第二話「父と空中要塞」
言葉。
少しだけ、言葉が話せるようになった。
それと同時に、人が話すことを少しだけ理解できるようにも、なった。
最初は、ただの音の塊にしか聞こえなかった周囲の会話も、徐々に意味が分かるようになった。
でも、やっぱり言語は違ったみたいだ。
まぁ、これは理解した。
自分だけ言葉を話せなくて、別世界の住人ぽく思っていたが……言葉を話すことによって、初めて。家族と意思疎通を取れた。
実際、話せない間は本当に暇だったし、少し寂しい気持ちにもなっていた。
でも、こうやって言葉を交わせるだけで、あんなにも心が温かくなるんだなと、改めて感じている。
こうして俺は言葉を話せるようになったけど。やはり子供だからか、物覚えがとても早い気がする。もちろん両親から教えてもらっていたのもあるけど、それだけじゃない。
前世の知識と感覚。
あと今の俺の物覚えが絶妙に作用しているのだろう。
この2つも、影響があることは間違いない。
ちなみに、時間間隔や、今が何年か何日かは知らん。
(まぁ、今気にすることではない)
この世界はやはり分からない。
分かることと言えば、ここが俺がいた世界とはまったく別の世界だということだけだ。
異世界――なんてあり得るのか?
そんなこと、考えたこともなかったし、現実として受け入れられるものなのか疑問だ。
そもそも、どうやってこの世界に来たのか。
長い疑問だ。最初に得た疑問が全く解けない。
なぜ俺はここに来た?
気がつけば、赤ん坊の姿で、記憶を持ったまま母親の中から スポーン!
生まれた! だ。
(よくわからないな)
本を読みながら、天井を見つめる。
おっと、現在俺は本を見ているところなのだ。
本棚には手が届かないけれど、そんなことで諦める俺ではない、絶対にとってやる! と思ってたけど、無理だった。
手を必死に伸ばしていたら、父親が気づいてくれて、本を取ってくれた。
ありがたいことだ。
そして、またもやありがたいことに。俺が興味を示した本を取ってくれた。
父親はいつもそうやって、さりげなく俺に手を差し伸べてくれる存在だ。
ありがたいことだ。
「ありがとう」と言ったら、とてもうれしそうな顔していた。笑顔だ。
あ、あと。自分の名前がロベルト。ということがわかったところだね。それと同時に父親の名前もわかった。
俺の父親の名前は『ギデカルド』というらしい。
親の名前も「フリナ」、年上の兄は「リベサス」――。
そして、我が家の家名が「クリフ」だと聞いた。
どうやら、俺たちはこの「クリフ家」という血筋に属しているらしい。
と、この事は置いておき。
ついに本を手に入れた!
「お、おぉ。なるほど………おぉ」
今読んでいる本は、多分……歴史の本だろう。
なんで書いてるかは分からないけど、それでも、絵と一緒に書かれている単語が少しずつ意味を成すため、がんばる。
「ここがこうなって、あれがこうなって、こうだったんだ…… ?」
そんな簡単な単語が、繋がりを見せ始める。
やっぱり、最初は簡単なところから始めるしかない。
でも、やはり難しいものは難しいのだ。だけど、俺は諦めない。
読めないからどうした? 読めないからといって、本を乱雑に投げ捨てたりするような男ではない。
俺の探究心は強い、ので。俺は本を読む!
この本にはたくさんの文とともに、絵が描かれている。
大きな城の絵、勇者や王、そして様々な人々の姿が描かれている。
時には奇妙な生物や、信じられないような景色も目に入ってくる。
やはり『歴史の本』で間違いないだろう。
個人的には、魔法が載っている本が欲しかった。俺が今一番解明したいことは魔法だ。だからこそ、今。知りたいんだ。
この気持ちが薄れる。
目的が変わってしまう前に、魔法を知りたい。
そんな思いああるからこそ、俺は本を読む。
(文字が読めるようになったら、その先が見えてくる……ふふ)
「……ん?」
俺はページを開き、その本に載っている絵を見ていたが。その途中、俺の目を奪う絵が描いてあった。
それは――空に浮かぶ城。
今まで読んでいた本には、地面に建っている城や建物、奇妙な石、壮大な自然、そしてそこに住む人々が描かれていた。
いわば、どこかの歴史書に載っていそうな、実際にありそうなものばかりだ。
でも、この絵だけは違った。
なにせ、空に浮かんでいるのだ。
そう、空に浮かぶ城。いきなり現実味のない物が出てきた。
普通はお伽噺にしか信じられないだろう。空に城が浮かぶなんてことはありえないし、出来ることではない。
でも、今俺が読んでる本はお伽噺の絵本ではない。今まで出てきたのは、歴史物のようなものばかりだ。
(そもそもお伽噺ならこんな難しい字で書いてあるわけない!)
奇妙な生き物や伝説的な出来事もあった、だけど……空に浮かぶ城なんて……信じられない。これがファンタジーか。
じゃあ、本当にある?
とは、いえない。でも空に浮かぶ城があるとしたら。
この世界はいったい、どんな世界なんだ……?
俺の心のなかに、またひとつ。新たな疑問が浮かんだ。
次々と増えるが疑問。増えるばかりでいっこうに解けてくれない。頭がパンクしてしまう。
早く解決しないと……でも、そんな方法あるかなぁ……。
(あー!確かめたくてむしゃくしゃするぅ〜!!!なにかないのかぁー!)
頭を抱え悩みこむ……目の前に確かめたいことがあるのに、どうやって確かめればいいか分からない。
この気持ち、誰か共感してくれ……。
「あ」
思いついた、方法を。
(親に聞けばいいじゃん)
なぜこんな簡単なことがさっと出てこなかったのだろう。いつも教えてもらってたじゃないか…はっ。俺としたことが、とんだ間抜けだったな。
「お父さん〜!!! お母さん〜!!!」
親を召喚する。
二足歩行で歩けない俺にとって、動くというのは時間がかかる。なので、大声をだして呼び寄せる。これが手っ取り早い。
ほら足音が聞こえてきた。音の重さ的に……父親かな。
「どうしたどうした」
案の定。父親であるギデカルドが軽やかな足取りでこちらにやってきた。筋肉ムキムキの体でこの俊敏さは、見習いたい。
俺のところに到着。そしてそのまま俺に目線をあわせかがみ込んでくれた。かがんでもでかいな、幅広すぎるだろ。
(おっと。目的を忘れるところだった)
「どうしたんだ?ロベルト。お父さんになにかようか?」
「あ、えっと。これ!」
読んでいた本を指で指す。少し滑舌が回りにくいがなんとか伝えられたぞ。
ギデカルドは、俺の読んでいた本を見て、少し驚いた後。どこか懐かしそうな顔とともに、俺に聞いてきた。
「この本を読んでたのか?」
「うん」
「そうか、それで、これを父さんに見せたかったのか」
「うん。そう、この空に浮かぶ城を」
父さんの声からはなぜか嬉しそうな感じがした。共感してくれたのかな?
「ハッハッハ。そうかそうか」
思いでを思い出すように顔をほころばせた。
「おっそうだ。ロベルト、この城を写した写真がある。見たいか?」
な、なんて言ったんだ……でも、すごそうだな!
「どうだ?」
「見たい!」
「よぅし! ほら、お父さんの胸においで、抱っこしてあげよう」
そう言って父親の胸に飛び込む。ギデカルドは軽々と俺を持ち上げ、廊下を移動した。
‐‐‐
『空中要塞』
「空中要塞、実物の写真だ。今見ても懐かしい」
父親に連れられやってきたのは、父の部屋。父の部屋はガラクタや武器などがいっぱいだ。少し散らかって入るが…まぁなんとか。
俺は父さんの椅子に座らされた……でかい椅子に。
それにしても……本当にあったんだ。
空に浮かぶ城……空中要塞といったところか。
「どうだ? すごいだろう?」
「うん、すごい。本当にあるんだ」
「そう! お伽噺でもない。夢でもない。本当に存在する、空に浮かぶ城だ」
今この目で見た、白黒だけど本当に実在していた!
夢じゃないんだ。
「お父さん、これ、どうやって手に入れたの?」
気になっていたが、お父さんがなぜこの写真をもっているんだ? 空に浮かぶ城、空中要塞の本物の写真だぞ? どう見たって希少なものに違いない。
(もしかして、それほど希少ではない………?)
「これはなぁ。父さんが飛行艇に乗ってたときに取ったものなんだ」
ひ、ひこうてい……? あ、飛行艇のことか。
この世界、飛行船とかあるんだ。だとすると、この世界の技術力はどこらへんに当たるのだろう。
「空……」
「そう。空中要塞に行くためだった。絶対に空中要塞に行くぞ! 歴史上一番に名を残すぞ! そう言って騒いでた若い頃があった……まぁ写真しか取れなくて結果は失敗、着陸は駄目だったがな、ハッハッハ」
失敗……という言葉から分かる通り、行けなかったのか。
ただ単に準備が足りなかったのか、それとも気候による問題か。
はたまた、予想もつかないような事が起きて失敗したのか……魔法が存在する世界なんだ。ありえなくもない話だ。
「もう何年も空に出たことはない、まぁ諦めというやつだな」
「え?」
やめたの? 空に出るの。
「父さんは、もう空中要塞に行かないの?」
「そうだな。行かないだろう」
なんでだ? 父さんの言葉からしてすごく熱意に溢れていた。
それなにになぜ、そう簡単に夢を諦められるんだ?
空を飛びたかったのでは、なかったのか?
「なんで父さんは行くのをやめたの……?」
俺は聞いた。
「理由があったのだ。大事な理由だ」
理由か……それなら仕方ない。大事な理由か、なんだろう……やっぱり生活かな、空を飛ぶだけじゃ、生けてはいけない、なににでも、お金がいるからな……。でも。
「未練は……なかったの?」
未練はあるはずだ。
「未練。難しい言葉だ、どこで覚えたんだ?」
「! えっと……母さんが言ってて、それで教えてもらって!」
「なんだ母さんか。母さんから未練なんて言葉が出るとはなぁ……やはりあの時のことか」
とっさに適当な理由を入れてなんとか回避に成功したぞ……ふぅ、良かった。危ない危ない。
「それにしても。未練か……ははは。未練。父さんに未練はあった、夢を諦めたくない。空中要塞に行きたい、何度も思ったことだった」
ギデカルドは若い頃の思い出を俺に語った。
その気持はわかる。俺にも諦めたくないものがあった……。
「でもな、そのときに、大事な理由が出来たんだ」
「……大事な理由って?」
俺の言葉に父さんは微笑んでこう言った。
「家族だ」
家族。
家族ができた……。
「家族できたから夢を諦めた。守るべきものが増えたからと言っていいだろう。母さんと結婚し、生活を始めて、リベサスが生まれて、ロベルトが生まれた。家族との思い出は最高の日々だ。……その頃だったか、空中要塞を目指すという熱意が薄れていったのは」
「………」
大事な理由だ……大事すぎる理由だ。
「……っと、1歳のロベルトには難しい話だったな。大きくなればいずれこの話がわかるはずだ。さて、そろそろ昼食のお時間だぞ〜!食べる準備はいいかぁ〜?」
ギデカルドは重い話を遮るべく、暖かく、軽やかな口調でお昼をよんだ。クスッと笑いたくなるな……うん。
「できてるよ」
「……よし! それじゃあ早速、出発!」
父さんの元気な声とともに肩車され、リビングの日の当たる部屋へと向かっていった。頭をぶつけそうになったのは内緒だぞ!
それから父さんといっしょに昼食を取った。
父さん、料理できたんだと思いつつ、食事を口に運んだ。美味しかった。お父さんもお母さんも料理が本当に美味しい。お世辞じゃないぞ! これ! 本当だぞ!
その時に兄のリベサスもいて、空中要塞の話を教えたけど、あまり興味は示さなかった。兄的には興味のない話のようだ。童話とか嫌いなのかな?
まぁ、これからわかってくるだろう、一緒に生活してまだ一年だ。そう一年! 俺は一最だからな!
(俺って一歳だったのか……もっと言ってるかと思った)
さて。
父さんの話を聞いて腑に落ちた。
家族。大事な存在だ。俺もわかる、大事な存在を放おってはおけない、前世でもそう。妹に接してあげたときと同じだ。
俺の妹が泣いているときや、困っているときは、一番に手を差し伸べてあげたろう? 自分の趣味のために放おって置至りはしない。なにせ、大事なんだから。
『空中要塞よりも、大切な存在が出来た』
これだ。
これがそうなんだ。
空中要塞には、俺も行きたい。実物を見てしまったんだ。行きたい気持ちが抑えきれない、興奮している!
でも。父さんのように。俺にも大事な人が出来たら……夢を諦めてしまうのかな……今の俺じゃ、考えられないなま、はは」
そんな気持ちが芽生えた。
‐‐‐
二歳になり、だいぶ言葉が分かるようになってきた。そして、ようやく……二足歩行で歩けるようになった、やった!
歩けるようになったことで、大きく移動手段が広がった。
部屋に移動はもちろんのこと、二階やトイレ。そして、一人では行くことが出来なかった家の外。自由に外を歩けるなんて、最高! あ、普通の子供なら怖がる暗い倉庫にも行ける。
(これは、前世の記憶持ちの特権だな!……扉は開けられないけど)
二足歩行ができたので、少しだけ外を歩いてみたりもした。
この村は山奥にある田舎の村。俺の住んでいた場所と比較すると、まさに天と地の差がある。経験したこともない。
それに、生活が原始的すぎる。昔の俺とじゃ、デメリット祭りだ。
でも、こんな山奥の村にも、メリットはある。それは、自然と触れられること。
前世の話だが、昔。俺の病気を治すため、担当を任せられていた毛が長いアルウェイという名医がいた。
その人は名医であるとともに、自然を探求する博士でもあった。
なので、アルウェイ博士から、いつものように自然について聞いていたんだ。おかげで、少しだけ自然について詳しくなれた。気がする。
(博士の言っていた通りの光景が、今ここにある!)
壮大な自然世界は本当にあった。世界は機械だけではなかった。
山奥の中の自然は、本で創造した世界と一緒だった。
木々は、天を突くかのように伸び、幹には苔が柔らかく絡みついている。葉の隙間から零れ落ちる陽光は、微かに金色の輝きを帯び、その一筋の空気が漏れ出していた。
森を包む香りは、濃密で、湿り気を帯びている。
神秘的な光景だった。
小川が森の奥深くをゆったりと流れ、その水は透き通っている。小川のほとりには、白い花が静かに咲き、蝶がふわりと舞い降りた。
草の上には無数の露が朝の冷気に凍りつき、まるで宝石のように輝いていた。
木立の奥には、小さな開けた空間があった。よく開けた場所で周りは岩の壁。天井は空間で、そこから日が差している。
家からそう近くないところに、こんな所があったとは、驚いた。
このあたりはあまり人が立ち寄らない場所だ。
動物、たまに魔物がいるくらいで、本当に人けがない。
あ、魔物というのはモンスターのこと。
エイリアンとかの超人的生命体ではない。
(そうだな、ファンタジーでいうと……ゴブリンってところだ)
ゴブリンは父親と森の奥へ散歩に行ったとき出くわした。
緑色の体で木で作ったボロボロの武器を持って、群れを作っていた。
あまり関わらないようにしよう。と父は言っていたが、相手は逆だったようで、こちらに襲いかかってきた。
俺自身も、前世でそういう輩に襲われた事があったが、こんなモンスターには初めてだ。ちょい怖かった。
その時は父がいたから、なんとか追い払うことができたが、今は一人だ。
二歳の俺からしたら勝ち目はない。
だから、魔物に出会ったら気づかれずに逃げる。
二歳の俺にはそれくらいの選択肢しか渡されていない。
「それにしても――」
独り言をつぶやきながら、今いるどこか神秘的な場所の中央へと向かい歩いていく。
たどり着くと、周りを見渡し、全体を捉える。
「ここ。いい場所だな、何かに使えないかな」
俺の潜在意識は、ここを何か、特別な場所に使いたい! と、判断した。二歳の子どもに眠る十五歳の心。
そこから生まれるのは――そう。
秘密基地だ。
子供のお遊びと言ったら、おもちゃなどが思い浮かべるが。秘密基地も外せないだろう。
秘密基地。秘密の基地。自分だけ知っている、もう一つの家。
誰にも知られず、親にも知られず。自由にいれる場所……まぁ、好き勝手できる場所だ。
(俺も一度こういうの作ってみたかった)
そんな思いがあるからこそ、この場所にたどり着いたのかもしれない。
運命か?
秘密基地にするというが……そのままではなく、何か工夫をしたいな。俺の秘密基地なんだから、俺好みの……。
とにかく。考えておこう。
今はまだ思いつかない、それに何を置こうかも決めてない。それに、この森は魔物もいるから、慎重に向かわないといけない。
(荷物運びどうしよう……運んでいる途中に魔物が来たら……危険だな)
まぁ、やると言ったらやるだけだ。
とにかく、帰ったらメモだ、メモメモ。
目にも焼け付けておくこと。
「あっ、まだ字書けないんだった。勉強しないとな、ははは」