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悪路を進む

凍りついたように黙り込む彼女に、俺はヤケになりながら言った。


「伯爵家のご令嬢だってさ。深窓の令嬢と名高く、滅多に社交の場に出てこない。気位の高い、面倒な女に違いない」


イーサンの咎める視線を感じながら、俺は葉巻に火をつけた。

煙がふわりと揺れる。

そこで、ようやくグレースが我に返ったように俺の腕に取り下がって言った。


「ま、待って!じゃあ、マシューは望んでないの?」


「当たり前だろ!誰があんな……」


ひとを家畜か何かのように思ってる結婚なんか、したいと思うかよ!


そう言おうとしたが、流石に女性の前だ。

言葉をつぐむ。

グレースは、呑み込んだ俺の言葉に怪訝そうに俺を見てきたが、やがてぽつりと言った。


「私は……嫌だな」


「グレース」


驚いて目を見開く。

グレースは、俯きながら、ちいさな声で続ける。


「マシューが結婚しちゃうなんて。……じゃあ、もうここには来ない?」


縋るようにグレースが俺を見る。

そこで、はじめて俺は彼女の気持ちを知った。


「グレース。マシューは結婚するんだよ」


「いいや、しないね」


「マシュー」


イーサンが咎めるように俺を見る。

だけど俺はそれには構わず、グレースに言った。


「ここに来ない理由がない。仕事終わりにここでいっぱいやるまでが、俺のルーチンワークだからね」


「それじゃあ……!」


「俺が誰と結婚するかは、俺が決める。少なくとも、その相手は彼女じゃない」


グレースに答えることなく、俺は席を立った。

イーサンも同様に席を立ち、帰り支度を進める。


すると、グレースが俺の服の裾を掴んだ。


「私じゃダメ?」


「グレース、きみ何言って」


「イーサンは黙ってて!!ねえ、マシュー」


グレースの目は真剣だった。

だけど、だからこそ最初、何を言っているのか分からなかった。

驚きに息を呑む俺に、彼女はさらに言った。


「恋人がいる、っていえばいいよ。上の人たちは、それ以上言えなくなるかもしれない」


「……」


「ね、マシュー。私を利用して」


恋人がいる。

それは、案外いい断り文句のように思えた。


神殿も父親も、王家だって、俺に恋人を捨てさせてまで、政略結婚させる気はないはずだ。


既に彼女に子が宿っているとでも嘘を吐けばいい。


公爵家と伯爵家の結婚。

王家と神殿主導の、黒魔道士と白魔道士の結婚。

ケチはつけたくないだろう。


子供の件は勘違いだったとか、ほかの男の子だったとか、後からいくらでも誤魔化しが効く。


ひとまず、この婚約を回避出来ればそれでいいのだ。

現役の黒魔道士は三十人ほどしかいないが、それでも俺の代わりは探せばいるはずだ、


そう思った俺は、彼女の提案に、乗ることにした。





グレースと結託し、嘘を吐く。

既に彼女が子を宿していると父に報告すれば、殴られたが、婚約の件は考え直すと言った。


これで、カーター家との婚約は防げたのだ。

そう思っていた。


しかし。


「あー……なんだ。先方がな、それでもよいと」


「は……!?」


「王家と神殿も、彼女を愛人として置くならそれで構わないと、そういうお考えだ。それで、だな。……カーター家との婚約が正式に決まった」


結局、俺の企てなど意味がなかったのだ。





正式に、婚約が決まった。

それをグレースに報告すると、彼女は狼狽え、泣きそうな顔になった。


「ねえ……。それなら、嘘を真実にしちゃおうよ」


「は?」


「子供が産まれたら、きっと……。王様も考え直してくれる」


カーター家の娘との結婚は、今から一年後。


神殿、王家、カーター家は、グレースの妊娠を承知の上でこの婚約を進めている。

だけど実際、結婚前(というか直前)に愛人が子を産めば、さすがに婚約を見直すかもしれないと、グレースはそういったのだ。


そもそも、グレースは子を宿していない。

このままでは、とうぜん赤子も生まれない。


彼女の言葉に狼狽えたのは、俺だった。


俺はグレースを愛していない。

彼女のことはこの件が終わったら関係を切るつもりだったのだ。


だけど、彼女がそういってから、ようやく気がついた。


グレースは、追い詰められていた。

公爵家の使用人に事実関係を改められ、白眼視され、圧力をかけられ。

別れるよう再三、神殿からも言われ、実家の酒場にも嫌がらせをされていた。

悪評を流され、それでも彼女は微笑んでいた。


『大丈夫だよ、私から言い出したことなんだし』と。


俺はそれに甘えていたのだ。

いつの間にか、いや、いつからか。

彼女はとっくに限界を迎えていた。


酒場にいた頃は溌剌としていたのに、見る影もない。


彼女は震える手で、俺のシャツを掴んでいた。


もはや、彼女が頼れるのは俺だけなのだろう。

神殿に圧力をかけられ、悪評を流された彼女は友人も失った。


「……ごめん、グレース」


俺は謝った。

安易な気持ちで彼女を巻き込んでしまったこと。

そして、彼女に全てを捨てさせてしまったこと。


こうすれば、少しは彼女の気も軽くなるかと思い──そのくちびるに口付けた。

グレースは、泣きながらも、微笑んだ。

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