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空中要塞グレイシアス   作者: ホワイトボックス
第二章 旅立ち編
20/93

第十九話「燃える打撃」


 「………」

 

 俺の目の前には、想像を絶する景色が広がっていた。



「……。白骨死体、体は……崩壊している。ダメだな」

「……いつから、ここにいたのかな」

「さぁな」


 ロベルト達は、悪臭をたどり道を歩いてきた。

 そして、広いところに開け……そして、見つけた。


 白骨となった、あきらかに”人の頭蓋骨”の形をした白骨死体が、そこにあった。周りにはぐちゃぐちゃとした、魔物。……見ていられないものも。


 辺りは、今まで通ってきた所と比べて……損傷が激しい。

 血飛沫、瓦礫に破壊された後、小さいクレータがいくつも……まるで、さっきまで何かがここで暴れまわったかのような。


「人はこの死体だけ……魔物、は死んでいる。なんだ、ここらへんに魔物でも来たのか?」

「そ、それだったらさ……さっきまで、ここに居たかも知れないって、ことだよね?」

「可能性は十分にある。慎重に警戒を……あぁ?」


 グラスは足を止め、暗がりがかかった道見る。

 そして、静かに言葉を続ける。


「ロベルト、テトラ、止まれ。なにかいる」


 その言葉に、二人の間に緊張が走る。

 

「ど、どういうこと?」

「気配がする、異常な、膨大な気配……もしかしたら、変異獣かも知れない」


 グラスの表情は硬い。

 だが無駄に動揺を見せることなく冷静に語った。


「た、確かに……変な空気」

「……この、気配……なんだ?」

「とにかく、先に進むぞ。いつ変異獣が現れるかたまったものじゃ――」


 緊迫した雰囲気の中、突然、何かが視界に入る。

 無言でソレに視線を向ける。


――ソレは、黒い体に三つ目の異形。


 体格は、そこまで変わらない。少し大きいくらいだ……だが、その中に秘める強さ、魔力……圧倒的!


 脳内で瞬時に警鐘が鳴り響く。

 その魔物は無表情で、ロベルトとグラスをじっと見つめていた。その視線の中にあるのは、間違いのない敵意。

 見たことのない魔物、だが、これだけはわかる。


 コイツは、B級を超える魔物……間違いない。


 コイツが変異獣。

 強さがひしひしと伝わってくる。


(え、なに、なになになに……!)

(こいつは……強い……)

(動け、動くんだ、攻撃を当てろ。っ!――)


 ロベルトの意志は、彼の体を突き動かすかのように響く。


 反射的に剣を抜き去る。冷たく輝く刃が、魔物に向け振り下ろされた。


 当たった――しかし。



「あ?」


 魔物は、攻撃をあざ笑うかのように立ち尽くしていた。彼の鋼の剣は、魔物の皮膚にさえもひびを入れられず、何の反響ももたらさなかった。


 なによりも。


 ロベルトは目を細め、剣の刃を見つめた。


 父親から、旅立ちのために新調して貰った、鋼の剣。

 

 振りかざした武器の面影はなく、

 そこには先端が欠けた鋼の剣だけしかなかった。




‐‐‐

 

 


「ちょっと……ねぇ」


 真っ暗闇。上空に浮かぶ気色の悪い顔を浮かべた、複数の魔物が見つめる……一人の少女。

 少女は焦りと困惑を浮かべ、取り出した細長い棍を下に構えて、上空を見上げていた。暗闇、そこに一人。


「魔物……だよね、何体いるの……?」

「あぁ、これは大変だな」


 グラスたちの前にいる途方も無い魔物を前に、グラスはあっけらかんと笑った。内心面倒くさいと思っているが、口には出さない。

 ここを突破しなければならない、早く、素早く。


(死ぬなよ、ロベルト……! 必ず!)


 一人で怪物と戦う、ロベルトを思いながら。





「グラスさん! ここは……一人で戦います」


 ロベルトの言葉が響く。彼の目は真剣だ。敵の恐ろしさに無力感を感じているわけではない。だが、その言葉は、二人にとっては信じれないことだった。


「えっ、うそっ……!?」

「な、なんだって……?」


 その目には明らかに不安が浮かんでいる。

 だが、ロベルトは動じることなく続けた。


「この怪物は俺が相手します。二人は」

「はぁ? おい待てよ。一人で戦うのか? コイツに!」

「そうだよ、無茶だよ!」

 

 言葉は切実だった。


 目の前の怪物は、ただの敵ではない。圧倒的なポテンシャルを兼ね添えた、強敵。そこらの魔物とは比べにもならないほど、強い。


 まさしく、変異獣、圧倒的強さ。

 そんなやつに、壊れた剣で、一人で挑む。

 正気の沙汰ではない、今すぐにでも、逃走すべきだろう。


 その時、怪物が再び口を開き、今度はさらに大きな衝撃波を放出した。ロベルトは素早い速度で反応し、空間を飛び跳ねるように回避した。


 地面が砕け、瓦礫が撒き散る。


「――あまりにも、無謀だぞ……!」


 グラスが言葉を漏らす。

 しかし、ロベルトは静かに、しかし力強く言った。


「グラスさん……」


 彼は一瞬、グラスを見つめ、そして言った。



「ここは任せてください」


 その言葉が、グラスの心に強く響いた。

 

「わかった……よっこらせっと」

「えっ」


 グラスは片手でテトラを持ち上げ、抱き寄せる。いきなり持ち上げられ、テトラは唖然としてしまう。なにも、突然なのだから。


「ちょ、グラスさん〜!?」


 そのままグラスはテトラを抱えて走り出し、遺跡の虚空へと消えていった。少しだけ、テトラの悲鳴が木霊していた。



(……さて)


 ロベルトは怪物を前にして、戦う準備を整えた。

 壊れた武器で、何ができるか………いや、考えるな。

 

 武器は使えない。

 だけど、武器がなくとも、俺にはまだ方法がある。


 魔法だって、ここにあるさ。やってやる。魔法でも、拳でも!


「来い、化け物!」


 ロベルトは叫び、全力で突進した。





 捨て身の突撃。


 相手は―――怪物。


 

 拳を握りしめ、その怪物に向け、駆け出す。

 拳は捨て身の覚悟。

 隙だらけ、しかしこれでいい。

 

 怪物はロベルトを見てケタケタと嘲笑う。隙だらけ、とでも言うように、怪物は鋭い爪を振りかざし、鋭い攻撃を仕掛ける。

 ロベルトと怪物の距離1メートルに達した時、怪物の鋭利な鋭い腕が。


 ロベルトを切り裂く―――


 が、ロベルトにはその攻撃が当たらなかった。

 そう、捨て身の突進はフェイント。


 怪物の攻撃をかわしつつ、ロベルトは素早く土魔法を発動させる。瞬時に腕から拳にかけて硬質化していく。

 それは、剣よりも硬い、鋼も弾く。


「一発!」

ロベルトの声が響く。


 と、同時に全力でその硬化した拳を怪物に叩き込んだ。


 ロベルトの拳に、怪物はのけぞる。思いもよらぬ一撃を頭部にくらい、全身が揺れる。脳が揺れる。


(聞いた! やはりッ!)


 そのままの勢いで、怪物の上半身に打撃をお見舞いする。

 土魔法により硬質化した物理打撃、そして格闘。


 打撃により怪物ものけぞる、間違いなく、ダメージを与えられている。しかし、怪物も負けじとこちらに腕を振り下ろす。

 

 ロベルトはそれを素早く避け。


 怪物の腹部に、もう一発――渾身の一撃。


 ドゴッ、と腹をえぐるような音とともに、怪物が後方に吹き飛ぶ……が、倒れはしない。

 相手も、この打撃に耐えられているようだ。


――まだ、畳み掛ける!

 

 腕を怪物の方に向ける。

 畳み掛けるように、怪物に向け魔法を使う。


 瞬時に、3つの大きな岩が生成され、怪物へと狙いを定める。

 怪物は本能で防御態勢を取る。


「落とせ……!」


 ロベルトの言葉とともに、3つの巨岩が怪物に向かい高速で飛んでいく。怪物は両腕で防御――だが、巨岩の前でそれは意味無し。


 1つ岩が直撃するとともに、怪物が岩に押しつぶされる。

 追い打ちのように、2つ目の岩が上から振り落とされる。


 怪物は岩に挟まれ身動き取れず、歯をギリギリと毮る。足掻くことしかできない。


 そして、最後のトドメと言わんばかりに―――3つ目の岩が、怪物の頭に直撃、地面が砕け、めり込んだ。

 衝撃で、辺りにホコリが舞う。この遺跡はほこりが多い……!



 だが、なんとか。


(これで――)


 ロベルトは、怪物に近づく。

 

 しかし、これは油断。


 

 ロベルトが、怪物の下へと近づいたその時、大きな衝撃音とともに、岩が。


 巨岩が破壊される。

 そして中から、怪物が姿を表す。


 ケタケタと、嫌な笑顔を浮かべながら。


「っ……! 死んでなかったか」


 怪物に驚き、瞬間たじろぐ。

 怪物はその隙に、腕をクロスに構える。

 瞬間、周囲の空気が震えるのを感じた。


 これは、この魔物が扱う、技……やはり普通の魔物とは違うッ!



「がっ……!」


 変異獣の目が鋭く光り、怪物が腕を大きく広げた瞬間。辺りが光始め、周囲の障害物を吹き飛ばす、衝撃波を作り出した。

 その衝撃貼は、人一人を飛ばすくらい、なんのこともない。


 ロベルトが吹き飛ばされ、後方の壁に叩きつけられる。


(っ―――)


 あの攻撃……衝撃波か。

 くっ……物理型じゃない、魔法も使えますってか……!

 

(頭でも打ったか、痛ぇ……!)


 苦痛に苦しんでいるロベルトに、怪物はまた先程の構えを始める。あの、よくわからない攻撃が、来る!


 ロベルトは、瞬時に防御する。

 体を守るため、咄嗟の行動。硬質化した腕ならば……。


 怪物の腕が再び大きく広がり、周囲の空気が歪む。


 閃光が走り、空気が大きくうねり、轟音が轟く。恐ろしい衝撃がロベルトを襲った。それは、予想外の威力。

 

 ロベルトの体は大きく浮かび上がり、後方の壁にめり込み、そして貫通。抵抗虚しく、吹き飛ばされ、地面に転んだ。

 


「あ”……が……っ!」


 よそうがい……。

 この威力……今まで戦ってきた、どの魔物よりも強い。 


 全力で耐えたつもりだ。

 だが、相手がそれを上回った。

 

 武器がないにしても、手元にあったとしても、苦戦は間違いなかっただろう……それくらいに強者。本当に怪物。


 体勢を立て直す。

 だが、なかなか整わず、上手く立ち上がれない。

 骨が折れたわけではない、なぜか、腰に力が入らない。


 恐怖……?


 いや、違う。

 俺がこんなところで怖気づくとでも?

 

(そんなことはありえない、だって、俺は妹を救うために、地獄の日々を過ごし、鍛錬を積んできた、そうだ)


 こんなところで、は……とまってられねぇよ。


 と、その時、水の音が聞こえた

 耳を澄ますと、かすかな水流の音が響いてくる、水のざわめきが、空気を震わせる……これは、下からだ。

 視線を下に落とすと、そこには暗い暗い、そこの見えない底が広がっている。


 いや、全体にだ。

 両脇は底が見えない、今立っている場所が地面だ。

 

 下水道かなにかにつながったのだろうか。

 

 怪物が上空から飛び降り、落下。 

 今も尚、こちらの姿を見て、ケタケタと笑っている。

 今の姿を見れば、そうだ。やつからしたら滑稽だろう。


 なんとか体勢を立て直す。

 怪物と目を合わせるように、中心に集中……。


 足を後退させる、その時、なにかが右足に当たった。


(瓦礫……!)


 後ろには大きな瓦礫の山が築かれている。多分、さっきの衝撃だろう。まさか被害がここまでとは。

 しかし、これで後退はできない、後ろに下がれない。

 前にいるのは、A級を越える”変異獣”


 後ろに行ったって、上に逃げたとしても、先程の衝撃波でまた吹き飛ばされるだけだ。


 膝を曲げ、足元に力を込める。


(集中しろ。呼吸を整えろ)


 相手が強くて苦戦した。剣があればまともに戦えていた。


 じゃねぇよ。

 今は拳と魔法しかない。

 武器がない今、俺はこの2つを上手く使うしかない。


 俺は深く息を吸い込み、体中に溜まった魔力を集中させる。次の瞬間、足元から伝わる熱を感じながら、少しだけ、両腕を前にだす。

 拳を固く握る。足元から伝わる熱が……右腕と左腕に伝わっていく。


 

 ロベルトの得意とする魔法は2つ―――炎、土。

 どちらも、ロベルトの魔法を支える大事な属性だ。


 しかし、炎は不安定だ。強力だが、少しでも制御を誤れば暴走し、周囲を巻き込む危険性がある。それを知っているからこそ、普段は使わない。


 だが、ロベルトの周りに人はいない。


 前には、敵意を向ける魔物のみ。



 俺の手のひらから、じわりと炎が現れる。

 最初は小さな火種のようなものだが、次第にその炎は俺の拳を包み込んでいき、手のひらの中で渦を巻きながら大きく広がっていった。

 

 深紅から金色に変わり、激しく燃え輝く。


 その瞬間、怪物が何かを察したのか、鋭く一歩後退する。

 ケタケタと笑っていた表情はない。


 さらに炎を強く集中させる。

 手のひらの炎はますます大きく、凶暴に燃え盛っていく。

 拳を握りしめたままじっと立っている。


 恐れるな。この炎は俺の意志で操るものだ。


「構えろ……」


 俺と怪物との間に、確かな間が広がる。

 静寂、どちらも瞬時に動ける。そのときを待っている。

 

「―――来い」


 言葉にした瞬間、怪物はその巨体を震わせ、まるで地鳴りのような音を立てながら、巨大な腕を振りかぶった。

 俺は地面を力強く蹴り上げた。足元の土が舞い上がり、瞬時に跳躍する。


 一瞬の静寂を感じながら、怪物に向かって駆ける。


 怪物の腕が俺に向かって振り下ろされる。


 その瞬間は、スローモーションにも思えた。


 

「上だッ……!」


 怪物の腕を受け流しながら拳の打撃を当てる。炎の燃焼と、打撃で苦痛にゆがむ怪物。畳み掛ける拳は止まらず、打撃は怪物めがけ飛んでいく。


 一発一発、炎を込めて。


 その時、怪物が俺の足を鷲掴んだ。

 そして、大きく振り回した。


 怪物の力は大きく、俺は勢いよく振り回され、地面に振り落とされる。地面に落とされるごとに、地割れが起き、地面がだんだんと不安定となっていく。


 このままではッ……! 


 なにか方法を考えるが、怪物はいまだこちらを地面に叩きつけていやがる……何回やんだッ!


「この野郎ッ!」

 

 両手を怪物に向ける。

 両腕に貯まる炎が、爆発し、火球と成り、怪物の頭部に直撃。


 直後、大爆発をおこした。衝撃により怪物の手から足が解かれる。このまま着地し、次の行動に移そうとした。

 しかし、できなかった。なぜならば。


(地面が、ない……!?)


 着地する地面がなく、俺はそのまま下へと落下していく。底の見えない中落下する不安が、襲う。

 っ! そういえば……敵は! どこだ!


 落下する中、敵がどこにいるか、目で見渡す。


(見つけた!)


 そして見つけた。真っ暗の中、目を細めれば。そこには怪物がいる、たしかに底にいる。だが、その怪物も――こちらを見通している。

 その時、瞬間的になにかに首が掴まれる。

 

 それは怪物の腕だ。


 落下する中でも、怪物はロベルトを殺そうと試みている。怪物は腕に力を込め、首をへし折ろうとする。しかし、腕の中で何かがガチガチと噛み合って、上手く行かない。


【!?】


「はっ……残念だ、そう簡単に首はおらせないぞ」


 ロベルトの首は、土魔法で作った壁に覆われていた。

 ガチガチと、邪魔をしていたのは土魔法。


 初めての防護壁だ。


「その腕はなしやが、れッ!」


 ロベルトは、怪物の腹部に強烈な蹴りを入れた。

 怪物の腕が一瞬揺れ、力が外れる。

 その時を逃さない。


 首にまとわせていた土魔法の壁を、瞬時に膨張させ、大きく変化、防護から、妨害へと変体させる。

 衝撃が走り、空気が裂ける。

 膨張した土魔法に押し出され、怪物の腕が大きく広げられる、隙が大きく空いた今こそ、一撃を食らわす絶頂刻。


 怪物の体を踏み上げ瞬時に上空へと跳躍。

 上から見つめるのは怪物、捉えた。


 炎を宿した手のひらに、炎魔法を込める。

 爆発させる、不安定? いや、それでもいい。


 この炎をぶつけるだけ。



「燃えさかれ、炎天の灯火」


 燃え盛る炎が、手のひらを中心に広がり、大きな火球を作っていく。比較的に上がっていく膨大な魔力。爆発力を生み出す。


 怪物は見た。自分に向けられているだろう炎を、大きく太陽のような光。落下する中、怪物はこの炎に、異変を感じた。

 明らかに……他の炎とは違う何かを、感じ取っていた。


 強い変異獣だからこそ、生態系から逸脱した異なる魔物だからこそ、分かったことだった。


 そして、炎が落ちる――



赫焼(バンブレイズ)


 

 赤熱に輝く、炎の業火。

 

 怪物に直撃し、大爆発を上げた。


 焼却するかのように炎は燃え盛る。

 怪物の体を1つ残らず塵とし焼き尽くす。

 炎は消えず、ともに落ちていった。



「っ、たッ……!」


 高硬度からの落下、おそらく20メートル。

 落下の体勢は取ったとはいえ、ロベルトは人間。

 地面に着地した衝撃は想像を絶していた。何がいいたいかというと、めちゃくちゃ痛い。体が悲鳴を上げている。


「あーっ、くそ……!」


 地面は水、だがそこまで深くなく、倒れもがいて苦しんでいても平気だ。


 しかし、下水道だ、汚い。

 服もこうして、汚水と血と汗で汚れている。


 だけど、あの怪物は、燃やした。

 視線を横に移せば、燃え盛る炎。水たまりにあるのにもかかわらず、今だ消えることのない、いつまでも、その炎は燃え続けている。


 怪物を……倒した、強さにしてA級ほどの、敵を。 

 不完全な炎で。


 体の痛みが柔らかくなり。

 なにか、気持ちも軽くなった、疲れた。


「ひさびさだ……こんな、苦戦を強いるなんて」


 俺はそう言いいながら、ゆっくり立ち上がる。

 まだ体は痛いが、なんとか動ける。

 

 ここに立っていること、戦いを終えたこと。


 力を抜いた体を支えながら、俺はゆっくりとその場を後にすることを決めた。まだ、何かしらの手当てが必要だろう。

 それより、グラスさんたちが無事か、確認が必要だ。

 外も……セリータさんも大丈夫だろうか。


(でも、少しだけ……休みたいな)


 ふかふかのベットに。


 っと、流石に欲が過ぎたか。

 急ごう、早いうちに。


 

 ロベルトは燃える炎を背に歩き始めた。

 炎は暗黒の中を切り裂く、いわば焚き火と成り、薄暗い下水を歩くロベルトを照らしていた。


 しかし、歩きながらふと感じた異常な感覚に、足を止めた。


 視覚では捉えられない、奇妙な音。

 じわじわと近づいてくる感覚、嫌悪感。


 またもなる 警鐘―――

 

 

 無意識のうちに、ロベルトは振り返った。


 


「……嘘だろ」


 倒したはずのA級の怪物が、炎の中から現れるのを目の当たりにした。



 その姿は、以前の戦いで負った傷だらけのままであり、燃える炎がその傷口を照らし出しす。再生するかのように、体の至るところから、音がした。

 その音は、気色の悪い、生命を貪り、体の中をいじくり回すような音。


 嫌悪感。


 驚愕。

 

 恐怖。


 怪物はひどく傷ついている、先程の炎により、肌と言える場所が焼き焦がれている、到底見れるものではない。

 ここまで傷ついて尚、その目には殺意と怒りが宿っている。


「っ……! まだ、生きていたようだ……」


 ロベルトは体を固め、拳を前に構える。

 冷静さを保ちながらも心の中で次の行動を瞬時に考える。


 倒したと思っていた、だけど違ったみたいだ。

 まだ、コイツは生きていた。


 殺意。刺し殺すように俺に向けられた敵意。二度目だ、今度はそう簡単にいかないだろう。……もう一度、あの魔法を使うか……。

 

 怪物は、こちらを捉え、近づいてくる。

 ロベルトは冷静に呼吸を整え、怪物の一挙一動に注意を払う。


 だが、そんな時、突如として空気が変わった。

 

 

 視界の隅で、何かが動いた。


そして、その瞬間——



「おやおや、こんなに早くお会いできるとは」


 声が響いた。軽やかで、どこかふざけたような響き。ロベルトはその声に驚き、思わず振り返った。


 そこには、この遺跡に似合わない人物が、立っていた。

 

 黒スーツにシルクハット、胸元には目立つリボン。不気味な杖を手にした男が、悠然と立っている。男の髪の色は赤く、まるで炎のように鮮烈だ。だが、何よりも異様なのは、男の髪型——アフロ?


 それもただのアフロではない。どこか人工的に整えられたような、やけに完璧な丸みを帯びていた。


 ロベルトはその人物を一瞬見つめ、目を細めた。

 怪物もまたその男を認識し、動きを止めた。



「何者だ」

「ふふふ。自己紹介が、まだだったね?」

 

 男は杖を軽く振り、シルクハットを掴み、一礼。


「はじめましてだね? 僕の名前は―――あは。名前なんてどうでもいい、覚えようと覚えまいと、僕はただの『ピエロ』だからねぇ」

「………」


 この場に合わない、軽い緊張感。

 目の前の状況を楽しんでいるかのような、軽薄。

 得体のしれない、何者なんだ、コイツは……。

 

「まぁ、呼び方は自由にしてくれて構わないよ。「道化」とか、「笑いもの」とか、「おかしな人」とか、どれでも君の好きなように」


 男はゆっくりと肩をすくめ、そのまま不気味な笑顔を浮かべた。

 不気味、だ。


 だが、相手の意図が掴めない以上、無駄に反応するのは良くない。


 

「ん……これは、お強い魔物さん。変異獣かな」


 ピエロの言葉に、怪物は目を鋭くさせ、睨みつける。しかし、このピエロは一歳動じない。

 ピエロは静かに怪物を見つめていた。

 怪物を、あの異様な存在、無数の歪んだ顔がひしめきあうような……しかし、このピエロの登場で、怪物の反応が少しずつ変わり始めた。


 怪物はピエロを鋭い眼差しで捉えた。その目の奥に潜む怒り、敵対心。得体の知れない相手を見る目は、俺とは変わらない。


 だが、時間が経つにつれて、怪物の目の輝きが少しずつ変わっていく。


 最初の鋭さが失われ、次第にその瞳に浮かぶものは戸惑いに変わっていった。 相手が人間でもない、恐ろしい怪物でもない、とでも言いたげな変化だった。


 ピエロの表情は変わらない。

 不気味で陽気な顔つきも、変わらない。

 しかし、彼が放つ不思議な雰囲気に、怪物は次第に動揺していった。



 そして、驚くべきことが起こった。


 

 怪物が、なぜかその場を離れていったのだ。

 瓦礫の山を利用して一歩一歩、足を踏みしめながら上へと駆け上がっていった。逃げた理由は分からない。

 恐怖、ではない……なら、なんだ?


 

 ロベルトの目はピエロに向かう。その不気味な男——道化。


「二人になりましたね」


 と、ピエロが静かに口を開く。


 何かがおかしい。ピエロがただの道化師でない。

 ピエロは存外人を楽しませる、もしくは恐怖の対象、どちらかだ。


 このピエロは……どちらにも属さない。楽しませもしない、怖がらせる。つまり、人殺しをしない。

 だけど、それが得体のしれない、危険な気配が漂う。

 

「お前……お前は何だ? お前がなにかしたのか?」 

「そうだね、んー、ふふふ。手品ってとこダヨ、ピエロは手品で人を楽しませるものだろう?」


 ピエロは一瞬、にやりと不気味な笑みを浮かべる。


 手品にしては、不気味すぎる。

 今のところ俺は楽しくはない。


「お顔から察しましょう。どうやらお気に召さなかった様子、残念、残念。人を笑わせることが、僕の「役目」なのに、ね」


 そう言いながら、ピエロは再び口を大きく開け、ふふふ、と低く、けたたましい笑い声を上げる。


「では、このきれいなサンフラワーでも?」


 そういって、ピエロが手の中から出したのは、きれいなお花の束。

 お花、どこからだしたんだ……お花、サン、サンフラワー。ふわっと広がる、心地よい空間。


(わぁーお花だーきれ〜)


 って、お花じゃない、トリックだよな?

 危うく戦意が削がれるところだった。


 ロベルトは、ピエロに向かって拳を構える。


「お前は誰だ、目的は、なぜ俺に関わる?」

「質問攻め、多いですね〜でも、いいでしょう。全ては教えてあげません」

「なに?」


 なおさら、このピエロがなにを隠しているのか……気になる。


「でも、ね、ちょっとだけ、君に教えておこうか」


 ピエロは軽く微笑んだまま、花束を持った手をゆっくりと下ろしていく。なにも、急ぐことはない、というように、杖を地面につける。

 ロベルトは黙って立ち尽くし、ピエロの言葉を待つ。

 

「君は、僕をピエロだと思っているだろう。でも、それはほんの一面に過ぎない。舞台の上でみる役目は、ちょっとした皮に過ぎない」


 舞台の上の役目? 皮?


「その下に何が隠れているか、知ってるかい?」


 ロベルトの背筋を、鋭い一筋の冷たい感覚が走った。



 わからない。


「ふふふ。でもね? その「隠れた部分」を知ることができるのは、君がここに踏み込んだ時だけだよっ」


 それがどういう意味なのか、すぐには理解できなかった。



「わかった……1つ聞いてもいいか?」

「どうゾ?」


 この質問は確信に踏み込む。コイツは、馬車を襲撃した犯人たちの仲間なのか、それとも別の陣営、なのか……。


 どっちにしろだ。


「アトリス王国馬車襲撃事件、あっただろ?」

「んーアッタネ」

道化は淡々と答える。


「お前はそれの関係者か?」


 鋭い眼差しで道化を見つめた。

 息を呑んで、次の言葉を待つ。


 道化はソレを聞いた瞬間、一瞬、目を細め、にやりと笑みを浮かべた。その笑顔は、愉悦に満ちている。


「フフ……」

 道化は静かに笑った。小さく微笑んだ。


「関係者……?」

道化の口元がさらに緩む。


「それは、どうだろうね。でも、君が想像するような『関係者』ではないかもしれないよ?」


 なんだ、その反応は。

 言葉言葉に謎が散りばめられている、どれもおかしい。


(だが、関係者……俺が想像するような………)


 道化はさらに言葉を続ける。注意を引きつけるように、ゆっくりと語るその言葉、次第に冷徹な空気を漂わせ始めていた。


「君が知りたかったのは、そういうことだろう?」


 道化は、ロベルトを挑発するように見つめながら、口の端を引き上げた。


「でも、1つだけ君に言うとネ……」

 

 道化は、言葉を切った後、ゆっくりと手を動かし、被っているシルクハットを前にずらした。ロベルトの目を避け、何気ない仕草で帽子を整えると、ふっと上目遣いでロベルトを見つめた。


 帽子の下から除くその眼は紅く、狂気。


 眉がピクリと動く。

 その瞬間、道化の口元が再び緩み、言葉が飛び出した。




「君の妹ちゃん……元気だヨ?」


 

 その一言が、ロベルトの怒りを燃え上がらせる……限界点を超えた。



「そうか」


 ロベルトは静かに一言呟く。

 その瞬間だった。


 ロベルトの両腕から、先程戦った怪物よりも、遥かに、熱く大きい、炎が燃え出た。プロミネンス、太陽のように業火に。


 腕を構え、道化に向ける。

 戦闘態勢。


「リシアはどこだ? 吐かなければここで燃やす」


 そこには――明確な殺意があった。



 狂気の道化と、業火の戦士。



「おー怖い怖い、燃え上がってるネ……でも、少し落ち着きなよネ」

「俺は落ち着いている」

「……ココロを鎮火してってことダヨ」

 

 燃え上がる炎の中、どれだけ道化から針を刺されようとも……この怒り、止まらない。それはすべて……妹のため。


 リシアにつながる、決定的な手がかり。

 リシアを攫った幹部の相手。


 情報を吐かせる圧倒的なチャンスを、ロベルトは見逃しはしない。


 全ての糸を引き裂き、真実を引き出す。


「鎮火はいらない。俺はお前に聞いているんだ……妹はどうした。どこへやった、どうなっている? 危害を加えたのならここで――」

「落ち着きがないよネ。炎……消えない、のか」


 その言葉と共に、道化はゆっくりと手を広げ、まるで何かを掴むような仕草を見せる。怪しげな動作だ。


「答えろ」


 ロベルトはその目で道化を睨みつけながら、もう一度低い声で言った。道化は、ロベルトの言葉を耳にしても、さらにその笑みを深める。


「ふふふ……焦らないでよ。君の心が見えちゃうから、ちょっと怖いネ。君の妹ちゃん、まだ生きてるかどうか、確証はないよ?」


 ロベルトの目が一瞬、驚愕に変わった。


「……嘘を吐く口を閉じろ」


 道化はその言葉に、またしても小さく笑うと、手を広げて構える。どんなに殺意を向けられようと気にしない。動じなかった。



「怖いね、君は。けれど、それでも君はまだ分かっていない。炎が消えない理由、君の怒りが続く理由、そして君の妹ちゃんがどうなっているか、どんな状況か、ソレは――」


『話は聞かせてもらった!!!』



 突如、叫び声が響いた。


 ロベルトと道化は一斉に振り向いた。


 

 視線の先、そこには金髪の背の高い男と、赤髪の女の子、二人の姿が見えた。馴染みのある、二人の姿。


 グラスさんとテトラがいた。



 戦闘はホント難しい。

 気に乗れて筆が進めばいいんだけど、なかなか進まない。


 ゾーンとか、入れる方法とか、ないのかな。

 隠れた潜在能力が、一時的に開放される方法とか。



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