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プロローグ 『プレイヤーキラーキラー』

じっくり更新していきます。よろしくお願いします。

主人公は元プロゲーマーTS金髪碧眼幼女と属性マシマシです。

 その路地のはるか頭上には、満天の星が輝いていた。

 藍の夜空で点々と光る美しき星々。それらはまるで白い衛星の代わりを担うかのように、無数の星明かりとなって夜闇を照らす。

 そう、この世界に月はなかった。けれど毎夜瞬く星の群れが、現実よりもむしろ白々と夜を暴く。


「いやっ! 放して……放してください!」

「ひひ、そいつはできない相談だなぁ」

「最初から素直にSPを渡していればよかったものを。バカな女だぜ」

「なんだお前、SPを渡してりゃ見逃してやるつもりだったのか?」

「まさか! 胸もデカいしよく見りゃ顔も悪くねえ、こんな上玉みすみす逃すかよ!」

「はっ、だったらテキトーなこと言うなよ」


 欲望を誇示するような下卑た哄笑が重なり、夜の静寂に消える。

 男が三人。古い時代の旅人を思わせる貫頭衣の外套をまとい、誰もが獰猛な獣さながらの危険な雰囲気を漂わせていた。


「ひっ……」


 対照的に怯えた様子を見せるのは、男の一人に腕をつかまれた女性。

 まだ若い、高校生くらいの少女だった。路地に差す星明かりに濡らされた髪は黒く、長い前髪で片目は隠れてしまっていたが、見開かれた右目だけからでもその恐怖は容易に見て取れた。

 隔絶されたこの地に厳密な法やモラルは存在しない。夜遅くの、このような人気(ひとけ)のない路地においては、彼女のような少女が食い物にされるのはもはや珍しいことではなかった。

 この、キメラと呼ばれる、迷路のごとく入り組んだ継ぎ接ぎの町では。


「まあ、命まで奪うのも目覚めが悪い……オレたちが満足したら解放してやるよ。もちろんSPは渡してもらうけどよ」

「おいおい、いいのか? ゲームオーバーにしなきゃ経験値の方が入らねえだろ」

「あ、そうか。そうだったな、じゃあ悪いけどやっちまうか」

「——っ」


 なにせここはゲームの世界。

 現実と同じだけの現実感(リアリティ)を備えていながらも、そこに敷かれるシステムはゲームそのもの。

 それが、正常な感覚を麻痺させてしまうのか。彼らにとって殺人や傷害への抵抗感は薄れ、目に映る相手を同じ人間ではなく、ただの獲物としてしか判別できなくなっている。


「い……いやっ、いやぁ! 助けてっ、誰か……助けて!」

「あぁ? 暴れてんじゃねえよ、おい」

「恨むなら無警戒な自分を恨むんだな! オレたちみたいなPK(プレイヤーキラー)なんざここじゃあもう珍しくもなんともねえんだからよ!」

「んっ、ぅ」


 抵抗しようとする黒髪の少女だったが、男の、それも三人の力に敵うはずもない。なすすべもなく壁へ押さえつけられ、無理やり自由を奪われる。


「誰か……お願いします、誰か助けて……っ」


 この後の展開がわからぬほど、彼女も愚鈍ではなかった。深い絶望が涙となって瞳を潤ませ、脚をがくがくと震わせる。

 少女は今まさに砕かれようとする繊細なガラス細工に同じだった。


「まだ言ってやがる。助けなんか来るわけねえだろうが、この世界(キメラ)で!」


 そんな少女の不憫も、男たちにとっては興奮を駆り立てる要素でしかないのか。

 男の一人が我慢できないとばかりに、太い腕を伸ばす。少女の肉を味わい、そして壊すために。


「……? おい待て」


 だがその手は、少女の曲線に触れる寸前で静止した。


「本当に誰か来たみたいだ。足音がする」

「あぁ? この音……確かに。なんだ?」

「近づいてくるぞ。IDを見られると流石に面倒だ。お前ら、姿が見えたらそいつもやっちまおう」

「了解」


 こつり、こつり、と。

 闇の向こうから、軽い足音がかすかに響く。その音は徐々に男たちの方へと近づいてきていた。

 思わぬ乱入者の存在に、男たちはさっきまでの興奮を引きずった、ぴりぴりとした警戒をまとう。黒髪の少女はすんでのところで救われた形だ。

 だがそれも、あくまでいっときのこと。

——助かった気でいるなよ。邪魔者を排除したら、今度こそお前だ。

 男の一人に、そんな昏い熱のこもった視線で()めつけられ、少女はびくりと体を震わせた。


「……。どこもかしこも獣ばかり、か」


 ほどなくして、足音の主がその路地に現れた。

 六万と五千の星明かり。細い光が、乱入者の顔をゆっくりと浮き彫りにさせる。

 それは黒髪の少女よりもなお幼い顔立ちをした、(あお)い目の少女だった。


「おん、なの子……?」


 黒髪の彼女も、思わず状況を忘れ、呆けたようにつぶやきを漏らす。

 少女はあまりに場違いなほどあどけなく、いかにも緻密で精巧な西洋人形じみた容姿をしていた。

 碧眼を際立たせる白い肌に、星の光を透かせたような金の長髪。背は低く140センチほどで、白いブラウスと地味な黒いズボンに身を包む——

 どう見ても子どもだった。


「——はっ、なんだよ。ガキじゃねえか」

「キメラにあんな子どもがいたのか? なんか、おかしいんじゃ……」

「いてもおかしくはないさ。迷路みたいな町だ、おおかたここまで迷い込んだんだろ? それより、おい」

「ああ。男だろうが女だろうが、ガキだろうが老いぼれだろうが……SPの初期値に差はねぇ」


 男の一人、背の高い者が仲間たちに目配せをする。

 相手は子ども。ならば見逃してやろう……そんな風に慈悲や優しさを見せる性根であれば、元よりPK(プレイヤーキラー)になど身を落とさない。

 男たちには、現れた碧眼の少女のことも獲物にしか見えてはいまい。

 それも、先の少女よりもさらに容易に狩れる、供物同然の。


「やあ、お嬢ちゃん。こんな夜に散歩かな? 怖がらないでいいよ? お兄ちゃんたちが、すぐに安心できるところへ連れていってあげるからね」


 今しがたの会話をまさか聞いていないとでも思ったのか、背の高い男は両手を広げながら、芝居がかった所作で碧眼の少女へと歩を進める。

 余裕の足取りは、ほかでもない侮りの表れだ。当然と言えば当然。相手はどう見ても年端もいかぬ少女であり、その幼さは狩人が罠を張る危険地帯に足を踏み入れる愚昧(ぐまい)さであり、役回りはどう見ても罠へと迷い込んで労せず狩られる間抜けな羊の役である。

 そう思っている。思いこんでいる。


「ダメっ……逃げて! この人たちは——」


 先に罠へかかった、黒い髪の少女が哀れな子羊に警告を発する。悲痛なその叫び声を背に、男が碧眼の少女へと襲いかかる——


「来い。『キングスレイヤー』」

「……へ?」


 直前。インベントリの虚空より、碧眼の少女の手の内に、一挺の銃が収まった。

 間髪入れず衝撃音が閃光とともに轟く。


「——ぇ……えっ?」


 当人を除く、その場の全員が驚愕に支配された。

 羊一号である黒髪の少女も、成り行きを理解できず目をしばたたかせる二人の男も、そしておそらくは、額を見事に撃ち抜かれた男も。

 王殺しの名の下に。撃ち放たれた弾丸は、(あたま)たず彼の頭蓋を貫いた。

 皮膚が裂け、血が吹き出て脳漿(のうしょう)がこぼれ出る——

 そんなことにはならない。

 この世界では、あらゆる外傷は数値へと変換される。

 すなわち、HPへのダメージへと。


「お、おい!?」

「お前っ、体が……」

「え……? 今、なにが……手足が、消え……え? 俺、死——?」


 今しがたの一撃は即死級のダメージを与えたらしく、身長だけが自慢の彼は手足の先から輝く粒子へと論理肉体(アバター)を変化させ、すぐにその意志もろとも跡形もなくかき消えた。

 死んだのだ。


「ひ、ひいいいぃぃっ!? なんだ今の……銃!? なんだよそれ、おかしいだろ!」

「ば……バカ、決まってる。あれがあのガキのボーナスウェポンなんだよ!」

「だからって、すぐ撃ってくるなんて……ただの子どもが! 変だろこれ、なんでだよっ、おれたちがSPを稼ぐはずだろ? なんなんだよあいつ!」

「もしかして……いや、どのみちやるしかねえ。ボーナスウェポンを出せ! 速攻で仕掛けるぞ!」

「くそっ! 『ラジカルナイフ』!」


 残された男のうち、一人が前方に腕を伸ばす。その手に、青みがかった水晶のような刀身をした、奇妙な短剣が現れた。

 彼もまた碧眼の彼女と同じく、己のインベントリからボーナスウェポンを取り出したのだ。だがその前の、うろたえている時間があまりに無為だった。叫んで失った数秒こそ、命を懸けて賭すべき勝敗の境目だったのだから。

 そのことに気が付かなかった代償として、発砲音が路地に響き、彼は自慢の短剣を振るうまでもなく頭を撃ち抜かれた。一人目と同じく、塵へと還って消えていく。


「ぁ……あ? また一撃……頭に当てたから? そんなのアリ、かよ」


 残された最後の一人が、星明かりのみが頼りの薄暗い路地の中でもそうとわかるほど、顔を青くして言う。


「お、お前……知ってるぞ。あんなのは<和平の会>辺りがばらまいたただのウソだって思ってた……でも、お前のことだったんだな!? オレらみたいなPK(プレイヤーキラー)を殺す……PK(プレイヤーキラー)K(キラー)!」


 PK(プレイヤーキラー)。このキメラ世界において、SPを稼ぐために街中でカモを見つけてはゲームオーバーの奈落へ叩き込み、命とSP、それとついでに経験値を奪い去る狩人——

 それが今や、たった一人になって、自身が獲物を見誤ったことを知った。気付かざるを得なかった。


「そうだ、と言ったら?」


 碧眼の少女は、その見た目にそぐわぬ口調で淡々と返した。

 右手には油断なく構え続けられた銃。その髪と同じ黄金色をしたリボルバー銃だ。口径は38、決して拳銃の中では特別大きなサイズではないが、彼女が持つとそのギャップから物騒かつ巨大な凶器に映る。


「やっぱりお前が——アレン。プレイヤーキラーキラーの銃使い……それが女の、しかもガキだったってのか?」

「……見た目だけだ。俺は男だし、もうハタチだ」

「な、なに……?」


 アレンと呼ばれた少女——碧眼の彼女は、しかし彼女と呼ぶべきではない精神を宿していた。

 しかしそんなことなど知らないPK(プレイヤーキラー)の男は、面食らったような反応をし、すぐに気を取り直して自身のボーナスウェポンをインベントリより呼び出した。


「『レーヴァテイン』。……なんであれ、仲間を殺されて黙ってられるか。なにがプレイヤーキラーキラーだ……ぶっ殺してやる!」


 灼けるような、鈍く赤い光を発する西洋剣だった。

 天の星よりも近く輝く赤色が、路地をわずかに強く照らす。光がアレンの頬や髪を濡らし、ほのかな赤に染める。

 結局、アレンに触れられたのはその光くらいのものだった。

 碧色の瞳が、敵に注意は向けたまま、奥でへたり込む黒髪の少女を一瞥する。


「罪のない転移者(プレイヤー)を殺そうとしておいて、仇討ちに筋が通ると思うなよ。この悪党が」

「うるせえっ……! 死にやがれ! 『空間延焼』!!」


 感情の高ぶりのまま男が剣を振るう。アレンとの隔たりは数メートルあり、到底その刀身が届く距離ではない。

 しかし、ただの空振りに終わるかに思えた一刀は奇妙な現象を引き起こした。濡らした棒を振るえば水しぶきが飛ぶように、刀身の赤い輝きが振り抜かれた剣の軌道に沿う形で、炎となってアレンへ向かって射出されたのだ。

 これこそ、転移者(プレイヤー)たちに与えられた権能。ボーナスウェポンと対をなす、SPを消費して使用するユニークスキルだ。


「斬撃を飛ばすユニークスキル……ありきたりだな」


 だがそれも当たらなければ意味がない。

 アレンは跳躍し、さらに路地の壁を蹴って頭上を取る。現実の彼には到底不可能なその曲芸じみた動きは、皮肉にも小柄で軽い肉体となって得た恩恵のひとつだ。

 炎はアレンの後方に消え、男は慌てて顔を上げる。


「な——ちょ、()っ」

「終わりだ」


 そして自身を射殺す、無慈悲な銃口と碧色の双眸を見た。

 狩人だったはずの彼こそが、この場において獲物だった。

 思い込んでいた。目の前の相手が、単なる無知で愚かな羊であると。それこそがアレンの罠だ。罠を張る狩人に対してこそ罠を敷く、強力無比なPK(プレイヤーキラー)K(キラー)の。

 些細なミスによって幼女同然の肉体になってしまった彼こそ——かつてプロゲーミングチーム『Determi(デタミネ)nation(ーション)』に所属し、そしてとある事件によって追放同然に解雇された、『鷹の目』とも称されたFPSプロプレイヤー、Aren(アレン)なのだから。


「あの子は……いったい」


 呆然とアレンを見上げたのは、腰が抜けたのか冷えた地面に尻もちをついたままの、黒髪の少女も同じだった。

 九死に一生。不運にもPK(プレイヤーキラー)の一団に遭遇し、すべてを奪われかかった彼女は、今ついに助かろうとしていた。

 視線の先で引き金を絞る、少女の姿をした何者かによって。

 湧き上がり始める安堵。しかし、それは同じだけの疑問をも伴った。アレンと呼ばれていたあの少女は一体何者なのか——


 どうして元プロゲーマーの彼が、あのような少女の体となり、狩人として夜の街を巡るようになったのか。

 それには始めから……このデスゲームに至るまでの道筋から語らねばなるまい。

 アレンにとってのすべての始まりは、二週間ほど前に遡る。

『ゼタスケール・オンライン』。それが、FPS一辺倒だったアレンがわけあって始めた、新作MMORPGのタイトルだった。

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