第十八話 『レッド・クラウン』
「そこだ!」
「……っ!? 武器を撃つなんて……!」
狙い撃ったのは手元、ノマが握る槍の柄だ。照準が少しでもズレてしまえば、まさに柄をつかんでいる手や、腕とつながる胴体に着弾しかねない。だが先の鎧の関節を狙い撃つのに比べれば、手の届くほど近い距離の武器を銃弾で弾くことなど造作もなかった。
「こんな、曲芸じみた技でアタシを倒せると……!」
「言ったはずだ。俺は殺しに来たわけじゃない」
「なっ? なにをするつもり!?」
弾丸を受けたとて、それで獲物を取り落とすほどノマは間抜けではない。アレンの狙いはひるんだ隙に、自身もその柄へ手を伸ばすことだった。
お互いに槍をつかみ、奪い合うような格好。
しかし両手で柄を握るノマと違い、アレンは片手がキングスレイヤーで塞がっている上、体格差も大きい。
「力比べでもしようってわけ……? バカなの? 幼女になっちゃったアンタがアタシに力で勝てるわけないじゃない!!」
「それはどうかな? なにも力で勝らなくとも、触れてしまえば武器は奪える」
「……え?」
「なにをしている……ノマ君! 早く武器をしまえ!!」
「遅えよ」
ジークの警告も虚しく。二人の手から、一瞬にして槍が消滅する。
どこにも存在しなくなったわけではない。
ノマの槍はボーナスウェポンだ。破れたミカンの衣服やジークのあの甲冑といった一般的な装備とは違い、耐久値を持たない。だから決して壊れず、通常消えてしまうことなどない。
なら、あの槍はどこへいったというのか——丸腰になってしまったノマは、そのトリックの正体に気が付き、怒気を帯びた声で糾弾した。
「インベントリに入れたな! アタシの『スティンガー』を!」
「そんな名前だったのか、あの武器。大事に使わせてもらうぞ」
「ふざけんな! 返せ、このドロボーっ!」
もちろん自分で使うつもりはなかったが、素直に返すはずもなかった。
サイズにもよるが、触れている物はなんであれ、インベントリの虚空へと収納ができる。片手でスティンガーをつかんで、キングスレイヤーを持った方の手でウィンドウを操作してインベントリへと仕舞ったのだ。
キメラのシステムを利用した、俗に言う無刀取りのようなもの。ノマはこれをされる前に、アレンに触れられる前に自分からインベントリに入れてスティンガーを退避させなければならなかった。
「ノマ君。ボーナスウェポンを失った今、ユニークスキルもさして機能すまい。ここは下がっておけ」
「リーダー!? アタシはまだやれる! 武器がなくたって戦ってみせるっ」
「いいや、かえって邪魔だ。巻き込んで殺してしまう前に、引いた位置に逃げておけ」
「……なんだ?」
金属の触れ合う音を鳴らして、甲冑がゆっくりと立ち上がろうとする。
外傷はダメージへと変換され、血が噴き出ることも骨が砕けることもない。しかしそれでも、弾丸が皮膚を突き破る痛みだけは本物だ。
激痛を噛み殺すジークの声には、有無を言わさぬ凄味があった。食ってかかる勢いだったノマも、ジークの言う通り、槍の奪還を諦めて距離をとる。
(なにか……するつもりか?)
巨大な剣を持ち上げる敵の、細やかな一挙一動を逃さずその眼で釘付けにしながら、アレンは素早く銃身を折り曲げ、排莢を行う。
先の一発で弾は撃ちきっていた。
オープンの勢いのまま、剥き出しになった弾倉から空の薬莢が六つ飛び出る。それらは凍り付く床へ落ちると、あらぬ方向へと二度跳ね、カランカランと音を重ねる。
それから再装填を念じると、アレンの小さな手に六発の弾丸が現れる。手のひらからこぼれて落としてしまわないよう留意しつつ、指を使って一発ずつ弾倉内へとそれらを滑り込ませていき、曲げた銃身を戻すと、カチンというヒンジの噛み合う感触が伝わる。
リロードを終えると、ちょうどジークも立ち上がり、剣を胸の前に掲げていた。
「どうやら、君を侮っていたのはおれの方だったようだ。無礼を詫びよう。FPSに明るくないおれでもわかるほど、君はこの世界において規格外の人間だ」
「……だから? 降参でもしてくれるなら喜んで受けるぞ」
「まさか。君はおれよりもずっと強い、そのことを認めた上で、ただ一度だけ。ごく一瞬の間だけ——君の強さを上回ろう。『赫怒冠帯』」
うっすらと青みを帯びた氷上に、赤い風が渦を巻く。
どこからともなく吹き付ける、色のついた風としか表現できないそれが、またたく間にジークの頭上へと吸い込まれ、輪のような形を形成する。
光を呑み込むような赤黒の輪。それはいかにも禍々しい色をした天使の輪、あるいは——王冠のように、ジークの頭上で存在感を放つ。
(ユニークスキル……? ヘルムを被らないのはあれを頭上に出すためか?)
ふと、室内が暗闇に包まれた。
アレンが投げ、壁際だったためにフラクチャの氷の侵食からも運良く逃れていた、ライトスティックの効果時間が切れたのだ。
まずい——
アレンはすぐに、インベントリからもう一本のライトスティックを取り出そうとする。
その刹那。鈍く、わずかにだけ発光する赤黒の輪が……獣じみた瞬発力で移動を始めたジークの、その動きの軌跡を虚空に描くのをアレンは見た。
「——『炸赤火球』!!」
背筋に走る冷たい感覚。画面の中でプレイするFPSで培った経験ではなく、このキメラに来てから鍛えられた、一種の勘。
すなわち死の予兆。それを感じ取り、アレンは普段はなるべく使わないようにしていたユニークスキルを数日ぶりに使用した。
視界の端でSPが300減少する。それだけの値を代償に、アレンの手のひらに熱が宿る。
火球。そう表現するのがもっとも正確だろう。
現れたのは、燃え盛る炎を内に閉じ込めたような、熱と光を帯びた球体。輪郭のぼやけたその球を、アレンはすぐに敵のいるであろう位置へと投げつけた。
閃光が暗闇を裂き、轟音が鳴り響く。
爆発が収まってから、アレンは改めてライトスティックを取りだし、その場に落とした。
「驚いたな、こんな手を隠し持っていたとは。手榴弾……のような感じか? FPSゲーマーらしいじゃないか、出し惜しみしていたとは人が悪い」
「こいつは割高なんだよ。聞いて驚け、一発300SPだ」
「それはひどい。おれの赫怒冠帯が140SP……これでもそこらのユニークスキルの倍はあるはずなのだが。一体なにを基準に決められているのだろうな、スキルの消費SPは」
「さあな。またあの白い子どもに会ったら聞いておくとするよ」
「白髪の少女にか、それはいい。おれもそうしよう」
氷の地下室が照らされる。ジークの頭上には、相変わらず赤黒の輪があった。
おかしい、とアレンは思った。
アレンの炸赤火球は、スペックだけ見れば完全なハズレスキルだ。
消費SPが300もあるくせに、威力は低い。ほぼ直撃したであろうジークにも、大したダメージは入っていないだろう。ただダメージの割に爆発だけは無駄に派手で、いくら鎧を着ていても爆風を受ければ体勢を崩すくらいはするはずだった。
「……ヒットストップ無効?」
「——。本当に優れた転移者だな、君は。おまけに教えておくと、痛覚も一時的に無効化される」
「ゾンビかよ」
アレンの推察に、隠すつもりもないのかジークは笑ってみせた。爽やかで、どこか楽しげな笑み。
ヒットストップとは被弾によるひるみのことだ。元々は格闘ゲームの用語で、一部のFPSではタギングなどとも呼ばれる。
その無効化——つまり、今のジークは足の止まらない重戦車だ。
(あれはきっと長く続かない。短期決戦を旨とする、言わば奥の手……)
短く息を吐いて、アレンはキングスレイヤーのグリップを握り直した。
次の攻防で決着が付く。そのことを理解し、受け入れ、覚悟を決める。するとアレンの頬にも自然と笑みが張り付いた。
示し合わせたように、狩人たちは同時に動いた。甲冑の重量を物ともしない機敏さでジークが走り出し、踏み砕かれた氷の破片が後方へ飛び散る。迎え撃つアレンは躊躇なく、その肩と膝を射撃する。
一般人からすれば神がかり的な精度。またしても弾丸は甲冑のわずかな隙間を通り抜け、関節を破壊する。
しかし——ジークは止まらず、苦悶一つ漏らさない。
「くそ、ほんとに効かねえ!」
今もジークの頭上で渦を巻く、赤黒の輪。もはや彼に痛みはなく、撃たれた箇所さえ自分でもわかっていないかもしれない。
ではダメージはどうだろう。おそらく入ってはいる。
しかしながらキングスレイヤーは元来、他のボーナスウェポンに比べてダメージの高い武器ではない。ただしシステム上のルールとして弱点——人体であれば頭部——を撃ち抜くことでダメージ倍率は跳ね上がり、だからこそプロゲーマーの実力を持つアレンは、ヘッドショットによって大ダメージを与えることができる。
ジークはそのヘッドショットをさせてくれない。
「くっ……」
巨大な剣を盾代わりに、頭部は常に守られている。
撃ってはみたものの、やはり剣に弾かれる。ほとんど乱射の体でアレンはさらに三発発砲した。
首、肘、腿。どれも着弾には成功したのは、流石と言うべきか。だが決定打にはならない。
そして止めるすべなく、ジークは剣の間合いへと潜り込んだ。
「——六発撃ったな。数えていたよ、それが君の銃の装弾数だ」
「……!」
「君は、選択を誤った。踏み込まれることを承知で、カウンターをこそ狙うべきだった」
死の色を帯びて、その剣が振り上げられる。
そう——この瞬間だけは頭部が露わになる。防御に使っていた剣を攻撃に転じるこのタイミングこそ、アレンがジークを殺すために必要な、つかむべき勝機だった。
けれど残弾は既になく。浪費とも呼ぶべき軽率な射撃によって弾倉は空になり、アレンの手にある黄金のリボルバー銃は、もはや単なる取手の付いた筒へと堕した。




