悪魔公爵と熾天使
夕飯とお風呂を済ませた私は、再びログインする。すると、傍にアスタロトがやって来た。従者として、しっかりと傍にいるつもりらしい。
「アスタロト、ここでも上手くやれそう?」
ここにいるのは、基本的に神様なので、悪魔であるアスタロトは居心地が悪い。私の傍に居れば、そういう事もないだろうが、私がログアウトしている間は、絶対に一人になるので、ちゃんと確認しておかないといけない。
「う~ん……表立って消そうとはしてこないわねぇ。そこら辺はぁ、主人の従者だからぁ。さすがにぃ、そこを理解していないわけじゃないみたいだからぁ」
「まぁ、そんな事をすれば、私が怒るからね」
「嬉しいわぁ」
アスタロトは身体を捩らせながらそう言う。
「そういえば、アスタロトは、アスタロトみたいな爵位持ちの悪魔を召喚出来る魔法陣がある場所は分かる?」
「知らないわぁ。近くに来れば分かるだろうけどぉ」
「そっか。なら、今日はそれに時間を割こうかな」
魔法陣があるかどうかは現状分からないみたいだけど、近づけば分かるというのなら、既存エリアを回って、それを探すのも有りだ。新しいエリアじゃなければ、高速で移動しても良いだろうし。
「あらぁ? 悪魔を増やすのぉ?」
「その方がアスタロトも良いでしょ?」
私がそう言うと、アスタロトは感極まった顔で私に抱きついた。メリハリのある身体がこれでもかと押し付けられる。アク姉や美と愛の女神達に揉みくちゃにされすぎて、こんな事では全く動じなくなっていた。寧ろ、フレイヤさん達と比べると劣る。まぁ、それでも普通に大きいけど。
「嬉しいわぁ! そこまで考えてくれるのねぇ!」
「まぁ、従者にしているわけだから」
「いやぁ~ん! 主人大好きよぉ!」
アスタロトは私の頭頂部に顔を擦りつけてくる。摩擦で発火するのではないかというレベルだ。まぁ、発火したところで、火属性の攻撃を無効化出来る私には関係ない。髪の毛が燃えても、普通に伸ばせるし。
『無感動のアスタロトとは思えない姿ですね』
アスタロトにそう言ったのは、空から降りてきたセラフさんだった。心なしかいつもよりも冷たい目をしている。ただし、その目は私ではなく横にいるアスタロトに向けられていた。
「セラフさん?」
セラフさんは天使。悪魔であるアスタロトと明確に反対の存在だ。私にはしないような目を向けていてもおかしくはない。私は純粋な悪魔じゃないし。
アスタロトも声に気付いてセラフさんを見ていた。セラフさんを見るアスタロトは、スッと無表情になりながら、私を抱きしめる。まるで、自分のものだと主張するように。
「あらぁ? どこかの熾天使ねぇ。たかが熾天使如きが、私に敵うとでもぉ?」
アスタロトは、相手を嘲笑するような言葉を言う。ただし、その言葉に嘲笑の感情が乗っているように思えなかった。その位冷たい感じだ。
二人の間で、火花が散っているような感じがする。敵対する関係の種族でも、今は、私の友達同士。ここは私が間に入って仲を取り持つ必要がある。まずやるべき事は、アスタロトへの命令だ。
「アスタロト、喧嘩は駄目」
私は、アスタロトを窘める。すると、アスタロトの敵対心が霧散して、艶めかしく私の頬を撫でた。
「冗談よぉ。主人の意向に従うわぁ」
先程までの冷たい声も元に戻り、一触即発の雰囲気がなくなる。アスタロトから不満は感じない。無理矢理従わせてしまっているかと思ったけど、そうでもないのかな。
セラフさんは、地面に降りてきてアスタロトを横目に見る。
『……本当に完全な使役をされているようですね』
「はい。私と敵対する相手にしか攻撃しないように言い含めています。なので、心配はないかと」
『爵位持ちの悪魔を使役……思っていたよりも遙かに規格外な方ですね』
セラフさんも冷たい雰囲気がなくなって、いつもの優しい雰囲気に戻っていた。それでもアスタロトを警戒しているようで、少しだけ雰囲気の中に尖りを感じる。
「他にも悪魔を増やそうかと思ったんですが……」
「主人ならいけるわよぉ? 私と同じ事になるわぁ」
『悪魔がこう言っているので、恐らくは大丈夫なのでしょう。使役の内容からして、嘘を言う事は出来ないはずですから』
「なるほど。アスタロト、嘘を付かないで」
念のため、しっかりと命令しておく。これで絶対に嘘はつけないはず。命令されたアスタロトは、きょとんとした後に優しく笑った。
「誓って嘘は言っていないわぁ」
「そう? なら良いけど。じゃあ、他の悪魔を使役しても嘘は付けないって事ね」
「無理ねぇ。この首輪はぁ、どの悪魔にも有効よぉ。ゴエティアも持っているしねぇ」
「そうなんだ。じゃあ、あと何体か使役しよう」
悪魔が増えれば、アスタロトも少しは居心地の良い空間を得られるはず。
それに対して、セラフさんは真剣な表情で私を見る。
『危険だと判断したなら、即座に消してください。あなたの安全が優先ですから』
「はい」
「まぁ、襲う余裕もないだろうけどぉ」
セラフさんは釘を刺すようにアスタロトを睨み、私に微笑んでから空に飛んでいった。そんなセラフさんに、アスタロトはあっかんべーをしている。
「アスタロト」
「はぁい。ごめんなさぁい」
アスタロトは反省しているのかしていないのかわからない表情で謝る。ここら辺の仲は、おいおい良くなっていけば良い。元々相反する存在同士なわけだし。
「そういえば、セラフさんが無感動のアスタロトって言ってたけど、そんな風に名乗ってなかったよね?」
「そうよぉ。別に名乗るようなものでもないのよぉ。私は、邪悪の樹クリフォトのアディシェスに対応する悪魔でぇ、そのアディシェスに対応する悪徳が無感動なのよぉ」
「わぁ……何も分からん」
邪悪の樹クリフォトというのは樹なのだろうと分かる。でも、アディシェスに至っては本当に何か分からない。そのアディシェスに関する悪魔がアスタロトで、それに関する悪徳が無感動という事は分かる。そこを繋げて、無感動のアスタロトと呼ばれていたという事も。ただし、真ん中のアディシェスだけが分からない。
「そうねぇ……クリフォトの繋がりで呼ばれていると思えば良いわぁ。逆にぃ、生命の樹セフィロトに連なる天使もいるわぁ」
「天使? セラフさんも?」
「あれは違うわねぇ。通常の天使達の頂点の一人よぉ。守護天使はぁ、熾天使とは少ぉ~し違う次元に生きる存在よぉ。私達と同じでぇ、そう簡単には会えないわぁ」
守護天使と呼ばれる天使がいるらしい。セラフさんがいる天上界とは違う場所に存在するらしいから、私が会うには、アスタロトと同じく召喚したりするしかないのかな。
「クリフォト、セフィロト……」
「まぁ……主人ならぁ、いつかは行けるかもしれないわねぇ」
「そういうものなの?」
「主人の存在そのものが異質だものぉ。絶対に無理と断定する事の方が難しいわぁ」
いずれ行けるなら、そのうち分かるかな。そこまで詳しく知りたいとも思わないから、取り敢えず深く訊くのは良いかな。
「それなら、その時に教えてね」
「分かったわぁ」
アスタロトは私の頭を撫でながら頷いていた。天使と悪魔の邂逅は、ひとまず穏便に終わった。これから悪魔が増えるかもしれないから、その時にまた何かトラブルが起きるかもしれないけど、その時は、また間を取り持とう。




