黄昏の始祖の血瓶
「ついでに、血瓶も飲んじゃお」
飲まないという選択はないので、すぐにアイテム欄から出す。そして、黄昏の始祖の血瓶の蓋を開けて、中身を飲んだ。すると、じわじわと身体が熱くなるような感覚がしてくる。
「大丈夫?」
「うん。今回は、全然平気。内側からぽかぽかって温まる感じ」
「温かいものを飲んだみたいな?」
「う~ん、似たような感じかな。身体に馴染むみたいな感じもする」
「始祖って、吸血鬼の始祖なのかもね」
「そうなのかな?」
そんな話をしていると、目の前にウィンドウが現れる。
『条件を満たしたため、【真祖】の進化が可能になりました。(条件:昼の時間帯に【真祖】を使用して、三千体以上のモンスターを倒す。【真祖】のみで、千体のモンスターを倒す。昼の時間帯に【真祖】で、ボスモンスター二十体のトドメを刺す。始祖の血を口にする)』
三千体も倒したかなって思ったけど、色々なモンスターのスキルを獲得しにいったり、雪原エリアでレベル上げをする際に、血を吸ったりと、色々とやっていた事を思い出した。三千に届く可能性は十分にある。てか、最後の条件だけ厳しいと思う。どこで手に入るかも分からないし。でも、それだけの強さはあるのかな。
進化する先は、【始祖の吸血鬼】という名前だった。
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【始祖の吸血鬼】:血を吸う事でHPとMPを回復し、五割の確率でスキルを獲得が出来る。獲得出来るスキルは、血を吸う相手が持っているスキルに限られ、一体につきランダムで一つのみ。太陽光によるステータスダウンがなくなり、夜の時間帯において、ステータスが三割上がる。
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えげつないスキルだ。何がえげつないって、スキルの獲得確率が五割になっている事だ。獲得出来るか出来ないかが半分半分になっているというのは、これまでの苦労を考えると本当に大きな事だった。
さらに、太陽光によるステータスダウンがなくなるだけでなく、夜間のステータスアップが三割になっている。主に夜に活動するイメージが強い吸血鬼ならではの特徴かな。正直、かなりの壊れスキルになっていると思う。まぁ、大分進化を重ねたスキルだし、このくらいの恩恵を得られてもおかしくないのかな。
「どうだった?」
「ふふん。昼のステースダウンがなくなるみたい。これは、即行進化!」
【真祖】から【始祖の吸血鬼】に進化させる。すると、さっきまであった倦怠感が一気に消えた。身体が軽くなった感じがするし、元気が漲ってくる。まぁ、ただ通常状態に戻っただけなのだけど。
「ふぅ、絶好調!」
「良かったね。これからは、昼間でも、モンスターに手こずる事が減るかもね」
「ね。砂漠でも、普通に戦えるのは、普通に嬉しい。でも、これって本来はどこで手に入るものだったんだろう?」
「黄昏の始祖だっけ? そんなモンスターがいるっていうのは、聞いた事ないかな。エンカウントボスの情報でも無かったし。多分、古城エリアとかかな? 何か古い大きな場所に住んでそうだし」
確かに、吸血鬼には不老のイメージがあるし、ボロボロの屋敷とか城に住んでいるイメージはある。そう考えると、古城エリアで黄昏の始祖がいる可能性はある。
アク姉と話していると、どこかから転移してきたアカリがやって来た。
「あっ、ハクちゃん、アクアさん、こんにちは」
「こんにちは、アカリちゃん」
「店の方は良いの?」
「うん。注文も補充も終わってるから。何の話してたの?」
アカリは、私の隣に座る。私は、ここまでアク姉と話した内容をアカリに伝える。アカリの表情は、コロコロと変わっていて面白かった。
「うわぁ……凄い事になってたね。そのアイテム見せて」
「はい」
アカリに守護天使の羽根と冥界の炎を渡す。
「アカリちゃんなら分かるの?」
「追加効果とかが分かるんじゃない?」
「ふっふっふ、それだけじゃないですよ。【鑑定】のスキルを取ったので、色々と詳しく分かるようになっているんです」
得意げな顔でそう言ったアカリは、守護天使の羽根と冥界の炎を見て、目をぱちくりとさせていた。
「どうだった?」
「全然分からない。相当レアなアイテムだね。そもそも追加効果もないし」
「ないの?」
「うん。全然ない。ただのアイテムみたい。特別なクエストを受けるためのアイテムかもよ」
「なるほど。補填としては、良いものかもね。名前的にも、ハクちゃんのスキルに関するクエストかもしれないし。後は、進化に使えたりね」
クエストを受けるために必要なアイテムって言われると、そんな感じもしてくる。もしかしたら、スキルを進化させるためのものって線も確かにあるけど。
「そういえば、ハクちゃんは海エリアの攻略は終わったの?」
「ううん。まだ海の中を調べられてないから、そこを調べたいって感じ。そうだ。アク姉、海の中って、どうやって攻略した?」
アカリから海エリアの事を訊かれて、アク姉に訊いてみようと思っていた事を思い出した。
「船の上から攻撃してるよ。何度か海の中での戦闘もしたけど、船の上での戦闘が一番安定しているかな。ただ、ちゃんと調べられていないのは、心残りかな」
「じゃあ、水着チャンス!」
「あっ、それ駄目」
アカリの言葉に、アク姉が即座に手を交差させて×印を作っていた。
「何で?」
「まぁ、海だから水着を着たいっていうのは分かるんだけどねぇ。ちょっと前にトラブルがあったんだよ。そこまで際どい水着は着る事が出来ないようになってるんだけど、それでもトラブルがあったから、海エリアで水着は駄目。でも、シャワールームとかだったら、湯浴み着とかから着替えられるから、そこでなら良いよ」
「じゃあ、温泉でもOKだね」
「温泉なんてあったっけ? 見た事ないけど」
アク姉が見たこと無いって事は、あまり温泉はないのかな。師匠のところにはあったけど。
「まぁ、隠れ里にあったけど、師匠が入れてくれるかは別だと思うから、どうなんだろう。ギルドエリアの中に作れたりしない?」
「えっと……一応出来なくはないけど、海を作るのは、結構お金が掛かるみたい。五千万くらい」
「う~ん……屋敷の部屋をお風呂にするのは?」
「そっちは、海に比べると安いね。一千万くらい」
「じゃあ、水着は、それを作ってからにしよう。アカリが作ってくれた水着も気になるし」
「じゃあ、作るね」
アカリは、すぐにメニューを操作して屋敷にお風呂を作った。行動が速すぎる。
「あっ、メイティ達も来たみたい。私は、もう行くね。良い? 海で水着は駄目。これだけは守る事」
「「は~い」」
メイティさん達がログインしたようで、アク姉とは、ここでお別れになった。アカリと一緒に手を振って、アク姉を見送る。
「よし! 完成!」
アク姉を見送って一分後にアカリがそう言って立ち上がった。どうやら、お風呂の用意が出来たらしい。取り敢えず、アカリに五百万G払っておく。こうして、再び貧乏になったのだった。まぁ、それは良いとして、アカリに引っ張られて屋敷に入っていく。
そして、使われていない部屋の中に入ると、即座に湯浴み着に切り替わった。まだ脱衣所みたいな場所なのだけど、お風呂判定になっているみたいだ。ここで服を脱いで入る事を考えると、こっちの方が自然なのかもしれない。
「これがハクちゃんの水着ね」
「ん。ありがとう」
アカリから受け取った水着を装備しようとすると、メッセージが出て、この水着を湯浴み着として扱うかと訊かれた。取り敢えず、YESを押して入れ替えると、湯浴み着から水着に切り替わった。私の水着は、黒のビキニになっていて、腰にはパレオが巻かれている。白い刺繍で蝙蝠が縫われている。パレオとかにも蝙蝠がところどころに縫われていて、結構シンプルで可愛い。
アカリの水着は、私と色違いの白いビキニとパレオで青い花の刺繍がされている。
「ちょっとシンプルにし過ぎちゃったかな? フリルがあっても良かったかも。でも、ビキニは正解だったかな。子供っぽさがなくなって、ハクちゃんの良さが際立ってる。白い髪だから黒にしたけど、青とかでも良かったかな」
「はいはい。そういうのは良いから、お風呂の方に行こ」
こういう時は長くなってしまうから、アカリの背中を押して中に入る。中は、お風呂とは名ばかりで、銭湯のような感じの場所だった。しっかりと頭などを洗う場所も付いている。別に身体を洗う必要はないのだけど、気分的にサッと身体を流していく。
「洗ってあげようか?」
「私は子供か。そういえば、昔、かー姉とみず姉と一緒に銭湯に行って、みず姉に洗われてたっけ」
「私は、火蓮さんに洗って貰ってた」
「まぁ、みず姉が毎回私を独り占めにしてたしね。翼さんが呆れてた」
翼さんは、ゲルダさんの現実での名前だ。まだ家にかー姉がいた頃に、何度か翼さんとも銭湯とかに行っている。ほとんど保護者の代わりだったけど。
そんな昔話をしながら、今度は湯船の方に移動する。結構熱めのお湯で、身体がじんじんとしてくる。アカリも私の隣に入って深く息を吐いていた。
「ふぅ……いい湯」
「ね。普段のお風呂よりも熱めに設定しておいたから、本当に銭湯気分だね」
この温度は、アカリの設定だったみたい。お風呂って考えると熱いけど、銭湯って考えると丁度良い感じがする。不思議だ。
「でも、水着で銭湯って、どうなんだろう?」
「まぁ、変な感じだよね。でも、水着で温泉に入る施設に行かなかったっけ?」
「あ~……あれもかー姉達と行ったやつだっけ。改めて思うけど、かー姉と翼さんって、凄く面倒を見てくれてたよね」
「ね。水波さん達も一緒に遊んでくれたけど、保護者感は、火蓮さん達の方が強かったね」
本当に昔の事を思い出すと、今以上にかー姉と翼さんの保護者っぷりは凄かった。私とアカリの前に、みず姉達がいたからっていうのもあるのかな。
「そういえば、十日くらいからかー姉とみず姉が帰ってくるみたいだけど、アカリはどうする?」
「いつも通り、何もないだろうから、私もお邪魔しようかな」
「じゃあ、お母さんに伝えとく」
「うん」
せっかく広い湯船なのに、アカリは真横から移動はしなかった。肩が触れあうくらいの距離だから、勿体ないと感じるけど、私も嫌とは思わない。
「そういえば、師匠さんのところに温泉があるんだっけ?」
「そうそう。師匠に生気吸われながら入ったけど、良い温泉だったよ」
「それって、師匠さんと一緒に入ったって事?」
「そりゃあね。アク姉と一緒に入っているもんだよ。ちょっとどころじゃない違いはあるけど」
「ふ~ん……」
急にお湯の温度が下がったような感じがした。アカリが、若干不機嫌になったみたいだ。何が駄目だったのか。師匠と一緒に入っていた事かな。別に、そこまで気にするような事でもないと思うけど。
「ハクちゃんは、今日はこれからどうするの?」
「夕飯も近いし、一旦ログアウトして、諸々終わらせてからスキルの確認かな」
「じゃあ、二十一時くらいにアカリエに来て。血姫の装具の強化が終わったから」
「了解」
アカリとゆっくりお風呂を楽しんでから、ログアウトした。やっぱり、こういうゆっくりとした時間も楽しいな。




