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空中要塞グレイシアス   作者: ホワイトボックス
第二章 旅立ち編
13/93

第十二話「旅へ」

  現世記768年 テドルの村


 テドルの村は静けさに包まれていた。


 村は緑豊かな山々に囲まれ、自然の美しさを背景に持つ。

 決して広くはないが、中くらいの規模を誇るこの村は、

 農業が盛んで、村人たちの手によって大地は豊かに耕されている。

 

 この村は農業が盛んであり、年に一度行われる大規模な祭りは、村人たちにとって待ちに待った特別な日であり、収穫の喜びを分かち合う場であった。


 祭りでは自らの作物を持ち寄り、私物を売り合いうのである。

 


 人口は約100人。小さな村だが、皆が協力し合って暮らしている。


 朝日が昇ると、畑仕事に励む者、家畜の世話をする者、子どもたちが遊ぶ声が響く。


「……すみませーん」


 アトリス王国の配達員。


 配達員であるこの男は、テドルの村に配達に来ていたのだが、山々に囲まれたこの道で、いつの間にか迷ってしまっていたのである。


 

「はぁ。どこに行けばいいんですか……」


 男は地図を何度も確認したが、頭の中で道の方向が混乱していた。

 周囲は静まり返り、ただ風の音だけが響いている。

 早く荷物を届けねばならないという気持ちが、重くのしかかる。


 責任重大だ。


 そのとき突然、背後で大きな音がした。


 振り返ると同時に、木々の間から巨大な影が現れた。

 それは、アトリスでは見たこともないような、異形の怪物だった。


 体は灰色の硬い鱗に覆われ、鋭い爪を持ち、目は紅く輝いている。

 その姿は、猛獣。目を尖らせ、よだれを垂らしながら、こちらを見つめている……獲物を狙うめと同じだ。


「ひぃっ! なな、なんですか!」


 恐怖が彼の心をつかむ。そして瞬時に逃げる決意を固めた。


 彼は荷物を強く抱きしめ、怪物とは別の方向に足を進め、逃げ出した。命がけ、山道を必死に駆け抜ける。


 背後からは、怪物の唸り声が響き渡り、地面が揺れるような感触が伝わってくる。


 道は狭く、木々が生い茂る中、逃げる先が見えない。


 道という道がない山の中だからである。

 ふと視界に入ったのは、わずかに開けた場所。

 男は希望を持ってその場所に向かって、全力で駆け込んだ。


 必死に駆け抜けた森を抜け、開けた場所にたどり着いた。

 しかし、待っていたのは崖、行き止まりだった。


(そ、そんな――ひっ!)


 崖の上には木々が生い茂り、降りる道も見当たらない。


 そして、怪物に追い詰められてしまった。

 焦る気持ちがますます強くなる。

 怪物の唸り声が近づくにつれ、恐怖が心を締め付ける。


 もうどうしようもない。


 そう思っていた時――


 その時、崖。上からなにかが落ちてきた。


 男は崖を見た。崖の上に人影が見えた。


 その姿は薄い金髪の青年で、村人とは少し異なる軽装の服を着ている。

 肩には光る剣が見え、ここから見るとまるで、戦士のような佇まいだった。


 男の心に一筋の希望が差し込ませた。


「たっ、助けてくださ〜いっ!!!」


 必死に叫んだ。


 その青年はすぐには動かなかった。


 だが、彼は一目で状況を確認し、すぐに理解したようだった。

 腰にかけていた水筒に口をつけ飲んだ後、それを崖の上の草葉に投げ捨てる。


 その瞬間、男の視界に怪物が迫ってきた。


 恐ろしい形相をしたそれは、男を狙い近づいてくる。

 背筋が凍りつくような恐怖が彼を襲った。


 その時、崖の上にいた青年が、剣を抜き去り、風のように崖から飛びおりる。


 男は驚きと共に、彼の行動に目を奪われた。

 青年は空中で剣を構え、まさに怪物の元へ降下していく。


 剣が怪物の背中に突き刺さり、鋭い叫び声が響き渡る。


 怪物は驚いたように揺らぎ、青年を振り払おうとするが、彼は全く怯むことなく、剣で切り上げる。


 切り上げたと同時に。怪物の体から、血しぶきが飛び散った。



 男は先程の驚きで腰が抜けていた。


じっと見守るしかなかったが――


「早く逃げろ!」


 青年の怒号に近い叫びに、男は目が冷めた。


 男はすぐに立ち上がり、動き出した。


 地を蹴り、モンスターの目を避け。走りだす。


 獲物を取り逃がしたこと。

 自身の身体に傷をつけられたことに怒り狂い、体を大きく揺らす。

 背中に乗っていた青年を強引に振り落とした。


 青年はすぐ体勢を立て直す。

 そして迫り来る怒り狂った怪物を見据える。


 いくどたりとも目を離さず、常に相手の行動を捉えていた。


 巨大な影が彼の前に立ちはだかり、鋭利な爪を持った腕が振り下ろされる。

 彼は冷静さを保ちながら、一瞬の判断でその場を飛び退いた。


 剣を構え、怪物の攻撃を受け流す。

 爪が鋭く空を切る音が響く。


 彼の持つ剣は、彼自身の意志のように反応し、怪物の力強い攻撃を軽やかに受け流していく。


「ふっ――!」


 間髪入れず、剣を一閃。剣と鋭利な爪のぶつかり合いは、まるで金属がぶつかり合う音のようだ。


 怪物は一瞬後退する。

 怒りに燃える目が、青年に再び向けられた。


 怪物は怒りを増し、再度攻撃に出た。しかし、青年はその動きを見越しており、軽やかによける。


 攻撃を交わすとともに、相手の懐へと近づく。


「ここだッ!」


 剣を右手に、怪物の体を切り裂く。

 剣の刃が怪物の胸の当たりに来た時、ひときわ硬い物体にぶつかった。


 実際に固くはない。


 怪物、モンスターの中に眠る核。 


 この核はモンスターの体を維持するモノ。

 この核が、怪物の体を形成している。


 つまり、これを壊せば――


 

 青年は力強く剣押し進め、核へと刃を刻む。


 徐々に刃が核を傷つけていく。

 ヒビが入り、刃が核を切り裂く。


 そして壊れた!


 核が壊れた瞬間、周囲に魔力が解き放たれたかのような余波を放った。

 その後黒き灰となり空に舞った。

 核で形成されていた怪物も、いまに原型を失い崩れていっている。


「……ふぅ」


 青年はため息をつき、肩の鞘に剣をしまった。


 一部始終を見ていた配達員は、


「こりゃすごい。驚いた……」

と、呟いた。


 そしてすぐ、自分が助けてもらったことを思い出した。


 ハッと表情を顔に出しす。

 俊敏な足取りで、青年へと走り向かう。


「あ、ありがとうございます。おかげで助かりました……」


 お礼をする配達員、それに青年はホッとしたように言った。


「いえ。怪我は?」

「おかげさまで無傷ですよ」

「それなら良かった。このあたりは魔物が多い……貴方のように誰かが襲われることがあるんだ」


 青年の言葉にドキリ。先程の魔物がたくさんいると考えたら、配達員の男の内心は恐怖であろう。

 早く帰りたい、男は思った。


「と、それより。服装を見たところ配達員とお受けしますが……

 もしかして、この近くの村に?」


 青年は、男にそういった。あたりだ、配達員の男は村を目指していた。


「はい! そうなんです。私、この近くにあるというテドルという村を目指せしているんですよ! あっ。もしや、貴方はその村の?」

「お察しの通り。村の者です」

「おぉ!!」


 青年は村出身ということがわかった。男は喜んだ。目指すべき場所になかなかたどり着けず、怪物に襲われるまでずっと森を彷徨っていた。


 しかし、こうして村の人と出会えた。

 嬉しいことである。


「よかったら、村までお連れしますよ」

「それは頼もしいです! ぜひ」


 おまけに、案内まで。村の人は優しいな、と思う配達員だった。




‐‐‐




 青年と男はともに村まで向かっていた。

 

 道中話を挟んだりしたようで、結構楽しそうなご様子。

 会話の途中、青年は配達員の荷物に目を向けこう言った。


「その荷物。大荷物でも道具にも見えない。

 一体何を配達されているのですか?」


 青年による純粋な疑問と見える。


 配達員はあまり人に荷物のことについて教えない。

 男は一瞬考えたが、青年に教えることにした。理由はわかるだろう。


「新品の衣服ですよ。なんでも、旅にでる息子さんのための下準備だとか」

「旅にでる――あっ」


 青年は、男の言った‘旅にでる‘ということに、なにか引っかかった。


「どうしたんです?」

と、疑問に思った男は聞いた。

 

「……少しだけ、聞き覚えがあって」

「聞き覚え、ですか?」


 青年には、男の話に聞き覚えがあった。青年は立ち止まり数秒無言になった後、男にあることを聞いた。


「失礼ですが。もし可能なら、その荷物の配達を依頼した人物の名前、とか、教えてもらえたりしますか?」


 青年は、そんなことを聞いてきた。


 名前ならば……と、考え、男は依頼を頼んだ人物の姓を青年に伝える。


「この荷物の依頼人ですか……えー。あぁ、クリフ。

 という人からの依頼届ですね」

「……やはりか」

と、男の説明に青年はそういった。


「すみませんね、自己紹介が遅れてしまいました」


 青年は


「ロベルト・クリフ、俺の名前です」

「へっ……クリフ?」

「はい」


 想定外だった。

 まさ、配達を依頼した人物が、今。眼の前に居たとは。


「も、もしや。貴方が依頼人?」

「正確には……うちの父が、ですがね」


 衝撃の事実に驚いた。


 まさか、目の前に依頼人のご息子さんがいること。

 この配達員にはとうてい気づかぬこと。

 驚き、腰が抜けそうになった。


「無理もないか」


 青年、もとい。

 ロベルトは、そう呟き前を見た。


「あっ」

 

 そして、目の前のものに気づいた。


「見えてきましたよ」

「見えてきた?」

「村ですよ。目的地、テドルの村が」


 そのつぶやきとともに、二人は森から出た。

 そして、目の前に現れた光景は、


 山奥の村、テドル。

 に位置する、村の家々であった。


「おぉぉおお!」

  

 配達員は、ついに目的地に到着した。

 それは、何よりの喜び。

 無事に村へとたどり着けたこと。

 ようやく仕事が果たせそうだ、という気持ちの高鳴り。


 ふたつの思いが配達員を安心と興奮でミックス。包みこんだ。

 今配達員は、もちもちのパンの中にいるように、幸せだった。


「家は、ここから上に上がったところです。ちょっと坂道ですけど」

「……あっ! はい。助かります」


 そうして、配達員は、ロベルトの後を追い、村を進んでいく。

 

 坂を上がっていっている。

 ここは山奥の村、山奥にあったように、家々が対並んでいる。

 家々が密集し、やがて山に囲まれるようにして建っているのが見えてきた。


 少なくとも、大国アトリスでは、ない体験だ。


(これは、足がつかれそうだ)


 どんどん疲れていく。



 坂を上りきり、目の前に一軒の家が現れる。


「ここ……ですかぁ!」

「えぇ、ここです」


 ロベルトは目の前にある家を指差し、頷いた。


 目の前にあるのは、一軒の木造でできた二階建ての家だ。

 植物が多く、よく手入れされている。

 周りに咲く花は綺麗だ。

 よく見ると、家に周りは庭だ、奥にも見えている。


「ん、あの人は……」


 家に向かう途中、扉の前に立つ人物が目に入った。


 男性だ。

 鋭い視線が配達員とロベルトを捉えている。


 その男性は、圧倒的だった。


 背が高く、筋肉隆々。太い腕に太い足、大きな体。

 そして、彼の髪は白髪混じりだが、その姿からは一切の年齢を感じさせない。

 

 むしろ、年齢を重ねたことによって、逆に力強さを増しているように見える。


 しかし、この体からは、到底老人とは思えない。

 それどころか、この男性からは、底しれぬオーラを感じ取った。

 

 只者ではない。

 


「来たか。ロベルト。そして配達員さん。私はギデカルド・クリフと申します。よくお越しになった」

「は、はい。配達員です。少々、時間に遅れてしまいましたが、無事。お荷物をお持ちしました。」

 

 そう言って配達員は袋を渡す。


「うむ。ご確認します」


 そう言って、ギデカルドは荷物の中身を確認し始める。

 もちろん、立ったままだ。

 座ることはしない。それは不要だからだ。


(待ってる時間が、こわい)


 配達員からすれば、相手は依頼人、初対面となることは必然だ。


 しかし、今回は少し違うのだ。


 依頼人は、このオーラ極まる、戦士のような男。

 そして、その横には、あれほど荒れ狂っていた魔物を、容易く倒してしまった男、もとい依頼人の息子さんが居た。

 

(こわい、こわい。帰りたい)


 親切な人とは分かっている。

 だけど、思ってしまうんだ。


「確かに確認した。このような村までよく来てくださった。ありがたい」

「いえいえ、これは私の仕事なので」

「ふむ。立派だ」


 そ、それほどでも……。


「ときに配達員さんよ同中、魔物に襲われたかな」

「えっ!」


 いきなり、そんなことを聞いてきた。


 ギデカルドの言う通り、配達員は、魔物に襲われたのだ。

 そして、ロベルトに助けられている。

 

「ははは。汚れが少々、擦り傷。魔物の臭い。どれも、ここへ来たときから感じていましたから」

「わかるんですか……」


 

(魔物の臭いが分かる。村の人たちはこんなことが……)


「そうだ」


 ギデカルドは腕をぽんと叩き、あっと言う顔をした。


「よければ、傷を直しましょう。妻は回復魔法が使えるのです。傷も完璧に完治させれます」

「! そんなことまで」


 ギデカルドの気遣いに、感服した。

 圧倒的ですこし堅物のイメージが出来上がっていたが。


 どうやらただの思いこみのようだった。


「いいんですか…?」

「えぇ、構わないです。ささ」


 ………。


 自分の今の服、先ほどまでの出来事を重ね合わせる。

 依頼人の家に泊まるなんて、そんなことだめだ。


 しかし、今の自分の服、よごれを見て、思い考えた。

 

「それなら……遠慮なく」


「よかった。ロベルト案内させてくれ」

「分かった」

 

 そうして、はんばロベルトに連れられるように家の中へと案内された。家の中で傷を直してもらった。それだけでなく、食事まで用意してもらった。

 

(親切だ)


 まさか、こんなにまで親切にしてくれるとは。

 

 この村は良い場所だ。

 良い人がたくさんだ、田舎だからか。

 アトリスじゃ、こんなことは滅多にない、新鮮な体験。



 

‐‐‐



 青空、流れる風。 

 幾度も踏みしめ、荒れた大地。

 血反吐とともに飲み込んだ水。

 電撃のように走る、感覚。

 燃える炎心。


 なんど、なんど、繰り返しただろうか。


 5年間。


 幼き好奇心の塊から……はや五年。彼――ロベルト・クリフは大きな変化を遂げた。

 

 配達員を送り届けたあと、ロベルトは荷物の中を調べる。ちゃんと、依頼したものが届いているか、誤りないか、ちゃんと使えるか。

 くまなく隅々まで調べる。

 結果として、配達員が届けた服に何の問題はなかった。

 


(荷物は大丈夫だろう……ようやくか)


  

 荷物を整理し、リビングへと運ぶ。

 それと同時に、彼の心のなかで抱えた思いは今終わる。


 五年間の修業。


 それは今終わった……だが、これはただのプロローグでしかない。



 ここからは、旅の始まりだ、長い、旅の始まりだ。

 



―――ロベルト・クリフ


 17歳。

 テドルの村出身、クリフ家の次男。

 

 旅立ちのために、服を新調した。前世のデザインに似たこの服は、ここらの地域だと、ひときわ目立つものだった。


 ロベルトは手にした服をじっと見つめ、思わずため息をつく。やはり少し斬新すぎたようだ、これでは貴族に見えなくもない。


 これから着るのは、ここでは異質な存在だろう。しかし、目立つことに対する恐れはなかった。むしろ、少し誇らしげに感じていた。



「初の生着といこうか」

 

 まず、ロベルトは緩めの黒いシャツを体に通した。

 肌触りが良く、軽やかで動きやすい。それを着た上に、茶色とオレンジに近い黄色の模様が施されたコートを羽織る。

 コートの袖は肘までの長さしかなく、余計な重さを感じさせない。襟はうなじまで届くほど長く、ややゆったりとしたデザインだ。

 襟を立てることもできるが、今日は緩くしておくことにした。


「手袋はゴムか……」


 ロベルトは鏡を見つめながら、指先に黒い手袋をはめる。手袋は前腕から指先まで覆われており、しっかりとした作りだ。

 戦闘用には役立つ手袋。動きやすさを重視したデザイン。

 

(戦闘員にでもなった気分だ)


 ズボンはグレーのズボン、長さはちょうどブーツと合う。


 こちらにも上着と同じような模様が施されていて、全体的に統一される、しかしどことないデザインだ。

 最後に足元に、薄黒いブーツを履いた。しっかりと足元を支えてくれるそのブーツは、これからの旅に欠かせない。これで足裏を怪我することはなくなった。


(つい最近まで、足裏には豆だらけだった……今思ったら、そうとう痛々しいな)


「だが、これで怪我はなくなる。回復魔法も無駄にしない」


 ロベルトは、自分の姿を鏡の前で一度、じっくりと確認した。


「………もう少し抑えたかったが」


 村の誰もが彼の姿を一目見ただけで、その服がただの民間品ではないことを察するだろう。

 どう見たって、田舎のものではありえない服装であった。


 


「ここから見ても、珍しい服装だ……これが都会のおしゃれというのか」


 この様に。

 異世界の住人ギデカルドからしたら、この服はとても珍しい。

 


 さて、ここで説明しよう。


 ロベルト・クリフには、他の人達にない”特別”な記憶がある。



『前世の記憶』だ。



 それも、前世の彼はこの世界とはまったく異なる世界から来た。病室で短い命を終え、この世界に転生してきた——その事実をしっかりと覚えている。


「あら、ロベルト、着替え終わったのね」


 部屋の扉が開き、母親のフリナが入ってきた。彼女はにこやかに息子を見つめ、その姿をしばらく眺めた後、言葉を発する。


「珍しい服ね〜」


 確かにそのとおりだった。


「父さんからしてみれば……貴族と思われてもしょうがないな」

「あら、あなた、その時のために、毛皮で作ったマント、それとフードも新調しておいたでしょう」

「更に怪しいな。警備に睨まれるぞ」



 父親と母親は、ロベルトの服について次々に意見を交わしている。

 その会話にロベルトは、どこか居心地の悪さを感じながらも耳を傾けていた。現代寄りの服は目立つ、こればかりはどうしようもない。

 父親が心配するのも無理はない。


「でも、新しい服は欲しかった。今は、これでいいだろう」


 清々しい。


 マントとフードをかぶることには断固として拒否した。

 あれはだの不審者だ。

 

 その後、家族で昼食を囲んだ。今日の昼頃、この家を離れる。

 食卓の上には、母が作った料理が並んでいる。

 香ばしいご飯の匂い、味噌汁の湯気、そして野菜炒めの彩り。

 これまでの日常を感じさせて、ロベルトは、少しだけ胸が痛んだ。

 


 17年間住み続けた家から、遂に旅立つ。


 最初に家を出たのは兄だった。

 数年前のことだ。ロベルトの兄――リベサス・クリフは水の都へと旅たち、勉強のために向こうで暮らしている。その理由は夢のためであった。

 しかし、その夢はロベルトにとっては何のことかはわからない。別れる最後まで教えてくれなかったのだ。


 答えはわからぬまま。


(……そして、最愛の妹――リシア・クリフ)


 ロベルトの妹であり、同時に最愛の妹。そして旅の目標であった。


 ロベルトの妹は、可愛げがあり愛嬌がカワイイ。いつも見せてくれたあの笑顔は、今のロベルトにとって光だ。

 そう、いつまでも光り続ける、言わば、星だった。


(……)


 

 しかし、妹は俺の前から姿を消した。

 奴らの手によって、俺の前から姿を消した。 

 どこに行ったのかもわからない、絶望だった。


 だが、一つだけ確かなことがある。


(それは、妹を取り戻すために、俺が行動に移さないといけないことだ)


 だから。

 自分の手で探しいく。

 最愛の妹を、この手で、取り戻すために。


 妹を探し、情報を集めながら、俺はこの広い世界を駆け巡る。いつか、必ず妹を見つけ出し、家族の元に帰る。その時が来るまで、俺の旅は終わらない。


 これが、ロベルト・クリフの旅の始まりだった。



 昼食を食べ終わった後、旅立つ前の荷物の準備を始める。

 戦闘用の剣、護身用の短剣。物をいれるためのバッグ。

 魔導書、回復ポーション、お金。

 全てをバックに詰め込んだ。


 ……。


 なにか、忘れているものがある気がする。


(! そうだ」


 忘れていけないものがある。

 これは持っていかなくちゃならない、ずっと持っていなくては。


 そう思って取り出したのは、ある一つのペンダント。


 それを開けると中には写真が入っていた。満面の笑みで笑う少女。

 

 最愛の妹、リシア。

 8歳のときの写真である。


 ロベルトにとってそれは、とても大事なものだ。

 リシアを見るたびに、決意が輝き高まる。

 

 準備は万全に整った。



−−−



 ロベルトは家の玄関に立っていた。


 周囲には静けさが広がり、家族と過ごした日々の一瞬一瞬が、心に重く、鮮明に刻まれている。旅立ちの日にはちょうどよかった。


 17年間共に過ごしてきたこの家、

 そして愛する両親から離れる、大事な瞬間だった。


 玄関の前に立つ父と母。

 父さんは大きな体を少し伸ばし、母さんは静かに手を胸に当てていた。顔に浮かんだ表情は、言葉にできない悲しみを含んでいる。

 その思いは、ロベルトにも伝わっている。


「それでは、出発する」

「もう……行ってしまうのね」

「行ってしまうのか」


 母さんがゆっくりと、そして静かに答える。

 父さん声も、心做しか、寂しさ、不安に満ちている。



 最後、か。


 

 ロベルトの胸がざわつく。

 父と母とのしばしの別れだ。

 妹を見つけるまでは、帰ってこれない長い旅。

 最後になにか、今までの感謝の言葉を、送りたかった。


「父さん……ありがとう。俺は、ここまで成長できた」


 ロベルトは、きちんと目を見て、父に言った。

 父さんの指導があったからこそ、俺はここまで強く、立派な男に成長できた。厳しいスパルタ訓練だったが。

 それでも、俺の体に思いが刻まれている。


「そうか。そうだよなぁ」


 父さんが笑う、でもいつもより小さかった。

 作っているのだろう、寂しさをかき消すために。 


「俺は、父さんの背中をよく見て育ったんだ。憧れだった、父さんが俺を鍛えてくれた、だから強く慣れた、体も心もだ」

「俺だけではない、ロベルト。お前もだろう? 努力したのは」


 父さんは真摯に言った。

 ロベルト自信の努力を認めてくれる、すこし照れる。


「……ありがとう」

「ふっ。こちらこそだ」

「「ははっ」」


 二人して薄く笑った。だが、やはり別れ際は上手く笑えない。

 だが、少々口元が軽くなった。



「母さん、俺はあなたに魔術を教わりました」


 魔術を教わったのは、母さんが初めてだった。

 そう、母さんは教え方がとても上手だった。


「そう。そうだったわ」

「母さんのおかげで俺は魔術を知れた。今はこんなにも魔法が好きになった。ここまで魔法が上手く扱えるようにもなった」


 ロベルトは軽く手を広げ、土魔法を使って、目の前に綺麗な正方形の土の塊を作り出した。


(すごいな)

 

 自分でもその出来に驚いた。

 土の塊は安定していて、彼の手のひらにぴったりと収まる。

 これは、ロベルトの成果の結晶だった。

 

「母さんのおかげだ。

 それを踏まえて、やっぱり母さんは凄い、そう思った」

「……そうよ。母さんはすごいのよ!」

 

 母は嬉しそうに顔を輝かせ、力強くガッツポーズを決めた。


 ロベルトを見守り続けた母親の誇りそのものだった。息子の成長と共に胸を張っていた。


 魔術も、剣術も、すべての始まりは父さんと母さんのおかげだった。小さい頃の俺を育てて、同時にこの異世界で、俺に知恵を教えてくれた。


(ありがとう、母さん、父さん)


 心の中で感謝の気持ちを繰り返しながら、ロベルトはふと時計を見る。時間が迫っている。もう、別れの時が近づいている。


「じゃあ、そろそろ……行ってきます」


 ロベルトは静かに言い、足を一歩踏み出した。

 

「えぇ」

「行って来い!」


 後ろから、父と母の声が聞こえる。そしてどんどんとその声が遠ざかっていく。別れというのは辛い。兄のときもそうだった。


 しかし、悲しんでいる暇など、俺にはない……。

 進まなきゃならない。


 だけど、やはり……寂しさは紛らわさせられない。


(はっ……俺のメンタルは、ここまで寂しさに弱かったのか? いや、そんなはずないさ。五年間、俺は修行で――)

 

 しかし、その言葉は止まった。

 いや、寂しさを紛らわしていた、父と同じだ。

 メンタルどうの、関係はなかった。


 ただそこには、寂しさだけがあった。



 足は立ち止まる、風が横を通過する。その時感じ取った思いがロベルトを動かす。ゆっくり後ろを振り返る。


 変わらぬ景色。

 変わらぬ道。

 そして、今も旅立つ俺を見送り続ける――父と母の姿。


 父と母との別れは寂しい。

 しかし立ち止まっていてはいけない。


 自分で決めた道を信じて……俺は進み続ける。


 妹を連れかえる、その時まで。

 


 

 


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