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空中要塞グレイシアス   作者: ホワイトボックス
第二章 旅立ち編
17/93

第十六話「依頼につき、庭を廻る」

 

「アトリスは俺の庭だ」



――グラス・レコード視点――



 アトリス王国の街を歩く、一人の男。

 黒いコートに身を染め、頭にフィットする黒の中折帽子。

 高身長の体とバッチリ合い、似合っている。

 街を歩く一般人とは、少し違う雰囲気を味あわせていた。


 紹介が遅れた――彼の名はグラス・レコード。


 その名を聞けば、アトリス王国のほとんどの人々が一度は耳にしたことがあるだろう。

 聖閤堂の店主であり、アトリス王国を誰よりも、どんな人よりも知る存在、いや、知らないことはないといえる。なぜ、こんなに物知りなのかは彼しか知らない。


 

 今日もひとりで歩いている。

 だが、いつもの無為な散歩とは違う。

 今回は目的があるのだ。グラスは、依頼人からの依頼を果たすために、王都へと出向いていた。


「よーし、さてと。聞き込みを始めようか」


 会議から得られた情報。

 依頼人・ロベルトから伝えられた、襲撃犯の情報、および目的、そしてその背後に潜むであろう闇の断片。

 

 ロベルトを攫う目的は不明だが、何か重要なものを狙っていることは間違いない。そして、その背後に潜む闇の正体。

 このグラス・レコードが最も興味を持っている部分は、それだ。


 果たさなければならない――いや、それ以上に、俺の信念が許さない。



 ふと、彼は立ち止まった。

 歩道脇の小さな店に目をやる。そこは美味しいスイーツ屋。


「ふふふ。この依頼を果たしたら、少しデザートでも――と、そんな簡単な仕事じゃねぇよな。シャキッとしていくか」


 考えが別の欲望に吸い寄せられそうになった、なんとか本来の目標に戻れたけれど……欲望は目的を潰す。今だけは一点集中だ。

 

 街を歩く。人々のざわめきが耳によく入る。

 コートの裾を軽く引き上げ、視線を鋭くする。

 聞き込みの準備は整った。目指すのは、情報が流れる場所。ゴミを漁るように、隅々まで探し出すのが仕事。


 直接調査。


「さて、どこから始めるかな」


 馬車が襲撃されたんだ。少しくらい、市民のもとにも情報が届いているだろう。最も信頼できるのは、国の兵士、騎士の連中だろう。

 



 そう思いながら、足を一歩前へ踏み出した。




‐‐‐




 この国を誰よりも知っているのは俺だ。国の地図なんていらん、全て頭の中に入っている。

 店、観光地、禁止区域、隠し通路。

 子供の頃からよく知っている。ま、子供の頃と比べ、アトリスも大きく変わったがな。しかし地形は変わっていない。

 俺の記憶には、嫌でもこべりついている、忘れることはできない。


 本題。

 聞き込み、情報を手に入れる。


 話については依頼人、ロベルトから聞いた。でも、これだけでは足りやしない、もっとだ。情報がほしい。

 ロベルトだけの情報では、まだ足りない。

 有益なる情報があれば、襲撃犯に一歩近づく。


 ……俺の考えだと、襲撃犯たちを操る首謀。

 そいつは国の何処かにいるはずだ。 

 おっと間違えるな、闇神とか。そういう首領ではない。

 あくまで、襲撃を行うものを指揮する存在のことだ。


 どのみち、一筋縄じゃ行かない相手だな。闇神の部下……まったく、厄介な奴らに関わってしまったな、俺の作戦がパーになったらどうする。


 まぁ、俺が決めたことだ。

 自分で決めたことは、必ず成し遂げる。


 馬車襲撃事件は、国中に広まっているらしい。だが、襲撃犯が闇神の部下、ということは知られていない。まぁ、知られたらやばい話だ。

 国や記事会社は、謎の襲撃犯と報告している。

 まぁ、そっちのほうが楽だ。相手がデカい存在だと、精神がピリつく。




「あぁ。襲撃のことなら、まあ、噂は聞いてるよ。もしや、あの事件の関係者かい?」

「依頼でね、調査中ってところさ」


 少し古びた果物屋。

 何年も使い込まれた感じが漂う。

 屋根の下に並べられた果物が色鮮やかに並ぶ中、日差しを浴びた空気が少し湿気を帯びている。ここの果物屋は美味しい、一番のお気に入りだ。


 大通りのすぐ近くに位置し、通行人も多いため、店を見ていると、おっさんが日常的に色んな人の動向を見ていることが分かるだろう。


「依頼というと……あんたが聖閤堂の――」

「あぁ。で、なにか知ってる事とかないか?」


 グラスは一歩踏み込んだ。おっさんが知っているなら、それがきっかけで有益な情報が得られるかもしれない。


 だが、果物屋のおっさんは少し腕を組む。

 唸るような音を立てて考え込みだした。

「んー」


 情報を頭の中から引っ張り出すようにしているようだ。

 しばらく沈黙が続き、ようやく彼は答えた。


「いや、ないねぇ。直接関わりもないし、事件のことしか知らないからね」

「そうか……ありがとう」


――果物屋のおっさんが知っているのは、事件の概要だけで、詳細な情報は何も持っていない。


 ここで、思い出すこと。

 昨夜、自分が初めてその事件について知った時のことだ。


 その時、記事に書かれていたのは、襲撃の概要に過ぎなかった。

 どこで起きたのか、襲撃者の目撃証言、そして被害者の情報。

 だが、その記事に書かれていた情報は、どれも表面的なものばかりだった。


 被害者は、ロベルトをアトリスまで送っていた馬車の御者だ。彼ならば、ロベルトと、闇神との部下の話を聞いているはず。つまり――やつらの動機、目的を知っているはずだ。


 しかし、記事には乗っていなかった。

 御者はただ、事件にあった、怖かった、としか書かれていない。

 

(なんだこの記事、情報がありえないくらい少ない……怖かったって、感想かよ。ロベルトは………ん、どこだ?)

 

 馬車に乗っていたはずのロベルト。

 アイツも被害者のはずだ、そうだ。アイツは言っていた、馬車で移動中襲撃を受けたと。


(記者は何してんだよ……問い詰めてやるか)


 

「襲撃ねぇ。確かに、情報はあるけど、詳しくは書かなかったさ」


 若干癖のある髪型をした記事者が資料を整理する手を止め、俺を見た。


 彼は記者。

 市街地の中心にある大きな記事会社に勤務する人物。

 アトリスでは多くの情報を届ける記事が周っている。

 彼も、この情報を届ける記事者の一人である。そんな彼に、この記事を突きつけるためにやってきたのだが……この記者、筆を鼻で挟んでやがった。呑気な野郎、だがらこんな記事が出来上がるのか。


「どうして書かなかった」


 グラスは、冷静に問いかける。しかし、目の奥には鋭さを潜ませていた。


「えぇー? なにをぉ?」

「王都の馬車の襲撃事件、書いたのはお前だと聞いた。なぜ曖昧な記事にした。言ってくれ、理由は?」


 ときにすこし圧をかけ、強めに問いただす。

 ある程度話し合いで解決できるが、今目の前にいる胡散臭くて、面倒くさがり醜態な人間には、こうでも言わないとダメだ。


 圧をかけるように強めに質問した。

 それに、記者の目がわずかに揺れる。だが、すぐに何事もなかったように、彼は自分の髪をいじりながら答える。


「分かったって……上からの忠告さ」


 記者が言うその言葉に、グラスは眉をひそめた。

 上層部からの指示だろう。やはり上の圧力がかかっていたか。


「指示?」

「そう。上層部直々に、この件については詳しく記事にしない」

「上層部直属から? なぜ、そんなことを……前代未聞じゃないか」

「あぁ、でも、そこのところは極秘らしい。上も何考えてんだか、馬車関連の事件なんて、過去にも何度も起こってんのに」


 上層部直々。

 国から詳しい記事にすることを許されていない。

 

 それも馬車襲撃事件をだ。

 襲撃事件自体は大事のことだが、この記者の言うとをり、過去にも起きている。なにも極秘にするほどではないはずだ。

 しかし、上はそれを隠そうとしている、なぜだ。

 

 なぜだ?

 なぜそう隠そうとしている。 


 大事件を隠蔽してまで、圧力をかけてまで、事件の詳細を隠したい……。王国も、どこかおかしくなっているのかもしれん。陰謀? 知らんな。


「……それより、聖閤堂のあんたは、この事件を詳しく知ってるようで」

「―――まぁな」


 グラスは冷ややかな笑みを浮かべながら、軽く肩をすくめた。

 それに、記者の目がさらに鋭くなったのが分かる。

 

「関係者か……?」

「何も言わん」




 城壁を越えて、騎士団の拠点に足を運んだ。

 ここは王国の防衛の最前線に位置し、数多の騎士たちが日々鍛錬を積んでいる場所だ。だが、ここでの聞き込みは一筋縄ではいかない。

 あー、騎士たちは口が堅い。 

 特に、上層部に関することとなればなおさら。


 さすがに、国の守護者たる騎士団ともなれば、情報漏洩を防ぐための対策も万全だろう。


「お前さん、騎士団に何の用だ?」

 一人の騎士が鋭い目つきで俺を見た。


「聖閤堂グラス・レコード。襲撃事件について、少し話を聞かせてもらいたい」

「話すことはない」

「おい」

 騎士は一言で切り捨てた。

 騎士の反応は冷徹そのもの。


 もはや一切の余地を与えない。

 これは、手厳しい、聞き込みは不可能か――と思ったその瞬間、予想外の動きがあった。


 彼の肩を軽く叩く別の騎士がいた。


「待て。こいつ、見覚えがある。以前、依頼で街を救った男だったはずだ」

「なに?」


 鋭い視線を向けていた騎士が、少し顔をしかめながらその騎士を見た。

 その間、グラスは少しだけ胸を張って、心の中でニヤリと笑った。


「そう! それ俺だ!」


 驚くべきことにその騎士たちが反応した。


 騎士にも俺の活躍は伝わっていたようだ。

 ふふ、このまま攻めれば聞けそうだ。

 これはかなりの好材料だぞ。


「街の救世主! 二十年前から街の平和を守る男。約31回目の大活躍、もう名は知れてるはずだぜ?」

「まさか……本当に?」


 グラスはカッコつけながらポーズを取り、頭の中折帽子を前に傾け、そのカッコよさを演出する。

 グラスの言葉に、騎士たちは驚きの様子。

 そうだ、俺は二十年前から活躍する、生きる救世主。


――まあ、正直言って、言葉通りの「救世主」というわけではないが、俺のような探偵が町を救ったと言っても過言ではない。


 

「襲撃事件の後、王宮から特に厳しい監視が入った。再防止のため、街の防衛は強化されたし、坊発も防ぐことができよう」


 そういえば、事件の後街中で見かける兵士が急に増えた気がする。

 あれだけの大事件だったからな。

 その後、王国全体の安全を守るためにいろいろと手を打ったのだろう。


「うん、うん。分かった。」

 思わず頷きながら、グラスは相手の反応をうかがう。


「あ、も一つ。今って……青髪の騎士の人、不在だよな?」

「青髪……あぁ、今は北に出向いている最中だ」

「そうか」


 ふぅ、よかった。

 よかった、これで面倒なことを避けられる。


 あの青髪の騎士――かつて少しばかり厄介なことがあったから、会いたくない人ランキングトップ三位には入る。なので避けたかった。

 でも、ここにはいないそうだ、心の中でほっと一息つく。


 まぁ、北にいるらしいけど。

 巡回中か……遠回りしていくか。




 騎士たちの他にも、国の兵士たちもまた、街の防衛を担当するする一員。

 兵士たちは、王国全体を守るため、各地で防衛任務をこなしている。彼らの役割も大きいが、騎士団と比べると、少し違う点がある。

 

 騎士たちと違う点として、彼らは警戒心が少し薄い。あ、いや警戒は普通にあるからな、騎士と比べても話。

 理由は、普段から庶民との接触が多いからだろう。

 

 俺にとっては好都合だ、あいつらは柔軟だから、聞き込みを入れやすい。



「襲撃事件か? ああ、確かに。ずっと前からよくうろついている奴らがいたって話は聞いていたからさ。私も調査を進めていたのだ、そしたら"まさか"だよ」


 兵士は少しの間黙り込み、周囲を見渡すと、声を低めて続けた。


「兵士全体に伝わっていることだが――ここ最近の話ではない。実は、もっと前からあいつらの動きは怪しかった」


 グラスの脳内で情報が整理される。どうやら、今回の襲撃事件は突然の出来事ではなく、もっと前から計画されていたらしい。

 

 その言葉に、俺は少し身を乗り出す。


 なるほど、どうやらここ最近の話ではない。

 もっと前から、事前から計画は進められていた。

 

 それに、ただ馬車を襲撃するだけではない。

 相手はロベルトを狙ってのことだ。旅立ちの日? に合わせて、待ち伏せを狙っていたということだろう。

 あらかじめ仕掛けていた、奇襲作戦だ。

 なるほど、それなりの策を持つやつがいるようだな。


(まぁ、ロベルトの機転で失敗に終わったが)


 でも、奴らはこれで終わりではない。

 まだなにかあるはずだ。


「調査を進めていた場所って、どのあたりだ?」

「調査の場所のことか……うーん、具体的な場所って言われても、なかなか特定できないんだが……」


 兵士は少し考え込んだ後、俺にソレを告げた。


「しかし。周辺にある自然や建物を挙げるとすれば――キュロロ遺跡が近くにある」


 その名前に、グラスは思わず目を見開いた。キュロロ遺跡――あの場所か。


 キュロロ遺跡。

 もう何千年か前に滅んだ、文明の跡地。

 昔は学者や冒険者たちが訪れたが、今では立ち入り禁止となっている場所だ。


 奴らはそこに住み着いている。いやしかし、あの遺跡はモンスターの住処。だいぶ前から立ち入りは禁止されている場所。要するに危険区域。


 そこを拠点。もしくは仮拠点として利用している。

 完全に制圧されているだろうな、あの遺跡。


「キュロロ遺跡については、前々から候補にあったが……わたしたち兵士が、キュロロ遺跡の調査に乗り出したことはない」


 そうか、ふむ。




 街の広場にあるギルドの建物に足を運ぶ。ギルドは普段からさまざまな依頼を取り扱っているため、街の情報に詳しい。

 特に裏の事情には強い。そのため、冒険者も多数いる。

 巷で話題のS級冒険者パーティは、とても有名だ、それに強い。

 どのくらい強いかは、正確には分からないが。

 

 まぁ、俺はどれも同じだと思っている、同じ冒険者なわけだしな。


「襲撃事件のことでしょう? うちのギルドでも話題になってるよ」

 役員は薄笑いを浮かべながら、手帳にメモを取っている。


 話題になっているくらいだ。 

 なぜ国は圧力をかけてまで、記事を避ける?


「極秘任務……あるんです」

「なんだと?」


 役員からの耳打ちに、俺は興味を覚える。

 極秘任務、そんなことを密かに……俺に話していいのか?


「貴方だけ、許可が下りてますよ」


 どうやら、大丈夫らしい。

 ギルドも分かってるようだな。


「聞いて下さい」

「ふむ」

「実は……少し前から、特殊で事件を進めている冒険者がいるんですよ。分類的にはあなたと同じ人、異様に酒愚いおっさんでした」

「酒愚さいか」


 俺はおっさんじゃない。


 と、ともかく。

 その人に一度聞き込みもしてみたい。

 もしかしたら協力の可能性も望めるかも知れない。


「もしかしてだけど、場所は……キュロロ遺跡か」

「あれ、よくご存知で」


 やはり、あの遺跡か。

 もう千年も前の遺跡だ。

 その情報が本当なら、襲撃犯は遺跡で間違いないだろう。


「ただし、今のところ、その冒険者がどこにいるのかはわかっていません。もし見かけたら、一度話しをしてみてわ」

「あぁそうする」


 役員からの情報はかなり有益だ。この情報をもとに、今後の方針を決めていかないといけない。そのためには、情報を整理しないと。


 外に出ると、少しだけ空が霞んで見えた。思った以上に疲れが溜まっているのかもしれない。だが、休む暇もない。情報が増えるたびに、次にやるべきことが増えていく……どこか休む所あったかな。


 情報を整理しつつ。

 少しだけ、市場で休憩挟むか。




‐‐‐



 

「ふぅ……」


 お店で頼んだコーヒーを一口。

 コーヒーの熱が舌に触れ、ほんのりとした苦味と、香ばしい香りが広がる。

 

 30代になってから、コーヒーが上手く感じるようになったのは、はたしておれだけなのだろうか、世間では少し遅いと言うけど。

 俺は別に普通だと思う……周りの奴らは早かったけれども。

 

 セリータさんなんて、20代だ、俺とは違う。

 コーヒーに関して、これだけは俺でも敵わん。


 年を重ねた俺の練習を、あっと、驚く間に超えていった。まさに天性の才能。コーヒーを作るべくして生まれた逸材。


 あっ、テトラは論外だ。飲めないやつは話にならん。

 そもそも、はなから「苦い」と言う理由で拒否を通している。

 あんな子供にコーヒーを教えるなんて、無理だ。

 もうジュースやお茶があればそれで十分だろう。

 


 とにかく、今はこのコーヒーの香りに包まれて、リラックスに嗜むとしよう。あぁ、空気が浄化されていくような気分……うむ。


 ほんの少し冷めたコーヒーの香りが、鼻腔をくすぐる。少しだけクールな雰囲気を漂わせながら、コーヒーを飲む。



「グラスさん……」


 俺の隣から声が聞こえた。

 その声はおどおどしている、まるで何かに困っているみたいだ。


 ゆっくりと身体を回す。そこには手のひらサイズの1枚の紙をもつ女の子が立っていた。


 前下がりのちょっと整えきれていない黒髪ショートボブ。

 元気な印象を与える彼女は、テトラのお友達。


「ナナミ、どうした?」


 彼女はナナミ。

 アトリスにある大きな学園に通う15歳の少女。

 テトラの仲良い友達で、元気で明るい性格が特徴的で、いつも食べ物を求めて動き回っている。

 彼女は今回、グラスに呼ばれてやってきた、食べ物を加えて。


 他にも色々あるが、まぁ、それは置いておこう。

 あっ、机の食べ物はすべて彼女のものである。

 

 

「グラスさん」

「なんだ?」

「えっと。はい……この紙、私が後で払わないとけない金額を表しています」


 そう言ってわたされたのは、彼女が買ったであろう食べ物たち。そのすべての金額が書かれている紙だ。何気なく目を通すと、金額の総額が書かれていた。


――銀貨32枚。


「あぁ金額が書いてあるな、で? それがどうした?」

「えーっと、ね。うーんと」


 特に驚くこともなく答える。だが、ナナミはその答えに満足していないようで、さらに口をつぐみ、何度も言葉を詰まらせる。


 おどおどと立ち止まったり、また動いたりを繰り返している。


 見ているこっちもどこかもどかしくなってしまう。少しイライラも感じてしまうが、彼女の性格をよく知っているからこそ、いちいち責める気にもならない。


「………」

 

 しかし、グラス・レコードは、その理由を知っていた。


「ナナミ。お金、足りないんだろ?」

「うっ……はい、そのとおりです!」


 グラスに痛いところを突かれたか、彼女は胸を抑え、うろたえる。よく見ると半泣きだ。彼女は払うお金が足りなかったのだ。

 これは一度ではない。またか、というくらいだ。


 いつも通り、食べすぎてしまい、支払いができない状態に陥っていた。


「お前なぁ」


 俺はため息をついた。


「グラスさんお願い! 少し、お金貸して!」


 と、何度も言われてきた、困ったもんだ。


 だが、悪気はないのだろうとわかっているから、深くは責めない。ただ、このままでは何とかしてやらなければ、と思った。


「……今回”も”俺が払っとくよ」

「!」


 金額は少し高いが、まあこれくらいは何とかなる。銀貨32枚、金貨までいかないだけまだマシか。


「グラスさん……! ありがとっ、もうこんなことしないよーっ!」

(嘘つきめ)


 神さまを見るかのように、俺に向かって懺悔を唱えているが、俺は信じない。またいつか再犯する、と。心の俺がそう言っている。

 まぁでも、その笑顔はいいことだ。昔の知り合いに似てて良い気分になる。


「あ。食べ物には気をつけろよな。あんまり食べ過ぎると、また体重がふえ――」

「わ、わかってるから! 言わないでっ!」

ナナミは慌てて言い返したが、どこか恥ずかしそうに顔を赤らめていた。



「そういえばグラスさん。今日はなんで私を呼んだの? もしかして、食べ物関連のことかな?」

「食べ物から一旦離れろ……んんっ! 仕事関連だ」


 首をかしげながらも、俺はツッこむ。

 そして、俺が話したかったことに入る。

 

 騎士、兵士だけでなく。 

 知り合いからも聞き取りが必要だ。知っているかは分からないけどさ。


「また仕事? 珍しーね。どんな依頼?」

「最近起きた事件に関することだ――今日珍しい依頼人が来ててな、一段と盛り上がってるところだ」


 ロベルトが来てから、めちゃくちゃ元気だ。いつもよりも、格段に元気。やっぱりお客さんの違いなのか。

 それとも、未知の依頼を前にするワクワク感か。

 依頼が依頼。それも特別……俺が今調査中の『アトリス王国馬車襲撃事件』


 聖閤堂の店主として、成し遂げなければならない。


「めずらしい? どんな人?」


 と、ナナミが聞いてきた。 

 俺はそれに、こう答える。


「若くて、大切な人を思う事ができるイケメン野郎さ」

「えっ、うそ。イケメンが来るの……?」

「聖閤堂はよりどりみどりだ。おっさんばかりじゃないぞ。依頼を求め、俺を頼ってやってくる。今回の依頼人もそうだ……」


 アイツの思いに応えなければならない。

 依頼という、契約を結んだ。

 それも、契約は俺が望んだことだから。


 ――ロベルトに協力したい。損得関係ない、個人の思いだ。


「へぇ〜そうなんだ。ふーん」


 少し羨ましそうにこちらを見てくる。


「なんだ羨ましそうに。イケメンに興味持ったか?」

「違うし! 間に合ってます! それに、ね……私にはずっと前から好きな人がいるの」


 そう言って、ナナミは両手を合わせるようにして、少し恥ずかしそうに呟いた。その顔には、愛おしい人を思うとろけた顔だった。

 

 あれ、それは初耳だぞ。


 しかし恋か。フッフッフッ。

 俺もそういうのはあったが、アレは本格的な恋じゃなかった……。


「片思いなんですけどね」

「そうか」


 片思いか。

 しかし、好きな人がいるのはいいことだ。


「でも――いつの日か、水の国製の素敵なドレスを着て、結婚式挙げて、大好きな人と共に愛し合う子になるの。え、それって……私、お嫁さん――っ!」


 また、また始まった。

 この女……こうやって妄想癖を展開してくる、自分だけの世界を。 

 ちょっと、図々しさもあるしな。

 

「アトリス製じゃだめか?」

「やっぱり結婚式を上げるなら水の国だよね、雰囲気的にもあった所が良いし、なにより海が綺麗で――」


 聞いていない。

 どれだけ質問しても、妄想の中に入れば、もう無駄。

 妄想から帰ってくるまで、手出しできない。


 まぁ、衝撃を加えればすぐに戻ってくるけど、簡単に手を加えるのはよろしくない……ここはしぶしぶ待つか。



「ねぇグラスさん、今回の依頼ってどんなこと? 私にも教えてよ」

「んー、あー? 意味ないだろ」

「いや。ある、なにか役に立つかも知れないって!」


 確信に満ちている目。

 自分ならば、本当に役に立てると思っているその自信。

 

 この探究心を見ていると、少しだけ話しても問題ないかもしれない。必ずしも、人に言いふらさないとは言えないがな。


「しょうがないな」

 そう言いながら、少しだけ口を開く。


「『アトリス王都馬車襲撃事件』これは知ってるな?」

「うん。クラスのみんなもそれ話題にしてたし、前代未聞の事件だから」


 さすがに事件くらいしっているか。

 さて、ここからだ。


「今回の依頼、はっきり言うと、その事件に関与している」

「えぇっ!?」


 俺の言葉を聞いたナナミは、驚きとともにのけぞった。椅子から転げ落ちそうになっていたが、なんとか立ち直り、体勢を立て直す。

 

 やはり、衝撃的だったか。


「そ、それ……ほんとに」


 言葉を震わせながらも、真実を確かめたいという意志。


「嘘偽りのない、紛れもない真実。そして――この話は貴重だぞ? 今回の依頼人は、その馬車に乗っていた被害者だ」

「へ゛ぇ゛っ゛!゛?゛」

「いちいち声が大きい、ナナミ」


 衝撃的な発言を教えるごとに、おおげさなリアクションをおこす。仕方のないことだが、どうにか出さないようにできないのだろうか。


「でも。だって、それ……初耳だよグラスさん……!」

「今教えたから当然だろ」


 誰にも教えていない企業秘密。


――依頼人とだけ共有したかったけども。

 どうしてもって言うからな。もちろん、漏らすなよ?

 友達に言うのは禁句だ。


 バレたらいけない事だ。今回だけはな。


「………すごいこと、聞いちゃった。私、とんでもないこと聞いちゃったよ。ナナミちゃん、これからどうやってサポートすれば……」 

「協力するき前提?」

「私にもなにかできるかなーって。ほら、こんなこと聞いちゃったんだし、それなりに? 私もなにかやらないとって」

「……無理に関与するのはよせ」


 少なくとも、ナナミに危険が及ぶことは”ない” とは言い切れない。そもそもの話、一般学生を危険に及ぼすなど、なってはならないこと。


 ナナミはこれで、事件の一部を知ってしまった。つまりは関係者。

 でも、関わらせたりはしない。


 ソレは聖閤堂だけでよい。



「じゃあ、俺は戻るわ」

「え、どこに?」

「聖閤堂だよ」

「あ、そっか。今日のこと報告するの?」

「あぁ、今日だけで調査はだいぶ進んだ。依頼人のためにも、情報は早く伝えるべきだからな」


 荷物を整え、机をきれいにした後。

 ナナミの方に向かって言う、相変わらず食い物だらけ、大食いかよ。


「もちろん、ナナミ。お前のこともだ。テトラからのお話覚悟くらいしときな」

「うっ」

 

 冗談交じりにその言葉を言うと、ナナミは一瞬固まった。

 横を向き、恥ずかしそうに口笛を吹き始めた。

 

「ナナミ。遺跡付近には近づくな、夜には気をつけろよ」

「別れ際くらいやさしくしめてよ」


「――ハハハッ!」


 こんな笑い声が出るなんて……発散も大切だな。


「じゃ、また」

 手を軽く振りながら言う。


「あっ、うん。じゃあねグラスさん」

 

 ナナミも手を振り返しながら、食べかけの食べ物を手に持ったまま俺に向けて笑顔を送る。今度は少しおどけたような、けれど満足げな表情。


 ナナミが、食べ物を口に運びながら、まだ手を振っている姿を見て、俺は再び笑みをこぼした。


 


 俺も昔はあんな友達いたな。

 かーっ! 懐かしすぎて無性に体が痒くなってきたーっ!


 



 


 

 

 

 

 



 


 

 

 

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