英雄の来訪
ギルドエリアに戻って来た私は、すぐに資源ギルドエリアへと向かう。アーサーさんがいる方向は、キャメロットと予想出来るので、キャメロットの方に向かって行く。すると、モードレッドさんが待っていてくれた。
「こっちだ」
「何か厄介事ですか?」
「あ~……いや、厄介事ではないが、厄介事になる可能性はあ……」
モードレッドさんの言葉の途中でキャメロットから激しい剣戟の音が聞こえてきた。
「…………」
「…………」
私とモードレッドさんは、何とも言えない表情になって互いに顔を見合わせていた。
「厄介事発生ねぇ」
後ろから付いてきていたアスタロトの言葉を聞いて、私達は早歩きでキャメロットに入っていく。急ぎすぎるとキャメロットを崩壊させるかもしれないからだ。
「このド腐れ野郎が!!」
「ま、待て! 話せば分かる!」
「あんたと話しても何も意味ないわ!! クリームヒルト! 邪魔するな!」
「ジークフリートを殺しておいてまだ足りないの!? これ以上奪わせるわけないでしょ!?」
剣戟の正体は、ワルキューレのブリュンヒルデさんが二人の男女と争っている音だった。円卓の騎士の皆が身体を鍛えるために戦闘禁止エリアにしていなかったせいで、普通に殺し合いに発展していた。
奥の方でアーサーさんもどうやって捕らえれば良いか迷っているようだった。マーリンも魔法で拘束しようとしているみたいだけど、三人の速度が速すぎて照準が定まっていなかった。
取り敢えず、三人は私が血で拘束する。
「なっ!?」
「何これっ!?」
「っ……」
初対面の二人は困惑していたけど、ブリュンヒルデさんはすぐに私だと気付いて、私に向かって跪いた。
色々と苦言を呈そうかと思ったけど、取り敢えずはキャメロットを戦闘禁止エリアに設定しておく。
「取り敢えず、これで良し。今後はキャメロット内での戦闘は出来ないようにしました」
「すまない」
モードレッドさんがお礼を言ってきた。訓練場は、もう少し大きくしてあげる事にしよう。そうすればキャメロットで訓練を行う必要がなくなるから、この状態を維持しても問題はない。
「ブリュンヒルデさん。ここに滞在するルールは覚えていますか?」
「っ……ごめんなさい。頭に血が上ったわ……」
「お話を聞かせて貰います。ですが、その前に初めまして。恐らくはエリュシオンからいらっしゃった方々ですね。私はハク。この世界の主です。よろしくお願いします」
ここにはブリュンヒルデさんと争っていた二人の他にも人がいるので、全員に対して自己紹介をした。ここの三人には一旦頭を冷やして貰うという意味も込めて、話題を変えたというのもある。
そして、次に元々知っている人達にも個人的に挨拶しておく。
「オルペウスさんとエウリュディケーさんはお久しぶりです。こちらにいらっしゃったんですね」
「はい。ハク様の気配を感じ取り、エウリュディケーに導かれて来ました。今回は失敗しなかったので、心から安堵しています」
「本日は見学させて貰おうと思い来ました。今後移住などは出来るのでしょうか?」
「はい。オルペウスさんとエウリュディケーさんが望むのであれば」
「ありがとうございます」
オルペウスさんとエウリュディケーさんはそう言って頭を下げてから、少し離れていった。このまま私と会話し続けるような場面ではないと判断したみたいだ。まぁ、まだ問題は残っているからね。
「すまない。ハク。居住の話になれば、私達では対処に困るのでな。アスタロト殿を通じて連絡させて貰った。ところで、アスタロト殿は大丈夫か?」
「ん?」
アーサーさんがそう言うので、私の後ろにいるアスタロトを見ると無表情になっていた。アスタロトが見ている方向を見ると、そこには黄土色の髪と黒眼の男性が立っていた。その人はニヤリと笑うと、こちらに歩いてくる。
「久しいな、アスタロト」
「うるさい死ね」
アスタロトは感情の籠もっていない声でそう言って私を後ろから抱きしめてくる。
「知り合い?」
「ソロモンよぉ。私達を縛るゴエティアを作ったクズの中のクズよぉ」
「ふむ。悪魔を使役しているようだが、何故そこまで自由を許しているのか?」
ソロモンと呼ばれた男性が私に訊いてくる。
「別に常にゴエティアに縛り付ける必要はないですから。アスタロト達にはアスタロト達で暮らして貰っていますよ。契約上、私に縛り付けてはいますが」
「悪魔を服従させるだけの力があるという事か」
ソロモンさんは、面白いという風に私を見て来る。それに対してアスタロトは私を抱きしめる力を強める。
「気を付けてぇ。こいつ女と見ればぁ、誰にでも手を出すクズよぉ」
「へぇ~、そうなったらここから追い出すから大丈夫だよ。ソロモンさんも見学しに来たんですか?」
「ああ。エリュシオンに覚えのない気配が広がっていたのでな」
「そうですか。出来れば、アスタロト達を刺激しないようにお願いします。それと問題を起こしたら追い出しますので」
「了解した。私にも住む場所を作ってくれるのか?」
「望むのであれば」
「えぇ~!?」
アスタロトから不満そうな声が聞こえる。アスタロトからすると、とても嫌いな相手だから居て欲しくないのだと思う。セラフさんとかメタトロンさん達とかよりも嫌っているみたい。
「我が儘言わないの。取り敢えず、もう一つの世界に家を用意しますので、そちらに住んで下さい。そこではルキフグスが統治しているので、基本的にはルキフグスに従うようにお願いします」
「ふむ」
「後、多分、私と契約したら身体が女性になるので、そこは良くお考え下さい。オルペウスさんも」
確信はない。でも、一部例外を除いて、基本的に私と契約したり下に入ったりしたら、私の性別に引っ張られる。多分やろうと思えば、他の悪魔とかも全部女性に出来るのかな。女性にしている理由は、キャラによるセクハラ対策とかなのだと思う。
男性プレイヤーが今のアスタロトみたいに女性キャラに抱きつかれたりしたらとか考えると、ある程度の対策が必要だという事のはず。逆も然りだ。そういうゲームなら有りなのだと思うけど、このゲームでは、より密接に絡む事が多くなるであろうキャラにはそういう風な処理にしていると予想出来る。
そんな話をしていたら、ゴエティアからフォカロルが出て来た。何か女性になって。
「あれ?」
「分かるか。急に身体が変化したのだが、何か分かるか?」
「…………私が意識したからかな。私と契約した悪魔とかって皆女性になってるでしょ? だから、私が意識したらフォカロルとかフォルネウスとかも女性になるのかなって思ったんだよね。私に近しい存在になると、そうなる確率が増えるみたいだし、私がフォカロルに近づいたのかも」
「なるほど……理解は出来た。何かしらの異常でないのなら良い。それにしても忌むべき存在がいるな」
「あっ。落ち着いて。ソロモンさんは皆のところには行かないから。取り敢えず、フォルネウスも戸惑っているかもしれないから知らせてくれる?」
「承知した」
フォカロルはそう言って帰って行った。まさか、本当に女性の身体に出来るとは思わなかった。何でも有りかと思ったけど、私は神様になっている訳だし、ある程度の事なら何でも有りにはなるか。
「まぁ、こういう事です。ちょっと驚きましたけど」
「もう少し前から出来たわよぉ? 主人が意識していないだけでぇ」
「そうなの?」
「えぇ。だってぇ、私達の神様になっているのよぉ? 出来ない方がおかしいでしょぉう?」
「あ~……まぁ、そっか」
神格を得た時点で、そこら辺の選択権は私にあったらしい。いきなりそうさせてしまったから、フォカロルとフォルネウスには悪い事をした。
これは私が使役している者が対象になるから、神様達は対象にならない。でも、英雄達は違う。私の世界に入り、私に従うという事は私の下に入る事になる。それは私が使役しているというのとほぼ同じ事になる。師範や親方は、どちらかというと街の住人でしかないし、何なら師事している時点で向こうが上だ。この対象にはならないのだろう。




