第三十二話 『バイカラー』
「うっ、あぁぁッ!?」
胸が木端微塵に砕け、ばらばらになるような痛み。
被弾箇所はちょうど体の中心。寸分の狂いもない完璧なエイミング——それはつまり、初めから不意を突けてなどいなかったということだろう。
キメラで傷は生まれない。着弾した弾丸は肉を貫く前に消失している。だが、胸を刺し貫かれるような痛みまでは消し去ってくれない。呼吸さえままならない痛みの中、廊下に倒れてしまうことなく、部屋まで咄嗟に戻れたのはアレンの精神力を褒めるべきだろう。
(今……なにが……!?)
見知らぬ誰かの個室に帰り、壁に背を預け、苦しげな息を整えながらもアレンは考える。
しかし、答えは出ない。
冷や汗が頬を流れて落ちる。
「ショルダーピークで一発撃たせてコッキングの隙を突く——ハッ、それ好きだよな、テメェ。どれだけいっしょに試合してきたと思ってんだ? 読めちまうぜ」
「マグナ……! あんたの銃はボルトアクションだったはずだ! どうなってる……!?」
「ま、オレ以外が相手なら悪くない択なんだろうけどよ。あいにくと、オレにもオレなりの工夫ってのがあってな」
「工夫……っ?」
ありありと余裕をにじませた声で、廊下の先から、室内に潜むアレンへ向けて語る。
「コッキングキャンセル。まったく期待外れだなァ、アレン。テメェのボーナスウェポンだってリボルバー銃、銃器であることに違いはねェんだからよ。知ってるはずだぜ、インベントリを介せばリロードの必要がなくなることを」
「コッキング、キャンセル……リロードの必要——? あ……!」
「そうだ。同じことなんだよ、こいつも」
アレンはトリックのタネに気が付き、看破できなかった己の不甲斐なさを恨んだ。
このキメラにおいて、弾丸を携行する必要はない。リロードを念じれば手の中には自然と装弾数分の弾薬が現れるし、戦闘後にボーナスウェポンをインベントリにしまう際、リロードせずとも再び取り出した時に弾倉はきちんと装填済みになっている。
つまり。インベントリに銃を仕舞ってもう一度取り出せば、それはリロードされた状態になるのだ。
だからボルトアクションのスナイパーライフルの場合も、一発撃った後、コッキングの代わりにインベントリに入れてしまえば……排莢も装填も必要ない。薬室の中には、未発射の弾薬が詰まっている。
(なんでこんな、単純なことを思いつかなかった……!)
リロードやコッキングの動作は、行うべくして行うものだ。
それをキャンセルする方法は——少なくともアレンがプレイする『オーバーストライク』には存在しなかった。
ともすれば、やがて現実に回帰しようとする者と、この閉ざされた箱庭で第二の生を歩むのだと決めた者の差が、気づきの有無となって表れたのかもしれない。
やろうと思えばアレンのキングスレイヤーも、弾丸を撃ち尽くした後にインベントリから出し入れすればリロードの必要はなくなる。もっとも、慣れないアレンが今それをやろうとしても、インベントリウィンドウの操作にモタついてしまい、手動のリロードよりも遅くなってしまうだろうが。
「だが、インベントリから出し入れするにも若干のラグは発生するはずだ。マグナ、あんたは決して無敵なんかじゃない!」
失態を認めつつも、諦めることはしない。まだ負けたわけではないのだから。
廊下の先の赤コートに聞こえるよう言うと、アレンはインベントリから緑の液体がなみなみ注がれたガラスの小瓶を取り出す。
HPを回復するアイテムである、HPポーションだ。それもカズラの特別製。<アーミン>のギルドハウスに行く際に彼女から買い付けた二本のうちのひとつ。
それを胃の中に注ぎ、視界の端で緑のゲージが最大までみるみる回復していくのを確認しつつ、未だじくじくと痛む存在しない傷に耐えながら、アレンは次の手を模索する。
廊下から接近するのは諦め、別のアプローチを取ることに決めた。
「一回で300SP……仕方がない。今日は大盤振る舞いだな」
さっきの廊下のドアの間隔からして、壁はそう厚くないはず。
あの男にだけは負けられない。
「『炸赤火球』」
300のSPを引き換えに、ユニークスキルの火球を手の内に生成する。それをためらわず壁へ投げつけると、閃光とともに爆発が巻き起こる。
家具は壊れ、爆風で机の上の物や壁や家具の破片が飛び散り、辺りに散乱する。整頓されていた室内は一瞬にしてめちゃくちゃになってしまった。
部屋の主に申し訳なく思いながら、アレンは空いた壁の穴から隣の部屋に侵入しつつ、再びユニークスキルを行使した。
「<和平の会>には悪いけど、フラッグを奪われるよりはマシだろ」
視界の端、HPゲージのそばで、溜め込んだSPが300ずつ減っていく。
またしても壁を爆破し、隣の部屋に移動する。
アレンのせいで<和平の会>のギルドハウスはしっちゃかめっちゃかだ。しかしこの方法であれば、廊下に出てマグナの射線に晒されることなく距離を詰められる。
六つほど隣の部屋に移動した時、アレンはドアから勢いよく廊下へ出た。
「やはり壁をブチ抜いてきたか。まったく、よその家で暴れやがる」
「くっ——」
その瞬間、射撃を受ける。しかし六つも部屋を経由しただけありマグナとの距離は近づき、この距離でスコープを覗くとかえって当てづらくなる。ただそれだけであればマグナほどの腕前であれば照準器など使わず感覚で撃ち抜けただろうが——
「チィッ、当たり判定が小せえ。厄介な体だな……今さらだがなんでテメェ、そんなちっこくなってんだ?」
「知らねえよ! でもまたロリボディのおかげで命を拾ってしまった……!」
アレンが小さいおかげで、弾丸は肩をかすっただけで済む。HPの減少はせいぜい二割。なんら問題はない。
ここまで接近すれば、十分キングスレイヤーの射程内だ。またコッキングキャンセルの技で次弾を撃たれる前に、アレンは銃口を向ける。
するとマグナは防ごうとするでも、撃ち返そうとするでもなく、なにもない壁へと手を伸ばした。
「お前と接近戦は死んでもごめんだ。『二色領域の支配者』!」
「壁に……!?」
壁面に突如、青い色をした渦が現れ、マグナはそこが扉であるかのように身を投じ、姿を消す。
標的を失い、アレンは引き金を引くのを止めて周囲を見渡す。振り向くと、アレンがやってきた階段のそばの壁に浮かぶオレンジ色の渦から、マグナは今まさに現れ出ようとしていた。
「あれは、あの時の……」
忘れもしない。<アーミン>のギルドハウスの地下に前触れなく現れた時と同じだ。あの時も、オレンジ色の渦から姿を現した。
マグナは、今度は余裕があるからか、真っ赤な銃床をした狙撃銃のボルトを手動で引き、排莢と装填をこなす。それをしながら、ジークの死を思い出すアレンへ自慢げな口調で語りかけた。
「フフン、驚いたか? これがオレのユニークスキルだ。見りゃあわかるだろうが、こいつは左右の手でそれぞれ青とオレンジのポータルを一つずつ設置できる」
「青とオレンジの……ポータルだって? まさか、お前」
「そう。オレンジが移動先で、使いたい時に青を出して二点をつなぐって感じだな。事前に緊急避難先としてここにオレンジを設置しておいて正解だったぜ」
「ポータル間の移動……! お前、その技……なんか……見たことあるぞ! おい!」
「有名だからなァ!」
マグナに可能なのは、手を伸ばした先へのポータルの設置と、設置済みポータルの破棄。そして青とオレンジの両方が世界のどこかに設置されて初めてポータルは起動し、目に映るようになる。
<アーミン>のギルドハウスは、<エカルラート>が譲渡したものだ。
つまりマグナは、サブギルドの<アーミン>の対処を<和平の会>がプレイヤキラーキラーに頼ることを読んで、譲渡したギルドハウスの地下に事前にポータルを設置していた。襲撃は最初から彼に仕組まれていたのだ。
(あの言わずとしれた名作一人称視点パズルゲームみたいなユニークスキル……どう対処すればいい?)
せっかく他人の部屋をぶち抜いてまで縮めた距離がまた開いてしまった。
ポータルを経由しなければならないという制限はあるものの、二点間の瞬間移動。狙撃手にとってここまで有用なスキルもあるまい。




