最初の問題
いつまでもアスタロトに寄り掛かっているのもあれなので、ソファを用意して座ったら、横にアスタロトが来るのは当然だけど、何故か逆方向にリリスまでやって来た。
「ご主人様の商店街は上手くいっているの?」
「まぁまぁ。現状問題は起こってない……」
私がそう言った途端に、境界を壊そうとしているプレイヤーがいるという報告がウィンドウに出て来た。どうやら商店街を区切るシステム的な壁に攻撃しているらしい。プレイヤーが誰かと戦闘する事は禁止しているが、物を壊したりする事は禁止出来ない。つまりシステムの壁を殴る事も禁止出来ないという事だ。
「システムを凌駕出来るとでも思ってるのかな……バグ狙いだとしても運営から処分されるとか考えられるだろうに」
テューポーンの首を一つが私の方を向く。百くらいあるからいくつかを適当な場所に向けておけば違和感はない。
私は首を横に振る。テューポーンが出るまでもない。あそこには災厄の象徴とか言われているヤトノカミさんがいる。
壁を攻撃していたプレイヤーは、一気に大通りに向かって打ち上げられる。ここで初めてヤトノカミさんが姿を現す。ヤトノカミさんの姿は普通に怖い。それが一方的に攻撃してくるのだから、プレイヤーの恐怖は強くなる。
やらかしているプレイヤーにのみ向けられるヤトノカミさんの威圧。それにより萎縮させられたプレイヤーは、全速力で駆けてきたアキレウスさんに掴まれてギルドエリアから追い出された。ヤトノカミさんが睨みを利かせた事によって、当該プレイヤーの名前が報告されるので、それを出禁リストに入れる。
「問題が起こったわね」
「う~ん……まぁ、あの程度の馬鹿なら許容範囲内かな。他人に迷惑を掛けている訳でもないし。ヤトノカミさんが脅して、アキレウスさんが追い返してくれるので済んでるから。一番の問題は、店を荒らされたり他の人達に迷惑を掛ける自己中の馬鹿だよ」
「その問題はまだ起きていないのね」
「今のところね。そういう人がいるから、警戒は欠かせないかな。ルキフグスとかアドラメレクが上手くやってくれると思うから、私がいなくても大丈夫だろうけど」
「ふぅん……あっ、また何かあるみたいねぇ」
アスタロトがそう言うので街の方を見ると、店の方で何か問題が起こっているらしい。ケルベロスが来て吠えている。そこにアキレウスさんやペルセウスさんがやって来て中に入っていった。
そして、中から気絶したプレイヤーを何人か連れ出していく。そのプレイヤーの名前も出て来るので出禁リストに入れておいた。
「店で暴れたみたいねぇ」
「まぁ、店員をしてくれている店員機械人形の皆は銃を装備してるから、簡単に無力化できたみたい。麻痺状態にした感じかな。その後にアキレウスさんとペルセウスさんが気絶させて連れて行ったとか」
『その通りでっせ!』
「ラタトスク?」
いつの間にか近くに来ていたラタトスクが私の足を駆け上がって膝に乗る。それに対して、アスタロトとリリスが睨み付けたからか、ラタトスクが萎縮する。どちらも高位の悪魔だからか、威圧感は半端ない。そんな二人の顔を手の甲で弾く。
「睨まないの。どうやってここまで?」
『ええ近くの鳥に運んで貰ったんでっせぇ』
前よりも話し方に癖がある気がするけど、取り敢えずそれは気にしないで良いかな。どうやら自然にいる鳥に運んできて貰ったらしい。
『さっきのは値下げ交渉をした結果店員が一切応じなかった事に苛立ちカウンターを拳で叩いた事がきっかけで起こった事件でっせ。頭に一発ずつ麻痺弾を撃たれて麻痺した後に英雄達が頭を殴って気絶。世界の出入口から追い出したという形でっせ。私の調べたところによるとそういう客は少ないでっせ』
「今のところ?」
『勿論。これから先の話は分かりませんのでね。気前の良い客が多い事は間違いないでっせ。あれは少数と考えるのが良いと思いまっせ』
「なるほどね。何か文句とか聞いてる?」
『特には聞いてないですねぇ。さっきの問題や外のテューポーンを倒したいというくらいでっせ』
「そっか。教えてくれてありがとう」
『いえいえ。では!』
ラタトスクは敬礼すると、私の足を伝って地面に降りてまた鳥に乗って帰って行った。本当に報告をしに来てくれただけみたい。ラタトスクがいなくなると、アスタロトとリリスがさっきよりも密着してくる。
「リスに嫉妬するってどうなの?」
「ご主人様を独り占めしたいと思うのは当然でしょ?」
「主人をリス如きに渡したくないものぉ」
二人とも私への愛が重い。両サイドから二人に圧迫される。二人はいつもこんな感じだから、母性とか全く感じないから甘えたいとかない。それが唯一の救いだった。
「それにしても、ここまで問題が起こらないとなると私が警戒していたのは杞憂だったのかな?」
「それはどうかしらぁ。まだそういう人が入ってないだけかもしれないわよぉ」
「それはそうだけどさ。もっと最初から問題ばかりかなって思ってたから」
「ご主人様は問題に遭遇しすぎているだけよ。本来であれば、これが普通だと思うわ。好き好んで問題を起こしたいと思うような馬鹿は少数でしょ?」
「それがそうでもないから困ってるんだよね。何でもかんでも自由に出来る場所だと思っていたら、どんな事しても良いんだとかって思わない?」
「さぁ?」
「別に常にそう思っているから」
「ああ、まぁ、悪魔はそうか」
ゲームの中だからと考えて、現実では出来ないような事をしようと思うのは良い。でも、それで意図的に他人に迷惑を掛けようと思ったり、気が強くなって横暴になったりするのは違うと思う。現実で社会性があるようなプレイヤーでも、ゲームの中では気が強くなって本性が出たりするから、色々と注意が必要だ。
「本当に悪魔は困るよね」
そんな声が聞こえたと思ったら、後ろからメタトロンさんが現れて、私の胸の前に手を回して来た。アスタロトとリリスが睨み付けているのが分かる。メタトロンさんはというと、普通にいつも通り目を閉じたまま私を抱きしめている。
「メタトロンさん。何かありました?」
「ここに留まっているようだからイチャイチャしに来ただけだよ」
「そうですか」
何かしらの問題があったのかと思ったから、普通に会いにきただけなら何もしない。後ろにちょっと良い感じの枕が出来たくらいの違いくらいしかないし。そんな感じで、皆で一緒にいながら出禁リストを更新していると、ザフキエルさんが現れた。
「ここにいたのね。何か……妙にいかがわしい感じね」
「そうですかね? それより何か用事があったのでは?」
「そうね。街の中を見張っていたのだけど、問題行動は五回程。境界を越えようとしたのが三回。店内で暴れていたのが二回。どれも即座に対応出来たから大きな被害はないわ。カウンターが削れたくらいね」
「迷惑ですね。こっちで出禁にしたからもう来ないと思います」
「分かったわ。今回の報告書がこれよ」
「ありがとうございます」
受け取った報告書には問題が起こった店と境界の場所が書かれている。それとプレイヤーネームも書かれていた。これがあれば即座に出禁リストに反映させる事が出来る。
「ルキフグスにも提出してください。警備ルートを変えたりしないといけないので」
「分かったわ」
ザフキエルさんはそう言うと、私の頭を撫でてから去って行った。そこそこ順調だけど、これは最初だけかもしれない。報告書はちゃんと確認するようにしないといけないかな。




