第三十一話 『深紅と黄金』
「穏やかじゃねェな。なんだよ、言ってみろ。オレとお前の仲だろ?」
「刎頚の交わりってか? だったらなんで……俺を陥れるような真似をした!?」
あの<アーミン>のギルドハウスの地下室で、マグナは確かにアレンに言った。
アレンが、ゼタスケール・オンラインを起動した理由——
付きまとうチート疑惑の元凶。それが自分なのだと。
その真意を質さなければならなかった。
アレンの騒動でチームのオーバーストライク部門は解散にまでなった。マグナが望んでそれを引き起こしたなら、アレンに対する、そして、チームに対する重大な裏切りだ。
「ついでだよ、ついで。まァ、そりゃあアレンには悪いことしたと思ってるよ。別に謝ろうとは思わねえし、許してもらうつもりもないが」
「……は? ついで?」
「どうせ引退しようと思ってたんだよ。だから、退職金代わりにな。ま、八百長みたいなもんだな……オレたち<Determination>は国内二位。消えてくれるってんなら、そりゃあ対戦相手のチームとしちゃあ金も積む」
身体活動をさして伴わないeスポーツをスポーツとは認めない人間は、eスポーツ市場が隆盛した現代においても一定数存在する。
しかしどうあれ、電子競技にも他者と技術を競い合うという一面がある以上、そこには通常のスポーツと変わりない熾烈な闘争が存在する。
そして厄介なことに。あまり知られていないが、その熾烈さを制するべく手を染める、八百長や薬物によるドーピングといった不正行為もまた、通常のスポーツ同様にeスポーツにも付き物なのだ。
八百長の多くは違法賭博が関係しているが、マグナが仕掛けたのは本来対戦するはずだった相手チームとの裏取引。勝敗の八百長以前に、アレンにチート疑惑をでっち上げることでチームに大会を辞退させ、試合そのものを消し去った。
「金? 金のために……売ったのか!? 俺を……チームを!!」
「がっかりしたか? だがよ、現実ってのはそういうモンだろ。どこに行っても肝心なのは金、金、金、そして立場だ……それはここも変わらねェ。SPのために一日中平野でモンスターを追っかけるやつもいりゃあ、ふんぞり返ってるだけでギルドメンバーに貢いでもらえるやつもいる」
「話をそらすな!! そもそもどうして引退なんて……そんなの考えてたなんて当時聞いてないぞ! 俺たちみんな、国内優勝して世界に挑むって意気込んでたじゃないか!」
「テメェにはわかんねェよ。若いテメェに、次第に衰えの進む恐怖はな」
アレンをにらみつける瞳に、憎悪や羨望じみた感情の入り交じる、複雑な色が宿る。
eスポーツ選手の寿命は、多くは短い。FPSは特に。
FPSに最も肝要なものはなにか? 多くのプレイヤーはこう答えるだろう。
——目だ。
アレンが有する、比喩的な眼の話ではない。
人は目と歯から老いる。画面を食い入るように見つめるeスポーツ選手にとって、両の目はなによりの財産である。
事実、FPSのプロプレイヤーは三十歳を迎える頃には大半が引退している。二十も半ばを過ぎれば十二分にベテランだ。そしてマグナもまた、29になる現在、全盛期に比べて目の衰えを強く覚えていた。
「スコープで覗く時の、レティクルの置き位置を前より壁から離さなきゃいけねえ。この事実を認めるのに半年かかったよ。反応速度が落ちりゃあ選手生命はおしまいだ」
「そんな悩みがあったのか……だけど、だからって引退のついでに俺の足を引っ張ったってのかよ」
「テメェにとって、盤面の把握力が固有の能力であるように。オレにとっては反応速度こそがプレイヤーとしての取り柄だった。地味だがな。それが損なわれていると気づいた時の絶望と焦燥はテメェにはわかんねえよ」
まだ二十歳のアレンには、マグナの気持ちは事実わからない。大会に敗退するたび、『次の大会までどれだけプレイヤースキルを保っていられるだろうか』と、実力を上げる向上心よりも実力が下がらないかを憂う懊悩が勝る気持ちなど。
けれど——
「そんな自分だけの理由で、俺の人生を。キャリアを台無しにしやがったのか」
たかが金のために仲間を売り。今は人を殺しておきながら、それを是として笑っている。
アレンのチート疑惑は、彼個人だけの問題には留まらなかった。チームは解散し——昨年敗れた日本一位のチーム、『ゼロクオリア』へのリベンジは果たせなかった。
チームメイトがみんな、今年こそは雪辱を果たすのだと意気込んでいるのを知っておきながら。
それを、自分の都合で。
「自分勝手な都合で——お前は、みんなの夢を奪ったのか!!」
サイレントの、リトルの、カーバンクルの。苦楽をともにしてきたはずの仲間が抱く尊い目標を、純粋な願いを、重ねてきた努力を、最悪の形で踏みにじったのだ。
「……だとしたら?」
許せない。
アレンは知らず、奥歯が砕けかねないほどに噛みしめる。事実キメラの中でなければ、砕けていたかもしれない。
これ以上の問答は意味をなさないと理解する。
烈火のごとく燃える怒りが、それよりも、愛銃の眠るインベントリを開かせた。
「——ぶっ殺してやるッ!! 『キングスレイヤー』ァ!!」
「いいぜ、遊んでやるよ——『クリムゾン』ッ!」
窓から差すしらじらとした星明かりを隔て、二者はまったくの同時にボーナスウェポンを展開する。
人生でかつてないほどの怒りがアレンの四肢を突き動かす。
勝手な理由で裏切られ、大切なキャリアを貶められた。仲間たちの夢を壊された。
初めて感情のままに人を殺そうと本気で思った。煮えたぎる赫怒が、キングスレイヤーの銃口を度し難い裏切り者へと向けさせる。
しかしフロントサイトの先で、敵の手に現れた長物を視認するや否や、アレンは怒りに身を任せた射撃を中断して回避行動を取った。
(やっぱり……スナイパーか!)
マグナのボーナスウェポンは、赤い、血のように真っ赤な銃床を備える狙撃銃だった。
当たってほしくない類の予想ではあったが、的中に驚きはない。SRが彼の専門だ。
度を越えた怒りはかえって冷静さをもたらす。アレンが即座に手近なドアに飛び込むと、一瞬前までいた地点を銃声とともに弾丸が通り過ぎた。
(ちらっと見えた限りでは、銃種はボルトアクション。流石に連射のできるセミオート式はこのキメラじゃオーバースペックってことか……)
そもそも、大半の転移者が剣や弓といった単純な武器をボーナスウェポンとして授かる中、近代文明の産物である銃がボーナスウェポンであるアレンたちがおかしいのだ。
古くさい中折れ式のリボルバーや、一発撃つごとにボルトを引く排莢・装填動作が必要になるボルトアクションのライフル辺りが、バランス的に許される限界なのだろう。
「ボルトアクションなら……やりようはある!」
アレンが飛び込んだ部屋は<和平の会>の誰かが使う個室だったらしく、整えられたベッドや整頓された机が置かれている。部屋の主は几帳面のようだ。
遮蔽物もなく直線状の廊下は、言うまでもなくスナイパーであるマグナの領域だ。
今も、アレンが部屋を飛び出した瞬間に撃ち抜くべく、スコープをじっと覗いてドアを凝視しているに違いない。こういった待ちをFPSでは『エイムを置く』と言う。
誰でもわかる不利状況。しかし対処法もまた、アレンはとうに心得ている。
アレンは部屋をバッ、と勢いよく部屋を飛び出す——ふりをして、細い肩がわずかに外へ出た刹那身を翻して室内に戻った。
廊下の先から銃声が轟き、鼻先を弾丸が過ぎた。反応速度が落ちたという話を疑いたくなる反射だったが、それこそアレンの狙い通り。
ショルダーピーク——そう呼ばれるFPSのテクニックだ。
エイムを置いている相手に対し、遮蔽物から一瞬肩だけを出し、相手に撃たせる技。要は飛び出すかもと思わせる一種のフェイント。
ボルトアクション式の難点は連射が効かないことだ。一発撃った以上、排莢と装填の動作……コッキングの隙は避けられない。
そこに接近のチャンスがある。今、まさに!
ここが好機。そう判断し、今度こそアレンは外へその身を躍らせる。
鳴るはずのない銃声が、長い廊下に反響した。
「——ッ」
初めに疑問を覚える。——なぜ?
どれだけ早く手を動かそうが、まだコッキング中のはず。射撃などできるはずがない。
次に、そんな疑問を頭の中から押し流してしまうほどの、止めどない激痛の波が半身を襲い、アレンは叫んだ。




