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字波花恋という女

「いや、だってお前……カレンだろう?その顔に、その声、その髪!汚らしい白髪頭!!」


「しらっ……」


あまりの暴言に周囲のひとが絶句する。


そうよね、そう。

正一さんの反応は、至ってふつうのものだ。


前世の世界では、ね。

だけどここは、アイライド帝国。

だいたいのひとは金髪か茶髪だ。

私と似た髪色を持つひとがほとんどのこの国で、彼のその暴言はいただけなかった。

神官の眉が寄り、正一さんはやっとそれで、自身の発言がまずかったことに気がついたようだ。


「ああ、いや……。……ここは、異世界、なのか?ほんとうに?」


気まずそうに視線を逸らし、正一さんが言う。

それに答えたのは、神官だった。


「先程から何度も申し上げているとおり、ここは異世界で、あなたの知る世界とは異なります。あなたは、選ばれたのですよ」


「選ばれた……?」


「ひとまず、詳しい話はこちらへ。白魔道士、黒魔道士の皆様、ご助力いただきましてありがとうございました」


神官が頭を下げて、正一さんと共に去っていく。

その後ろ姿を見送ってから、私はため息を吐いた。


(どうにか誤魔化せた……)


白魔道士と黒魔道士の面々がそれぞれ帰り支度を整えている中、マシュー様が話しかけてくる。


「あれは、きみの知り合いなのか」


私は、そしらぬ顔で答えた。


「さあ……。どなたかと、間違えられているのでは?他人の空似、というやつです」


「そうか……。しかし、あの男はとんでもなく失礼なやつだな。言うに事欠いて、白髪頭だと?こんなに美しい髪を……」


マシュー様が、顔を顰めてそう言った。

その言葉に、少しだけくすぐったくなる。


「……ありがとうございます。大丈夫ですわ、気にしていませんから」





後日、異世界からの客人の名前が【字波 正一】であると大々的に周知された。

やはり、文献通り彼は、白魔術と黒魔術の両方を使えるようだ。

しかし、素質があると言うだけで完璧に使いこなせる訳では無い。

そのため、私たち魔道士が彼の指導にあたることとなった。


今日は、私の当番の日だった。


王城に部屋をあてがわれている正一さんに会いに行く。


以前、見た時よりも頬が痩けげっそりとした様子だった。


(突然、異世界に連れてこられたんだもの……。心身ともに疲弊するわよね)


召喚前までは、異世界からの客人が不安や心配を抱いているようなら、その気持ち寄り添って、話を聞こうと思っていたのだけど──。


相手が正一さんだと思うと、どうしても関わりたくない、という思いが先行した。


部屋に入ると、正一さんはギョッとしたように私を見る。

それから、表情を取り繕うように、ぎこちなく笑みを見せた。


「や、やぁ……先日はすまなかった。あなたが知人に似ていて……」


私は、彼の対面のソファに腰を下ろす。

すぐにワゴンを押した侍女が入室してきて、ティーセットが配膳された。


(ついてる)


紅茶は、オレンジペコセイロンティーだった。

私の好きな紅茶だ。

カップを手に取って、紅茶に口をつける。

それから、彼に尋ねた。


「……その、私に似ている方──とは、どういうご関係だったのですか?以前、嫁……と仰っていましたね」


正一さんは、苦笑した。

しかし、やはり顔色が悪い。

彼はプライドが高いひとだ。

わけも分からず、異世界に招かれ、これから先ずっと、この世界で暮らしていかなければならない、と言われたのだ。

全てを失い、気落ちしていることは見て取れた。


「ああ……。それも勘違いだった。あなたは、サザランドの妻だったのだろう?マシューと名乗る男がしつこく言ってきた。さすがに、もう間違わないよ」


そういえば、一昨日はマシュー様の当番だった。

そこで、いくつか彼と言葉を交わしたのだろう。

正一さんの言葉に心底腹を立てていた様子のマシュー様を思い出す。

彼はどうにも単純……というか、思い込むところがあるから、相当しつこく言われたのだろう。


正一さんの様子から、何となくその光景が思い浮かぶようだった。


私は、ちら、と壁に控える侍女を見つめる。


小声なら、話を聞かれる心配はなさそう。


「……その、お嫁さんはどうなさいました?」


「聞いて、どうする?」


「あなたがどう思っているのか、気になりました」


字波花恋は、最期まで苦しんでいた。

最期は、彼に突き飛ばされ、花器に頭を殴打して死んだのだ。


今の彼は、私が知っている彼よりも、歳をとっているように見えた。

私が死んでから何年が経っているのだろう。


正一さんは、私の言葉の意図を掴み損ねたのか、眉を寄せていたが──やがて、吐き捨てるように答えた。


「あの女は、疫病神だ」

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