第二十六話 『星夜の防衛戦線』
濡れたまま、急いで風呂場を飛び出すアレン。
転移した時と同じなら、先の『襲撃イベント』なるものを告知するメッセージは、キメラ中のすべての転移者へと送られたはずだ。
「アレンさんっ!」
部屋の扉越しに、廊下からアレンを呼びかける声が響く。
声には焦りがにじんでいる。メッセージを読んだのだろう。
「ミカンか! やっぱり今の告知は全員に届いたみたいだな。夜中だが、こうなりゃおちおち寝てもいられない。待ってろ、今準備する」
「あ、あのっ、襲撃イベントって一体……わたしたち、これからどうすれば——きゃああああああぁぁッ!?」
「おわああああぁぁぁぁっ!?」
バタンとドアが開き、部屋へ入ろうとしたミカンは、素っ裸で濡れたままのアレンを見て叫んだ。驚愕にアレンも声を上げ、その場で屈んで裸体を手で隠す。
「待ってって言ったじゃん!!」
「ご、ごめんなさいっ、今閉めますっ」
「ノックくらいしてくれよなぁ……!」
急いでドアが閉まると、思春期真っ只中の中学生男子が母親に怒る時みたいな言葉を残し、慌ててアレンはタオルを取りに行ったのだった。
*
「どうやら、ちょっぴり出遅れたらしいな」
月のない夜空に幾万の星々が光り輝く。
キメラの町の南側。アレンたちは昼間も通った<和平の会>のギルドハウスの近くの通りへ向かうと、転移初日以来見たことのないくらいの人だかりが既に集まっていた。
無論、NPCではない。襲撃イベントの告知を見て集まった転移者たちだ。寝ていたところを起こされた者もいたのか、眠そうな顔ぶれもままある。
「改めてさっきはごめんなさい、アレンさん。まさかお風呂上がりだったなんて……」
「いや……いいよ。冷静に考えたらこれホントの体じゃないし……別に恥ずかしがることでもない気がしてきた」
「……なるほど」
髪はきちんと乾かしたかったけれど、とまだ少し濡れたままの長髪を撫でながらアレンは思った。
キメラの町は広いので、これが転移者全員ということはないだろうが、南側に住む者はおおかた集まったのではないだろうか。
さっきのハプニングでゴタついたせいもあり、アレンたちはやや遅れていて、観衆の奥ではレーヴンがとうに演説を振るい始めていた。
「ギルドメンバーの観測によれば、南側の平野から、町に向かって多くのモンスターが向かってきている! おそらく北側も同じ状況だと思われるが——そちらは北側の転移者に任せるほかない」
「く……あとちょっと」
「どうしたんですかアレンさん、ぴょんぴょん飛び跳ねたりして」
「見えないんだよ人だかりが邪魔で……!」
「あははっ、アレンさんってばちっちゃいですもんねー。でもそうやってるといよいよ本当の無邪気な子どもみたいですよ」
「なんだとこら……! やる気かミカンっ」
「え、わっ、わたしじゃないです!」
「ん?」
突然煽られ、反射的にユニークスキルの『炸赤火球』で辺りを爆破しかけたアレンだったが、声のした方向がミカンとは真逆だったことに気が付いて押しとどまった。
人だかりから抜け出て、ぬっと巨大な影が姿を現す。
しかし巨大なのはあくまでその人物が背負うバックパックで、本人はまだ若い、緑がかった髪の少女だった。
「……カズラ!」
「どうもですー。依頼の顛末は自慢の情報網でしっかりキャッチしました、ジークさんのことは残念でしたね。でもよくやった方だと思いますよー、アレンさんたち」
アイテム屋にして情報屋。キメラを渡り歩くイレギュラーが、気さくな態度でやってくる。
「カズラさんも来てたんですね?」
「あれ……なんだかミカンさん、ちょっとだけ雰囲気変わりました? ええ、まあ、あたしはモンスター狩りじゃなくて物を売るために来た感じですが」
「かつてない売り時ってことか。機を見るに敏だなぁ」
「ふっふ、商機を逃さないスピードがなにより大事ですからー」
町を襲うモンスターの群れ。実のところ、それは一部の転移者にとっては恵みの雨にも化けるものだ。
普段は多くのギルドに狩り場を占領され、余ったスペースで非効率な狩りしかできない者たちからすれば、SPとついでに経験値を稼ぐ絶好のチャンス。特にボスとやらは1000SPときた。
そこで鼻息荒くモンスターハントのために集まった転移者たちへ、装備やポーションといったアイテムを売り捌く……。
(ゴールドラッシュで一番儲けたのは、採掘者じゃなくスコップを売った人だった、みたいな話は有名だが……)
思わず連想せずにはいられない。
おそらく今回の襲撃イベントも、最もSPを稼ぐのはボスを倒した転移者ではなく、この商魂たくましい少女になるだろう。
「アレンさんたちもどうです? あたしのポーションはユニークスキルで性能向上、今ならお安くしておきますよー!」
「悪いんだけど、俺はこの前買ったのが使わずじまいで残ってるから……」
「わ、わたしもです。ごめんなさいっ」
「むぅー、そーですか。それは残念です」
本当に残念らしく、カズラは肩を落としてうつむく。
だがすぐに切り替え、いつもの爛漫な表情で顔を上げた。
「それにしても、レーヴンさんの呼び掛けにずいぶんと集まったものですねー。<和平の会>の影響力が知れるというものです。おかげで商売がやりやすいので、あたしは助かってますけど」
「確かにすごい人だかりだ。<和平の会>のメンバーもいるんだろうが、残りはどこのギルドなんだろう。それとも無所属なのか?」
「今どきギルドに無所属なのはアレンさんたちくらいのものですよー。パッと見ただけでも<太平騎士団>の女団長リーザ、<切断同盟>のコラル、<パラソムニア>のサーティーン……比較的規模の大きなギルドの代表が揃い踏みです」
目を細めながら、「見たところ<和平の会>もほぼ全員が出払っているみたいですね」と独り言のようにつぶやく。
流石の情報網。カズラは主要なギルドとその代表を見知っているようだ。
長らく一匹狼で、ギルドに関してもあまり詳しくないアレンは素直に感心した。
「そういえば、この前は言う機会がなかったんですけど……実はわたし、以前にカズラさんを探してたんです。でも見つけられなくって。もしかしてキメラ中を回ってるんですか?」
「おおむねそうですねー。でも、このキメラ南部を中心としてるのは間違いないです。なんせ、こっちの方が治安もいいですし、商売もやりやすいです。<和平の会>さまさまですねー」
「人口自体、南の方が多そうだな。北から流入してきてる転移者もいるだろ。しかしそうなると、北側のモンスターたちは抑えられるのか心配に思えてきたな」
「大丈夫だと思いますよー、北にはランキング一位のストレイフさんがいる<リターニー>もありますし。あそこたぶんゴリゴリにPKやってておっかないんで、あたしもあんま深入りしないようにしてるんですけど」
アレンが密かに気になっていたランキング一位の転移者も、北に居を構えているらしい。
初期から今に至るまで、常にランキング一位。帰還者というギルド名からしても、現状誰にとっても遠い目標であるポイント100万を達成し、元の世界へ戻ろうとしているのかもしれない。
「肝心のボスらしき姿はまだ窺えないが——モンスターたちは一定の間隔を置いて、波のようにまとまりながら押し寄せて来ているようだ! そこで我々は町と平野のさかいに戦線を敷き、やつらを待ち構える! 波の合間に体勢を立て直すことを意識してくれ!」
「ん、長ったらしいレーヴンさんの演説もぼちぼち終わりそうですねー。それじゃーあたしはここで。そろそろ仕事の始め時なんで」
「ああ、前線には出ないよう気をつけてな」
「お互い無事でいましょう、カズラさんっ」
「はいー、お二人こそ気を付けて。なんせあたしは戦闘には加わる気ゼロですからねー、そっちの方が大変です! それでは!」
その体躯に比べてあまりに大きなバックパックを揺らし、なにやらウィンドウを指先で操作しつつカズラは立ち去っていく。転移者へ売り込みを始めるようだ。
<和平の会>を中心に、転移者の一団もぞろぞろと移動し始める。
やや離れ、アレンたちもそれについていく。
町の門を出てすぐの、平野との境界に転移者が並ぶ。多くがギルド単位で固まる中、アレンとミカンはどこにも属さず、ここでも離れた位置で戦線に加わった。
これはアレンなりの、ミカンに対する気遣いでもあった。
(チーター呼ばわりされる俺といたら、ミカンまでなにを言われるかわからないからな……)
初日の経験もある。あまり人の多いところには来たくないというのが、アレンの本音だ。
とはいえ、急なイベントで町が襲われるというのに知らんぷりをするのも薄情に過ぎる。だからこうして、端っこの方に加わることにしたのだが——少女二人の組み合わせはどうも目立ちすぎたのか、既にじろじろと盗み見るような視線をいくつも感じ、アレンは舌打ちをした。




