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第一話 『証明の始まり』

 エゴサーチという言葉がある。

 通称エゴサ。検索エンジンやSNSで自身の名を検索し、世間からの評判を確認する行為のことである。

 その日、アレンは久しぶりにエゴサをしてみた。


『Arenって完全に消えたよねw』

『デタミネーションのアレンってどうなったの?』

『別のチーム加入したりもしてないし、アレンってやっぱクロだったのかな』

『チーターアレンが消えてせいせいしたわw二度と戻ってくんなよ!』


 一年経っても風当たりは強いまま。思わずアレンは握っていたスマホをベッドへ放り投げ、ため息をついて椅子に背を預けた。

 キュインキュイーン!

 アレンのゲーミングチェアは他メーカーとの差別化のために、体重をかけるたびに小気味よいサウンドが鳴る機能がついていた。当然、由緒正しい1680万色に光る機能も。それだけでは足りないから音も鳴るようになったのだ。


「……スポンサーだったからチームに所属してた時は死んでも言えなかったけど、なんなんだよこのバカみたいな椅子……うるさいなぁ」


 まだ、自分が『キングスレイヤー』と名の付いた銃を手にすることなどつゆ知らず。かつて所属していたチームから支給された椅子に悪態をつく。

 この一年、アレンは散々だった。

 プロゲーミングチーム『Determi(デタミネ)nation(ーション)』、その『オーバーストライク』部門に所属していたアレンは、とある事件によってチームを解雇された。


 理由は、チーティング。

 チートの使用——つまり、公平性を損なう不正行為。それをしたという疑いだ。

 当然事実ではない。これまで注いできた数千数万のプレイ時間にかけて、アレンはチートなどやっていない。

 だが、あたかもチートを使ってプレイしているかのように、アレンのプレイ動画を切り抜いた動画がインターネットにアップロードされ、疑念の火は瞬く間に広がっていった。

 その疑惑を払拭しきれず、アレンはネット上で袋叩きに遭い、チームをクビに。チーターとはあらゆるゲームのプレイヤーにとって最も不名誉な称号であり、その疑惑がついて回るアレンのことを他のチームが使ってくれるわけもなく、加入試験(トライアウト)さえ受けられなかった。

 SNSもめちゃくちゃに炎上した。


「一年経っても鎮火はしていない……か。わかっちゃいたけどな」


 ゲーミングデバイスのやたら光るカラフルな明かりだけが照らす薄暗い自室で、アレンは独りつぶやく。

 その声色は、決して諦めに塗りつぶされたものではなかった。

 そう、わかっていたことだ。

 火のないところにだって煙は立つ。それとも順序が逆で、煙こそが炎を呼ぶのだろうか。

 エゴサをしたところで、許されているわけもない。そうわかっているからこそ、アレンもここ最近はしていなかった。どうせ不快な気分になる。

 しかし今日は、あえてそれをした。


「目にもの見せてやるよ。俺をチーター扱いした連中に」


——批判を見るのは、今日で最後だ。

 この日、アレンはある試みを始めようとしていた。

 無実の証明。でっち上げられたチート疑惑を、真の意味で払拭する。

 それは簡単なことではない。この方法でも、可能性を完全に消しされるわけではない。

 けれど、なにもしないよりはいい。再び世間に認められ、プロゲーマーとして返り咲くために。


「さあ、開封だ!」


 デスクの上、やたら光る無線マウスとやたら光る無線キーボードとやたら光る無線ヘッドセットのそばに置かれた、今朝宅配で届いた大きな箱。

 そこには、今日発売の新作ゲームが入っていた。

 ゲームソフトではない。ゲーム機——ハードウェアの方だ。ソフトの方は、今やパッケージで発売されることは稀で、ほとんどがダウンロード専売となっている。

 Arche(アルケー)という、最新のブレインマシンインターフェースのVR機器。それこそが、アレンが自己の潔白を証明するための頼みの綱なのだった。


 決意とともに箱を開封し、電源につないで設定を行っていく。

 Archeは脳波操作式のデバイスで、ヘルメットのようなフルフェイス型の形状をしている。そしてその内側には脳波読み取り用のパッドがいくつもあり、これによってアレンがこれまでプレイしてきた主流のVRゲームとは違った、より直感的な操作が実現すると言われていた。

 FPSゲームも、より大きな発展をすることだろう。そこに関してはアレンも十分に期待を寄せていた。


 しかし、アレンの目的はそこではない。

 残念ながら、ローンチタイトル……ハードウェアであるArcheと同時に発売されるゲームソフトの中に、FPSタイトルは存在しなかった。色々と仕様が異なるため、まだ各種メーカーも開発中、あるいは企画中なのだろう。

 だからアレンが今日からプレイするのは、『ゼタスケール・オンライン』というMMORPGだ。アレンは根っからのFPSプレイヤーであって、MMO経験などまったくなかったが、なんでもゼタスケール・オンラインは剣や魔法の存在する王道的な世界観でありながら、銃も存在するそうなのだった。


 肝心なのは、このArcheが発売当日の超最新ハードであるということだ。

 ならば、チートは使えない。

 メーカーも、向こう十年は無理だと豪語している……が、こういうのは破られるのが世の常なので期待はできない。とはいえ、しばらくは大丈夫のはずだ。

 ならこの、ハードとソフトが出始めて間もない期間で、身の潔白を打ち立てる。実力を見せつける。

 簡単なことではないかもしれない。MMORPGと銘打つからにはFPS要素は薄いだろうし、本格的な対人(PVP)要素はあるそうだが、脳波操作の感覚に慣れたりと課題は多いはずだ。

 それでもアレンは挑戦することを選んだ。わずかでも可能性があるなら、それに賭ける。

 アレンにとって、FPSゲームのプロシーンこそが身を置くべき場所なのだから。


「えーと……メニューはキーマウでも操作できるのか……ああ、脳波の読み取りはチューニングが要るのか。やっぱ個人差とかあんのかね」


 脳波読み取り用のパッドには、個人ごとに詳細な設定を行う必要があった。フルフェイスの本体を被りながら、アレンは胸の奥から湧く急かすような衝動を感じつつ、ディスプレイの表記に従って設定を始めていく。

 まずは性別。


「男だ」


 女性を選択した。

 アレンは結構そそっかしいところがあった。


「年齢はハタチ、生まれは7月12日……っと。お、いよいよ脳波の設定か。目的はゲーム自体じゃなくチート疑惑を晴らすこととはいえ、脳波でゲームを操作するってのはちょっと楽しみだなぁ」


 ミスに気づかず、のんきに設定を進める。待ち望んでいた日が来て浮かれてしまったのかもしれない。

 とにかく性別を間違ったまま、アレンは設定を終え、ゼタスケール・オンラインのダウンロードも完了する。ゲームの容量は相当なものだったが、ここ数十年で進化したインターネット回線の速度があれば、再びSNSでエゴサをして自分から嫌な気分になっている間にことは済んだ。

 昔、誰かが『エゴサをすることは湿った石の裏を見ることに似ている』と言った。アレンは今その気持ちを味わっていた。虫がうじゃうじゃといて、不愉快だとわかっているのについつい確認してしまう。


「よしっ。設定完了。ゲームスタートだ……!」


 設定は間違っていたが、スマホを再びベッドに叩きつけると、ついぞ知らぬままアレンはゼタスケール・オンラインを起動する。

 頭の中は、これからのことでいっぱいだった。

 FPSプレイヤーであるアレンからすれば畑違いと言えど、一介のゲーマーとして、新作ゲームに興味がないと言えば嘘になる。それにゼタスケール・オンラインはとてつもなく大規模のゲームで、高性能のAIを用いて人の手では作り込めない精度でゲームを完成させたと言う。

 率直に言って、わくわくしていた。

 だが一番大事なのはやはり、汚名の返上だ。名誉挽回、チーター呼ばわりされることがなくなり、またプロゲーマーとして活動できるように。


(そうだ……あの騒動さえなければ、俺たちは昨年度負けた『ゼロクオリア』にリベンジできたはずなんだ。そうすれば、今度こそ世界大会にも……)


 サイレント(Silent)マグナ(Magna)リトル(Litt1e)カーバンクル(Carbuncle)

 同じデタミネーションのオバスト部門に所属していた、チームメイトのことを思い出す。ひどく複雑な感情で。ブートキャンプやオフライン大会の折、彼らとは実際に顔を合わせたことも多々ある。

 アレンの騒動のせいで、その年の公式大会には出場できず、さらに部門はそのまま解散となってしまった。

 失った一年の代償はあまりに大きい。

 だが、これ以上は失わない。そして、時間は戻らないかもしれないけれど、名誉だけは取り戻す。

 そうアレンが決意を新たにすると——


『昏睡プロセス開始』


——突如、真っ赤になったディスプレイに、そんな文字が表示された。


「……え?」


 わけがわからず困惑する。それとも、これがゼタスケール・オンラインのタイトル画面なのだろうか? そんなバカな。

 嫌な予感じみて、冷えた感覚がアレンの背筋を伝う。

 とりあえず一度、Archeを外すため、アレンは腕を持ち上げようとする。なぜかそうすることができず、気づけばデスクに額をぶつけていた。


(なんだ……体、が……)


 額の痛みも感じない。自分がどうなっているのかわからない。

 机につっぷしているのか? なぜ?

 わからない。わからない。わからない。

 ただ、得体の知れない恐怖が湧き上がる。


(まずい、意識も……俺は……(しょう)、め——)


 願いがあった。自己のすべてを懸けてまで果たすべき、純粋な願望。

 それを果たせないかもしれない。目論見に誤りがあったかもしれない。失敗をしたかもしれない。

 そんな恐れを胸中に抱きながら、アレンは完全に意識を失った。


 家族が彼を発見するまで三時間弱。

 沈黙する主のことを、もう音を鳴らすこともない椅子や、マウスやキーボードといった多種多様なゲーミングデバイスの1680万色の光が、どこか虚しく照らしていた。

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