つむじ曲がりとへそ曲がり
「俺さ、子供の頃、よく大人からつむじ曲がりって言われてたんだけど」
「ははっ、お前、昔から天邪鬼だもんな」
お盆で帰省した俺の部屋に、近所に住む幼馴染が顔を出してくれた。
久しぶりの再会に缶ビールで乾杯していると、母が煮物と太巻きを出してくれる。
高校生まではずっと実家にいて、食べ飽きたと思ってた煮物。
一人暮らしが長くなると、有難さが身に染みる料理だ。
それはともかく、今は俺のつむじ曲がりの話を続けよう。
「仕事を始めてから最初に行った床屋でさ、つむじ二つありますねって言われたんだ」
「そうなのか?」
「うん、鏡でよく見たら、確かに二つあった」
鬼の二本角みたいに、わりと綺麗な配置だった。
「それで思ったんだけど、つむじ一つずつに思考的な方向性があってさ、二つあるから二律背反になるというか、素直になれないというか…」
「単なる言い訳だな」
切って捨てるなよ。
俺だって分かってる。
自分の性格の難点を、つむじに押し付けるのは間違ってるって。
だが、話は終わっていない。
「ところがさ」
「ん、まだあるのか?」
「そう! それ! まだあったんだよ!」
幼馴染は怪訝顔をする。
「つむじ! 別の理容師が、三つ目のつむじを発見した」
「え?」
「調べたら、つむじが何個もあるのって別に不自然じゃないらしい。
ただ、そういうもんなんだって」
調べるには調べたが、母親の胎内にいる時に出来るらしいってこと以外はよくわからんかった。
天邪鬼なうえに、俺は割と短気だ。
「じゃあ、天邪鬼はつむじのせいではないんだ?」
「あ、そうなるか……」
「まあ、なんにせよ、天邪鬼なのがお前なんだから、オレはそれでいいと思うけどさ」
「……おぉ」
ちょっと照れた。
嬉しくなって、太巻きの最後の一切れを、奴の取り皿に載せた。
「オレの話もしていい?」
「聞く聞く!」
「オレ、昔から母親にへそ曲がりって言われてたんだけどさ」
「ああ、確かによく言ってたよな、お前の母ちゃん」
まあでも、へそって実際曲がってるわけないし、誰でも腹の真ん中に一つあるだけだしな。
そういえば、こいつのへそって見たことないな。
子供の時から仲いいし、風呂くらい一緒に入ってそうなのに記憶にない。
「本当にへそ曲がってたりして?」
「まあ、見た方が早い」
そう言うと、奴はTシャツをまくり上げた。
「え?」
そこには、よく鍛えられた羨ましいようなシックスパックが鎮座し、その間に縦に四つ、へそが並んでいた。
……のを見たような気がするんだけど。
「おい、缶ビール一本で寝落ちって、そんなに弱いのか?」
「……ん?」
「お袋さん、スイカ持ってきてくれたぞ。
冷たいうちに食べよう」
「ああ」
ちょっとボケたスイカを食べるうちに、頭がはっきりしてきた。
「なあ、さっき、お前のへそ見せてもらったよな?」
「その話をしてる間に、お前が寝ちゃったんだよ」
夢だったのか?
そうか、夢か。そりゃそうだ、うん、夢だ。
「ほら、オレのへそは曲がってない!」
奴はTシャツをめくりあげた。
「なんだそれ! それがオチ?」
「別に笑いを取ろうと思ってないし……」
ケラケラ笑い出したら、あいつは拗ねる。
ただ、Tシャツを戻すとき、へその上の方に粘着テープの端っこみたいなものが見えた気がしたけど……
いや、気のせい、気のせい! と思いながら、俺は空笑いを繰り返した。