字波花恋という女
「いや、だってお前……カレンだろう?その顔に、その声、その髪!汚らしい白髪頭!!」
「しらっ……」
あまりの暴言に周囲のひとが絶句する。
そうよね、そう。
正一さんの反応は、至ってふつうのものだ。
前世の世界では、ね。
だけどここは、アイライド帝国。
だいたいのひとは金髪か茶髪だ。
私と似た髪色を持つひとがほとんどのこの国で、彼のその暴言はいただけなかった。
神官の眉が寄り、正一さんはやっとそれで、自身の発言がまずかったことに気がついたようだ。
「ああ、いや……。……ここは、異世界、なのか?ほんとうに?」
気まずそうに視線を逸らし、正一さんが言う。
それに答えたのは、神官だった。
「先程から何度も申し上げているとおり、ここは異世界で、あなたの知る世界とは異なります。あなたは、選ばれたのですよ」
「選ばれた……?」
「ひとまず、詳しい話はこちらへ。白魔道士、黒魔道士の皆様、ご助力いただきましてありがとうございました」
神官が頭を下げて、正一さんと共に去っていく。
その後ろ姿を見送ってから、私はため息を吐いた。
(どうにか誤魔化せた……)
白魔道士と黒魔道士の面々がそれぞれ帰り支度を整えている中、マシュー様が話しかけてくる。
「あれは、きみの知り合いなのか」
私は、そしらぬ顔で答えた。
「さあ……。どなたかと、間違えられているのでは?他人の空似、というやつです」
「そうか……。しかし、あの男はとんでもなく失礼なやつだな。言うに事欠いて、白髪頭だと?こんなに美しい髪を……」
マシュー様が、顔を顰めてそう言った。
その言葉に、少しだけくすぐったくなる。
「……ありがとうございます。大丈夫ですわ、気にしていませんから」
☆
後日、異世界からの客人の名前が【字波 正一】であると大々的に周知された。
やはり、文献通り彼は、白魔術と黒魔術の両方を使えるようだ。
しかし、素質があると言うだけで完璧に使いこなせる訳では無い。
そのため、私たち魔道士が彼の指導にあたることとなった。
今日は、私の当番の日だった。
王城に部屋をあてがわれている正一さんに会いに行く。
以前、見た時よりも頬が痩けげっそりとした様子だった。
(突然、異世界に連れてこられたんだもの……。心身ともに疲弊するわよね)
召喚前までは、異世界からの客人が不安や心配を抱いているようなら、その気持ち寄り添って、話を聞こうと思っていたのだけど──。
相手が正一さんだと思うと、どうしても関わりたくない、という思いが先行した。
部屋に入ると、正一さんはギョッとしたように私を見る。
それから、表情を取り繕うように、ぎこちなく笑みを見せた。
「や、やぁ……先日はすまなかった。あなたが知人に似ていて……」
私は、彼の対面のソファに腰を下ろす。
すぐにワゴンを押した侍女が入室してきて、ティーセットが配膳された。
(ついてる)
紅茶は、オレンジペコセイロンティーだった。
私の好きな紅茶だ。
カップを手に取って、紅茶に口をつける。
それから、彼に尋ねた。
「……その、私に似ている方──とは、どういうご関係だったのですか?以前、嫁……と仰っていましたね」
正一さんは、苦笑した。
しかし、やはり顔色が悪い。
彼はプライドが高いひとだ。
わけも分からず、異世界に招かれ、これから先ずっと、この世界で暮らしていかなければならない、と言われたのだ。
全てを失い、気落ちしていることは見て取れた。
「ああ……。それも勘違いだった。あなたは、サザランドの妻だったのだろう?マシューと名乗る男がしつこく言ってきた。さすがに、もう間違わないよ」
そういえば、一昨日はマシュー様の当番だった。
そこで、いくつか彼と言葉を交わしたのだろう。
正一さんの言葉に心底腹を立てていた様子のマシュー様を思い出す。
彼はどうにも単純……というか、思い込むところがあるから、相当しつこく言われたのだろう。
正一さんの様子から、何となくその光景が思い浮かぶようだった。
私は、ちら、と壁に控える侍女を見つめる。
小声なら、話を聞かれる心配はなさそう。
「……その、お嫁さんはどうなさいました?」
「聞いて、どうする?」
「あなたがどう思っているのか、気になりました」
字波花恋は、最期まで苦しんでいた。
最期は、彼に突き飛ばされ、花器に頭を殴打して死んだのだ。
今の彼は、私が知っている彼よりも、歳をとっているように見えた。
私が死んでから何年が経っているのだろう。
正一さんは、私の言葉の意図を掴み損ねたのか、眉を寄せていたが──やがて、吐き捨てるように答えた。
「あの女は、疫病神だ」




