十の存在
ライブが終わったところで、私はメイリーンの元に向かう。メイリーンも最初に乗っていたのと同じ岩の上に上がってきた。
「どうだった……!?」
ずっと歌って踊っていたから、メイリーンの呼吸は乱れている。でも、その表情には疲れは一切なく感想を待ち望んでいる期待感が満ちていた。
「すっごく良かった!! 皆楽しんでたよ」
「良かったぁ……久しぶりに人相手のライブだったから、ちょっと心配だったの。私も楽しかったぁ」
メイリーンは身体を伸ばしながら喜んでいた。同族や野生動物に対するライブばかりで、私達のような人へのライブを久しぶり楽しめたというのが嬉しいみたい。
「ねぇ、メイリーン。一つ聞きたい事があるんだけど良い?」
「うん。何かな?」
「十の存在とかシキドウジとかって分かる?」
「うん。詳しくないけどね」
十の存在となっているメイリーンも自身がそう呼ばれているという事は知っていたみたい。いつから呼ばれているのかにもよるけど、数千年生きているという話だし、人との交流もあっただろうからある程度知っていてもおかしくはない。
「十の存在っていうのは、かつて世界を統一した帝国の皇帝が言い出したものだよ。元々は九の存在って言われていたね」
「新しく何かが加わったって事?」
「そう」
メイリーンはそう言って空を指差した。それに従って空を見るけど、あるのは月が光る夜空だけだ。でも、私は、その空にいる特異な存在を二種類知っている。
「龍か人?」
「ん? リリィルーナの事知っているの?」
「その名前は知らないけど、宇宙に人が浮いてるのは知ってる。私そこから来たし」
「んんん? まぁ、いいや。リリィルーナだけは帝国が崩壊する直前にミズチの手で、宇宙に上がったから」
「ミズチ?」
「龍の方。何だっけ? 何か人間達が呼び名を付けていたのだけど……忘れちゃった。まぁ、どうでもいい話はさておき、リリィルーナを後々に加えて十の存在とか言われていたかな」
宇宙を浮遊する少女はリリィルーナ。成層圏くらいを飛んでいる龍はミズチ。そういう名前が付いているらしい。二つ名とかは覚えていないみたい。まぁ、そこまで重要なものかと言われるとそうでもないので、気にしないでも良いかな。
「シキちゃんは、帝国で英雄と言われたくらい活躍した人だね。色々な戦場に現れては帝国を勝利に導いた存在だけど、皇帝はその力が恐ろしく思って拘束具で封印しようとしたみたい。まぁ、それで封じられたのは、シキちゃんの意識と本来の速さくらいで、本能は抑えられなかったの。シキちゃんの行動原理は平和。そして、平和のために自身の力を振うという事に抵抗がない。自分が守るべき存在がいれば、そちらに味方する。守るべき存在がいなければ、どちらも倒す。争いを生んでいる存在を大人しくさせれば、その争いはなくなるって発想だね」
「だから、私達が争っていたら、そこに引かれて来るという事ね」
「そういう事。まぁ、もう何千年も経って、本人の身体も朽ちているから、意識なんて戻らないだろうね。あれはシキドウジの本能だけがへばり付いた哀れな亡霊だよ」
「もう元には戻らない?」
「あの拘束具を解いて、意識を戻したとしても身体が持たないかな。そのまま死なせてあげるのが一番の救済だよ」
シキドウジと対話する事は出来ても、そのまま仲間には出来ないみたい。シキドウジに関してはもう倒すしか他にないのかもしれない。この辺りは遺跡を調べないと分からないけど。
「十の存在の名前って他に知ってる?」
「うん。私、リガイア、マールム、ウロス、ラクロス、ヒストリア、シュラだったはず。まぁ、シキちゃんとリリィルーナくらいしか話した事ないけどね。だから、どういう存在か知らない。ヒストリアは、どこかの王国の女王だったかな。そういう名前の女王がいた気がするから」
「そうなんだ。まぁ、調べるしかないか」
「ハクは、十の存在を倒すために動いているの?」
メイリーンはそんな風に確認してくる。対して、私は首を横に振る。既に十の存在を倒すという発想はしなくなっている。メイリーンがここまで話せるのだから、話せる相手はしっかりと話して攻略するのが良いと思ったからだ。
「ううん。シキドウジは倒すけど、話して分かる相手は話そうと思うよ。メイリーンがこうして話せる相手だから、他にも同じような相手はいるでしょ?」
「リリィルーナなら話せるとは思うけど、あの子は心を閉ざしているだろうから厳しいかもね。でも、そう言ってくれて良かった。もうここに来られないかと思ったから」
メイリーンにとって大事なのは、ライブ出来る環境。私が十の存在を全部倒すために動いているとなれば、ここで悠長にライブをするという事が厳しくなる。本当に音楽が好きなのだと分かる。同時にメイリーンを拒絶しなければ、良好な関係を続ける事が出来るという事もよく分かった。
「それじゃあ、シキちゃんの事は任せるね。あの束縛から解放してあげて」
「最善を尽くすよ」
そう言うと、メイリーンはやんちゃな笑い方をして海へと飛び込んでいった。歌っている時は綺麗な歌姫という感じだけど、素のメイリーンはあっちなのかな。
メイリーンがいなくなるのと同時にウィンドウが出て来る。
『十の存在・大海歌姫のメイリーンと交友関係を結びました。ユニーククエスト『それでも祈りの歌は止まない』を開始します』
メイリーンのユニーククエストが始まった。始まり方が遭遇と交友関係を結ぶで違うから、十の存在それぞれにクエストを始めるためのフラグあるかな。
メイリーンとの会話を終えた私は、フレ姉達の元に戻る。
「どうだった?」
即座にフレ姉が確認する。見た感じで大体分かっていると思うけど、私から直接確認しないと勘違いの可能性があるからね。
「問題ないよ。開拓領域でライブをする事があるかもしれないから、それだけ。後は、十の存在の軽い情報くらい」
「聞いても大丈夫か?」
「うん。名前くらいだからね。十の存在は、大海歌姫のメイリーン、彷徨幽鬼のシキドウジの他に、空にいる龍のミズチ、その更に上の宇宙空間にいるリリィルーナ、どこかの王女様かもしれないヒストリア、後は名前だけでリガイア、マールム、ウロス、ラクロス、シュラ。メイリーンもシキドウジとリリィルーナとして会話をした事がないから、詳しい事は知らないみたい」
「逆に言えば、シキドウジとリリィルーナってやつの事は知ってるって事か?」
「うん。リリィルーナは、帝国が崩壊する前にミズチの手で宇宙に上がったみたい。後は心を閉ざしているって。シキドウジは、大体私達の予想通り。あの拘束具が意識を奪ってるけど、平和を求める本能が生きてるから、争いに首を突っ込むみたいだよ。もう身体も死んでるから、倒すしか解放する手段はないみたい。だから、私はシキドウジを倒す事にした」
「なるほどな。私も手伝うぞ。一人で相手をするよりも負担が減って集中出来るだろう」
「なら、私も手伝おう」
「アーサーさんもですか?」
フレ姉はプレイヤーだから、普通に負けてもリスポーンするだけだけど、アーサーさんはNPCなので、死んでしまった場合どうなるか分からない。
「ああ。近接戦を得意としている者が欲しいなら、私が適任だろう。英雄の中でも飛び抜けた力を持っている私がな」
エクスカリバー、ロンゴミニアド、カルンウェナンを取り戻し、完全に力を取り戻したアーサーさんは、確かに他の英雄達よりも頭が三つ程飛び抜けている。戦闘技術も私より上だ。そうなれば、確かに適任と言える。
「分かりました。取り敢えずは、この三人で挑む事にしましょう。その前に私は戦闘の勘を取り戻すので、しばらくお預けで」
「分かった」
こうしてシキドウジを倒すための布陣が出来上がった。フレ姉とアーサーさんがいてくれるのなら、シキドウジを倒すのも問題ない。問題は私の戦闘の勘が鈍っている事。あの時は邪神との攻防が直前にあったから、対処出来ていたけど、戦闘をしない期間が出来てしまっているから、それをなくさないといけない。シキドウジを倒すのは、来週くらいになるかな。その前に他の誰かに倒される可能性もあるけど。




