初級エリア
踏み出した先は、深い森だった。雰囲気的には、東の森と同じ感じだ。
「近くにモンスターはいるけど、こっちには向かってきてないみたい」
【感知】持ちのアカリが、索敵をしてくれている。奇襲される心配が減るので有り難い。
「私も【感知】欲しいな」
「そろそろハクちゃんも取れると思うけど」
アカリがそう言うので、ちょっと収得出来るかスキル欄を見る。すると、ランク3の場所に【感知】が増えていた。
「あった」
私は、迷わずに収得する。モンスターの位置を知る事が出来るのは、絶対に重宝する。
「結局、条件って何?」
「現在持っているスキルのレベル総数って話だよ。大体400くらいって話」
「なるほどね。それも掲示板?」
「うん。ハクちゃんって、あまり覗かないよね」
「めんどいからね。どうせ、フレ姉達が教えてくれるし」
何か有益な情報が手に入ったら、フレ姉とアク姉が会いに来た時に教えてくれるから、自分から掲示板を調べる事が本当に少ない。時々見てはいるのだけどね。
「何か変な感じ。そこにいるって分かる」
「うん。ある意味透視しているみたいな感じかな」
「ああ、それに近いかも」
方向だけではなく、距離もある程度分かる。取り立てだから、精度は悪いと思うけど、あるのとないのでは大きく違う。
「向こうの探知範囲内に入ってないって感じかな。戦ってみる?」
「そうだね……うん。やってみよう」
アカリは頷きながら、細剣を抜く。私もツイストダガーを抜いて、互いに頷く。脚に力を込めて、一気に気配のする方に突っ込む。すると、木々の裏に、見た事のある猿がいた。モンスターの名前は、スローイングチンパンジーだ。
怒りを覚える前に、近くの木の幹を蹴って、一気に接近する。こっちに向かって太めの枝を投げてくるけど、それは【血装術】の硬質化で身体を硬くして防いだ。検証して気付いたけど、【血装術】になって上半身全部を硬質化する事が出来るようになった。その分、上半身全部の効果時間は二秒くらいになるけど、便利と言えば便利だ。
枝を砕いて、スローイングチンパンジーにツイストダガーを突き刺す。出血状態になったのと同時に【血装術】で血を抜き取る。
地面に落ちていくスローイングチンパンジーを、追いついてきたアカリがその左胸を突き刺す。クリティカル判定になる心臓を狙った一撃だ。HPが五割くらい一気に削れたので、クリティカルを命中させる事が出来たのだと思う。
地面に着地した私も取り出した血を、【血装術】を使って強化した血染めの短剣で、首を刎ねた。それでHPを一割まで減らせた。最後は、アカリが身体に細剣を突き刺して、倒した。相手が煽る前に倒したので、怒りの状態異常にはならなかった。
「まさか、スローイングチンパンジーとは思わなかったね」
「まさか、あの煽り猿がいるとはね。索敵範囲は、本来のスローイングチンパンジーとは違うみたいだけど」
「チンパンジーと猿は別物だけど……確かに、普通のスローイングチンパンジーよりも索敵範囲は狭いかも。普通なら、あの距離でも攻撃しにやって来るし」
チンパンジーと猿は違うらしい。正直どうでもいい。
今の一戦から考えられる事は、普通に出現するモンスターが、索敵範囲などを変更して配置されているという事だ。
「モンスターとの接敵を減らすためかな」
「ここから動けなくなるかもしれないからって事?」
「外側に行く事が目的のイベントだから、最初はスムーズに移動出来るように調整されているんだと思う。代わりに、外側のモンスターは、超強くなっているんじゃないかな」
「なるほどね。そうなると、ハクちゃんと私で行けるのは中くらいの場所になるかな?」
「かもね。そこで良い感じの素材が出て来れば良いけど」
私達がどこまで行けるのか。アカリのためにも、限界まで挑戦はしたいかな。良い素材が手に入れば、アカリエの品揃えや私の防具強化にも使えるだろうから。
「そういえば、訊くの忘れてたんだけど、ネックレスはどう?」
アカリにそう訊かれて、自然と手が自分の首に伸びた。そこには、昨日の帰り際に、アカリが渡してくれたネックレスのチェーンがある。今は服の中に入れているので、隠れているけど、ペンダントトップは、蝙蝠の形をしていて、小さな血の結晶が填められている。
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血姫のネックレス:金から作られているネックレス。蝙蝠のペンダントトップには、血の結晶が填められている。【吸血強化】
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説明の見た目のまんまだ。追加効果には、いつも通りの【吸血強化】を付けて貰った。おかげで、直接の吸血で削る事が出来るHPの量が順調に増えている。
「蝙蝠だけど、結構可愛らしいデザインにしてくれたから、気に入ってる」
「良かった」
血姫のネックレスは、代金を取らずにプレゼントとして渡された。正直悪いと思ったので、お金は払うって言ったのだけど、アカリはプレゼントという姿勢を崩さなかったので、諦めて受け取った。
だからってわけじゃないけど、アカリが嬉しそうに笑ってくれるのは、こっちも嬉しく感じる。
「もっと良いアクセサリーを作れるように頑張んないとね」
「アカリは、大分頑張っていると思うけどね」
「えへへ、照れるね」
アカリは、少しだけ頬を赤くしながら照れていた。そして、それを誤魔化すように、私の手を取る。
「それより、早く先に行こう。ここら辺にある素材は、見た感じ通常のエリアにあるものと同じだから」
「はいはい。分かったよ」
ネックレスに関して話し始めたのは、アカリの方なのにという言葉は飲み込んでおく。態々指摘する必要もないしね。
私達は、森の中を順調に進んでいく。【感知】のおかげで、モンスターのいる位置が分かるのが大きい。加えて、向こうの索敵範囲が狭いっていうのもある。
「中々、次の安全地帯に着かないね。そろそろ夜明けだけど、ハクちゃんは大丈夫?」
「本格的に夜が明けたら、がくっと下がるけど、今は大丈夫」
ステータスが半減しても、支援魔法とかもあるから、戦力にならないわけじゃないけど、さっきみたいにスローイングチンパンジーを即行で倒すって事も出来なくなる。単純な攻撃力が下がるから、モンスターを倒すまでに時間が掛かるようになる。
これに関しては、アカリも了承済みだ。
「辛くなったら、日傘差して良いからね」
「うん。ありがとう。森の中だから、日傘はなくても大丈夫」
森の中を歩いていく事を考えると、日傘は歩くのに邪魔になる。だから、この森を抜けるまでは、日傘の出番はない。そもそもイベントエリアに森以外があるのか分からないけど。
「ハクちゃんが良いなら良いけど。そうだ。私達の行動時間は、夜にする?」
「昼夜逆転生活って事?」
「うん。昼間に休んで、夜に行動する方が、ハクちゃんとしてもやりやすいでしょ?」
「まぁ、それはそうだけど、アカリは大丈夫?」
「うん。昼夜逆転生活は普通にやっているからね」
「自慢気に言う事じゃないと思うけど、それって、私の服を作ってるからでしょ?」
「まぁね!」
アカリが胸を張っているけど、本当に自慢にはならないというか、普通に健康とかにも悪いので、程々にしてほしい。
「てか、寝る必要とかあるのかな? 一応安地としてテントとか買ってるけど、ゲームの中だし、ずっと起きているって事も出来るんじゃない?」
「そんな長時間ゲーム出来る?」
「アカリとやったレトロゲームのクリア耐久で、丸一日やったのが最長かな」
「でしょ? 三日ってなったら、ゲーム内でも精神的な疲れが出て来ると思うよ」
アカリの言い分はごもっともだった。普通の肉体は家で横になっているから、実際に疲労感を覚える事はないと思うけど、精神的な疲れは積み重なっていくと思う。戦闘を休まずに続けていたら、段々と攻撃の精度とかが下がってくるしね。
「なるほどね。三日も徹夜したら、冷静な判断が出来なくなるか。じゃあ、昼間に寝る感じで」
「うん。決定ね」
私に配慮してくれたアカリの為にも、このイベントを頑張らないと。せめて、今の通常エリアでは手に入らないようなレアな素材を手に入れたいな。




