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異世界人召喚の儀

「異世界人ってどんなひとだろうねぇ……」


(異世界からの客人……)


つい先日、王家は魔道士の人手不足解消のため、異世界召喚を行うと宣言した。


古い文献によると、異世界からやってきたひとは、みな白魔術と黒魔術の両方を使えたと言う。


ただし、召喚のためには、黒魔道士と白魔道士それぞれ十人が必要であり、なおかつ規定量の魔力を満たさなければならない。


ここ数年、魔法陣の解析と規定量の魔力の調査が行われ、ようやく実践にまで至ったのだ。


異世界──それは、前世、私が暮らしていた世界を指すのだろうか。


それともまた、違う世界があるのだろうか。


わからないけど、召喚されたひとがこの国、アイライド帝国を気に入ってくれるといいな、と思った。


きっと、突然召喚されたら混乱するだろうし、ひどく驚くことだろう。


彼──あるいは彼女か。

異世界で生まれ、暮らした記憶を持つ私に何か出来ることがあるといい。


エミリーさんと共にシュペールに向かい、ロッキーさんの状態を診る。

患部に手を翳し、魔力を巡らせる。

幸い、ロッキーさんは重症ではなくて、私でも治せる程度の腰痛だったようだ。


「これで、正常な状態には戻りましたけど……。でも、原因が分からなければ、また繰り返します。心当たりはありますか?」


椅子に座ったロッキーさんに尋ねる。

ロッキーさんは、四十手前の、恰幅のいい男性だ。豊かな顎髭を撫でて、彼は唸る。


「んー……さいきん、力仕事ばかりしていたから、それかねぇ」


「重たいものを運んだりしましたか?」


「それはまあ、うちは飯屋だからね」


「では……もしかしたらそれが原因かもしれませんね。もう若くないんですから、無理しちゃだめですよ!力仕事は、息子さんに任せた方がいいと思います」


私の指摘に、ロッキーさんが情けなく眉尻を下げる。

それを見て、エミリーさんが「ほらぁ」と声を上げた。


「オリヴァーに任せなって言ったでしょう、私!」


「でもなぁ、俺だってまだまだ現役だぜ?」


「そうじゃないから、体が悲鳴をあげてるんでしょうが!」


ご夫妻の楽しい掛け合いに私は思わず笑みをこぼす。

それに気がついたエミリーさんがハッとして、照れくさそうに咳払いをした。


「それはともかく、カレンちゃん、ほんとうにありがとうね!はい、報酬金」


エミリーさんが机に置かれた巾着を渡してきた。

チャリ、と小銭が擦れる音がする。

私はそれを受け取った。


「ありがとうございます」


「それはこっちのセリフだよぉ。それと、これもね!」


続けてエミリーさんが私に渡したのは、彼女が持っていたバスケットだった。


「実はこれを渡しに行こうと思ってた途中だったんだよ。そしたら出る直前でこのひとが腰を悪くしてね……」


バスケットを覗くと、中にはクッキーが入っていた。


「!!」


思わず、目を輝かせた。


ふわりと、優しいハーブの香りがする。

香草を練りこんだクッキーだ。


私の大好物である。


時々、シュペールで食事した時にエミリーさんがお裾分け、と差し入れてくれるものだった。


私は慌てて顔を上げた。


「良いんですか?こんな……」


「いいのよぉ!カレンちゃんにはいつもお世話になっているからね。それに、あなたの食生活、気になるしねぇ」


「うっ……それは」


「生焼けの肉を食べて酷い目にあったんだって?もうそれ聞いて、私は気になって仕方なくなったのよ。カレンちゃんの食生活がね?」


「……ありがとうございます、エミリーさん」


私はバスケットを胸に抱いてお礼を言った。

以前、生焼けの豚肉を食べてうっかり死後の世界に渡りそうになったことがあるのだ。


あの時はほんとうに大変だった……。

ほんとうに。


白魔術をかければ、この不調ともおさらばできるのは分かっていたのだけど、あまりに気持ち悪くて白魔術の行使どころではなかった。


ほんとうに、死ぬかと思った……。


このままじゃ、死ぬ。


そう判断した私は、スピカ一匹を残して逝ってたまるかと奮起し、何とか自身に白魔術を施したのだ。

そして回復したのだけど、あの状態はほんとうにまずかった。あと少し白魔術をかけるのが遅かったら、意識を失っていたに違いない。


「じゃあ、スピカちゃんによろしくね。またうちにご飯食べにいらっしゃい」


「ああ、そうだな。今度カレンちゃんが来た時はとびきりのご馳走を用意しておくよ。きみの好物はラザニアだったね」


エミリーさんとロッキーさんが笑って言う。

それに私も笑顔を浮かべて答えた。


「ありがとうございます。エミリーさん、ロッキーさん。また来ますね」


そして私はシュペールを後にした。



それから、一週間後。


異世界人召喚の儀に、私は呼ばれた。





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