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空中要塞グレイシアス   作者: ホワイトボックス
第二章 旅立ち編
15/93

第十四話「聖閤堂」

「ん、あ……?」


 目が覚めると、青空が見えた。


 澄み切った青空の下、ロベルトは寝転んでいた。


 空の青さがひどく眩しくて、つい目を細める。

 冷たい、特に下半身がひんやりしているのがわかる。目の前には川が広がり、足が水に浸かっている。


「なんで俺は川に浸かっているんだ……」


 頭の中がぼんやりしている、どうにもスッキリしない。

 記憶が断片的だ。思い出すのは、アトリスへ向かう途中、馬車を襲撃され――そして、何かが光った。あとは……記憶は霧の中だ。


「……どうしてここに?」


 水に浸かる足をじっと見つめながら、呟くように言葉がこぼれる。

 未だ頭の中で何かが引っかかっている。



 青空は綺麗で、雲一つなくすんでいる。

 まだ夕方だとは思えないほど、昼間のように空は広がっている。


 その時、視界に何かが映る。


 のこっと、俺の視界に一つ。顔が映り込んだ。

 金髪の男の顔が―――


 反射的に立ち上がる、そこには金髪の男が立っていた。


 全身を警戒し、瞬時に立ち上がるロベルト。

 金髪の男は、その姿勢を察したのか、軽く笑った。

 


「やっと目を覚ましたと思ったら、警戒されてる。」

 

 そういって、男は軽く笑う。

 

「居眠りでもしてたのか?」

「………」


 金髪の男は笑いながら、こちらに話しかけてきた。

 男の口調はどこか馴れ馴れしい。


――それと、居眠りしていたわけじゃない。


 むしろ、意識がなくなったあの瞬間から、目を覚ますまで何があったのか全くわからないのが問題だ。

 


「あなたは……誰だ?」

「おいおい、警戒はよしてくれ。俺は怪しい人物じゃない、な?」


 男は手を上げそう主張する。

 それがほんとかどうかはわからない。

 嘘のような気配は感じられなかった。だが、冷静に考えると……それも不気味だった。信用していいのか?


 一瞬たりと、警戒心を緩めなかった。


「で、こんなところで何してんだ? 川に足つけて寝転んで……日光浴の一種か?」


 日光浴?

 俺がそんなことをするか。するにしても、それは月光浴だ………。


 ………まいった、こんなことをしている場合ではない。川に足をつけてるなんて、恥さらしだ。


(……ここは会話を紡ごう)

 

「違います………。何と言おうか……その、記憶がおぼろげで」

「記憶がぁ? どうして?」

「……曖昧で、何が起こったのか、どうしてここに居るのか、全然覚えていないんです」

 

 うんうんと、男はロベルトを見つめて頷く。それから、すぐに肩をすくめて笑った。


「それで、気づいたらここにか」

「そんなところです」

「災難だったな。あ、お前体冷えてるだろ? 濡れたままじゃ風邪引くぞ」


 男の言う通り、寒い。服は全身びしょ濡れ、中までしっかり濡れている。気持ち悪い。


(……臭い)


 全身が冷え切っている。

 肌に水がしみ込んでいて、寒さがしだいにじわじわと体に広がってくる。


 それを見た男は、ロベルトに向かって一つ、呟いた。

 

「……どうだ、俺の家によっていけよ」

「えっ?」


 男は、自分の家に誘っている。

 気遣いか?


「そこまでの気遣いはいりません……それに、こんな体で上がるわけには……」

「大丈夫だ。びょ濡れでも構わない、すぐ掃除できる」


 自信げに指を立てる。

 

「いいんですか………?」


「あぁ、これもなにかの縁だ」


 本当に……いいのか。

 

 なぜそう親切にしてくれる?

 それが謎だった。なぜって? 会ったばかりの他人だからだ。

 彼は縁と言うが……。何かの縁、というのは……そこまで使い物にはならない気がする。


 この男になにか意図があるのか。

 それともただのお人好しか………?


「はははっ、心配すんなよ。悪い気はしないからな」

男はにっこりと微笑んだ。


 男から悪い感じはない。それどこころか、親切にこちらを招いてくれている。


 風が冷たくて、体は震えていた。一応風魔法を応用すれば乾かせる、でも寒さは余計に広がる。

 これ以上無理をして風邪を引いたら、どうしようもないだろう。


 今はその申し入れ。

 受け入れるとしよう。

 

「じゃあ……お言葉に甘えて」

「よし。じゃあ案内するぜ。俺の家に」


 そう言って男に連れられて歩き出した。

 



‐‐‐



 歩きながら、男が聞いてくる。


「ところで……聞いてなかったが、名前なんて言うんだ?」


 名前を尋ねられたロベルトは、一瞬言葉を選んだが……正直に本名を答える。


「――ロベルト。ロベルト・クリフです」

「うん、覚えた」

  

 俺の名前を覚えてくれたようだ。

 

 ただ、今の俺にとってそんなことどうでも良かった。俺が今歩いている場所、見覚えがある、どこか懐かしい感じがする。


「俺はグラスだ。”グラス・レコード”、グラスでいいぞ」

「あ、はい。グラスさんですね」

「呼び捨てでいいんだがなー」


 グラス……あのグラスのことか? 


 飲み物を入れるあの容器……本当にそんな名前の人、居るんだな。おっと……ここは俺の住んでいた世界とは違う世界、星。


 ここでは普通のことなんだろう。いちいち気にするな。


 ………。



 先ほどから、見覚えのある景色が続いている。

 それは、自分の記憶とリンクしている。


 ロベルトは無意識に立ち止まり、息を呑む。


 ”既視感”


 

 川に流される前、あの時も王都に向かっていたのだ。

 そして、今――まるで別の世界から戻ってきたかのように、この街の一部に重なっていく。


「おっ、大通りが見えてきたな」

「!」


 グラスが声をかけた。

 ロベルトがその言葉に反応し、前を見ると、大通りが目の前に広がっていた。その瞬間、ロベルトは息を呑んだ。


 

 目の前に広がったのは、王都。


 賑わう人々、重なる声、そして大通りを行き交う商人や冒険者、他国からの観光者。立派な馬車に乗る、貴族たち。

 どこかの広場で見かけるような装飾が施された建物。

 大小さまざまな店が立ち並ぶ光景。


 アトリス王国の大通り、そのものであった。


(まぎれもない、ここはアトリス王国……!)


 心の中で呟く。

 俺の目指していた場所だった。

 

 川に流される前、確かに俺はここへ向かっていた。

 そして、今、俺はその王都にたどり着いている。

 こんな形でだ。


「どうした?」


 グラスさんの声が聞こえて、ハッとした。


「いえ、なんでもないです」


 そう答えると、グラスさんはにやりと笑い、歩き続けた。


 その歩みの先には、王都の中心部が見えていた。

 男の家は中央の辺りにあるのだろうか。


 それにしても、川に流されてこんな形で到着したのだろうか――今は、運がいい、と思っていよう。


 疑問が膨らんでいく。だが今は、その疑問を追いかけるよりも、グラスさん……が親切にしてくれることに、感謝するべきだ。


「ロベルト、こっちだ。」


 グラスさんが振り返り、手招きする。

 俺はその手に導かれるように、歩き出した。




「ここだ」


 指差す方向には、ある一軒家があった。


 王都の大通りは、北、東、南、西の四つに分かれている。二人が歩いてきたのは南の大通り、その後、今度は西に向かって歩いている。西の大通りを少し進んだ後、住宅街に足を踏み入れると、そこに一軒家があった。

 少し迷路のように感じるが、ロベルトはそれを自然に受け入れた。


 なぜだか、慣れているような感覚があったからだ。


 

(しかし、広いから複雑だな)


 

 川の流れ。自分が流されてきた川のことだ。その川は、南東側と北西側でつながっていて、最終的には海に向かって流れ込んでいる。


 もし、あのまま流れ続けていたら、誰にも気づかれずに海に出てしまうところだっただろう……。


 そう考えてしまうと……。



「入ったら風呂を用意してやるよ、ゆっくり浸かってくれ」

「そこまで……どうも」

 

 お礼を言うと、グラスさんは軽く笑って頷いた。


 一礼しながら、ロベルトは自分を助けてくれたことに改めて感謝した。


 もし、あの川に流されていなければ、今こうして王都にたどり着いていることさえなかっただろう。助けてもらったうえ、さらに風呂まで用意してくれる……考えてみても、あまり起らない。


 あの男……グラス・レコードは、何者だ?


 

 家の中に足を踏み入れると、その広さに圧倒された


 天井は高く、開放感が漂っている。

 リビングには、カラフルで洗練された飾りつけが施されている。

 壁には美しい絵画が飾られ、ところどころに植物や小物が置かれている。


 誰かをもてなすために作られたかのような空間だな。

 これはグラスさんの……趣味か?


 オシャレだ。



「風呂はこの部屋の右奥に行く、そこから廊下を渡ってー。まぁ、後はわかるだろう」


 グラスは指示を出しながら、特に気にした様子もなく言った。


 少し雑な説明だ。

 だが、大丈夫だ。わかる。


 ロベルトは頷いてその方向へ足を進める。

 しかし、体の震えが相当効いてくる。


寒い、寒い――


 体が冷えて仕方ない。

 全身びしょ濡れのまま歩き回るのも辛い。

 早いところ風呂へ入ろう。体を温めるのが一番だ。


「……泣けてくる」

小さく呟きながら、進んでいく。


 そうしたら、また驚きが待っていた。


 部屋の中に、まるでバーのようなカウンターが見える。

 カウンターには、綺麗な模様が施されたガラスや、壁に飾られた写真、食器が置かれた台が並んでいる。

 さらに、本棚や植物……これまた驚いた。音楽を流すレコードで置かれている。レコードつながりか。


(店でも開いているのか?)


 豪華なインテリアに、まるで高級な店にでも来たかのような気分だ。

 見た所、二階にも続いている。

 

 

 ロベルトの家は、すべて木造で、飾りつけはここまではなかった。

 前世でも、無機質な空間で、テレビと機械だけが存在するような家だった。それと比べると、今目の前に広がる家の豪華さは、まるで別世界のようだ。


(こんな家、俺にとっては眩しすぎる)



 その後、ロベルトは指定された風呂場へと向かい、ゆっくりと風呂に浸かった。温かい湯に体を沈めると、冷え切った体がじんわりと温まっていく。疲れ痛み、溶けていく。


 少しの間、風呂に浸かった。

 ここだけ幸せな時間だった。


 やがて風呂から上がり、着替えを始める。

 すると、ふと思い出したように、魔法を使って服を乾かすことを思いつく。

 

 風魔法と炎魔法を組み合わせて、濡れた服を温かい風で乾かしていく。微量の炎魔法を使うため、少しだけ注意が必要だが、全く問題はない。


 服を乾かすなど、簡単だ。

 湿気は残るがな。


 服は荷物に詰めてある、用意してくれたものがある、大丈夫だ。そこから新しく取ればいい。



「……荷物がない」


 ふと、彼は思わず息を呑んだ。

 旅用の荷物、必需品が全て失われている。

 唯一、手元に残っているのは、剣と妹の写真が入ったペンダントだけ。



 お金はない、一文無しだ。




‐‐‐




 リビングへと向かう。この家の中央にある場所だ。

 足を踏み入れると、一人の大人の姿が見えた。


 金髪を持つその男性は、グラス・レコード。

 ロベルトの恩人でもある彼は、やはりどこか不思議な雰囲気を感じさせる。大人の魅力と言おうか、少し違う気もするが。


 現在、彼は大きなソファに座り、片膝を立ててその上にもう一方の足を組み、何やら真剣な顔で本に目を落としている。



「戻りました、グラスさん」


 声をかけると、グラスさんはゆっくりと本から目を上げ、こちらを見つめた。ほんのり微笑んだ後、軽く頷いた。


「ああ。長風呂だったな、疲れとか、バッチリか?」

と、返した。

 なんとも言えない優しさが含まれている。


「おかげさまで、疲れも生だるさも無くなりました」

「そりゃよかった。なんたって、うちの風呂には南の島で乱獲してきた『特産品の果実』をすり潰して入れてんだ。いいニオイしただろ?」


 確かに。ロベルトは風呂に入っているときを思い返す。

 なにかいい香りがして、心地よかった。それに、風呂の水が微妙に緑っぽかった。異国の果実が溶け込んでいるような感じだ、これが南の島の果実か……。


(乱獲、という言葉が聞こえたが……)


「ちなみに乱獲とは?」

「そのままの意味だ。南の島は人が居ないから、果実取り放題。まぁ、祭りみたいなもんだ」

「……わーお」


(そりゃ……すごいな)


 思わず口から、冷たい冷めたような声が出た。




 グラスさんは手慣れた手つきで、先程まで読んでいた本に、しおりだろうか……一枚の特徴的な紙をはさみ、机に置いた。そしてゆっくりと立ち上る。


「……あぁ、そうだった。」

彼がぽつりと口を開いた。


「そういえば。いきなりだったから、まだちゃんとした自己紹介も出来てなかったよな」


 グラスさんがふと口を開き、何気ない調子で言った。


 あぁ、そういえば。


 グラスさんの名前だけは知っている。けれど、それ以外のことは何もわからない。状況としては、今こうして無事にここに座っているのが、既に信じられないくらいだ。

 

 だが、これも仕方ない。

 気がつけば、俺はもうこの場所にいる。


「そこのソファに座ってくれよ」

 

 グラスさんは少し軽く手を振って、ソファを指さした。

 指の動きは無理のなく、どこか余裕を感じさせた。


 普段からこうして物事を決めているのだろう。

 無意識に指示通り、座った。


 グラスさんは少し黙った後、静かに元いたソファに腰を下ろす。彼の目は真剣だが、どこかふざけたようにも見える。笑いをこらえているのか。


「まずは……コホン」


 「『グラス』グラス・レコード。聖閤堂の店主をしている。まぁ、気軽に呼んでくれ」


 その口調と態度に、なんだか少し安心感を覚える。まるで、何もかも気取らずに話してくれる。堅苦しくならない。

 そしてやはり……ここはお店だったようだ。

 どうりでこの内装、貴族を思うほど豪華すぎる。


 どんなお店かはわからん。後で少し聞いてみるか……それと。


(二度言おう、俺には眩しすぎる)


「グラスさん、ですね。」

と、俺は改めて言った。


「俺の名前は、ロベルト・クリフです」


 二度目だが、今回はきちんと自己紹介できた。


「よしよし。なぁに、俺は堅苦しいのは嫌いだから、緩くいってくれよ。それに、お前自身も少しこんがらがってるだろ?」

「……そうですね」

「色々あったんだろうけどさ。今こうして無事に話せてるってのは、それだけで十分なことだ」


 その言葉に、少し驚きながらも、心の中で軽く頷いた。そうだ、何もかもが突然だった。でも、いまこうして話せている、なにより安心だ。


 会ったばかりだと警戒していた。

 他人にここまでする人は信用できない。


 だが、こういう人もいるもんだ。

 警戒心から始まった関係も、今では少しずつ解けつつある気がする。


「ありがとうございます」

「感謝されるほどのことはしてないけどな」


 グラスさんは少し笑いながら、ソファの背もたれに体を預けた。


(さて、ここらへんで”店”について問いかけてみるか)


「すみません、ひとつ」

「ん?」

「”聖閤堂”について、話を聞きたくて」


 グラスさんはなんなく呟いた。


「あーそういや紹介が遅れたな。ここは――聖閤堂、店だ。さっきも言ったけど俺はそこの”店主”だ」


 聖閤堂……。


 聞いたことのない店だが、まぁそれも仕方ない。

 なんせ俺は田舎もんだ。都会のことなぞ何も知らない。



「そして、まだ驚くことがあるぞ?」

「驚くこと?」


「あぁ、俺達の店はただの商売じゃない。そこらへんの王都に群がってる店とは違うんだよ」


 この店は他とは違う、異質な雰囲気を持っている。店自体の内装、場所、どれもが店とは思えない。第一こんな迷路のような路地に店を建てて、人が来るとは思えない。

 それと、店に対して酷いな……。


(……これも都会の習いか)


 よく聞いとけよ、という顔で。顔の近くに人差し指を持ってきて、静かに、そっと語った。


「この店はな……『依頼形式』で、成り立ってるのさ。俺の店では客が特定の依頼を持ってきて、それに応じて商売が始まるってわけ。だから、普通の店のように誰でも立ち寄って買い物をする……ってことはない」



 依頼形式――それがこの店の正体か。

 グラスさんの言葉を噛みしめながら、少し考える。


「客が来るのは、その依頼が必要な時だけ。だから、人が来ない限り、俺達はなにもしない」


(言った通りの、特別な店だな。言ったら探偵だな)


 それと思ったんだが……だれも来ないといって、店を動かさないのはだいじょうぶなのか?


「と、まぁ。この店のことはあらかたわかっただろ?」

「はい」

「まぁ知ってても関係ないことだったな、聞いてくれてありがとう」



(……変な店に拾われたな)



‐‐‐




「さて。聖閤堂のことは一旦置いといてだ。

 俺が知りたいのはロベルト。お前の素性についてだ」


 2つの指で俺を指さしながら、素性について問いかけてきた。


「素性?」

「あぁ、ロベルト。お前はまだ何者かもわからない、どこから来たのか、どうして川から流れてきたのか、俺にはさっぱり。だから、お前について教えてほしい。」


 素性……か。


  普通はこんなこと、人に聞かないんだけどさ。と言いながら、俺に目を寄せる。なるほど、俺は特例というわけか。その特例に入るほど、俺に目を寄せる理由はわからない。


 だが、グラスさんにとっては、俺がどんな人物なのかを知ることが大切なんだろう。


 ……あまり俺についての詳しい情報の提示は避けたい。

 しかし、彼もまたこうして自身のことを教えてくれた。ここは答えるべきだろう、言いたくないがな。


「俺は……ここの国から遠く離れた森の中の村出身です。この国に来たのは、人探しのためです」

「ほぉ」


 グラスさんが見守るように静かに頷いた。

 しかし、ふと気づいたかのように声を上げた。


「ん? 人探し?」


 グラスさんが反応した。

 

「人を探しているのか?」

「はい、人探しの旅ですね」

「へぇ……聞いちゃうけど。それは、お前にとってどんな人?」


 その問いに、少しだけ言葉を選ぶ。言葉の選び方一つで話が変わってきそうだ。だが、今さら隠す理由もない。正直に話すべきだ。


「……家族です。何年か前から行方不明の家族です」


 グラスさんは黙って聞いている。特に何も言わずに、じっと俺の言葉を待っているような感じだ。


「名前は……リシア。俺の妹です」


 名前を口にすると、胸の奥がほんの少し痛む。リシア――あの笑顔、あの声、あの温かさ。すぐに思い出すことができるほど、記憶に残っているあの姿。


「妹か」

「はい」

俺は答える。


「リシアは、もう何年前かな……ある一つの出来事で、俺の前から姿を消したんです。忘れることの出来ない、あの出来事から」

「……それは?」


 俺に促すように問いかける。その言葉を聞いた時、俺の中で感情が溢れ出した。


「それは……」

 

 心のなかで思い出すと、胸の奥から怒りが湧き出てくる。


 妹は、謎の男に拐われた。どこへ言ったのかもわからない、行方不明。それだけではない、何よりもイライラするのは、妹を守れなかった未熟な自分だ。


 やつの狙いは俺だった。本来なら、俺が拐われるはずだった。

 はずだったのに……!


 リシアが、奴からの魔法を受けた。俺をかばったんだ、この俺を傷つけれれるのが、見たくなくて! 俺をかばったんだ。

 無力だった自分を、今も許せない。

 あの時、何もできなかった自分を、どうしても許すことができなかった。


 あの魔法受けた瞬間、リシアとその男は、俺の前から居なくなった。


 あの日、リシアは命がけで俺を守った。その魔法を、すべて受けてしまった。

 それが、どれほど痛かったのか、どれほど怖かったのか――俺はまったくわからない。


「………あー」

「―――いや、もういい。無理に話さなくったっていい、お前にとって辛いことなんだろう。無理して言葉にしなくてもいい、今は黙ってていいんだよ」

 

 グラスさんからの落ち着いた声が俺の耳に届いた。

 その声で、俺は少し冷静になれた。徐々に怒りが収まっていくのを感じる。


「……すみません、ちょっと」

「心配するな。はは、お前の気持ちはよーく分かるさ、辛いよな? でも大丈夫だ、無理に出さなくていい、出したいときになったら吐き出せばいい」


 ほんの少しだけ安心した気持ちになった。


 でも、やっぱり――リシアのことが心から離れるわけではない。あの時の記憶、そして妹を守れなかった自分への怒り。それはどうしても消せない。


 でも、今は無理はしない。つらい気持ちになるのはやめよう、そうだ。妹を探すと決めたんだ。心を入れ替えた、旅は始まったばかりだ。


 ここで辛くなっちゃダメだろ?


「ありがとうございます。グラスさん」

「いいって、ロベルトはまだ若いんだからな」

「えー? グラスさん、そんな事言う年なんですか?」

「おぉそうだ。今年ではよんじ……う゛ぅ゛ん゛! まぁ、今年で三十代だからな、ハッハッハッ!」


(……4というのは……本気で言ったのか? それとも、グラスさんが言う、言い間違いか)


 だって、4……年齢にしちゃ、若すぎる。

 年齢と見た目の若さが釣り合っていない……いや、もしやメイクか?


(ばかな……この世界に、メイク用品なんて、ない………待て、ないのか?)


 まずい。

 頭の中がおかしくなってきた。

 ひとまずは落ち着こう。精神がやられる。



「ハッハッハ、まだまだ若いけどさーそれなりの年だろう?」


 無理に笑いながら言っているその姿が、少しだけ滑稽だった。

 


 

「……なぁ、ロベルト」


 突然、グラスさんが真顔で問いかけてきた。さっきとは比べてシャキッとしている、さっきの冗談交じりの雰囲気はどこへやら、雰囲気がまるで違う。


「なんですか?」


 さっきまでの、あの軽やかな調子はどこへ行ったんだ?

 そう思うくらい、真剣な顔つきで、俺を見据えている。


「お前の妹のことなんだが……コホン」


 少し咳払いをした後、グラスさんは俺に一言持ちかけた。

 

「どうだ?」


 彼が少し前かがみになり、ニヤリと笑った 


「俺に【依頼】を持ちかけてみないか?」

「!」


 グラスさんは、俺の驚きを見て取ると、落ち着いた手つきで腕を組み、こちらを見つめてきた。


「俺は聖閤堂店主。どんなお悩み、ご相談大歓迎。貴方のお助け、全力で手伝います――が、聖閤堂というお店である」


 最後に言葉を強調するように、グラスさんは少し大げさに手を広げた。


「その……どういう意味で?」

「つまり、仕事として引き受けてやるってこと。俺、いや俺達聖閤堂がお前の妹を探し出すために、手伝う」


 その言葉は、かなり直接的で、

 俺にとっては思ってもみなかった提案だった。


 「聖閤堂総勢で」とは、つまり、グラスさんだけでなく、他の店の仲間たちも巻き込んで俺の妹を探すということだ。


(でも。なぜ、そこまでして協力するのか、正直、まだその理由が全く見えない)


 グラスさんが何を考えているのか。

 まだよくわからない。

 グラスさんが、俺の妹を探すことにメリットがあるのか。

 何を見いだしているのか。

 俺は、少し不安がよぎった。


「それに、今なら無償で手伝ってやるぞ?」

「無償!? まさか!?」

「いや、無償で協力する」

「………本気?」

「大真面目だ。こんなこと滅多にないぞ?」

 

 金銭的な対価がない。無償で手伝ってくれる……本当にわけが分からない。


「どうして、そんなに俺に手を貸してくれるんですか?」


 つい、口に出てしまったその問いに、グラスさんは少し考えるように目を細めた。


「お前の妹のことを聞いて、何か、胸に響いたのさ。手伝ってやろうって。頭に浮かんだ、それだけだ」

と、グラスさんは、静かに言った。


「それに、お前の妹を探す手伝いをすることで、何かが変わるかもしれない。少なくとも、ロベルトには協力性が足りない。妹を探すって、一人でか? はは、何年かかるかわからないだろ。だから、俺が協力してやる」


  グラスさんの言葉は、真剣だった。


「――それに、困ってるやつを放おっておけないってのもある」


 誰にも聞こえない小さな声で、ぽつりと呟いていた。


 俺は、しばらく黙ってその提案を考えた。

 確かに、妹を探すためには、誰かの協力があれば心強いし、グラスさんのような落ち着いた人物なら頼りになるかもしれない。それに、グラスさんのあの声……あれは決意だ。


 少年の時、決意したあの時、あれと似てる。


 ただならぬ覚悟を感じると同時に、なぜそうまでして手を差し伸べてくれるのか、正直理解しきれなかった。だけど、


「……わかりました」


 差し伸べてくれた手を、受け入れた。


「遠慮すんな。妹はを見つけ出してみせる。そのくらい聖閤堂、という店はすごい店だ、それを身にしみさせてやる」


 ちょっとした力強さを感じる言葉だ。自身大有り、期待できそうだ。まぁ、そんな簡単に見つかるなんてこと……無いと思うけど。


「はい。お言葉に甘えて、よろしくお願いします。グラスさん」

「おっ。あぁ……任せな」


 そう言って、俺とグラスさんは握手を交わした。


「ふっ。このグラス・レコード、難しい依頼がなんのことか。

 必ずお依頼を果たしてみせましょう!!」


 そう言って、グラスさんは豪快に右手を空高く掲げ、横にあげた。

 肩をぐっと張り、勢いよく一歩踏み出しす。

 舞台の上の役者のような姿だ。


 堂々としている姿は、カリスマに満ち溢れていた。



 妹を探すために、グラスさんの力を借りることを決めた。

 だが、この決断がどんな結果を生むのか、まだ全く見当もつかなかった。


 でも、俺にとっては。

 妹を救い出すために一歩となるのなら。

 この選択は、良かったと思う。


 


 

 

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