賢者ケイローン
エリュシオンに来た私は、アキレウスさんの案内でどんどんと進んで行く。迷いのない姿を見れば、ケイローンさんという人が大体同じところに留まっているという事が分かる。
「ケイローンさんは、普段何をしているんですか?」
「森に住んでいる。基本的に静かに暮らすのが好きなんだ。俺だけではなく、様々な英雄が預けられ育成された」
「賢者だからですか?」
「ああ。元々は洞窟に住んで薬草を栽培しながら、周囲にいる病人などを助けながら暮らしていたんだ。俺もその場面を見ている」
「じゃあ、そっとしておいた方が良いのでは?」
洞窟に住んで静かに暮らしていきたいと思っているのなら、態々訪れるのは迷惑ではないかと思った。
「いや、そんなケイローンが態々俺達を預かった意味はなんだと思う?」
「う~ん……人間に優しいとかですか?」
「それもあるな。単純に人間が好きなんだろう。あの世界には学校もあるからな。教師として優秀だ。嬢ちゃんの事も気に入ると思う」
「う~ん……まぁ、私は割と気に入られやすいですからね」
「嬢ちゃんの人徳だな」
どちらかというと私から放たれている魅了の力の可能性があるのだけど、まぁ人徳という事にしておこう。
そのまま走っていると、エリュシオンの森の中に入っていった。すると、馬の蹄の音が聞こえてくる。そして目の前にケンタウロスが現れた。ファンタジーの映画とかでよく見る半人半馬だ。
「アキレウスか……?」
ケイローンさんは、首を傾げながらアキレウスさんを見る。当たり前だ。ケイローンさんからすれば、アキレウスさんは男性であるのに、今のアキレウスさんは女性だから。
「ああ。この嬢ちゃんに仕える事にしてな。嬢ちゃんの力で性別が変わるらしい。神でもなければ基本的には変わるそうだ」
「ふむ。つまり、この者の土地では、神以外は女性になると」
「あ、いえ、ただの住人であれば変わりません。後は、私の師範や親方なども男性のままですから、色々と条件はあると思います」
「そうか。だが、アキレウスは良かったのか?」
「ああ。おかげで、最近は退屈しない」
「そうか」
ケイローンさんは優しい笑みを向ける。ケイローンさんからしたら、アキレウスさんは育てた子供って感じだろうから、楽しそうにしている事が嬉しいのだと思う。
「それで、私に何か用があるのか?」
「ああ。ケイローンもこっちに来ないか? こっちには多くの人がいる。出来れば賢者ケイローンに指導を頼みたい」
「ふむ……スカウトか。アキレウスの入れ知恵……いや、主導しているのはアキレウスか。土地の所有者という事で付いてきたという事だな?」
「大体そんな感じです。こちらとしては、無理に来てもらうという事はしません。ケイローンさんの考えを尊重します。もしかしたら、こっちにきたら女性になってしまうかもしれませんし」
師範や親方などは割と例外的な感じが強い。英雄や悪魔、天使などは、私が従えてギルドエリアに置くという感じになっているから、私の性別に合わせられるのかな。もしくは、召喚出来る対象となるから一緒にいる期間が長くなると判断された運営がなるべく同性にするようにしているのかな。
「なるほどな。だが、ケンタウロスではあるが、私も神の一種となる。不死こそ手放しているが、それでも神性があれば良いのなら、私は変わらないだろう。ふむ……良いだろう。私も其方に仕えさせて貰おう。良いか?」
「はい。どうぞ。これからよろしくお願いします」
「ああ。よろしく頼む」
割とすんなりとケイローンさんが仲間になった。ケイローンさんも面白そうとか思ってくれたのかな。それともアキレウスさんがいるから、興味が出たとか。まぁ、何にしても住んでくれる事には変わりない。
ケイローンさんを連れて、エリュシオンから資源ギルドエリアへと戻ってくる。ケイローンさんは、ギルドエリアを見回す。
「ふむ。良いところだな。自然を大事にしている事がよく分かる」
「あら? ケイローン?」
ケイローンさんの名前を呼んだのは、アルテミスさんだった。片手でアポロンさんの首を掴んで引き摺っている。
「アルテミス様、アポロン様、お久しゅうございます。この度彼女に誘われ、この世界でお世話になることになりました」
ケイローンさんは跪きながら挨拶していた。どうやら二人にお世話になったみたい。
「アポロンさん、何をしたんですか?」
「ふっ、事実を指摘したらこのざまさ」
何故か良い笑顔で言うアポロンさんの頭をアルテミスさんが鷲掴みにした。私がアスタロトにやるようなお仕置きだ。ミシミシという音が聞こえてくるのが怖い。アポロンさんは本気で死にそうな表情になっていた。でも、割とアポロンさんが悪い可能性が高いので、何とも言いづらかった。
「昔、ケイローンには二人で色々な事を教えたのよ。それからも自分での学習を忘れずに賢者と呼ばれるまでに至ったのが、ケイローンよ。アスクレピオスもケイローンに師事した一人ね」
「あっ、そうなんですね。意外とケイローンさんの知り合いがいるかもしれないですね」
「知り合いで言えば、プロメテウスはいないのか?」
「プロメテウスさんですか? ここにはいないと思いますが」
一応私が知らないだけで、他の神様の別名の可能性もあるので、アルテミスさんを見る。すると、アルテミスさんは私の頭を撫でながら首を横に振った。
「ここにはいないわ。祝福を授けていないから」
「神様って結構多いですよね」
「そうね。神界で地上は危険という話を広げたから、基本的には神界にいるはずよ。新しく土地神になろうとする神もいないわね。その分、神木とかを移しているから、土地的には問題ないと思うわ」
「なるほど……」
そもそも地上に自由に降りる事が出来る神様は少ない。土地神は、その内の例外的存在と言える。新たに土地神になれば、地上に降りて自由にしている可能性はあったけど、迷惑プレイヤーのせいで神様達の警戒心が強くなり、土地神になろうとする神様はいなくなっていた。
その他に地上に降りる方法は私みたいな存在の周囲に権限するという方法。私がそういうものの受け皿になっているから、全部の神様が権限出来るけど、他のプレイヤー達はそもそも神様の力を得る事も出来ないし、必然的に神様達は神界に籠もる事になる。まぁ、本来の世界ではあるから、何も問題ないと思うけど。
「ケイローンさんは、プロメテウスさんに会いたいんですか?」
「いや、いれば挨拶をしようと思っただけだ。私の不死を譲った相手でもあるからな」
「不死を譲る?」
よく分からないので、首を傾げるとアポロンさんが説明してくれる。
「プロメテウスは、少しやらかしてしまって、ゼウス様の怒りを買ったのさ。その罰として不死性を失ったが、こっちも訳あってケイローンが不死性を譲り不死を取り戻したといういきさつがある。詳しくは本人に訊くと良い」
「そうね。取り敢えず、こいつを沈めてくるわ。またね」
アルテミスさんは私の頬にキスをすると、そのままアポロンさんを引き摺って、海の方に向かって行った。アポロンさんは必死に抵抗していたけど無駄だったみたい。怒りの力を底知れない。




