第二十話 『少女たちの一幕』
「それで……君は<和平の会>のギルドマスター、レーヴンの命でPKギルドの<アーミン>を始末しに来たわけではないのか?」
「<和平の会>から依頼があったのは事実だ。でも、殺しにきたわけじゃない。ただPKさえやめてくれれば……」
「それでレイヴンは納得するのか? 口先だけで約束したところで意味などあるまい。殺害——ゲームオーバーにして<アーミン>を壊滅させることが、依頼の含意ではないのかね?」
「……その辺は、訊いてみないとわかんないけど」
「呆れたな、なにも考えずにここまで来たのか? まあ、平和主義を掲げる<和平の会>だ、表立ってPKを皆殺しにしろとは中々言えないだろうが」
話していると、足元の氷が消えていく。見れば、ミカンを囲う氷筍の檻もどんどん溶けるように小さくなっていた。
もともとユニークスキルによって生まれた物質だ。普通の氷とは違い、水になるわけではなく、輝く粒子となって消失する。
自身を閉じ込める檻がなくなると、ミカンはとてとてとフラクチャの方へ駆け寄った。
「ありがとうございますっ、フラクチャさん。戦いを止めてくださって……」
「い……いえ。私がミカンさんのことを閉じ込めたりしなければ、こんなことには。ミカンさんが私たちを殺そうとするはずなんてないのに……ごめんなさい」
「いいんですよ。その気になればフラクチャさんにはもっと多彩な攻撃ができたはずです。始めから、フラクチャさんに敵意がないのはわかってましたから」
「ミカンさん……。なんだか、少し変わりましたね」
「えっ?」
「あ、ごめんなさい、つい。いえ……変わったのはミカンさんだけではなく、きっと私たちもです。<アーミン>は、PKギルドなんかじゃなかったはずなのに。ミカンさんは強く……私たちは、弱くなりました」
うつむくフラクチャの声は、小さく震えていた。
彼女らの様子を横目で窺っていたアレンは、改めてジークに問う。
「ジーク。あんた、なんでPKになんてなったんだ。ミカンが言うには<アーミン>はそんなギルドじゃなかったはずだろ、あいつはジークたちの潔白を信じてここまで来たんだぞ」
あの<和平の会>がプレイヤーキラーキラーに対処を依頼する。そんなことになってまで、あのドジでお人好しの少女は、ジークたちのことを信じていた。かつてギルドを追放された身でありながら、だ。
自然と、アレンの声にも追及じみたものが籠もる。
スティンガーを回収してきたノマがなにか言いたげにしていたが、ジークはそれに先んじて口を開いた。
「糾弾するというのなら、甘んじて受け入れよう。ただし、直接的に手を下してきたのはおれだ。すべての罪はおれにある」
「リーダー! アタシはリーダーの選択が間違いだったなんて思いません……いいや、そもそも選択の余地なんて始めからなかった!」
「どうだろうな。おれも少し……視野が狭まっていたのかもしれない。情けない兄だが、妹に身を挺して止められて、ようやく自覚できた気がする」
情けない兄——。
そう聞いてアレンは先日の、マツとハーベストのことを思い出した。
あの兄妹をプレイヤーキラーにならざるを得なくしたのは、彼ら<アーミン>と言っていい。だがその<アーミン>のジークも、おそらくは妹のフラクチャやノマを守るために、PKギルドになることを選んだ——
もしかすると、そういうことなのではないか。アレンはそう考え、同時に、この連鎖するような悲劇の大本はどこにあるのかとも疑問を抱いた。
「ああ、そうだ。おれはおそらく、いや、きっと間違えたのだ。妹に、ギルドメンバーに貧しさを強いることを疎んだ。だが……だからといって誰かから奪ったSPで——他者の血で生活を潤すような真似を喜ぶような二人ではないと、わかっていたはずなのに」
「SPに困窮した、ってことか。平野の狩り場は……」
「主要な場所は、<和平の会>を始めとする大規模ギルドに独占されている。聞いたことはないか?」
「……いや」
マツたちも同じことを言っていたと、アレンは思い出す。
「だが占有することについて非難の気持ちはない。向こうも、そうしなければSPを稼げなどしないのだからな……悪辣なのはこのキメラそのものだ。ここは、そもそも全員が生活のサイクルを回せるようにはできていない」
冷静なジークが珍しく言葉尻に怒りをにじませる。それに同調するように、ノマが拳を握りしめた。
怒り——誰に対しての。
決まっている。アレンたち転移者全員をこの地獄へと叩き込んだ、あの白い髪の少女への怒り。彼女が用意した、悪意の発生が決定付けられたこの理不尽な箱庭自体への怒りだ。
「兄さん……」
「フラクチャ。お前は、ずっとPKに反対していたな。生活を切り詰めて、いくら貧しい思いをしても構わないと。今にして思えばお前の言う通りだった」
「リーダー、だけど」
「ああ。おれたちはみな、不安だった。わけのわからない世界で、いつまで続くとも知れない困窮した生活……。不安が冷静さを奪い、悪魔の手にすがってしまった」
「悪魔?」
「<エカルラート>だ」
アレンは宿で聞いた、アイテム屋にして情報屋であるカズラの話をもう一度頭の中で反芻する。
そもそも<アーミン>は<エカルラート>のサブギルド、傘下へと入った。
そして<エカルラート>は、キメラの中でもトップクラスに規模の大きな<和平の会>が手を焼くPKギルド……。
「恐れられている<エカルラート>の傘下に入れば、他のギルドに狙われたり、手出しされるようなことはなくなる。平野の狩りもやりやすくなる……そう思ったのが間違いだった」
「サブギルドの話なら情報屋に聞いた。要は、搾取される構造に取り込まれたわけだ」
「情けないことに。上納金代わりのSPを三日に一度も納めさせられ……状況はむしろ悪化した。すべて、不安に屈したおれの弱さが招いた失態だ」
人間の冷静さを奪い、判断を誤らせるのはいつも精神的な不安だ。
自分たちがPKされる不安。狩り場でSPを得られなくなる不安。この生活がいつまでも続く不安。
自ら勧んでPKをする人間などいない。
わずかにしか。
「リーダーだけの失敗じゃ、ないです。アタシも……仲間ですから。同じ罪を背負います」
「兄さん、私もついてます……! たとえ私たちの行いが許されるものでなくても——私たちだけは、互いに味方です!」
「ノマ君、フラクチャ……。おれたちはまだ、やり直せるのだろうか。だが……何人もの転移者を食い物にしてきたおれは、既に魔物に同じだ。道を外れた以上、どうすることも……」
「——やり直せます」
そばへ来た少女の方へ、ジークは顔を向けた。
「だ、だって、わたしはジークさんが悪いだなんて思いません。行い自体は、決して許されなくても……間違いを犯してしまったとしても。そうせざるを得なくなった原因は、ジークさんたちが責任を負うものではないはずです!」
ミカンの強い主張に、ジークはしばし、呆気にとられたような顔をした。
アレンもまた内心では驚いていた。引っ込み思案のミカンが、ここまで強く言うことなどそうそうない。
しかし、とも思う。
——この義憤は彼女らしい。
アレンの唇に、本人でも気づかないくらい小さな笑みが浮かぶ。
ドジで小心者で臆病のわりに、正義感だけは強い。そもそもミカンがアレンの仲間にしてほしいと頼んだのは、その正義感に依るものだ。
<アーミン>の一員で居続けることのできなかった、自分の弱さを打開するため。ギルドメンバーを守る盾としての強さを持たなかった自分自身を乗り越えるため。
(……もう、ミカンは大丈夫だな)
彼女はおそらく気づいていないだろうが——その願いは果たされたに違いない。
強く主張するミカンに、彼女の成長を実感したアレンは、嬉しさと寂しさと同時に覚えた。
(寂しい? どうして……ああ、そうか。目的が果たされた以上、ミカンが俺といる理由もない)
初めは、単に放っておけないと思っていっしょにいた。あまりにドジなミカンは、このキメラにはびこる危険に呑み込まれてしまうのではないかと、PKの脅威を身にしみて理解するアレンはその身を案じた。
なのに。いつからだろうか、この少女の愚直とも言える純真さを、好ましく思うようになったのは。
別れの予感が、優しくアレンの胸を締めつける。
「本当に——やり直すことができるだろうか。おれにも」
「できますよ、きっと。なにもかもなかったことにはできなくとも……ジークさんには、仲間がいるじゃないですか」
「そうか……そうだな。ありがとう、ミカン君。それからすまなかった。君を<アーミン>から追い出した時に、おれの愚劣な選択は始まっていた」
「そ、そんなことは……。あれは妥当な判断ですよっ、わたし、てんでダメで臆病ですからっ」
「自分を卑下するな。少なくとも、今の君はそのような人間ではない」
きょとんとした顔を向けるミカン。そんな彼女に、ジークだけでなく、フラクチャとノマもうなずいた。
「ミカン、その……さっきはごめん。怒鳴ったし、ひどいことも言った。アタシが悪かった」
「そっ、そんな。頭を上げてください、ノマさん!」
「アンタはもう役立たずなんかじゃない。さっきだって、アタシの槍を防いでプレイヤーキラーキラーを守ってた……強くて立派な盾役だよ。知らない間に成長したんだな」
「——っ、ぅ、うぅ……っ」
「……え!? お、おい、泣くなよっ。ちょ、ミカン!? アタシなんかまたひどいこと言っちゃった!?」
「そ、そうじゃなくてぇ……うぅっ、ノマさんに……そう言ってもらえたのが……ぐす、嬉しくて……」
「なっ——だ、だからって泣くなよなー! 悪かったよ色々と!!」
泣きじゃくるミカンをなだめるノマと、そばで微笑むフラクチャ。
それはともすれば、本来<アーミン>にとって日常となるべき風景だったのかもしれない。わずかにでも状況や選択が違えば、彼ら彼女らが享受できる安穏な日々の一部として、いくつもある思い出の一つにできたのかもしれない。
だが、今回はそうはならなかった。それだけの話であり、夜空に瞬く星々のように、その輝きには意味がない。




