第二十ニ話 『継ぎ接ぎのデスゲーム』
銃声の正体がわからず、アレンは困惑する。
方向は階段の逆。ただ壁があるだけのそこから。
響いた音は重く低く、キングスレイヤーのそれとは明らかに銃種の異なる音。
だが、ここは地下室だ。狙撃などありえるはずもない。外からの射線など決してありえない。
そう思いつつも、アレンは壁の方を振り向いた。
「う……ず?」
ありえないことが起こるのが、この継ぎ接ぎの箱庭だ。
なにもないはずの壁面に、オレンジ色の、巨大な渦のようなものが音もなく浮かんでいた。
そこから、扉をくぐるかのように、何者かがぬっと現れ出ようとする。
「ぐっ……今のは、一体。……いや、そうか、わかったぞ」
「リーダーっ! だ、大丈夫ですか……今ポーションを!」
ノマが震える手でインベントリから取り出したポーションを、ジークは手で遮って拒否した。
ジークの体は、ゆっくりと粒子に分解されつつある。
ゲームオーバーだ。あの渦からの狙撃により、彼のHPはゼロになった。じき消滅する。
あまりに唐突な出来事に、アレンさえも動けない。誰もが困惑と恐れに支配される中……ジークだけが、粒子へ変わりつつある手足で立ち上がり、渦から出るその男をにらんだ。
「隠れ家同然のギルドハウスを知っていた<和平の会>……この建物は<エカルラート>の提供したものだ。ならば、貴様の手引きか……! ギルドマスターの……マグナ!!」
「——あァ、いかにも。蜥蜴の王よ、テメェは撒き餌として切り捨てられる役目を立派に果たしてくれたなァ」
マグナと呼ばれたその男は、背が高く、紫に近い赤色に染められた印象的なロングコートに身を包んでいた。
髪と目は、イギリス銃士めいた服のローズマダーの色とは違い、燃えるような赤。その顔かたちは決して老いを感じさせるものではなかったが、若さを象徴するような肌の張りも衰え始めた、三十代手前といった風貌だった。
その顔に——キメラに来て変化したのであろう髪や目の色、微妙な輪郭の違いといった差はあれど、アレンは覚えがあった。
「マグナ……さん? どうしてマグナさんが……キメラに来ていたのか?」
かつて現実世界でアレンが所属し、チート疑惑の騒動によって籍を失った<Determination>。
その、一員。同じオーバーストライク部門の仲間だった、マグナ。
苦楽をともにし、オフラインの大会やブートキャンプなどでは顔も合わせたことのある彼が、そこに獰猛な笑みを湛えて立っていた。
「マグナ——マグナァ! 貴様こそ悪魔だ……! 搾取によって肥え太ることしか頭にない、欲にまみれた悪魔が!!」
「ハッ、わめくな三流転移者が。テメェの出番はもう終わりだ、とっとと消えちまいな」
「せめて……貴様だけは道連れに!!」
悲壮な覚悟を携え、ジークがマグナへ向かって特攻する。
その体がすべて輝く粒子へ変換され、意志もろともに消えてしまうまであと五秒——
距離を詰めるまでに二秒経過。残り三秒。
籠手に覆われた手を伸ばす。マグナは先を読んだ動きで回避する。残り二秒。
つんのめり、体を急制動させるジーク。マグナは余裕に満ちた嘲笑を顔に貼り付ける。残り一秒。
「……『バルムンク』!!」
「——!?」
最後の一秒。ジークは前のめりになった体の陰でインベントリを操作すると、身にまとう西洋甲冑をすべて外し、その手にボーナスウェポンの愛剣を呼び出した。
鎧のなくなったジークは重みから解放され、誰の予想をも超えるスピードで剣を振り抜く。
「死ね、マグナァ——!」
「端役が……ッ!」
マグナの顔から笑みが消える。黄金の柄を持つその剣は、主人が消えゆく刹那、最後の敵を討つ……はずだった。
だが残酷な時計の針は、そのごくごくわずかな時間の後に訪れる瞬間を、結実させてはくれなかった。
「——っすまん、フラク——」
あと半歩だけの距離を埋める前に、タイムリミットがやってくる。
後悔に歪んだ表情と、言い終えない言葉を残し、ジークの姿はすべて粒子となって消え去った。その粒子も、すぐに空気と溶けるようにして消えていく。
この世界において、人が死ぬ時は、あまりに呆気がない。
「あ……ぇ……? にい、さん……?」
「リーダー、が——死んだ?」
目に見えるものは残らない。なにもなかった、そして誰もいなかったかのように。
<アーミン>の二人は、現実をまだ受け入れられないのか、呆然と彼が数秒前までいた床を見つめ——
その床を、忌々しげに男の靴底が踏みしめた。
「フゥ、まったく肝が冷えたぜ。窮鼠猫を噛む……ってやつか。にしてもこの世界、HPがゼロになってから消えるまで若干のタイムラグがあるよなァ。死人はとっとと死ねってんだ、なァ?」
死者を蔑む言葉に一切の遠慮はない。露悪的な態度を取るマグナの鋭い眼光は、確かにアレンへと向けられていた。
しかし口調とは裏腹にその表情を彩るのは、視線の先の金髪碧眼へのわずかな驚き。アレンが幼女の姿だからだろうか?
対するアレンは、強い動揺に自身の心臓がけたたましく鳴り響く音を聞く。
「マグナさんが<エカルラート>……PKギルドのギルドマスターだって? そんな話が……嘘だろ?」
「久しぶりだな、アレン。一年と半年ぶりくらいか? ランキングでArenの名を見た時から、もしかしたらって思ってたんだが……プレイヤーキラーキラー! ハハッ、面白いことをやってんじゃねぇか!」
「マグナさん! どうしてジークを殺した……!?」
「あァ? 用済みだからだよ。<アーミン>はアレン、お前を釣るための撒き餌だ。この地下にオレのスキルでポータルを設置し、ギルドハウスを<アーミン>に使わせ、場所の情報を<和平の会>に流した。すべてはアレン、お前に会うためだ」
「俺、に——?」
にい、とマグナは唇を歪ませた。
その凄絶な笑みは、アレンの知るかつての彼とはあまりにかけ離れていた。
「アレン、オレと来い。オレとお前が組めば最強だ! レーヴンもストレイフも目じゃねえ……オレたちはこのキメラの『王』になれる!」
「王? なにを言ってるんだ……? 勧誘? たかだかそのために、ジークを殺したっていうのか……?」
「まさかわからねえのか? いいか、オレたちは強い! 転移者ってのはどいつもこいつも最新ハードに飛びついたゲーマーばかりだが、オレたちFPSプレイヤーは特別だ! なにせ銃を使う対人ゲーム……それもオレたちはプロゲーマー! 転移者の中でも最強の人種と言っていい!」
「強いって……なんの意味があるんだよ、そんなことに。わかんねえよマグナさん。強い? だからジークを殺したのか? 強いから……殺せるから殺すだなんて、そんなの——」
——まるで、ゲームの中の話じゃないか。
「あァ、ここはゲームだよ。それも最高のデスゲームだ」
一切の抵抗もなく、マグナはそう言い切った。
彼にとって転移者を撃つのは、画面の中の人間に照準を合わせてマウスをクリックするのとなんら変わりない。
強いて言えばリアリティのあるこのゲームの方が、人を撃つのは面白い。
人間と人間と思わぬ異常者の情緒に触れ、ミカンたちはその異様さに言葉を失う。
「なんだ……アテが外れたか。オレぁてっきりアレン、お前もこのゲームを楽しむためにプレイヤーキラーキラーをやってるのかと思ったんだがな。じゃあなんのためにお前、PK狩りなんてやってんだ?」
「証明するためだ。俺は……チートなんて使ってない。<デタミネーション>のオーバーストライク部門が解散する要因でもあったんだ、あの疑惑については知ってるだろ。俺は、このキメラで実力を証明する」
「……。はぁ?」
アレンにとっての自己証明。FPSの戦場が、アレンにとっての居場所だ。
だから、再びプロゲーマーとして返り咲くためにアレンはPK狩りをしてきた。
そんなアレンの揺らぎない目的を聞いて——
マグナは、心底わからないという顔をし、さらにそこから手で顔を覆うと、小さく肩を震わせ始めた。
「はぁ、証明。証明ねェ……ふ、フ。フ……は。はぁ……はは。ハ——」
「マグナ、さん?」
「——はッははははアハハハァハハハハハ! ハッ、アハハハハァハハッハハハァアハハアァアァハハハハ!!」
「————!?」
やがて、こぼれた声は次第に哄笑へと変貌する。
狂った笑い声が地下に響く。長く続くそれが収まるまで、まるで間近の嵐が過ぎ去るのをじっと待つかのように、アレンたちは身じろぎひとつできなかった。




