか。
「ふふ……ほんとに、どうしてこんなことになってるんだか」
嘲笑とも自嘲ともつかない笑みを漏らしながら、あたしは玉座の肘掛けを軽く叩く。
胸の奥にわだかまっている“迷い”と“復讐心”は、そう簡単に消えそうもない。でも、この国のすべてを“魔王”の名の下に掌握してしまうなら、それも解決に向かうのかもしれない。
「……いいわ。あんたたちがそこまで言うなら、あたしに従いなさい。中途半端な忠誠は許さないからね」
騎士団は一斉に頭を下げる。そんな彼らの様子を見ながら、あたしは複雑な気分を抱えたまま、ゆっくりと目を伏せる。大勢の貴族や兵士が地に伏し、玉座の間はひたすら静まり返っている。まるで、この国の新たな支配者を認めたかのように。
「王太子には“必要ない”って言われたけど、それならあたしが全部奪うだけ。そう思わない?」
ぽつりと呟く声は自分でも驚くほど冷たい。だけどもう引けない。処刑場で燃え上がった怒りが、今もあたしの中でくすぶっている。騎士団がそれを焚き付けるのか、あるいは違う道を示すのかは、これからわかること。
とにかく、この国の支配はほぼあたしの手の内にある。民衆がどう出るのか、考えるのはこれからだ。
深く息を吐き、視線をめぐらせる。嫌でも視線がぶつかる騎士たちが、いっせいにあたしへ微笑みかけてくる。やっぱり狂ってる。だけど、悪い気分じゃない。
あたしにとっては、その“狂気”こそが救いになるのかもしれない。
「ふん……じゃあ、始めましょうか、この国づくりを。あたしを処刑しようとした王国を、好き勝手に作り変えるわよ」
そう宣言すると、レオンハルトがさらに深く頭を垂れる。視線を感じて、カイルやユリウス、ルークも嬉々としてうなずく。
自分の意志で決めたからには、もう迷わない。王都を、いや、王国全土をあたしの色に染めてやる。
それが今のあたしにできる“報復”であり、“始まり”なのだから。
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