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1度目の白い(政略)結婚


平安時代から続く、名家中の名家、高階(たかしな)家。

明治時代に叙爵され、華族の地位にあった。


昭和八年。

そこのひとり娘として、私は生まれた。


高階家は莫大な資産と、広大な土地を持っていた。

だけど第二次世界大戦を経て、没落の危機に陥ることになる。


「華族制度の廃止だと……!?」


父が、目を剥いて、新聞を机に叩きつけた。


──昭和22年。

第二次世界大戦で敗戦した日本は、アメリカGHQの介入を受けて、新たに日本国憲法を発布した。

華族は、それまでの優遇処置が廃止され、とんでもない固定資産税を支払うよう国から命じられた。


そんな大金、払えるはずもなかった。


父は、苦肉の策で、新興企業の……つまり、金持ちの男と私を結婚をさせることに決めたのだ。


高階家は、没落しないための金が欲しい。

結婚相手の字波(あざなみ)家は、元華族である高階家の名が欲しい。


互いに利のある婚約だった。


お見合い当日。

対面した男性は、穏やかそうなひとで、私は安心した。


これから、長い人生を共にするのだ。


妻として、彼を支えなければ。

高階の名に恥じない振る舞いをしなければ。

私は決意した。


婚約中は、穏やかに、優しい時間を過ごした。


美術館に、湖でのボート。

花見の帰りには、着飾った姿を残そうと彼が言って、写真を撮った。


穏やかで、落ち着いていて、優しいひと。


そんな彼に、私が惹かれるのは時間の問題だった。





──だけどすぐに、私は思い知ることになるのだ。




「花恋、先に言っておくが私には愛するひとがいる。きみを愛することはできない」


「え……」


初夜の、布団の上。

私と彼は、対面に正座していた。

彼──正一さんは、眉を寄せ言った。


「想う女性(ひと)がいる。彼女とは故あって結婚できない……。だけど、私のこころは、彼女にある。あなたでは、ないんだ」


ざっくりと、心臓を切りつけられたかのような気持ちになった。

目の前が暗くなったように感じて、私は彼にとりすがる。

みっともない行いだと、自覚していながら。


「そんな……そんなこと、どうして今言うのですか!?ずっと、ずっと私を騙して……!」


婚約中、彼はそんな素振りを一切見せなかった。

一言だって、ほかの女性の話はしなかった。

感情的になって涙を浮かべる私に、彼がため息を吐いた。……煩わしそうに。


「私は、必ずあなたと結婚しなければならなかった。事情は知っているだろう?見栄張りの父が、どうしてもあなたと結婚するようにとうるさかったんだ」


「では……。私が婚約を破談にしないように……断らないように、黙っていたのですね」


「まあ、言ったところであなたの方から破談の申し入れなんて出来るはずがないとは、知っていたけどね。それでも、万が一、のことを考えたのさ。私は、歴史ばかりが古い、由緒正しいお家柄の人間ではないからね。私は、この婚約をビジネスだと思っている」


「…………」


全部、全部嘘だったのだ。


あの湖でのボートも。

共に見た、絵画も……。


彼が私に食べさせたかった、と持ってきてくれたグロス・ミッシェルの味を思い出す。


『美味しいでしょう?高い買い物でしたが、あなたのそんな顔を見られたならお釣りが来ますね。ほら、もっと食べて。私に、その顔をもっと見せてください』


そう言って、彼は私にその果物を食べさせた。

そのまま、口付けを受けて。


……あれが、私の初めての口付けだったのだ。


嬉しかった。幸せだと思った。

素敵な、思い出だったのだ。


だけどあれも全て演技だった。

私を騙すための行動に過ぎなかったのだ。

黙り込む私に、彼が冷たく言った。


「私は、愛人を家に入れるよ」


「──」


「子は、彼女に産んでもらう。あなたは……そうだな。この家で、とにかく目立つことなく生活をしなさい。家政婦長にそう言っておく。そもそも私は、没落しかけの貴家を救ってやったんだ。衣食住が保証されているだけありがたく思いなさい」


そう言って、夫となったばかりの男は、部屋を出ていった。


部屋に残されたのは、私ひとり。


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