第1章 処刑と覚醒 〜絶望からの魔王覚醒〜
あたしは今、王都の処刑場の真ん中に膝をついている。両腕は荒々しい鎖で縛られたまま、うつむくしかない。肌に触れる石畳は冷たくて、薄暗い空気が肺に入り込むたびに、ぎゅうっと胸が苦しくなる。
だけど一番苦しいのは、この状況そのものだ。
「悪役令嬢の最期なんて、こんなものね!」 「見てよ、あの顔……哀れだわ」 「王太子殿下に捨てられた報いよ!」
周囲から聞こえる嘲笑の声に、あたしの神経がひりついていく。処刑場の鉄柵の外には野次馬がぎっしりと詰めかけている。みんな口々に好き勝手な言葉を投げかけ、まるで見世物でも見るかのような好奇心に満ちている。
……馬鹿馬鹿しい。こんなくだらない“劇”をするために、あたしは今ここにいるわけじゃないのに。
それでも、あたしは目の前に立つ彼――アルベルト王太子の顔から目を離せない。ふだんは気品をまとった笑みを浮かべていたその口元が、今は嘲りに歪んでいる。あたしを見下す青い瞳が、ぞっとするほど冷たい。
「アイリス・フォン・クラウゼル。お前は王国のために不要だ。ここで始末されるのが妥当だろう」
突き刺さる言葉に、胸がギリギリと締めつけられる。
数刻前まで「あたしと共に国を支えてほしい」と言ってくれていたのは誰だったの?
そんな未来図、すべて幻だったのか。
いつかこの国を平和に導くために、とあたしが必死で研究した魔法や戦略……その成果はなんだったの?
「……あなた、今さら何を言ってるの」
自分の声がかすれているのがわかる。悔しさと怒りがごちゃまぜになって、のどの奥で黒い熱が渦を巻く。だけど王太子は、あたしに一瞥くれるだけで、わずかに唇を吊り上げる。
「簡単なことだ。お前は魔王の血を引いている。しかも、最近その力が覚醒し始めていると聞いた。王国にとって危険すぎる存在なんだよ」
「魔王の血……そんなの、昔から言われてきた迷信でしょう?」
信じたくない。確かに、あたしの家系には“その噂”が絶えず囁かれていた。だけど、あたしはそれを恐れて生きてきたわけじゃない。むしろ、国のために力を活かそうとして――
「必要ないとは、そういうことだ。国を護るどころか、いずれ災いを呼び込む女。お前には死んでもらうしかない」
王太子が鋭く言い放つと、待ち構えていた処刑人が巨大な剣を肩に担ぐ。ごつごつした鉄の輪が地面を擦る音が、なんとも不吉だ。処刑の時が近づいている。
あたしの頭の中が白くなる。涙などとうに枯れ果ててるはずなのに、視界がにじんでいるような気がする。そんなあたしを面白がるように、観衆たちは口々に笑い声をあげている。
「悪役令嬢!」「うわ、目が真っ赤!」「魔王の血? 最悪じゃない?」
聞き流そうとしても、耳にこびりつく。心臓が強く鼓動を打つたび、体の奥底にじわじわとした熱が広がる。
胸の奥から、小さく、だがはっきりと声が聞こえた気がした。
――力が欲しいか?
……今のは、誰の声? 脳裏に響くその問いかけが、あたしの意識をかき乱していく。
目を閉じると、黒い影のようなものがちらついて、何かが囁く。
――ならば、お前は誰を滅ぼす?
まるで悪魔と契約するような言葉だ。だとしても、あたしは……。
「処刑を始めろ!」
王太子の合図と同時に、処刑人が巨大な剣を振りかぶる。観衆の息が詰まったように一瞬静まる。それはまるで、あたしの最後を待ち望む舞台の幕開けみたいに、嫌なほど完璧なタイミングだ。
「……こんな茶番、冗談じゃないわよ」
ぼそりと呟いた瞬間、自分でも驚くほどの怒りが湧き上がる。まるで底なしの黒い沼に沈んでいた心が、一気に沸騰するような感覚。あたしを裏切った王太子、嘲笑う観衆、そして無数の鎖ががんじがらめにするこの“王国”そのものが、憎くてたまらない。
剣が振り下ろされる刹那、あたしは思わず大声を張り上げる。
「ふざけるなああああああっ!」
……ドンッ、と足元が爆発したみたいに大地が揺れる。焼け焦げたような匂いと共に、石畳が大きくひび割れて処刑台が崩落する。
えっ?
状況を理解するより先に、あたしの頭の中を赤い閃光が突き抜ける。
「きゃああああ!」という悲鳴があちこちで上がって、野次馬たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ惑うのが見える。
処刑人はあたしの目の前で転倒し、剣を地面に突き立ててから慌てふためいている。
……何これ。あたし、何をしたの?
「……お前は……魔王?」
王太子の声が震えている。かすかな埃を払いのけながら、あたしはゆっくりと顔を上げる。
あたしの視界は赤く染まっている……いや、周囲に真紅の魔力が揺らめいているのが見える。
「魔王? 呼びたいならそう呼べばいいじゃない」
我ながら冷たい声が口からこぼれて、ぞっとするほどの怒りがそこにこもっている。鎖で縛られた手をぐっと力任せに引っ張ると、金属が軋む音を立て、そのまま砕け散った。
「あ……ありえない……」
王太子が信じられないものを見るように、後ずさっていく。その姿を見た途端、あたしの唇からふっと冷たい笑いがこぼれた。何をしたって言うの? 不要と言ったのはどこの誰?
「……ひとつ、教えてちょうだい。国のために尽くしてきたあたしが、どうして処刑されなきゃならないのかしら? お前たちが守りたかったのは、“国”じゃなくて、自分の身分と評判だけなんじゃない?」
一歩一歩、アルベルトに近づいていく。彼はうろたえたように周囲を見回す。護衛の兵士たちは恐怖に足をすくませたまま動こうとしない。
「だったら……あんたたち全員、いらないわね」
あたしが手を振ると、目に見えない衝撃波のような魔力が周囲を吹き飛ばす。たまりかねた群衆が一斉に逃げ出し、悲鳴の嵐が処刑場を包む。爆音と砂煙が舞い上がり、血の匂いが鼻を突く。
「ひっ……! やめろ……来るな!」
地面に尻餅をついたままのアルベルトが、醜く足をばたつかせている。いつもは偉そうにふんぞり返っていたくせに、その姿は見るに堪えないほど惨めだ。
「どうして? 必要ないんでしょう? ――ならば、消えてよ」
苛立ちと憎悪が混じった感情に、あたしの胸が熱くなる。今なら何でも壊せそう。いや、壊せる。こんな国、こんな王太子、すべてぶち壊してやる。そう思ったその時。
「お待ちください、アイリス様」
突然、耳元に落ち着いた低い声が聞こえる。誰?
振り返った先には、黒髪の騎士がひざまずいている。鋭い灰色の瞳をまっすぐあたしに向けて、血の付いた剣を地面に突き立てたまま、恭しく頭を垂れている。
「あなた……誰?」
「……私はレオンハルト・フォン・エーベルハルト。かつて王国の騎士団長を務めておりました。しかし、今この瞬間より――アイリス様の忠実な下僕です」
意味がわからない。混乱するあたしをよそに、その黒髪の騎士は揺るぎない姿勢を崩さない。すると、その後ろからぞろぞろと騎士たちが集まり、一斉にかしずくように膝をつく。
「我らも同じく。アイリス様こそ、真に王国を導く存在だと信じております」
銀髪で笑顔の軽薄そうな騎士が口を開く。手には風をまとったような輝く魔法の痕跡があり、さっきまで何か戦っていたようにも見える。
「貴女の意志にこそ、我々は従います」
無言でこちらを見つめる金髪の騎士もいれば、赤髪でずいぶん筋肉質な男が「俺が何でもぶっ壊します!」とわけのわからないテンションで吠えてくる。
……何? どういうこと? さっきまでの処刑の流れとは一体?
「ふざけないで。今さらそんなこと言われても、あたしには理解できないわ」
あたしは思わず棘のある声を返す。だって、本当に意味がわからない。王国の最強騎士団と言われる連中が、殺されるはずだったあたしに跪いているなんて、こんなの悪い夢か何かじゃないの?
「アイリス様、どうかこの国を……いえ、この世界をお導きください」
騎士団長らしきレオンハルトが、さらに頭を下げる。その姿は凄絶なまでに誠実で、嘘をついてるようには見えない。むしろ、本心からあたしを崇めているような――正直、気味が悪いほどだ。
「……なんで、あたしをそんなに崇めるのよ」
「アイリス様こそが、この国を救い、そして新たに征服する資格を持つお方だからです」
まるで教典でも唱えるように、騎士団の誰もが同じような視線をあたしに向けてくる。
ちょ、やめてよ……急にそんな恭順の態度を取られても困る。殺されるはずだったのに、どうしてこうなってるの。
「アイリス様、処刑されるなんてあり得ません。貴女は魔王の力をお持ちです。むしろ、こちらが命を預けたい」
銀髪の騎士――カイルと名乗った男が、軽薄そうな口調で肩をすくめる。だけど、その瞳は酷くまっすぐで、嘘がまったく感じられない。
「アイリス様は……悪くない」
無言の騎士、ユリウスと呼ばれているらしい青年が小さく呟く。……なんなの、そのあどけない表情。こっちが戸惑っちゃう。
「待って。あたし、全部めちゃくちゃにしてやろうって思ったのよ。なのに、どうしてあんたたちはあたしに従うわけ?」
「あえて言うなら、“惚れ込みました”」
レオンハルトがさらりと言う。惚れ込んだ? 正気? 普通はこんな場面、逃げ出すでしょう。
「貴女のその圧倒的な力、そして揺るぎない自尊心。私たちは、そこに真の統率者の姿を見ました」
騎士団がいっせいにうなずく。背筋を伸ばした彼らの姿は確かに壮観なんだけど、あたしの頭は追いつかない。アルベルトは処刑台の残骸に寄りかかったまま、震える唇でこちらを睨んでいる。
「お前たち……裏切ったのか……! 国王の名の下に、誓いを立てたじゃないか!」
その叫びに、レオンハルトは冷淡な視線を返す。
「確かに、我々は王国の騎士でした。しかし、今、我らが守るべきはアイリス様。その方が正しい判断だ」
「バカな……!」
アルベルトが怒りに身を震わせる。けれど、その様子を見た騎士たちはまったく動じない。むしろあたしを守るように円陣を組んで、こちらに視線を向けてくる。
「アイリス様、王太子の処分をどうなさいます?」
レオンハルトが真面目な声で尋ねる。あたしは唾を飲みこむ。さっきまでは、血の海に沈めてやろうくらいの憎悪があった。でも、こうやって現実を突きつけられると、あたし自身が戸惑っているのがわかる。国への復讐? 王太子の抹殺? それを本当にやるの?
「それよりも、あたしを処刑しようとしたことのほうが重罪なんじゃないの?」
言いながら、目を細める。今さら処罰しても仕方ない。もうあたしは、戻る場所なんてない。そう、徹底的に破壊してやるしかないのよ……この国すべてを。
「いいわ。滅ぼすのが面倒なら、跪かせればいい。それで足りないなら、まとめてぶっ壊す。あんたたちは、そんなあたしに従う覚悟があるの?」
そう問いかけると、レオンハルトは顔を上げ、かすかに微笑む。
「もちろんです。死ねとおっしゃるなら、喜んで」
「……気味が悪いほど徹底してるのね」
そう呟いたあたしを、今度は赤髪の騎士――ルークが大声で呼ぶ。
「アイリス様! この国なんてすぐにでも屈服させましょう!」
「うるさいわね、勝手に仕切らないで」
一喝すると、ルークはまるで褒められた子犬みたいに顔を輝かせる。
なんなの? こいつら、ちょっと狂ってない? あたしはまた頭を抱えたくなる。
しかし、処刑場う血生臭い空気と、周囲の瓦礫を見るたびに思い出す。あの怒りと絶望。……あたしは確かに、この国に裏切られたのだ。ならば今さら、手を引く理由もない。
「……いいわ。もう知ったことじゃない。あたしはこの国を跪かせるわ」
そう告げると、騎士たちが一斉に「はっ!」と声を揃えて敬礼する。その光景があまりに滑稽で、あたしはつい苦笑してしまう。
「アルベルト、あんたが王国にとって不要だと言ったのよね? じゃあ、その言葉、あんたにそっくり返してあげる」
恐怖に目を見開くアルベルト。そこへ、カイルが軽口を叩きながら近づく。
「アイリス様、どう処分します? とりあえず痛めつける? それとも……ゴミ箱に捨てます?」
「……別に、どっちでもいいわよ。好きにすれば」
あたしが吐き捨てると、カイルはにこっと笑う。アルベルトがギョッとした顔で逃げようとするが、近くにいたレオンハルトが手刀のようなものであっさりと沈黙させた。倒れ込む王太子を見下ろしながら、彼は恍惚とした声で呟く。
「アイリス様、これで王家の一角は陥落しました。あとは、城を占領するだけです。どうか、次のご命令を」
「はあ……なんなの、まったく」
あたしは心底呆れた気持ちを抱えながら、ガレキまみれの処刑場を見渡す。血と煙の混じった匂いが鼻を突く。でも、不思議と悲惨な気分ではない。むしろ、開き直った清々しさすら感じている。
――どうせこの国には、あたしの居場所なんてない。それなら、支配してしまえばいいじゃない。あたしのものにして、それでも文句があるなら、遠慮なく徹底的に叩き潰す。
「あんたたち、本当に後悔しないのね?」
何度目かの確認にも、レオンハルトをはじめ騎士団は揃って力強くうなずく。目がイッてるんじゃないかってくらい、まっすぐにあたしを見ている。
「ええ。私たちはアイリス様に命を捧げます。どうか、この身をお使いください」
「……わかったわ。じゃあ、ついてきなさい」
まるで自分じゃないみたいに、言葉がすらすらと出てくる。そんなあたしの心の奥から、再びあの声が聞こえてきた。――力が欲しいか? ならば、すべてを受け入れろ。まるで悪魔の囁きのように響くその言葉を、今のあたしは不思議と拒否する気になれない。
「王国への復讐? そうね……そんな生ぬるい表現じゃ足りないわ。全部奪って、全部支配してやる」
そう呟くと、騎士団の誰かが小さく「おお……」と感嘆の声を漏らす。あたしはそのまま石畳を踏みしめて歩き出す。足元には砕けた処刑台の破片が転がり、血や埃で汚れている。でも、赤い瞳をぎらりと光らせているあたしを止められる者は、もういない。
「じゃあ、まずは城へ行くわよ。あんな王宮、あたしが頂いてあげる」
「アイリス様、私がお供します!」
「……みんなまとめて来なさいよ」
あたしがそう言い放つと、騎士団は「はっ!」とまた力強く答え、一斉に跪く。ちょっと待って、そういう儀式的な動作はやめて欲しい。恥ずかしいというか、目立つんだから。
「いいから立って。時間のムダ」
「はい、立ちます!」
団長のレオンハルトが素早く立ち上がり、部下たちに目配せをする。すぐさま隊列を組む彼らを見て、あたしはため息をつきつつも、内心嫌じゃないと感じている自分に気づく。こんな混乱の極みにあるのに、不思議な高揚感がある。
――私は、本当にこれでよかったのか?
ほんのわずかな迷いが胸をかすめる。国を救うために頑張ってきたはずなのに、今は国を滅ぼす側に回ろうとしている。でも、あたしを捨てたのは王国のほうだ。そうでしょう? ならば文句を言われる筋合いなんてない。
「アイリス様、次の命令を!」
横に並んだカイルが楽しそうに尋ねる。まるで遠足の計画を立てている子どもみたいな明るい口調に、思わず苦笑いをしてしまう。どうしてこんな連中があたしに従うのか……未だによくわからない。
「……とりあえず、王宮に行く。それで、勝手に王座に座ってみせるわ。あたしがこの国を支配するって、知らしめてやる」
自分で言っていて、なんともバカげた発想だと思う。でも、それくらい破天荒じゃなきゃやってられない。あたしをここまで追い詰めた連中が悪いんだから。
「かしこまりました! アイリス様、最高ですね」
カイルが軽口を叩きながら笑い、ルークが「アイリス様のためなら何でも破壊します!」と筋肉を誇示し、ユリウスは黙って頷く。一方のレオンハルトは無表情で耳を澄ましている。
遠くで聞こえる悲鳴や怒号は、まだこの混乱が収まっていない証拠だ。兵士たちはなす術もなく逃げ散り、処刑場の周りは修羅場そのもの。にもかかわらず、この騎士団だけは妙に落ち着いている。いや、落ち着いているというより、あたしに心酔しているように見える。正気かどうか微妙だけど。
「ふう……」
ひとまず深呼吸して、荒れた空気を胸に取り込む。鉄の錆びた匂いと血の臭いが混ざり合って気分が悪いはずなのに、不思議と吐き気はしない。体中が熱を帯びていて、むしろやる気に満ちている。すべてを滅ぼす……いや、屈服させる。そのための力なら、もうあたしは何も怖くない。
「じゃあ、行くわよ」
あたしが先頭に立ち、一歩踏み出す。それに続くようにして、レオンハルトたちが隊列を整える。砕けた石畳を踏みしめ、壊れた処刑台を通り過ぎると、城へと続く道が遠くに見えてきた。
思えばついさっきまで、あたしは絶望のまっただ中にいた。それが今は、自分でも信じられないほど高揚している。国のために生きてきたはずが、この国を跪かせる覚悟を決めた。皮肉なものだけど、それが今のあたしの答え。
「王太子はどうします、アイリス様? 放置しておきます?」
カイルが振り返って尋ねる。そこには、処刑台の残骸のあたりで気絶しているアルベルトが転がっている。正直、今のあたしの興味はもうそこにない。
「好きにすれば。あんなやつ、死ぬなら死ねばいいわ」
冷たく言い放つと、騎士たちは笑みをこぼす。まるで、あたしの無慈悲さを称賛するかのように。
「はっはー、アイリス様はやっぱり最高です!」
「騒がないで」
あたしがうんざり顔で返すと、カイルは悪びれた様子もなく頷く。そして、すぐにユリウスとルークが王太子の始末に向かったようだ。やり方は知らないし、興味もない。これで一応は区切りがつくんでしょうね。
「アイリス様、早速ですが城へ攻め込みましょう。あそこにはまだ残党がいます」
レオンハルトが冷静に進言してくる。その瞳には、あたしへの忠誠が揺らぎなく映っている。……変なものね。いつか、こんな感じで肩を並べて国を護りたかったのに。
「そうね。もう止まらないわ」
やけに晴れ渡った空を見上げながら、あたしは口角を上げる。光が差すわりに空気はひんやりとしていて、肌を刺すような冷たさを感じる。でも、その冷たさが今のあたしの怒りを冷やすどころか、むしろ背中を押してくれるみたいだ。
「滅ぼす……か。ま、面白くなってきたわね」
自分でつぶやいた言葉に、内心苦笑する。だってあたしは本当に、ここまで追い詰められてしまったのだから。中途半端な情けはもう必要ない。裏切りに裏切りを返す、それだけのこと。
振り向けば、騎士たちが一列に並んであたしを待っている。彼らの目は凶暴な光を宿しながらも、あたしに対する絶対的な忠誠がにじんでいる。どこか怖い気もするけれど、同時に悪くないとも感じる。この国が捨てたあたしを拾ったのは、このいかれた騎士団なのだから。
「何よ、その顔。さっさとついてきなさい」
「もちろんです、アイリス様」
レオンハルトの声に、周囲の騎士たちも一斉に「はい!」と力強い返事をする。あたしが小走りに前へ進めば、金属の鎧がぶつかり合う音が続き、背後からは騎士団全員の足音が響いてくる。
……こうやって、あたしの“復讐”は始まる。あるいは、この国の再編とも呼ぶべき大事件。誰が止められるの? いいわ、止められるものなら止めてみなさい。あたしはもう、覚悟を決めたのだから。
「覚えておきなさい――この国ごと、跪かせてあげる」
そう宣言して、あたしは大通りをまっすぐに歩き出す。後方で絶叫や混乱がうごめいているのを背に、騎士団の足音が規則正しくついてくる。王城の尖塔が遠くに見えるけれど、その頂を見据えながら胸がどきりと騒ぐ。
確かに心は重い。だけど、あたしの中には赤い力が滾っていて、燃えるような怒りと奇妙な高揚感が混在している。この力は恐ろしい。でも、今は手放す気はない。そう、散々こき使われて、挙げ句処刑されるなんて、まっぴらごめんだもの。
「アイリス様! 城門まであと少しです」
レオンハルトの声が追いかけてくる。あたしはそれに答えず、ただ前へ前へと足を進める。どうなるかなんて誰にもわからないけれど――少なくとも、あたしはもう逃げない。ここまで来たら、裏切った連中に思い知らせるしかない。
「覚悟なさいよ、アルセナ王国。あんたたちが捨てたのは、たった一人の令嬢じゃない。“魔王”だってこと、今になって思い知るがいいわ」
そんな決意をかみ締めながら、あたしは城へ向かう大通りを突き進んでいく。
後ろでは、カイルたちが「アイリス様、かっこいい!」と嬉しそうに騒いでいる。……やめろ、うるさい。恥ずかしい。
でも、まあ……悪い気はしないかもしれない。これからどんな血塗れの未来が待ち受けているかはわからない。でも、その先で何を手に入れるかは、あたしが決めることだ。
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