第十四話「聖閤堂」
「ん、あ……?」
目が覚めると、青空が見えた。
澄み切った青空の下、ロベルトは寝転んでいた。
空の青さがひどく眩しくて、つい目を細める。
冷たい、特に下半身がひんやりしているのがわかる。目の前には川が広がり、足が水に浸かっている。
「なんで俺は川に浸かっているんだ……」
頭の中がぼんやりしている、どうにもスッキリしない。
記憶が断片的だ。思い出すのは、アトリスへ向かう途中、馬車を襲撃され――そして、何かが光った。あとは……記憶は霧の中だ。
「……どうしてここに?」
水に浸かる足をじっと見つめながら、呟くように言葉がこぼれる。
未だ頭の中で何かが引っかかっている。
青空は綺麗で、雲一つなくすんでいる。
まだ夕方だとは思えないほど、昼間のように空は広がっている。
その時、視界に何かが映る。
のこっと、俺の視界に一つ。顔が映り込んだ。
金髪の男の顔が―――
反射的に立ち上がる、そこには金髪の男が立っていた。
全身を警戒し、瞬時に立ち上がるロベルト。
金髪の男は、その姿勢を察したのか、軽く笑った。
「やっと目を覚ましたと思ったら、警戒されてる。」
そういって、男は軽く笑う。
「居眠りでもしてたのか?」
「………」
金髪の男は笑いながら、こちらに話しかけてきた。
男の口調はどこか馴れ馴れしい。
――それと、居眠りしていたわけじゃない。
むしろ、意識がなくなったあの瞬間から、目を覚ますまで何があったのか全くわからないのが問題だ。
「あなたは……誰だ?」
「おいおい、警戒はよしてくれ。俺は怪しい人物じゃない、な?」
男は手を上げそう主張する。
それがほんとかどうかはわからない。
嘘のような気配は感じられなかった。だが、冷静に考えると……それも不気味だった。信用していいのか?
一瞬たりと、警戒心を緩めなかった。
「で、こんなところで何してんだ? 川に足つけて寝転んで……日光浴の一種か?」
日光浴?
俺がそんなことをするか。するにしても、それは月光浴だ………。
………まいった、こんなことをしている場合ではない。川に足をつけてるなんて、恥さらしだ。
(……ここは会話を紡ごう)
「違います………。何と言おうか……その、記憶がおぼろげで」
「記憶がぁ? どうして?」
「……曖昧で、何が起こったのか、どうしてここに居るのか、全然覚えていないんです」
うんうんと、男はロベルトを見つめて頷く。それから、すぐに肩をすくめて笑った。
「それで、気づいたらここにか」
「そんなところです」
「災難だったな。あ、お前体冷えてるだろ? 濡れたままじゃ風邪引くぞ」
男の言う通り、寒い。服は全身びしょ濡れ、中までしっかり濡れている。気持ち悪い。
(……臭い)
全身が冷え切っている。
肌に水がしみ込んでいて、寒さがしだいにじわじわと体に広がってくる。
それを見た男は、ロベルトに向かって一つ、呟いた。
「……どうだ、俺の家によっていけよ」
「えっ?」
男は、自分の家に誘っている。
気遣いか?
「そこまでの気遣いはいりません……それに、こんな体で上がるわけには……」
「大丈夫だ。びょ濡れでも構わない、すぐ掃除できる」
自信げに指を立てる。
「いいんですか………?」
「あぁ、これもなにかの縁だ」
本当に……いいのか。
なぜそう親切にしてくれる?
それが謎だった。なぜって? 会ったばかりの他人だからだ。
彼は縁と言うが……。何かの縁、というのは……そこまで使い物にはならない気がする。
この男になにか意図があるのか。
それともただのお人好しか………?
「はははっ、心配すんなよ。悪い気はしないからな」
男はにっこりと微笑んだ。
男から悪い感じはない。それどこころか、親切にこちらを招いてくれている。
風が冷たくて、体は震えていた。一応風魔法を応用すれば乾かせる、でも寒さは余計に広がる。
これ以上無理をして風邪を引いたら、どうしようもないだろう。
今はその申し入れ。
受け入れるとしよう。
「じゃあ……お言葉に甘えて」
「よし。じゃあ案内するぜ。俺の家に」
そう言って男に連れられて歩き出した。
‐‐‐
歩きながら、男が聞いてくる。
「ところで……聞いてなかったが、名前なんて言うんだ?」
名前を尋ねられたロベルトは、一瞬言葉を選んだが……正直に本名を答える。
「――ロベルト。ロベルト・クリフです」
「うん、覚えた」
俺の名前を覚えてくれたようだ。
ただ、今の俺にとってそんなことどうでも良かった。俺が今歩いている場所、見覚えがある、どこか懐かしい感じがする。
「俺はグラスだ。”グラス・レコード”、グラスでいいぞ」
「あ、はい。グラスさんですね」
「呼び捨てでいいんだがなー」
グラス……あのグラスのことか?
飲み物を入れるあの容器……本当にそんな名前の人、居るんだな。おっと……ここは俺の住んでいた世界とは違う世界、星。
ここでは普通のことなんだろう。いちいち気にするな。
………。
先ほどから、見覚えのある景色が続いている。
それは、自分の記憶とリンクしている。
ロベルトは無意識に立ち止まり、息を呑む。
”既視感”
川に流される前、あの時も王都に向かっていたのだ。
そして、今――まるで別の世界から戻ってきたかのように、この街の一部に重なっていく。
「おっ、大通りが見えてきたな」
「!」
グラスが声をかけた。
ロベルトがその言葉に反応し、前を見ると、大通りが目の前に広がっていた。その瞬間、ロベルトは息を呑んだ。
目の前に広がったのは、王都。
賑わう人々、重なる声、そして大通りを行き交う商人や冒険者、他国からの観光者。立派な馬車に乗る、貴族たち。
どこかの広場で見かけるような装飾が施された建物。
大小さまざまな店が立ち並ぶ光景。
アトリス王国の大通り、そのものであった。
(まぎれもない、ここはアトリス王国……!)
心の中で呟く。
俺の目指していた場所だった。
川に流される前、確かに俺はここへ向かっていた。
そして、今、俺はその王都にたどり着いている。
こんな形でだ。
「どうした?」
グラスさんの声が聞こえて、ハッとした。
「いえ、なんでもないです」
そう答えると、グラスさんはにやりと笑い、歩き続けた。
その歩みの先には、王都の中心部が見えていた。
男の家は中央の辺りにあるのだろうか。
それにしても、川に流されてこんな形で到着したのだろうか――今は、運がいい、と思っていよう。
疑問が膨らんでいく。だが今は、その疑問を追いかけるよりも、グラスさん……が親切にしてくれることに、感謝するべきだ。
「ロベルト、こっちだ。」
グラスさんが振り返り、手招きする。
俺はその手に導かれるように、歩き出した。
「ここだ」
指差す方向には、ある一軒家があった。
王都の大通りは、北、東、南、西の四つに分かれている。二人が歩いてきたのは南の大通り、その後、今度は西に向かって歩いている。西の大通りを少し進んだ後、住宅街に足を踏み入れると、そこに一軒家があった。
少し迷路のように感じるが、ロベルトはそれを自然に受け入れた。
なぜだか、慣れているような感覚があったからだ。
(しかし、広いから複雑だな)
川の流れ。自分が流されてきた川のことだ。その川は、南東側と北西側でつながっていて、最終的には海に向かって流れ込んでいる。
もし、あのまま流れ続けていたら、誰にも気づかれずに海に出てしまうところだっただろう……。
そう考えてしまうと……。
「入ったら風呂を用意してやるよ、ゆっくり浸かってくれ」
「そこまで……どうも」
お礼を言うと、グラスさんは軽く笑って頷いた。
一礼しながら、ロベルトは自分を助けてくれたことに改めて感謝した。
もし、あの川に流されていなければ、今こうして王都にたどり着いていることさえなかっただろう。助けてもらったうえ、さらに風呂まで用意してくれる……考えてみても、あまり起らない。
あの男……グラス・レコードは、何者だ?
家の中に足を踏み入れると、その広さに圧倒された
天井は高く、開放感が漂っている。
リビングには、カラフルで洗練された飾りつけが施されている。
壁には美しい絵画が飾られ、ところどころに植物や小物が置かれている。
誰かをもてなすために作られたかのような空間だな。
これはグラスさんの……趣味か?
オシャレだ。
「風呂はこの部屋の右奥に行く、そこから廊下を渡ってー。まぁ、後はわかるだろう」
グラスは指示を出しながら、特に気にした様子もなく言った。
少し雑な説明だ。
だが、大丈夫だ。わかる。
ロベルトは頷いてその方向へ足を進める。
しかし、体の震えが相当効いてくる。
寒い、寒い――
体が冷えて仕方ない。
全身びしょ濡れのまま歩き回るのも辛い。
早いところ風呂へ入ろう。体を温めるのが一番だ。
「……泣けてくる」
小さく呟きながら、進んでいく。
そうしたら、また驚きが待っていた。
部屋の中に、まるでバーのようなカウンターが見える。
カウンターには、綺麗な模様が施されたガラスや、壁に飾られた写真、食器が置かれた台が並んでいる。
さらに、本棚や植物……これまた驚いた。音楽を流すレコードで置かれている。レコードつながりか。
(店でも開いているのか?)
豪華なインテリアに、まるで高級な店にでも来たかのような気分だ。
見た所、二階にも続いている。
ロベルトの家は、すべて木造で、飾りつけはここまではなかった。
前世でも、無機質な空間で、テレビと機械だけが存在するような家だった。それと比べると、今目の前に広がる家の豪華さは、まるで別世界のようだ。
(こんな家、俺にとっては眩しすぎる)
その後、ロベルトは指定された風呂場へと向かい、ゆっくりと風呂に浸かった。温かい湯に体を沈めると、冷え切った体がじんわりと温まっていく。疲れ痛み、溶けていく。
少しの間、風呂に浸かった。
ここだけ幸せな時間だった。
やがて風呂から上がり、着替えを始める。
すると、ふと思い出したように、魔法を使って服を乾かすことを思いつく。
風魔法と炎魔法を組み合わせて、濡れた服を温かい風で乾かしていく。微量の炎魔法を使うため、少しだけ注意が必要だが、全く問題はない。
服を乾かすなど、簡単だ。
湿気は残るがな。
服は荷物に詰めてある、用意してくれたものがある、大丈夫だ。そこから新しく取ればいい。
「……荷物がない」
ふと、彼は思わず息を呑んだ。
旅用の荷物、必需品が全て失われている。
唯一、手元に残っているのは、剣と妹の写真が入ったペンダントだけ。
お金はない、一文無しだ。
‐‐‐
リビングへと向かう。この家の中央にある場所だ。
足を踏み入れると、一人の大人の姿が見えた。
金髪を持つその男性は、グラス・レコード。
ロベルトの恩人でもある彼は、やはりどこか不思議な雰囲気を感じさせる。大人の魅力と言おうか、少し違う気もするが。
現在、彼は大きなソファに座り、片膝を立ててその上にもう一方の足を組み、何やら真剣な顔で本に目を落としている。
「戻りました、グラスさん」
声をかけると、グラスさんはゆっくりと本から目を上げ、こちらを見つめた。ほんのり微笑んだ後、軽く頷いた。
「ああ。長風呂だったな、疲れとか、バッチリか?」
と、返した。
なんとも言えない優しさが含まれている。
「おかげさまで、疲れも生だるさも無くなりました」
「そりゃよかった。なんたって、うちの風呂には南の島で乱獲してきた『特産品の果実』をすり潰して入れてんだ。いいニオイしただろ?」
確かに。ロベルトは風呂に入っているときを思い返す。
なにかいい香りがして、心地よかった。それに、風呂の水が微妙に緑っぽかった。異国の果実が溶け込んでいるような感じだ、これが南の島の果実か……。
(乱獲、という言葉が聞こえたが……)
「ちなみに乱獲とは?」
「そのままの意味だ。南の島は人が居ないから、果実取り放題。まぁ、祭りみたいなもんだ」
「……わーお」
(そりゃ……すごいな)
思わず口から、冷たい冷めたような声が出た。
グラスさんは手慣れた手つきで、先程まで読んでいた本に、しおりだろうか……一枚の特徴的な紙をはさみ、机に置いた。そしてゆっくりと立ち上る。
「……あぁ、そうだった。」
彼がぽつりと口を開いた。
「そういえば。いきなりだったから、まだちゃんとした自己紹介も出来てなかったよな」
グラスさんがふと口を開き、何気ない調子で言った。
あぁ、そういえば。
グラスさんの名前だけは知っている。けれど、それ以外のことは何もわからない。状況としては、今こうして無事にここに座っているのが、既に信じられないくらいだ。
だが、これも仕方ない。
気がつけば、俺はもうこの場所にいる。
「そこのソファに座ってくれよ」
グラスさんは少し軽く手を振って、ソファを指さした。
指の動きは無理のなく、どこか余裕を感じさせた。
普段からこうして物事を決めているのだろう。
無意識に指示通り、座った。
グラスさんは少し黙った後、静かに元いたソファに腰を下ろす。彼の目は真剣だが、どこかふざけたようにも見える。笑いをこらえているのか。
「まずは……コホン」
「『グラス』グラス・レコード。聖閤堂の店主をしている。まぁ、気軽に呼んでくれ」
その口調と態度に、なんだか少し安心感を覚える。まるで、何もかも気取らずに話してくれる。堅苦しくならない。
そしてやはり……ここはお店だったようだ。
どうりでこの内装、貴族を思うほど豪華すぎる。
どんなお店かはわからん。後で少し聞いてみるか……それと。
(二度言おう、俺には眩しすぎる)
「グラスさん、ですね。」
と、俺は改めて言った。
「俺の名前は、ロベルト・クリフです」
二度目だが、今回はきちんと自己紹介できた。
「よしよし。なぁに、俺は堅苦しいのは嫌いだから、緩くいってくれよ。それに、お前自身も少しこんがらがってるだろ?」
「……そうですね」
「色々あったんだろうけどさ。今こうして無事に話せてるってのは、それだけで十分なことだ」
その言葉に、少し驚きながらも、心の中で軽く頷いた。そうだ、何もかもが突然だった。でも、いまこうして話せている、なにより安心だ。
会ったばかりだと警戒していた。
他人にここまでする人は信用できない。
だが、こういう人もいるもんだ。
警戒心から始まった関係も、今では少しずつ解けつつある気がする。
「ありがとうございます」
「感謝されるほどのことはしてないけどな」
グラスさんは少し笑いながら、ソファの背もたれに体を預けた。
(さて、ここらへんで”店”について問いかけてみるか)
「すみません、ひとつ」
「ん?」
「”聖閤堂”について、話を聞きたくて」
グラスさんはなんなく呟いた。
「あーそういや紹介が遅れたな。ここは――聖閤堂、店だ。さっきも言ったけど俺はそこの”店主”だ」
聖閤堂……。
聞いたことのない店だが、まぁそれも仕方ない。
なんせ俺は田舎もんだ。都会のことなぞ何も知らない。
「そして、まだ驚くことがあるぞ?」
「驚くこと?」
「あぁ、俺達の店はただの商売じゃない。そこらへんの王都に群がってる店とは違うんだよ」
この店は他とは違う、異質な雰囲気を持っている。店自体の内装、場所、どれもが店とは思えない。第一こんな迷路のような路地に店を建てて、人が来るとは思えない。
それと、店に対して酷いな……。
(……これも都会の習いか)
よく聞いとけよ、という顔で。顔の近くに人差し指を持ってきて、静かに、そっと語った。
「この店はな……『依頼形式』で、成り立ってるのさ。俺の店では客が特定の依頼を持ってきて、それに応じて商売が始まるってわけ。だから、普通の店のように誰でも立ち寄って買い物をする……ってことはない」
依頼形式――それがこの店の正体か。
グラスさんの言葉を噛みしめながら、少し考える。
「客が来るのは、その依頼が必要な時だけ。だから、人が来ない限り、俺達はなにもしない」
(言った通りの、特別な店だな。言ったら探偵だな)
それと思ったんだが……だれも来ないといって、店を動かさないのはだいじょうぶなのか?
「と、まぁ。この店のことはあらかたわかっただろ?」
「はい」
「まぁ知ってても関係ないことだったな、聞いてくれてありがとう」
(……変な店に拾われたな)
‐‐‐
「さて。聖閤堂のことは一旦置いといてだ。
俺が知りたいのはロベルト。お前の素性についてだ」
2つの指で俺を指さしながら、素性について問いかけてきた。
「素性?」
「あぁ、ロベルト。お前はまだ何者かもわからない、どこから来たのか、どうして川から流れてきたのか、俺にはさっぱり。だから、お前について教えてほしい。」
素性……か。
普通はこんなこと、人に聞かないんだけどさ。と言いながら、俺に目を寄せる。なるほど、俺は特例というわけか。その特例に入るほど、俺に目を寄せる理由はわからない。
だが、グラスさんにとっては、俺がどんな人物なのかを知ることが大切なんだろう。
……あまり俺についての詳しい情報の提示は避けたい。
しかし、彼もまたこうして自身のことを教えてくれた。ここは答えるべきだろう、言いたくないがな。
「俺は……ここの国から遠く離れた森の中の村出身です。この国に来たのは、人探しのためです」
「ほぉ」
グラスさんが見守るように静かに頷いた。
しかし、ふと気づいたかのように声を上げた。
「ん? 人探し?」
グラスさんが反応した。
「人を探しているのか?」
「はい、人探しの旅ですね」
「へぇ……聞いちゃうけど。それは、お前にとってどんな人?」
その問いに、少しだけ言葉を選ぶ。言葉の選び方一つで話が変わってきそうだ。だが、今さら隠す理由もない。正直に話すべきだ。
「……家族です。何年か前から行方不明の家族です」
グラスさんは黙って聞いている。特に何も言わずに、じっと俺の言葉を待っているような感じだ。
「名前は……リシア。俺の妹です」
名前を口にすると、胸の奥がほんの少し痛む。リシア――あの笑顔、あの声、あの温かさ。すぐに思い出すことができるほど、記憶に残っているあの姿。
「妹か」
「はい」
俺は答える。
「リシアは、もう何年前かな……ある一つの出来事で、俺の前から姿を消したんです。忘れることの出来ない、あの出来事から」
「……それは?」
俺に促すように問いかける。その言葉を聞いた時、俺の中で感情が溢れ出した。
「それは……」
心のなかで思い出すと、胸の奥から怒りが湧き出てくる。
妹は、謎の男に拐われた。どこへ言ったのかもわからない、行方不明。それだけではない、何よりもイライラするのは、妹を守れなかった未熟な自分だ。
やつの狙いは俺だった。本来なら、俺が拐われるはずだった。
はずだったのに……!
リシアが、奴からの魔法を受けた。俺をかばったんだ、この俺を傷つけれれるのが、見たくなくて! 俺をかばったんだ。
無力だった自分を、今も許せない。
あの時、何もできなかった自分を、どうしても許すことができなかった。
あの魔法受けた瞬間、リシアとその男は、俺の前から居なくなった。
あの日、リシアは命がけで俺を守った。その魔法を、すべて受けてしまった。
それが、どれほど痛かったのか、どれほど怖かったのか――俺はまったくわからない。
「………あー」
「―――いや、もういい。無理に話さなくったっていい、お前にとって辛いことなんだろう。無理して言葉にしなくてもいい、今は黙ってていいんだよ」
グラスさんからの落ち着いた声が俺の耳に届いた。
その声で、俺は少し冷静になれた。徐々に怒りが収まっていくのを感じる。
「……すみません、ちょっと」
「心配するな。はは、お前の気持ちはよーく分かるさ、辛いよな? でも大丈夫だ、無理に出さなくていい、出したいときになったら吐き出せばいい」
ほんの少しだけ安心した気持ちになった。
でも、やっぱり――リシアのことが心から離れるわけではない。あの時の記憶、そして妹を守れなかった自分への怒り。それはどうしても消せない。
でも、今は無理はしない。つらい気持ちになるのはやめよう、そうだ。妹を探すと決めたんだ。心を入れ替えた、旅は始まったばかりだ。
ここで辛くなっちゃダメだろ?
「ありがとうございます。グラスさん」
「いいって、ロベルトはまだ若いんだからな」
「えー? グラスさん、そんな事言う年なんですか?」
「おぉそうだ。今年ではよんじ……う゛ぅ゛ん゛! まぁ、今年で三十代だからな、ハッハッハッ!」
(……4というのは……本気で言ったのか? それとも、グラスさんが言う、言い間違いか)
だって、4……年齢にしちゃ、若すぎる。
年齢と見た目の若さが釣り合っていない……いや、もしやメイクか?
(ばかな……この世界に、メイク用品なんて、ない………待て、ないのか?)
まずい。
頭の中がおかしくなってきた。
ひとまずは落ち着こう。精神がやられる。
「ハッハッハ、まだまだ若いけどさーそれなりの年だろう?」
無理に笑いながら言っているその姿が、少しだけ滑稽だった。
「……なぁ、ロベルト」
突然、グラスさんが真顔で問いかけてきた。さっきとは比べてシャキッとしている、さっきの冗談交じりの雰囲気はどこへやら、雰囲気がまるで違う。
「なんですか?」
さっきまでの、あの軽やかな調子はどこへ行ったんだ?
そう思うくらい、真剣な顔つきで、俺を見据えている。
「お前の妹のことなんだが……コホン」
少し咳払いをした後、グラスさんは俺に一言持ちかけた。
「どうだ?」
彼が少し前かがみになり、ニヤリと笑った
「俺に【依頼】を持ちかけてみないか?」
「!」
グラスさんは、俺の驚きを見て取ると、落ち着いた手つきで腕を組み、こちらを見つめてきた。
「俺は聖閤堂店主。どんなお悩み、ご相談大歓迎。貴方のお助け、全力で手伝います――が、聖閤堂というお店である」
最後に言葉を強調するように、グラスさんは少し大げさに手を広げた。
「その……どういう意味で?」
「つまり、仕事として引き受けてやるってこと。俺、いや俺達聖閤堂がお前の妹を探し出すために、手伝う」
その言葉は、かなり直接的で、
俺にとっては思ってもみなかった提案だった。
「聖閤堂総勢で」とは、つまり、グラスさんだけでなく、他の店の仲間たちも巻き込んで俺の妹を探すということだ。
(でも。なぜ、そこまでして協力するのか、正直、まだその理由が全く見えない)
グラスさんが何を考えているのか。
まだよくわからない。
グラスさんが、俺の妹を探すことにメリットがあるのか。
何を見いだしているのか。
俺は、少し不安がよぎった。
「それに、今なら無償で手伝ってやるぞ?」
「無償!? まさか!?」
「いや、無償で協力する」
「………本気?」
「大真面目だ。こんなこと滅多にないぞ?」
金銭的な対価がない。無償で手伝ってくれる……本当にわけが分からない。
「どうして、そんなに俺に手を貸してくれるんですか?」
つい、口に出てしまったその問いに、グラスさんは少し考えるように目を細めた。
「お前の妹のことを聞いて、何か、胸に響いたのさ。手伝ってやろうって。頭に浮かんだ、それだけだ」
と、グラスさんは、静かに言った。
「それに、お前の妹を探す手伝いをすることで、何かが変わるかもしれない。少なくとも、ロベルトには協力性が足りない。妹を探すって、一人でか? はは、何年かかるかわからないだろ。だから、俺が協力してやる」
グラスさんの言葉は、真剣だった。
「――それに、困ってるやつを放おっておけないってのもある」
誰にも聞こえない小さな声で、ぽつりと呟いていた。
俺は、しばらく黙ってその提案を考えた。
確かに、妹を探すためには、誰かの協力があれば心強いし、グラスさんのような落ち着いた人物なら頼りになるかもしれない。それに、グラスさんのあの声……あれは決意だ。
少年の時、決意したあの時、あれと似てる。
ただならぬ覚悟を感じると同時に、なぜそうまでして手を差し伸べてくれるのか、正直理解しきれなかった。だけど、
「……わかりました」
差し伸べてくれた手を、受け入れた。
「遠慮すんな。妹はを見つけ出してみせる。そのくらい聖閤堂、という店はすごい店だ、それを身にしみさせてやる」
ちょっとした力強さを感じる言葉だ。自身大有り、期待できそうだ。まぁ、そんな簡単に見つかるなんてこと……無いと思うけど。
「はい。お言葉に甘えて、よろしくお願いします。グラスさん」
「おっ。あぁ……任せな」
そう言って、俺とグラスさんは握手を交わした。
「ふっ。このグラス・レコード、難しい依頼がなんのことか。
必ずお依頼を果たしてみせましょう!!」
そう言って、グラスさんは豪快に右手を空高く掲げ、横にあげた。
肩をぐっと張り、勢いよく一歩踏み出しす。
舞台の上の役者のような姿だ。
堂々としている姿は、カリスマに満ち溢れていた。
妹を探すために、グラスさんの力を借りることを決めた。
だが、この決断がどんな結果を生むのか、まだ全く見当もつかなかった。
でも、俺にとっては。
妹を救い出すために一歩となるのなら。
この選択は、良かったと思う。




