第八話 『いくらなんでもドジすぎる』
「モンスターが怖い、か。俺は初日以降ずっとPKを標的にしてるから、平野のモンスターについてはよく知らないんだが。あのやたら発光してる虹色のスライムとかか?」
「あ、いえ、ゲーミングスライムくらいであればわたしもなんとか立ち向かえるんですけど——」
「あいつやっぱゲーミングスライムって言うんだ……」
「——平野でモンスター狩りをする時の狙いは、ああいった小型じゃなくて、もっぱら中型ですから。1SPの小型と違って、あっちは10SPももらえるんです」
「なるほど、レアモンスターみたいなのもちゃんといるんだな」
「はい、とは言ってもやっぱり稀なので、<和平の会>みたいなある程度規模のあるギルドで場所を取ってないとなかなか……。聞いた話では、一匹50SPの大型モンスターもごくたまに出るそうですよ」
「50SP! そりゃすごいな、一日分宿を取ってもまだ釣りがくる」
「流石にそこまで来るとモンスターもすごく強いそうですけど……って、話がそれちゃいましたね」
ミカンもアレンと話すのに慣れてきたのか、リラックスした様子で微笑みかける。
……単に子どもと接する時の態度を取られているだけ、ではないことをアレンは祈った。
「とにかく、<アーミン>のみなさんは悪くないんです。わたしが役立たずで、いくじなしだから……足手まといをギルドに入れ続けるわけにもいきません。悪いのはわたしなんです」
それはどこか寂寥感のにじむ、諦めたような笑みだった。
町を囲う平野はさらに連なった山々に囲まれており、その面積が限られている以上は狩り場とて有限だ。自明の理として、一定周期でモンスターの湧くスポーン地点は奪い合いになる。
(それに……SPや経験値ってのは、最後に攻撃した転移者にのみ入る仕様のはずだ。チーターの悪評のせいでギルドにも入れず、ソロの俺には無縁の話だが)
誰がとどめをさすかは、多くのギルドでたびたび争いの種となっている問題でもあった。
ミカンの言う通り、足手まといを引き連れて狩りを行う余裕などあるまい。少人数のギルドであればなおさらだ。
むしろ、早々にギルドから追い出したのはまだ優しい、とアレンは思う。
ミカンをあわせて四名のみのギルドであれば、メンバーの枠はまだまだ余っている。役立たずであっても、それを理由に経験値を回してやることなく、利用するだけするといったことだってできなくはない。
「でも……やっぱり、悔しくて。面と向かって、お前はいらないって言われたようなものですから」
「まあ、な……。それで、アイテム屋なんて噂を信じて頼ろうとしたのか。だけどモンスターが怖くて動けないのは、どんなアイテムを手にしても同じことなんじゃないのか?」
「は、はい。その通り、です。全部、アレンさんの言う通りなんです。本当はわかってます……こうなった原因はわたしにあって、だから、わたし自身が変わらなきゃいけないんだって」
道具に頼ったとして、根本的な解決にはならない。そのことは、ミカンも自覚しているようだった。
とにかくこんな夜中に出歩くのは危険が過ぎる。
アレンとしては、それだけわかってくれればいい。後はミカンの問題だ。なので、再度釘を刺し、安全なところにまで送って別れようと思っていたのだが——
「だっ、だから。わたしを、アレンさんの仲間にしてくれませんかっ?」
「……は?」
——想定外の懇願に、アレンは素っ頓狂な声を漏らした。
「な、なんだって? 仲間? なんでいきなりそんな」
「だってアレンさんは、すっごく強くて……それに、みんなのためにPKの人たちを倒して回ってるんでしょう? わたしのことも助けてくれましたし——」
「違う! 誤解だ、俺はそんなんじゃない! 俺は……」
PKKとして、この二週間PKを狩り続けたアレンのレベルは18にまで達している。一文なしだったSPも、今や8760と五桁にまで手が届きそうなほどになった。
これらはすべて、我欲の成果だ。
目的はただひとつ、自身の実力の証明。そのために人を撃った。
しかし——ならば、どうしてPKのみを狙う?
「俺は——」
決して誰かのため、ミカンのような他の転移者のためにPKKをしているわけではない。
なのにどうしてか、アレンは二の句を継ぐことができなかった。
「わたしもアレンさんみたいに、誰かを守れて、誰にも臆さないくらいに強くなりたいんです! お願いしますっ!」
「駄目だ! 俺は誰とも組まない。仲間なんてもうたくさんだ!!」
アレンの脳裏に、あたかもチーティングをしているかのように加工された、自身のプレイ動画がアップされた時のことがよぎる。
味方視点だった以上、それはチームメイトから漏れている。
フラッガーのサイレント。IGLのリトル。スナイパーのマグナ。サポートのカーバンクル。
その誰かが、自分を裏切ったのだ。苦楽をともにしたはずの仲間が。
四人のうち裏切ったのが誰だったのか、追求することはあまりに恐ろしかった。だからアレンは今でも犯人を知らない。どの道、尋ねたとして素直に言う道理もない。
「そ、そんな……っ!」
「それに知らないだろうが、俺はチート使用を疑われて周囲に信用されず、ギルドにも入れないんだ! そんな俺についてきちゃミカンの方だって割を食うに決まってる。なにを言われるかわかったもんじゃないぞ!」
「信用されない……? って、見た目が子どもだから怪しまれてるのもあるんじゃ?」
「それは…………まあ……そうかも……しれないが……!」
選択として、アレンは独りでいることを選んだ。
独りであれば誰もアレンを裏切らない。誰もそばにいなければ、裏切りもなにもない。
ギルドにも入らない。アレンの悪評を知らないところ、知ったうえで籍を置くことを許してくれるところを探すのはできる。
だがアレンはそうしなかった。孤独な証明の道を選んだ以上は、ミカンのことも拒む。
だいいち、強くなりたいだなどと言われても、その方法を教えてやれるわけでもない。アレンのボーナスウェポンは銃で、彼女は盾だ。ひょっとすれば素養次第で、『鷹の目』の原理をいくらか伝えることくらいはできるかもしれないが——
アレンにはなんのメリットもない。
そばにいることを許す理由など。
「俺は自分のためにプレイヤーキラーを倒す、そのついでに君を助けただけだ。ただそれだけなんだよ。ここまでくれば一人で帰れるだろ、じゃあな」
「あ……ま、待って! 待ってくださいっ、アレンさん!」
路地を脱し、通りに出る。
まだ完全に安全だとも言い切れない場所ではあったが、どこにいたとしても生きている以上いくらかの危険はつきまとうものだ。アレンは別れを告げ、足早に去ろうとする。
「——、しつこいぞ、ミカン……あっ」
「え? きゃあっ!?」
しかし、背後の足音からミカンが追いすがっていることに気づき、強く言わねばわからないのかと勢いよく振り返る。すると彼女はちょうど肩に向かって手を伸ばしていて、アレンが動いたせいでその手は空を切った。
アレンを追いかけ、駆け出していたミカンは急には止まれず、演算された慣性に従って顔から地面へと突っ込む。
「い、いたた……」
ミカンはうめきながら、近くの金属でできた柵に手をやり、立ち上がろうとする。
不意にビリッ、と音がした。
その布地が裂ける嫌な響きは紛れもなく彼女の服の裾から鳴っていた。倒れた拍子に、槍の穂先のようになっていた柵の先端が引っかかっていたようだ。
それにミカンが気づいた時、彼女の腰から上を包む衣服は、細やかな光の粒となって消失した。
一連の光景を眺めていたアレンは、「そうか」と手を叩く。
「ボーナスウェポン以外の装備には耐久値が存在するそうだが、限界を迎えるとこういう挙動になるのか。ふむ……転移者がゲームオーバーになる時と似てるな」
「なにを冷静に分析してるんですか。……なにを冷静に分析してるんですかっ!?」
「なぜニ回言う」
「だってアレンさん男のひとじゃないですかー! 見た目がロリっ子すぎて今一瞬、完全に同性の意識でしたよぉ! 脳がバグっちゃってました!」
「ああ、服の替え持ってるか? 俺スカートだけ余ってんだけど」
「被れと!? 見ての通り必要なのは上の服なんですけどぉ!? 信じらんない……も、もう、自分で持ってますから、アレンさんは早く後ろでも振り向いててくださ……あっ」
顔を真っ赤にしながら、虚空に手を滑らせ、焦る様子でインベントリのウィンドウを操作しているミカン。
だが焦れば焦るほど、失敗は幾重にも重なっていくものだ。
彼女の手に表れたのは衣類ではなく、先の銀色の大きな盾だった。
「まっ、間違え——いったー!」
出し間違え。想定外の重量を彼女の腕はとっさに支えられず、ずしんと盾が下へ沈む。すると角のところがちょうどミカンのつま先を潰した。
「あ、足の指が……って、わわ、うわぁっ!?」
思わず盾を手放すと、地面へ倒れる盾に足を巻き込まれて後ろに転倒。後頭部を手すりにぶつけ、ゴツンと派手な音が鳴る。
「痛いっ、いたいですぅ……! うぅっ」
「そんなバカな……!」
すべてを余さず目撃したアレンは、なお自身の目を疑いたくなった。
——こいつ、いくらなんでもドジすぎる!
下着を晒したまま地面に倒れてのたうつ少女を前に、アレンの頭にひとつの考えがよぎる。
(ここで別れて放っておいたら……こいつ、本当になにかの弾みで死ぬんじゃないか!?)
どこにいたとしても生きている以上いくらかの危険はつきまとうものだ——
そしてミカンという少女には、その最低限度の障害にさえ全力でつまずいてしまうのではないかと思わされる、無類の危うさがあった。
もっとも近しい概念を挙げるならば、そう。
赤ん坊だ。
アレンは屈み込み、上だけ下着姿のミカンと目を合わせる。
「仕方がない。そう長く付き合うつもりはないが……少しの間なら面倒を見てやる」
そして、その最低限の防御のみを残す巨大な胸部の双丘には一瞥もくれず、どこか柔らかな声音で告げた。
「——。どうしてこのタイミングで…………?」
対するミカンはと言えば、頭とつま先を抑え、痛みのあまり涙目になりながら呆然とするばかりだった。