青天の霹靂
花火が上がるという事で、私達は身体を起こしてソファの背もたれに寄り掛かる。寝っ転がっていても真上の空しか見えないし。
「さてと、こっちで上がってくれると良いけど」
「そうだね」
二人で並んで待っていると、運の良いことに正面の方で花火が打ち上がり始めた。現実の花火のようなものから、モンスターの形をしたものまで、色々な花火が打ち上がっている。
「おぉ……思ったよりも綺麗だね」
「うん。現実みたい。でも、音はそこまででもないね」
アカリの言う通り、近くで観ることが出来ているけど、音に関しては、そこまで大きくない。身体の内側に響くような感覚はあるので、音だけが軽減されているみたいだ。
「耳が良い人もいるからかな?」
「ああ、そういえば、ゲルダさんみたいに獣人とかもいるしね。あまり大きな音にすると、そういう人達への負担が大きくなるのか」
「それに、こうりゃくの最前線にいる人達は、基本的に感覚強化系のスキルを取っているだろうから、取ったばかりで慣れていない人達には、大きな音はキツいんじゃないかな」
「あ~、なるほど。私も味覚と嗅覚が強化された頃は、死ぬかと思ったからなぁ」
「それは、ハクちゃんの事情が特殊過ぎると思う」
吸血鬼である私の悩みは常に吸血時の味と臭いだ。でも、普通のプレイヤーの悩みは、急な感覚の変化による耳や目への負担になるだろう。私が、そこら辺を気にしなかった理由は、【未来視】による強烈な頭痛で負担による痛みに慣れたからだと思う。因みに、現実で頭痛がした時には、普通に痛かったから、ゲームの影響は現実に及んでいない。
「まぁ、観やすくなるなら、そういう部分が現実的じゃなくても文句はないけどね」
「そうだね。おかげで、ちゃんと会話も出来るし」
「確かに、音がうるさくて何も聞こえないって事はないか。現実だと、結構離れてないといけないしね」
近くで見ると迫力があって良いけど、音がうるさくて会話の途中で途切れる事もある。ある程度離れていれば、そこまで気にならないけど、間近で観る代償って感じかな。でも、それだけの価値はあるくらいに綺麗ではある。ただ、ちょっと疑問もある
「でも、花火を観ながら会話する事って、ほとんどなくない? 大体が花火に見入ってるし」
「そうかな? 意外と会話すると思うよ。それこそ、一世一代の会話とか」
「何それ? 告白とか?」
「うん」
まさかの正解だった。花火に告白とはベタな展開だと思うけど、結構印象には残りそう。ただ、アニメとか漫画とかだと花火の音で告白が聞こえないとかあるし、タイミングとかを考えると難しそうでもある。まぁ、そもそも二人きりで花火大会に行けるだけで、脈はあるだろうから、告白自体は成功しそうではあるけど。
「学生の青春って感じだねぇ。私には縁のない話かな。男子に誘われても了承するつもりもないし。アカリは?」
「私もないよ。興味ないから、誘うとしたら白ちゃんになるかな」
「あはは、だろうね」
幼馴染みだし、こういう事にも気兼ねなく誘える。そういう意図があると疑われる事もないしね。私も、光に誘われたら、断るつもりはない。光なら一緒に楽しめるだろうから。
「ちゃんとそういう意味で誘うならだよ?」
「へ?」
たっぷり十秒くらいフリーズした。全く予期していなかった言葉だったので、五秒程頭が真っ白になって、残り五秒は状況を飲み込むための時間だった。
「えっと……」
私が戸惑っていると、アカリがソファの上で私に向き直る。
「私は、白ちゃんが好きです。ライクって意味じゃないよ。ラブの意味で好きです。白ちゃんとずっと一緒にいたいし、白ちゃんに傍に居て欲しい。私の恋人になってほしい」
まっすぐ私の目を見ながら告白する光に、私は返事をする事が出来なかった。光が私の事を好きなのは知っている。でも、それはみず姉やかー姉と同じ種類のもの……そう思っていた。だからこそ、純粋な恋から来る好きを伝えられると、どう返事をしたら良いのか分からなくなる。だって、私自身光と恋人になるなんて事……光の事は好きだ。それは私も同じ。でも、恋しているかと訊かれると分からない。
こういう事は曖昧に答えちゃいけない。それは、光に失礼になる。
「ごめん。私自身の気持ちを、ちょっと考えさせて」
「……あっ、私の方こそ、ごめんね」
「光が謝る事じゃないよ。私が自分で自分の事をよく分かってないのが悪い。光は、純粋に私の事を好きになってくれただけだもん。それは嬉しい」
「そう言ってくれると、私もホッとする」
「それは良かった。そこまで時間は掛けないから」
「うん」
ただ花火を観るだけだったのに、まさかの展開になった。二人で花火を観終わった後は、そのまま解散してログアウトした。頭に着けていたハードを外して、ベッドに身体を預ける。
「はぁ……光に悪い事したなぁ。光と恋人か……それって、どんな感じなんだろう。あっ、この前かー姉と翼さんの事を訊いたのは、私がどう思うか心配だったって事なのかな。翼さんに相談しよ」
こういう時、一番頼りになるのは翼さんだ。次点で、穂乃花さんかな。メールを送ってみると、すぐに電話で返ってきた。
『白が悩みだなんて珍しいわね。光の事でしょ?』
「なん……光も相談してたのか……」
『振ったの?』
「振ってはないです。保留させて貰ってます」
『保留ねぇ……まぁ、答えを出そうとするだけ偉いわね。自分が、光の事を恋愛的意味で好きなのか分からないのね』
翼さんには、何でもかんでもお見通しみたい。だから、相談しやすい。
「はい」
『そうねぇ……自分自身で見つけられると良いけど、白には難しいわよね。光の事は好き?』
「好きです。嫌う要素がないですし、ずっと一緒にいましたし」
『光と一緒にいたいって思う?』
「まぁ、それは思います。今更、離れたいとは思いませんし」
『じゃあ、これから先、光とどうなりたいかはある?』
そう訊かれて、ちょっとだけ考え込む。光とどうなりたいのか。
「……今みたいにいたいですかね。楽しく遊べるような、そんな風にいたいです」
『白らしいわね。それじゃあ、光といる時と学校の友人といる時で、何か違う事はない?』
「……安心します。みず姉とかかー姉といる時みたいな感じです」
『あ~……なるほどね。やっぱり思った通りだわ。白、光の事を家族として認識してるのよ。だから、急に恋愛的な好意を伝えられて戸惑いを覚えてるの。そうね……これから先、光と一緒に暮らすとして、その生活をどう思う?』
そう訊かれて、光との二人暮らしを想像してみる。家に帰ったら、光がいる生活。光がいる……生活……
「毎日着替えが大変そう」
『……それはあり得るわね。頑張りなさい』
「でも、別に嫌ではないんですよね」
『まぁ、あんなにはしゃいでいたものね』
「いつの話をしてるんですか……」
『今以上に白に可愛げがあった時ね。中学上がるかそのくらいに急に他人行儀に翼さんって呼ぶようになったもの。そういう意味では、水波の方が可愛いかもしれないわね』
さすがに、十歳くらい歳が離れているから、ちゃん呼びは止めた方が良いかなと思ったから止めたのだけど、翼さん的には全く気にしていないし、何なら元の呼び方の方が嬉しいっぽい。今更変えるのもあれだから、翼さん呼びを続けるつもりだけど。
『つばちゃん呼びで良いのよ。もっと前だとつばちゃだったわね』
「それは置いておいて。一緒に暮らせるのなら、多分毎日が楽しくて良いと思います」
『それじゃあ、光が他の誰かと一緒に暮らしているのを想像してみて。どう思う?』
「どう思うって……」
光が私以外の誰かと暮らす。前提として、家族は除くはずだから、知らない人と一緒に暮らしているって事かな。私以外の誰かと一緒で幸せそうな光。光が幸せなら、それで良いとは思う。思うのだけど……
「……何か嫌かも? ちょっとモヤってします」
『あら、何が嫌なの? あまり考えずに口にしてみなさい』
「幸せなのは良いと思うんですけど……何か私から離れていくような……それが嫌?」
『光を独り占めしたい?』
「どうなんでしょう? 別にみず姉と話していたりするのは平気ですし、学校でも友人と話しているのを見るのは平気です。だから、独り占めとは違うんじゃないですかね」
『それじゃあ、彼氏とか彼女と話している姿を想像してみなさい』
「…………モヤっとする?」
『大分拗らせてるわね。光の幸せを願ってるのに、彼氏彼女が出来たらモヤっとするの?』
そう言われると、返答に困る。今までは、ただ会話の中で話すくらいだから、実際に光に彼氏彼女が出来たらどうなるとか深く想像しなかった。いざ想像してみたら、モヤモヤとした気持ちが胸に溜まっていくのを感じる。
『光が離れていくのを許容出来ないなら、それは独り占めしたいって気持ちと同じよ。独占欲ね。少なからず、恋愛には付きものよ』
「翼さんも?」
『そうね。火蓮が誰かのものになるのは許せないわね。今は、私のものだけど』
「じゃあ、私は、光の事が好きだった?」
『そうかもしれないわね』
相変わらず、自覚は出来ない。恋愛的な好きという気持ちが分からないからだ。でも、光が誰かのものになる事を許せそうにない。この独占欲は、恋愛的な好きになるのかな。
「付き合ったら、これまでの関係から変わっちゃいますか?」
『変わるわね。親友に恋人って関係がプラスされるから。これまで通りのやり取りの中に、恋人的なやり取りも追加されるって感じね』
「じゃあ、根本的には……」
『二人が変わらなければ変わらないわよ。二人で一緒に遊びにいく事がデートになったり、二人きりになったら距離が近くなったり……まぁ、白と光ならいつも通りかもしれないわね。後は、キスとかをする機会が増えるくらいかしら』
「キス……そうですよね。恋人になったら、そういう意味でキスを……」
キスという言葉を聞いて、初めて恋人がどういうものかという事を意識し始めた。恋人になれば、そういう触れ合いも増える。今までみたいに、ぴったりと寄り添ったり、手を繋いだりするだけじゃなくなる。
それを想像して、ちょっと頬が熱くなるのを感じた。
『……後は、自分でよく考えてみなさい。どういう答えを出しても、あの子が怒るなんて事はないから』
「はい……相談に乗ってくれてありがとうございました」
『いつでも相談して良いわよ。こっちも時間があったら乗ってあげられるから。それじゃあ、おやすみなさい』
「おやすみなさい」
翼さんとの電話を切る。ちゃんと相談して良かった。自分一人だったら、自分がこんな気持ちを持っていた事にも気付けなかったかもしれないから。
ベッドの中に入って、寝る準備をする。灯りを消して、暗くなった部屋で一人考える。
「私は……」
翌日。考えすぎが祟ったのか、熱を出して学校を休んだ。




