エリュシオンの長
カロンさんに連れて行ってもらって、エリュシオンへの道にやって来た。そのまま真っ直ぐ歩いて進んでいくと、目の前に花畑が広がる。冥界の冷たい雰囲気とは違って、こっちは温暖な感じがする。
「綺麗な場所ですね」
「ええ……ここは良い場所……ここを治めている……ラダマンテュスに……挨拶するわ……」
「あっ、ハデスさんが治めている訳では無いんですね」
ハデスさんの許可を貰っていたので、てっきりここもハデスさんが治めているのだと考えていた。冥界の中の綺麗な場所という事で、ニュクスさんも見せてあげたいと思ったって考えていたし。
「支配はしているけど、さすがに冥界全土を治めるには、冥界は広すぎるからね。エリュシオンや他の神界の冥界は別の神に任せているのよ。だから、自分の管理している場所に無断で入ってきたヘル様に怒っていたわけだから」
「ああ、なるほど」
確かにヘルさんが悪いという事になるけど、もっと仲良く出来ないのかな。一応、同じ冥界を司る神様ではあるわけだし。それを抜きにしても互いに嫌い合っていたら、どうしようもないけど。
「あの木も綺麗ですね」
エリュシオンに広がる花畑の中で、白花が咲く木が見えた。その根元に綺麗な女性が見えた。神様……いや、見た感じニュンペーさん達に近いかな。女性が手を振っているので、私も手を振り返す。
「ん? ああ、レウケーね。ニュウペーであるオーケアニスの一人よ」
「レウケーさんって言うんですか。あそこで何をしているんでしょうか?」
「あの子は……もう亡くなっているから……あそこでいる事しか……出来ないの……話す事も……出来ない……姿が見えるのは……珍しいわ……」
「そうなんですか……」
話す事も叶わない方。でも、ああして姿を現して手を振ってくれているのは、私がニュンペーさん達の祝福を持っているからなのかな。取り敢えず、レウケーさんが歓迎してくれているのは分かった。どうにかして意思疎通が出来れば良かったのだけど。
レウケーさんは、しばらく手を振ってから消えていった。ちょっと悲しい気持ちなったけど、レウケーさん表情だけを見たら、そんな風な感じじゃなかったので、気持ちを切り替える。
皆で移動していると、段々と大きな建物が見えてくる。景観を考えてか、白を基調とした綺麗な神殿のような建物だ。ここにエリュシオンを治めているラダマンテュスさんという神様がいるらしい。
「そうそう。ラダマンテュスは、神じゃなくて人だから、ハクちゃんを敬ってくるだろうけど、あまり気にしないで良いわ」
「えっ!? 人なんですか!?」
神界にいるのは神様ばかりだったし、ここも一応神界と言っていたから、ラダマンテュスさんも神様だと思い込んでいた。
「私も敬われるんですか?」
「神様である事に間違いはないし、神界にいる人間なら、そのくらいの区別は付くから。逆に地上にいる人からは、ハクちゃんは人に見える事が多いと思うわ。ハクちゃん自身が吸血鬼や天使とかが混ざり合っているからね。正直良く分からないんじゃないかしら」
「神様と接する機会が多い人だと、私が神だという事が分かるって事ですね」
「そういう事よ」
若干緊張していると、ニュクスさんが手を繋いでくれた。まぁ、緊張はしたままになるけど、ちょっとだけ安心する。
そうして、神殿の中に入っていくと、三人の人が私達に膝を突いて頭を下げていた。
「ようこそ、エリュシオンへ。私はここを治める審判者ラダマンテュスと申します」
「同じくミノスです」
「同じくアイアコスです」
頭を下げたまま自己紹介している。顔の詳細は見えないけど、全員お爺さんだったりして歳を取っているように思える。そこそこ長生きした人達なのかな。
「面を上げなさい。今日は、エリュシオンを歩くための挨拶をしに来ただけよ」
ヘカテーさんがそう言うと、三人が顔を上げた。予想していた通り、三人とも結構年寄りっぽい。見た目がそういうだけなのかな。
「ハクちゃん、挨拶」
ヘカテーさんにそう言われて、しっかりと三人を見る。
「初めまして。ハクです。新参者の神ですが、よろしくお願いします」
自己紹介をすると、三人は少し驚いているような表情をしていた。新参者の神という事で、どういう神なのかと戸惑っているのかな。何か言える事はあるかな。もう少し神様っぽい事と言えば、一つだけ思いあたる事がある。でも、これは、自分から吹聴するべき事でもないし、取り敢えずは、相手の反応を待とう。
「なるほど……エリュシオンへは、神としての研修という事ですかな?」
「いえ、観光に来ただけです」
「…………」
質問してきたラダマンテュスさんだけでなく、ミノスさん、アイアコスさんも唖然としていた。エリュシオンへ観光に来る事は、そんなに珍しい事なのかな。そもそも冥界に来るという事自体が珍しいとかなのかもしれない。
「何か……問題がある……?」
ニュクスさんが笑顔で訊くと、ラダマンテュスさん達は脂汗を掻いていた。ニュクスさんという偉い神様から、そんな風に訊かれると、かなり緊張してしまうのだろう。無意識に放たれる圧とかもあるだろうし。
「お母さん、もう少し優しく訊きましょう。お母さんがそんなに圧を掛けたら、言いたい事も言えませんよ」
「そうね……ハクがそう言うのなら……そうするわ……」
ニュクスさんはそう言って、私の頭を撫でる。その姿を見て、ラダマンテュスさん達は、さらに緊張しているように見えた。今の会話で、私がニュクスさんの娘という事が分かったせいなのかな。実際の娘というよりも養子という形なのだけど、それでも娘という事実は変わらない。
今考えれば、ニュクスさん、ネメシスさん、ヘカテーさんという割と上の位にいる神様達がいるから、緊張するなという方が無理があるのかもしれない。その中で、新参者という一番格下の神様である私が、実はニュクスさんの娘という事が判明したので、一気に緊張が最高潮に達したのかもしれない。
「えっと、一応エリュシオンを見て回りたいのですが、どこか行っちゃいけない場所とかってありますか?」
「い、いえ! 神々の皆様であれば、どこでも見て頂いて構いません。ハデス様のご許可も取られているのでしょう?」
「はい」
割と無理矢理だったけど、ニュクスさんがしっかりと許可は取った。なので、この部分は大丈夫なはず。
「では、ご自由に見てください。ですが、エリュシオンには、かつての英雄達など住人もいますので、なるべくであれば、彼等彼女等を怖がらせないようにだけして頂きたい」
「はい。分かりました。許可して頂いてありがとうございます」
「はい。エリュシオンをお楽しみください」
ラダマンテュスさんの許可を頂いたので、ニュクスさん達とエリュシオン見学に向かって行った。




