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【第一章完結】元FPSプロゲーマーのデスゲーム攻略(ただし肉体は幼女とする)  作者: 彗星無視
第一章 黎明を喚ぶもの

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第三十七話 『深紅の銃床』

 規格外の巨躯。現実であれば自重でつぶれてしまいかねない、非自然的な生物のカタチも、ゲームの世界であれば許容される。

 焦るミカンを尻目に、アレンは夜の向こうから現れる巨影を見据えた。

 直線距離で二キロはある。至極当然の話として、キングスレイヤーの射程圏内ではない。いくらアレンでも命中は難しい……その上そもそもシステムとして、距離減衰によってダメージは著しく下がる。


『いいか、モンスターどもの弱点は、人間と違って頭とは限らねえ。まずは敵を観察するこったな』


 コラルの言葉を思い出しながら、アレンは、射程外の怪物を注視し続ける。

 まず観察——


「背中になにか……コブ? いや、ラクダじゃないんだ、それはないか」

「えっ? あ、ほ、ほんとです。なにかありますね、ここからだとよく見えませんけど……」


 助言のおかげか、冷静さを保ち続けたアレンの眼が、それを捉えた。

 遠い影の背になにか丸いものが見える。

 しかしここからでは、距離以前に高低差がある。おおよそ球状のなにかがあることは窺えるのだが、巨体に阻まれ、地上のアレンたちからその全体を見ることは叶わない。

 となれば、同じく地上にいて、かつあのボスモンスターの近くにいるであろう<和平の会>や<切断同盟>をはじめとする転移者プレイヤーたちにはなおさら、角度の問題で見えはしないだろう。


「そうだ、あそこからなら……!」

「わっ、ど、どうしたんですかアレンさん!? ま、待ってくださいっ」


 アレンは踵を返し、平野の方へ向かうどころか、<和平の会>のギルドハウスの中へと駆け戻った。

 足を止めず、ロビーを抜けて階段を駆け上がり、マグナと戦った二階の廊下へ戻ってくる。戦いのせいで、壁と床には銃弾やアレンのユニークスキルによる爆発の跡が多々あった。

 それらには目もくれず奥へ走る。今はなにも残らない、マグナが消えたその場所を踏み越えて。

 そして目的の窓を見つけると、開け放って外へ出た。


「ここは……バルコニー?」


 遅れてアレンを追いかけてきたミカンも、窓の外に続く床へ足を踏み入れる。

 城じみた豪奢なギルドハウスの、特徴的に張り出した露台(バルコニー)。広さもあり、町を一望できる開放的なその空間は、ギルドハウスの外観も相まってまるで王のために誂えられたようだ。

 しかし今、壁が高く迷路のように入り組んだ街並みは、その向こう側に巨大な侵略者を迎えている。


「目玉、か。あからさまだな」


 このバルコニーからなら、あのボスモンスターである異常な大きさのマンモスの、背中に盛り上がるモノの正体を存分に見ることができる。

 目玉だ。

 この遠距離でもそうとわかる、大きな一つ目。真っ黒な虹彩に不気味な黄色の瞳孔をした丸い目が、寄生するように、巨大な背に根を張っている。


「ひっ——あの目、なんなんですか? せわしなく動いてて……怖いです」

「気味が悪いのは同感だ。あんな目で見られちゃ落ち着かない」


 バルコニーにもかすかに、交戦による吶喊(とっかん)の声が風に乗って届いてくる。風は音を届けるだけではなく、アレンの頬を撫で、金の髪を後方になびかせた。

 あれだけの巨体だ。一歩歩くだけで、足元で巻き込まれた転移者(プレイヤー)は無事では済むまい。既に犠牲者も出ている可能性が高い。


「アレンさんっ。やっぱり今からでも、助けに行った方がいいんじゃ……」

「いいや。ここからで十分だ」

「……え?」


 キングスレイヤーでは届かない。されど、今のアレンには、援護射撃のすべがある。

 吹き抜ける風が不意に止む。敵に囲まれる戦闘のさなかのように、集中した様子のアレンを見てミカンも黙りこくった。


(マグナさん。あんたからの餞別、ありがたく使わせてもらう)


 風にもてあそばれた髪先が落ち着くのを待ち——

 アレンはその手を前へ伸ばすと、故人を悼むように、彼の口調を真似た。


「——遊んでやるよ。『クリムゾン』」


 インベントリの虚空より、深紅の狙撃銃が躍り出る。

 それは想像以上の重みを伴い、アレンの両手に収まった。


「その銃……アレンさん? あ——もしかして、それって」

「っ、重いなこれ。あの人、こんなの軽々と振り回して動いてたのか」


 キングスレイヤーに比べれば、その重量の差は推して知るべし。拳銃と狙撃銃では形状からしてまるで違う。

 今の幼女になったアレンの筋力では、ただ前へ構えるだけで、両腕に耐えがたい負担がかかった。

 やはりこの深紅の銃床を持つ銃は、自分のためのものではない。

 そう実感しながらアレンはバルコニーの縁まで近づくと、細かな溝を彫る装飾がなされた頑丈そうな手すりに、先台という銃の真ん中部分を乗せる。

 銃の重さをほかの物に預けることで、支える手の負担を軽減する撃ち方だ。依託射撃と言う。


<和平の会>の頑丈な欄干(らんかん)に感謝しつつ、銃床に頬をむにっと押し付けるようにしながらスコープを覗く。

 夜の先にある澄んだ空のような碧眼が、山のようにそびえる巨影を鮮明に捉えた。

 平野を囲う山脈の向こうから、今まさに朝日が昇ろうとしている。雲はなく、空ではただ、数万の散りばめられた星々が夜の終着を見下ろすばかり。

 アレンは本来、狙撃手(スナイパー)ではなかった。

 それは気取り屋なチームメイトの役割(ロール)であり、アレンに狙撃の経験が十分あるとは言い難い。

 言うまでもなく、重量のみならず、その使い勝手も拳銃と狙撃銃では大きく異なる。だから普段であれば、いくら的が多少大きかろうとも、この長距離の狙撃をアレンが成功させる見込みは薄かった。

 しかし、今。この場所で、この瞬間であれば……。

 かつて背を預けあった友が、そばでアレンの射撃を助けてくれている気がした。


「——っ」


 アレンの薄い唇が引き結ばれ、呼吸が止まる。

 瞬きもしない。碧色の視線の先には吠える巨獣。昇る陽を押し留め、夜明けを塞ぐような。

 引き金(トリガー)に触れる繊細な指先に、力が籠もる。

 拳銃のそれとは違う、重く響く銃声が、バルコニーから迷路の町へと轟いた。

 赤い銃床(ストック)を通して細い肩へ反動が伝わり、アレンは軽く身をのけぞらせる。


「あ……!」


 傍らの少女が驚嘆の息を漏らした。

 長い夜に幕が引く弾丸が、巨獣に設定された弱点である一つ目を射抜く。

 蓄積したダメージもあったのか、山のごとき巨影はそれだけでぐらりと体勢を崩し——幸いにして、地上の人々をぺちゃんこにしてしまう前に、光の粒となって質量を失う。

——レベルが21になりました。

——レベルが22になりました。

——レベルが23になりました。

 マグナを倒して上がったレベルがさらに上がり、報酬である1000SPが視界の端で加算される。


「倒した……倒しましたよ、アレンさん! すごいですっ」

「よかった、命中したか。ふう……狙撃ってのは疲れるもんだな。一発撃つだけでだいぶ集中力が要る」


 慣れない射撃に、彼の苦労の一端を知る。

 アレンは『クリムゾン』の、その深紅の銃床をそっと撫でる。それから友の形見を、大事にインベントリへと仕舞った。

 すると目の前に、イベント開始時の時と同じ矩形領域が現れた。


『襲撃イベント終了:ご苦労さまでした』

『補足:ボスモンスター討伐者はArenとStrafeでした><』


 終幕を知らせるメッセージ。おそらくはこれも、すべての転移者(プレイヤー)に送られているのだろう。

 それを裏付けるように——巨獣だったものの残滓が立ち上る平野から、苦難を越え、喜びに満ちた勝鬨(かちどき)が届く。

 否応なしに箱庭の世界へと閉じ込められ、拒否権なしに始まった戦いであろうとも——今はただ、生き残った者は酔いしれるのだ。死の淵より生還叶った、意義深い生の喜びに。


「……あ。見てください、アレンさん」

「ん?」


 失ったものはあれど。同じ達成感を噛み締めていたアレンに、ミカンが平野を指差す。

 いや。正確には平野ではなく、その先の山々、さらにその先から顔を出す朝日を。


「夜明けです」

「……ああ、そうだな」

「きれいですね」

「ああ」


 死を迎えた巨大な獣は、その巨躯ゆえに、変換される粒子の量も多かった。立ち昇る光の粒が山脈の輪郭から顔を出す陽の光に触れ、きらきらとまばゆく輝く。

 平野に生き残った者たちすべてへの、惜しみない祝福のように。

 輝かしい黄金色の黎明(れいめい)が、あまねく転移者(プレイヤー)を包み込む。

次回一章最終話です

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